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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
壱幕◆チュートリアルの森
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初めての難所

「……ああ、そうだ。アンタら、妖精郷から来たってんならこのあと大森林を抜けるんだろ」


 スタウトの料金をテーブルに置き、徐に立ち上がりながら、ヴァンがクィンに訪ねた。


「ええ、そのつもりです」

「なら、一つ忠告しといてやるよ」


 クィンが肯定すると、口の端を持ち上げて笑みの形を作りながら、ヴァンは囁く。相変わらず、店内には何とも言えない緊張が漂っており、テーブルに銅貨など置こうものならガラと手癖の悪い冒険者が攫っていくのが常だというのに、誰一人近寄ろうとしていない。


「大森林はいまバンディットの根城になってる。通るんなら相応の通行料を用意していくことだ」


 そんな空気をものともせず、ミアはきょとんとした顔でヴァンを見上げている。その毒気のない顔に、くつくつと愉快そうな笑いを漏らして、ヴァンは片手を上げて去って行った。


 カラン――とドアベルの音が鳴り、扉が閉まる。そうしてやっと周囲の緊張の糸が切れ、店内にいつもの喧騒が戻ってきた。

 今し方の会話を聞いていた冒険者たちは、揃って相席していた二人へ同情の視線を向けている。この場にいる者たちにとって、ヴァンの言葉は「俺たちの縄張りを通るつもりなら充分に通行料を持ってきな」と言っていたように聞こえたためだ。

 事実、店内にいる冒険者の一部はバンディットたちを切り抜けてきており、そのならず者たちはヴァンの名を出して通行料をせびってきたのだ。銀貨を投げてその隙に逃げてきた者もおり、現在行商の足を止めて王都と街の双方で彼らに対峙できる冒険者を募っている状況である。


「ねえクィン、ヴァンって親切な方ね。相席しただけで忠告してくださるなんて」

「そうですね。通るときは充分気をつけましょう」


 今度こそ、冒険者たちは彼らを二度見した。冒険者だけではない。ヴァンが置いて行った銅貨を回収に来た店員でさえ、マニュアル通りの「お会計失礼します」の言葉を半ばで途絶えさせて目を見開いたほどだった。

 もしや、先ほどの忠告を言葉通りに受け取ったのか。

 店内で彼らの様子を見ていた人の、全ての顔にそう書かれていた。


「ごちそうさま。とっても美味しかったわ。このあと街を離れてしまうのが惜しいくらい」

「あ……ありがとうございます。調理担当の者にお伝えしておきます」

「ええ、ぜひ」


 会計と皿を回収に来た店員にミアが笑顔で伝えると、店員は一瞬面食らってから慌てて営業用の表情を取り繕い、九十度のお辞儀をした。ゴロツキの溜まり場などと揶揄されることもある酒場で働き始めてから数年。心からのお礼を口にされたのは初めてだった。


「クィン、そろそろ行きましょう」

「はい」


 ミアが淑やかに立ち上がると、クィンは椅子をテーブルの下へと押し入れた。無様にガタガタと椅子の音を立てることなく、涼しい顔で瀟洒(しょうしゃ)にこなしてみせる。

 スカートを軽く払って直し、歩き出す足音はとても軽い。甘い花の香りがミアの移動と共に扉へ向かい、クィンが開けた扉をミアが潜る。そして微かな残り香だけを幻のように漂わせ、不思議な客は店をあとにした。


 ミアとクィンは、妖精郷からゆっくり歩いて半日ほど南にある、北大森林前の街、ギルディアにいた。其処はかつて大森林に強大な魔獣が発生した際に臨時で設営した、冒険者たちの仮設住宅をそのまま利用、発展させた集落だ。

 街と呼べる規模になってなお王族や貴族の庇護下につかず、冒険者ギルドが運営する第一の街として発展を続けている。大森林を越えた先にある王城や貴族の領地とも協力しており、荒事を街が引き受ける代わりに、諸国との政治を引き受けてもらっている。

