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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
漆幕◆忘れじの子守歌
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故郷で待つもの

 ミアが影に攫われてから数日が経過した。

 しかし一行は、未だ決定的な手がかりを掴めずにいた。

 宿屋の主人が娘は港町で攫われたと話していたことを受けてポルトゥスパトリアまで戻って来たものの、ひと月近く前のことを覚えている人は殆どいなかった。

 一方で同じように子供を影に攫われたという人から話を聞くことは出来たが、誰も宿屋の主人と同様、気付いたら我が子が影に沈んでおり、どうにも出来なかったというものばかりだった。ただ話を聞いていると、子供の年齢と性別がバラバラであることが判明した。

 一人目は二歳の男児。二人目は四歳の男児。三人目と四人目は六歳の双子男児。五人目は宿屋の主人の娘。そして、外見年齢だけなら十歳に届くかどうかというミア。


「何だか、兄弟みたいだ」


 拠点として取った宿に戻り、これまでの情報を纏めていたところ、ルゥがぽつりと呟いた。

 何処か懐かしそうな、遠い故郷を見つめる表情で机上のメモを見ている。


「兄弟?」

「うん。おれの兄弟、ほんとはもっと、いっぱいいた。おれの種族、大人になったら群れを出る。だから、兄弟がどこにいるか、おれもしらない。けど、小さい頃はいっぱいだった」

「狼獣人は十五歳で成人だし、ある程度力をつけるまで群れに戻れないんだっけ」

「そう。外が気に入って、戻らないやつもいる。戻ってけっこんするやつもいる。そしたら子供をたくさん産んで、子供は育ったら外に出る。そういう種族」

「なるほどねえ」


 ルゥとシエルが話しているあいだ、ヴァンは一人難しい顔をしていた。痛みを堪えるような鋭い目つきで、思案に深く沈んでいるような心此処に在らずといった虚ろな空気が彼を包んでいる。

 それにいち早く気付いたクィンが彼を案じていると、視線に気付いたヴァンが顔を上げた。


「なにか、思うことがあるのですか?」

「…………ああ、そうだな……」


 重苦しい息と共に、ヴァンは思い至ったことを吐き出す。


「俺の……亡くした兄弟と、同じなんだ」

「えっ」

「俺を除いて一人足りねえけどな」


 思わずといった様子で声をあげたのはシエルだった。隣ではルゥも目を丸くしている。まさか、ヴァンも兄弟を失っていたなんて。二人の顔にはわかりやすくそう書かれている。


「執事さんには話したんだけどな、俺はガキの頃家族を全員亡くしてるんだ。っつーか村ごと壊滅してるんだけどよ。そんときの兄弟たちの年齢がまんまこの通りなんだ。こんな偶然あるか?」

「偶然……ではなかったとしたら」


 クィンの声が、水面に落としたインクのように皆の心に広がっていく。

 もしもこれが、偶然ではなかったなら。意図して選ばれていたとしたら。選んだのは?

 其処まで考えて、ヴァンは表情を悲愴に歪めた。


「……マイア……お前なのか……?」


 ヴァンの脳裏に浮かんでいるのは、当時の自分より一つ年上だった姉の顔だ。

 世話焼きで両親の手伝いを良くしており、兄弟の面倒見も良い少女だった。特にヴァンを抜いた次の妹と仲が良く、山菜摘みのついでに妹のために綺麗な花を摘んでくることがあった。調査した中でいないのは、当時のヴァンと同じ年の少年ともう一人、マイアと同い年の少女だけ。


「だとしたら、ヴァンの故郷に潜伏している可能性が高いですね」

「妹が攫われた場所ってことはねえか? まあ、それだと探しようがねえんだが」

「恐らくそれはないかと。魔骸は歪んでしまった願いを叶えようとします。その願いが何であるか私にはわかりませんが……兄弟姉妹と同じ年の子を集めているなら、もしかしたら……」


 全員の予想が、一つに収束する。

 なにも知らない幼子が見知らぬ廃村に連れてこられて、赤の他人が姉を名乗る状況に落ち着いて対処出来るとは思えない。最初に攫われた子に至っては三年ほど前だという。

 ヴァンはなにかを耐えるように奥歯を噛みしめてから、皆の顔を見て口を開いた。


「村に案内する」 


 ヴァンが御者を務め、一行は馬車で彼の生まれ故郷を目指した。港町からマギアルタリアまでは有料転送門を使用し、其処から更に北東へと向かう。街道を大きく逸れ、ひたすらに悪路を行く。村が崩壊する以前から道など敷かれておらず、荷馬車も滅多に通らない場所だった。


 ダオロス山脈の麓……大陸の外れに、その村はあった。

 ヴァンの古い記憶と、寸分違わぬ姿で。


「どういうことだ……? もう人は住んでないはずじゃ……」


 外れに停めた馬車を降り、あり得ない光景に目を瞠る。

 山裾に広がる田畑も、防寒など全く考えられていない木製の家も、全てが記憶通りだった。あの悪夢の日に全て焼かれ、灰となったはずの村がある。

 信じられない光景に見舞われ、ヴァンはふらふらと村に近付いた。


「ヴァン! だめだ!」


 なにかに気付いたルゥが叫ぶ。――――が、遅かった。


「っ……!?」


 ヴァンが一歩村に足を踏み入れた瞬間、眼前を炎が吹き抜けた。

 思わず飛び退り、改めて村を見る。炎の壁の向こうで、悪夢が再演されていた。


「……嘘、だろ…………」


 泣き叫ぶ声、逃げ惑う足音、物が崩れる音に、扉が叩き割られる音。

 子供を奪われまいと抵抗する母親の背に、容赦なく斧が振り下ろされる。泣き喚く子供を殴って黙らせては次々に袋詰めする大男がいる。空になった家から先に火を付けられ、蓄えが賊の馬車に乗せられていく。無慈悲に強奪される“荷物”の中に、幼い子供の姿もあった。

 建物も、木々も、畑も、子供たちが春の芽吹きを楽しみに種を植えた小さな花壇も、全てが炎に飲まれ消えていく。

 地獄のような光景を前に、ヴァンは呆然と立ち尽くしていた。

 あの日ヴァンは、駆けつけることが出来なかった。そしていまも、なにも出来なかった。

 伸ばした手は空を切り、至近距離で燃え盛る炎さえもすり抜けてしまう。熱さを感じず、触れた感触さえ無い。幻だ。目の前で繰り広げられているなにもかもが。けれどこれらは、村の記憶でもあった。全てを奪われ、灰と化した村が覚えている、あの日の記憶なのだ。


「これも、魔骸の能力なのでしょうか……」

「そうだとして、何のために? 叶えたい願いに関係あるっていうのかい? これが……?」


 誰もが目の前の光景を信じられずに呆然としていると、村の奥から風切り音がした。

 反応出来たのはルゥだけで、狙われたヴァンを庇って飛び退る。すると一瞬前までヴァンがいたところを、黒い荊の鞭が抉り抜いた。


「誰だ!?」


 ヴァンが叫ぶ。

 荊の出所を睨み、そして……絶句する。


【許さない。あたしの村を、兄弟を、奪ったお前を許さない!! 殺してやる!!】


 そう叫ぶ少女の髪は、ヴァンの前髪に入っているメッシュの差し色と同じ、燃えるような赤色をしていた。

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