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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
弐幕◆降り注ぐ星の詩
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二つの宿

 左腕に古紙を貼り合わせて作った袋を抱え、右手にメモを携えて。ヴァンは街の大通りを歩いていた。夕方になっても職人通り付近の賑わいは衰えておらず、それどころか酒場を目指す冒険者の姿が昼間以上に増えているほどだった。

 城から真っ直ぐ伸びる凱旋広場前の通りと、東に延びる職人広場の通り、西に伸びる吟遊詩人の像が飾られた記念広場へ続く西大通り。三本の太い道が城から放射状に伸び、その周囲に市街地が形成されているのだが、住宅街は西大通り付近、商店街や宿などは職人通りに、それぞれ集中している。エスタの宿は職人通りから一本横道に入ったところにあるため目立たないが、件の宿は凱旋通りのすぐ傍に建っている。

 王族のパレードなどがあるときには通りに面した部屋が割高になり、選ばれた貴族や金持ちのみ其処へ泊まることが出来るらしい。というのも、その宿自体が王家に連なる貴族の御用達であり、普段から宿に泊まれる人間を選別しているのだという。


「――――なるほどなァ」


 街を巡りながら、雑談ついでに集めた情報は、そこそこヴァンを満足させた。どうりでと、先の宿屋でのやり取りを思い返す。

 最初に例の立派な宿へ入ろうとしたとき、一行は入口のドアマンらしき男に止められた。そして彼らはヴァンをじろじろ値踏みするかのように眺めてから一人が中のスタッフを呼びに行き、暫く待たされた挙げ句に「お部屋をご用意することができませんのでお引き取りください」と素気なく言われてしまったのだ。

 立ち去り際、彼らがミアとクィンのほうを見てなにやら囁き合っていたことも気付いていたが、街に着いたばかりで事を荒立てるつもりもなかったヴァンは、なにも知らない風を装ってその場をあとにした。

 あの宿屋にはなにかありそうだが、いまのところわかるのはぼんやりとした悪印象程度だ。


「んじゃ、帰りますかね」


 メモを食材の詰まった紙袋に突っ込み、宿への道を辿る。と、前方から見るからに上等な装備を身に纏った冒険者が歩いてきた。両手剣を背負った軽戦士の男性に、魔術師らしき女性、聖術師の女性という出来たてハーレムのような状態の彼らは、ヴァンとすれ違い様にチラリと視線をやり、わざとらしくクスリと笑って何事か囁き合った。


「無名の貧乏冒険者は大変そうだな。ろくな宿に泊まれないばかりか、食事すら自力調達ときた。僕だったら恥ずかしくて表を歩けないね」

「やだぁ、あり得なぁい! アタシはあんな冴えないザコとパーティじゃなくって良かったぁ」

「そんな……本当のことを言っては可哀想ですよ。これも神の思し召しですわ」


 枯れ藁色の髪をした軽戦士の青年が大仰に溜息を吐いて言うと、魔術師の女性が豊満な胸を男の腕に押しつけ、しなだれかかりながら笑う。そんな二人を窘める振りでその実似たようなことしか言わない聖術師の女性は、純白の衣装がくすんで見えるほど悪辣な嘲笑を張り付けていた。


「フン、底辺はプライドも底辺なんだな」


 彼らの戯言に構わず通り過ぎ、角を曲がる寸前。軽戦士の青年が吐き捨てるように言った。その三人組は凱旋広場方面へと消えて行き、例の宿屋の名前を出しながら自慢げに自身の幸福と功績を並べて笑い合っていた。


「兄ちゃん、大丈夫かい? 災難だったな」


 角を曲がったところで、ふと傍らの店で店仕舞い作業をしている壮年の男性に声をかけられた。男性はもみあげから繋がった立派な白い顎髭をしゃくりながら、難しい顔をして低く唸る。


「いまの冒険者ら、凱旋広場の宿にここんとこずっと泊まってるんだが、街にきたばっかのときはあんなんじゃなかったんだぜ」

「へえ? 前はどんな連中だったんだ?」

「気のいい青年だったよ。爽やかな好青年って感じで、二人の女の子たちもあんなアバズレじゃあなかった。あの宿に泊まりだしてから、妙に偉ぶるようになっちまってなあ……」


 そう言ってから、男性は「すまん」と頭を掻いた。


「連中を庇うつもりはないんだ。気を悪くしたらすまねえな」

「いや、気にしちゃいねえさ。随分ご立派なお宿だから、なんか勘違いしちまうのかね」

「そうかもしれねえなあ」


 怪訝そうな表情の男性と別れ、ヴァンは今度こそ宿のある横道へと入っていった。冒険者向けの酒場がある通りは賑やかだが、この周辺は静かなもので、宿が見えてくる頃には喧騒も遙か遠くの余所事になっていた。

 しかし、閑静なはずの宿まで来て、ヴァンは少女の泣き声が聞こえてくることに気付いた。


「宿屋の姉ちゃんか……?」


 声の主はミアではなさそうで、グズグズに泣いているためわかりづらいが、どうもエスタの声のようだ。なにかあったのか、それとも現在進行形でなにか面倒事が起きているのか、警戒しながら扉を開く。


「ひっ……! あ……ヴァンさん……っ」


 ヴァンの目に飛び込んできたのは、階段下でクィンに抱えられた状態で意識を失っているミアとその傍らで泣きじゃくるエスタという、明らかになにかあったとしか思えない光景だった。目元も頬も、何なら袖口からエプロンまでも涙で濡らし、それでもミアの頬に濡らした布を当てながら、真っ赤な頬で見上げてくる。


「おいおい、ちょっと出てるあいだになにがあったんだ?」


 一先ず買ってきた荷物をカウンターへ置くと、惨事の現場にしゃがんで訊ねる。


「ひぐっ……そ、それが……っ……エレオス様が、先ほど宿へいらして……」

「私が話します。その前に、ミア様をお部屋に運ばせてください」

「は、はい……すみません……私、すぐにお水をお持ちしますっ……」


 涙を拭いながら立ち上がると、エスタはバタバタとカウンター奥へ消えていった。ミアを抱えて立ち上がったクィンに続き、ヴァンも階段を登って部屋に入る。ミアをベッドに寝かせたところで扉がノックされ、応答を待ってから小型の盥を持ったエスタが入ってきた。


「お水をお持ち致しました。どうぞ、お使いください」

「ありがとな。話はクィンから聞くから、アンタは出来そうなら夕食の支度を頼むわ」

「はいっ、畏まりました。出来ましたら改めてお伺い致します」


 深々と一礼し、エスタは静かに退室していった。

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