 ゆえに大森林を挟んだ対岸にあっても、物流や情報が途絶えることなく存続出来ているのだ。

 ギルディアから更に一刻ほど南下したところに北大森林の入口がある。王城側と街側、どちらも入口付近は街道と並ぶ舗装がされているが、奥へ行けば行くほど道は荒れる。交易のために馬車が悠々通れる程度の幅は確保しているものの、車輪ががたつくことは避けられない。

 大雨が降ったあとは更に悪路となるが、幸いにしてこの頃は晴れ続きだったため、歩くのに難儀することはなさそうだ。


「クィン、森が見えてきたわ。この森を越えたら、エレミアの王都があるのよね」

「ええ、その通りでございます」


 クィンの肯定を受け、ミアはいっそう表情を華やがせた。

 話で聞いていただけの世界が、色彩を持って目の前に存在している。ただそれだけで、楽しくて仕方がないといった様子だ。もちろん、旅の目的を忘れたわけではない。だが王は、旅の見送りの際に、ミアにこう告げていた。


『旅を楽しみなさい。平和な世界を、美しい景色を大いに楽しみなさい。心にたくさんしあわせを集めなさい。世界のためにも、君自身のためにもね』


 だからミアは、街の散策を大いに楽しんだ。初めての街での食事も堪能した。森へ続く道の端に咲く野の花に癒された。青空をとかしたようなそよ風に身を浸した。五感全てで世界を感じ、体と心に喜びを満たしていった。


 そうしていま、初めての難所である、北大森林の前に辿り着いた。

 道の傍らには木製の立て看板があり、世界交易文字で『この先大森林、エレミア方面』と二行に渡って書かれている。

 森の規模自体はとても大きいが、広く舗装された馬車道さえ逸れなければ特に迷うこともなく、歩きで行くなら四日ほどかければ通り抜けられる。キャンプに適した広場も所々にあり、冒険者が発展させた街との交易路なだけあって、余程無茶をして森の奥に行かない限り強力な魔物に生命を脅かされる心配もない。

 旅の始まりにはうってつけの場所だ。――――但し、バンディットの存在がなければ、だが。


「道も広いし、思っていたほど鬱蒼としていないのね。明かりは置かれていないから、夜になればきっととても暗くなるのでしょうけれど……上を見る限り、月明りも入ってきそうだわ」

「ええ。野営にも困ることはないでしょう。しかしミア様、足下が疎かになっておいでです」

「あ……ごめんなさい」


 小石に躓きかけたミアの手を取り、クィンが注意を促す。

 ミアの言う通り、森はとても明るく、広く切り拓かれた馬車道の外でさえ木漏れ日がきらきらと降り注いでいる。道の上はいうまでもなく、夜になっても月明かりと手持ちのトーチである程度の視界は確保出来そうだ。

 道を逸れた先を見れば傷薬や毒消しに調合できる薬草が自生しており、あれを深追いして奥まで行ってしまう新米冒険者が未だにいると、街で旅人が話しているのをクィンは聞いていた。そしてミアもまた、クィンが傍にいないと同じことをしそうなほど、瞳が好奇心に輝いている。


 散策のような足取りで森を進むこと、数刻。

 周囲の木々がガサリと揺れ、剣呑な空気が辺りに満ちる。クィンが足を止めるとミアもつられて足を止めた。それを合図にしたかのように、気配の主が周囲から姿を現した。


「随分場違いな客だなァ、オイ。いかにもなお嬢さんが馬車も護衛もなしに通ろうとは」

「女のほうは高く売れそうだ。テメェら、傷つけんなよ」


 童話で見た悪者の台詞をそのまま読み上げたような、あからさまな台詞と共に値踏みをする目が無遠慮にミアへ注がれる。それを遮るようにしてクィンが前に出ると、頭らしき男が周りに視線で合図を送った。バンディットはクィンを護衛と見做しておらず、歯牙にもかけていない。

 バンディットが武器を構え、クィンも腰のレイピアに手をかけ、一触即発の空気になる。


「あーあ、だから言ったのによ」


 それを破ったのは、張り詰めた空気を揺るがす、聞き覚えのある低い声だった。


「通行料を用意しとけ、ってな」

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