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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
弐幕◆降り注ぐ星の詩
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魔石の香炉

「……ん? どうした、執事さんよ」


 ふと、先ほどからエスタが駆けていったほうをクィンがじっと黙って見つめているのに気付き、食べる手を止めて訊ねた。クィンの眼差しはある一点を捕えており、その表情は訝しげでありつつ不審なものを見ている緊張感も僅かに感じられる。


「……彼方のほう、魔石の気配がありますね。我々が支払ったものとは別の気配です」

「えっ」


 クィンの言葉を受けて、ミアも同じ方向を見つめて集中する。と、なにかに気付いた顔になり、クィンを見上げた。


「……ほんとうだわ。どうして気付かなかったのかしら。エスタのペンダントも魔石だけれど……でも、あれはお守りに加工されたものだから違うわよね」

「とても微弱な気配ですから。恐らくは、欠片にも満たないクズの寄せ集めでしょう。この感じは指先ほどの粉末だと思われますよ」

「そうだとしても、ヒュメンは魔素耐性が低いのだからものによっては影響が出てしまうわよね。そんなものが、どうしてエスタのお部屋のほうにあるのかしら……?」


 二人の会話を聞き、ヴァンも同じほうを見てみるが、彼らの言う気配とやらはわからなかった。魔法種族特有の感覚なのか、それとも彼らが特別なのかはわからないが、二人の性格からしても、タチの悪い冗談というわけでもなさそうだ。


「その、魔石の粉とやらがあるとなにがマズいんだ? 姉ちゃんのお守りとは別なんだろ?」

「そうですね……種類にもよるのですが、だいたいが体調を大きく崩したり、強烈な幻覚や幻聴に悩まされることになるかと。所謂、魔素酔いの症状です」

「体調を……ねえ。此処のお袋さん、ずっと臥せってるって言ってたな」


 三人のあいだに沈黙が流れる。

 ミアとクィンが感知した魔石は、エスタのペンダントとは全く異なる悪しき気配だ。誰かが強い悪意を持って作成した、呪詛の欠片。それが、彼女の私室方面にある。エスタが母を案じる健気な娘を演じきっている稀代の女優というわけではないなら、それは第三者が持ち込んだことになる。

 誰が、何のために、この宿の誰をターゲットとしたのか。実物を見ないことには、確かなことは言えない。しかし、明確な悪意が形となって紛れ込んでいるのは事実である。

 暫く魔石の気配を探っていたミアだったが、小さく「あっ」と声を上げた。


「そういえば……あのね、あの大きなお宿の前で待っていたとき、中からお香の香りがしたのよ」

「お香? 随分高尚なこったな」


 怪訝そうにヴァンが言うと、ミアは自身の花翼を広げて見せながら続ける。


「わたしの花翼は感情によって香りが強くなったりするの。それで、お香の匂いと交ざってお宿の空気をおかしくしてしまうから、だから断られたのだと思っていたの」


 そう言ってから、ミアは小さく「でも……」と呟き、なにかを思い出すような仕草をした。顎に立てた人差し指を添え、首を傾げて不思議そうに呟く。


「いま思えば、エスタのお部屋のほうから感じる魔石の気配と似たものを、あのお香で感じたわ。香炉に魔石が使われているのか、魔石を砕いて香草に混ぜたのかまではわからなかったけれど」

「それは気付きませんでした。なにせあの宿は、過剰な装飾全てに魔石を使用していたので」

「それな。シャンデリアや壁画なんかが全部魔石でギラギラしてたのは俺でも気付いたわ。あれでヒュメンが魔素酔い起こしてねえのもなんかありそうだな」


 扉が開いたのはドアマンが中に入ったときと中からスタッフが出てきた一瞬で、それも人ひとりやっと通れる程度の幅だけだ。しかし逆に言えば、その僅かな隙でさえもわかるほど過剰な装飾が施されていたともいえる。


「もしかしたら、お香の魔石の気配を紛らわせるためにあんだけ魔石まみれの装飾にしてたのかも知れねえなァ」

「ふむ……それはありそうですね。なにせ私も気付かなかったほどですから。ヒュメンなら尚更、香炉が目に入ったとしても気付けないでしょうね」


 魔法の素養、魔術への耐性はそのまま魔素耐性に直結するため、種族によって大きく異なる。

 この場にいる三人で言うなら、一般的な人間……ヒュメンであるヴァンが一番魔素耐性が低く、次いで魔石を身に宿している妖精種族のクィン、最も魔素耐性が高く気配にも敏感なのがミアだ。特に神代種族でもあるミアは食事や呼吸までをもを体内で魔素変換することが出来るため、一般に出回っている魔石がその辺に置かれている程度では、然したる影響を受けない。


「なあお二人さん。俺も街で聞いてきた話があるんだが、もしかしたらこの宿とあの宿、それから例のはっちゃけ王子様の件、全部繋がってるかも知れねえぜ」

「だとすると、我々が明日すべきことは一つですね」

「ああ。城に行く。ついでに渡航許可証をもらわねえとな」

「そんな、ヴァン……」


 驚くミアの肩に、クィンの手が優しく置かれる。泣きそうな表情で見上げてくる幼い主人の瞳を見つめ、クィンは身を屈めて頬の傍に唇を寄せた。


「ご安心ください。エスタやこの街を見捨てて海を渡る算段ではございません」

「ほんとう……? わたしにはどうするつもりかわからないのだけれど、任せていいの……?」

「ええ。私の全てはお嬢様のためにあります。お嬢様の意に反することは致しません」


 まるで恋人が睦言を囁くかのような距離感だが、ミアにもクィンにも全くその気はなさそうで。彼らが本当に幼い頃から当たり前にああして過ごしてきたのだとわかる。

 最後にヴァンにも聞こえない声でごく小さく囁いたとき、ミアの表情がハッとなった。いまにも泣きそうだった顔が引き締まり、小さく頷く。


「でも、具体的になにをすればいいの? わたしに出来ることはあるかしら……」

「そうだな。嬢ちゃんは王子のやらかしを知っちゃいるが、だからって王子が乱心したと決まったわけじゃねえだろ? なにせ俺たちは余所者だ、普段の王子を知りもしねえ。……ああ、そうだ。嬢ちゃん、一つ頼まれちゃくれねえか」

「わたしに? ええ、もちろんよ」


 力強い眼差しで頷いたミアに、ヴァンはニッと笑いかけると「まずは腹拵えだ」と言って食事を再開した。

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