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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
弐幕◆降り注ぐ星の詩
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小さな一歩を

 クィンはミアの背を支えながら、じっと自分を見上げてくる丸い瞳を見下ろして微笑む。


「ミア様。これで漸く、第一歩です」

「……ええ、そうね」


 見つめ合う主従の元へ、複数の足音が駆け寄ってきた。見れば城の奥から護衛騎士が十数人ほど出てきて、その半数が三人を取り囲んだ。


「国王陛下がお呼びです。何卒、謁見の間までお越しください」


 揃いの甲冑に身を包んだ騎士たちは、誰もが背筋を伸ばして三人を見つめている。しかし武器は抜かずにあくまで案内をする体を取っているということは、少なくとも城内で暴れた罪人としての呼び出しではなさそうだ。

 駆けてきた騎士のうち、残る半数は現場にいた住民や冒険者たちの手続きに当たっており、偶然居合わせた人たちはミア一行のほうを気にしながらも、それぞれ別室へと連れられていった。


「まあ、断る理由もねえが……嬢ちゃんは大丈夫か? 歩けるか?」

「ええ……クィンに支えてもらえれば……」


 ミアがチラリと護衛騎士の顔を窺うと、いまいる集団の隊長らしき男が「構いません」と答えて踵を返した。

 彼らの案内で、ミアはクィンに支えられながら、ヴァンは主従の後ろについていく形で、城内を進んで行く。階段を上がるときはクィンがミアを抱えたが、騎士たちは特になにも言わなかった。それどころか戦いを終えたばかりの一行を気遣うかのように、ゆっくりとした歩調で進んでいた。


「此方です。どうぞ」


 エレミアの象徴の色である明るい橙色の絨毯が真っ直ぐ伸びる先に、両開きの扉がある。それを二人の騎士がそれぞれ引き開けると、最奥にエレミア国王と王妃、そして、エレオスの兄に当たる王子が二人いた。

 王と王妃は玉座に、王子は王妃側に二人並んで立っており、皆がミアたちを見つめている。


「よくぞ参られた」


 まず口を開いたのは、エレミア国王だった。六十代半ばという高齢にも拘らず、堂々とした姿に衰えは見られない。傍らの王子二人はどちらも二十代後半で、少年と青年のあいだのようであったエレオスに比べ、次期国王としての教育が隅々まで行き届いているように見える。

 国王はスッと立ち上がると玉座を降り、ミアたちと目線の高さを同じくして続ける。


「此度の件は儂の耳にも入っておる。息子がよもや魔石に囚われていたとは……エレミアの民にもそなたらにも、大層迷惑をかけたな。……済まなかった」

「陛下……!」


 一介の冒険者であるミアたちに、一国の王が頭を下げた。驚き恐縮するミアたちの元へ、王妃も静々と歩み寄ってきて、同様に頭を下げる。


「わたくしからも、皆様方へ謝辞を述べさせてください。わたくしは、あの子の苦しみに気付いてあげられなかった……母として、王妃として、成すべき責務を充分に果たせなかったことを、心の底から恥じ入ります」

「そんな……王妃さま……」


 眉を寄せて悲愴な面持ちで顔を上げると、王妃は軽く屈んでミアと目線を合わせた。


「あなたが、奇跡の詩を蘇らせてわたくしの息子を救ってくださったのですね……ありがとう」

「王妃さま。わたし一人ではきっと不可能だったわ。クィンとヴァンがいてくれたから、わたしは詩を紡ぐことが出来たの」


 王妃はミアの左右に立つ長身の二人を交互に見やると、淑やかに一礼した。


「そうでしたね。あなたたちにも、改めて感謝申し上げます」

「恐縮です」

「俺は、出来ることをしたまでだ。なにより二人がいなかったら、エレオス王子はあのまま魔石に汚染されていただろうからな」


 つらつらと並べられる言葉は、ヴァンの本音だった。自分一人だったらどうなっていたかなど、ヴァン自身が一番よくわかっている。

 今一度「心から感謝する」と告げると玉座へ戻り、王は一つ咳払いをした。


「そなたらを呼んだのは他でもない。当家に伝わる石版を、奇跡の娘に見せたいのだ」

「詩魔法のことが記されているという、王家の宝物を……?」


 ミアが訊ねると、国王は神妙な顔つきで頷いた。


「抑もあの石版は、詩魔法のことが記されているとは聞いているが、我々は誰も読めていない代物なのだ。嘗ては世界中から学者を集めて、何とか解読しようとしたのだが……」


 ううむ、と難しい顔になり、国王は唸るように呟く。

 国宝の石版は、吟遊詩人になるための試練の場、静謐の洞の最奥から発見されたものだという。発見者である初代国王は内容を知っていたとされるが、訳本と思しきものは残されていない。

 石碑の文字は見るものによって変わるようで、しかも言語学者や古代文明に詳しい人間が見てもどの言語にも当てはまらないと首を傾げるばかり。書き写そうとしても何故か手が動かず、自分の見た文字の特徴を他者へ伝えることも出来ない。

 更に、学者に扮した盗賊や商人も紛れるようになり、幾度となく盗まれそうになったことから、解読は諦めて厳重に保管することにしたのだとか。そのため初代を除く歴代の王も、そして当代の王も、石版の内容は全くわからないという。


「しかし、詩の奇跡を起こしたそなたなら、もしかしたらと思った次第。済まぬが、引き受けてはもらえないだろうか」

「わかったわ。わたしに読めるかはわからないけれど……」


 ミアが答えると、奥の扉から厳かに宝飾箱が運ばれてきた。

 王が手ずから鍵を開け、ミアに向けて重々しく蓋を開ける。と、中には文字通りの石版が一つ、やわらかなクッションにその身を預けて収められていた。古いものであるにも拘わらず、風化した様子は全く見られない。つい先ほど岩盤から削り出されて加工したものだと言われても納得出来るくらい、欠けも傷もない綺麗な状態だった。


「では、頼む」


 宝飾箱を持っている騎士が膝をつき、ミアが石版を目にした瞬間、石版から白い光が放たれた。謁見の間を白く染める光の中、石版から糸がほどけるようにして文字が溢れ出ては、ミアの胸へと吸い込まれていく。

 全てが収まったときには、つい先ほどまで確かに刻まれていた文字は消え、代わりにエレミアの国章が大きく刻まれていた。

 そしてミアの体にも一つ、小さな変化があった。頭上に咲く花冠に、いままでなかった花が一輪加わっているのだ。それはエレミアを象徴する橙の花、エステルフラウだった。


「これは……いったい……」


 玉座の傍らで成り行きを見守っていた王子たちも、室内でじっと待機していた護衛騎士たちも、すぐ傍でミアと共に石版を見つめていた王と王妃も、そしてなにより、箱の正面で一連の出来事を目の当たりにしたミアたちも、暫くなにが起きたのか理解も把握も出来なかった。


「そなた……ミアといったか。文字は読まれただろうか」

「ええ。でも、読んだというより、わたしの中に詩が吸い込まれてきた感覚がしたわ。内容は……物語調に描かれた恋の歌のようだったわ」


 思わぬ言葉に、謁見の間にいるミア以外の全員が言葉をなくした。

 国宝と祀ってきたものが、恋の歌だとは。しかもその詩は消え、エレミアの国章になっている。これがなにを意味するのかもわからず、困惑と落胆がエレミア王家側の表情に深く刻まれた。

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