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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
弐幕◆降り注ぐ星の詩
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星と詩の国エレミア

 中央広場でのキャンプから更に一日半かけて大森林を抜けた一行は、エレミアへの街道を歩いていた。幸運なことに天候が大きく崩れることもなく、晴天の下を足取り軽く進んで行く。

 時折道の真ん中を馬車が駆け抜けていき、その度にクィンの腕に抱きしめられるのだが、馬車に気がつかないほどぼんやりしているつもりもないミアは、大事にされている事実にうれしいやら、相変わらずの子供扱いに切ないやらで、内心複雑だった。


「あ、何だか賑やかな声が聞こえてきたわ。ねえヴァン、もうすぐエレミアの城下町?」

「おう。城で渡航許可証を発行してるはずだが、まずは宿を取らねえとな」


 宿という言葉を聞いて、ミアは表情を華やがせた。


「うれしい! 久しぶりに屋根のあるところで眠れるのね」


 その喜びように、ヴァンはやはり妖精郷育ちのお姫様に野宿はキツかったかと苦笑した。が、


「お外で眠るのも冒険をしている感じがしてわたしは楽しいけれど、それは二人が見守ってくれているからだもの。お宿なら一緒に休めるのよね。楽しみだわ」


 続くミアの言葉は、二人への気遣いで満ちていた。

 胸の前で両手の指先を合わせ、はにかみながら初めての城下町に対する期待と好奇心を紡ぐその様子に、クィンもヴァンも少なからず和やかな気持ちになっていた。


 エレミアは星と詩の国とも呼ばれており、吟遊詩人発祥の地でもある。

 歴史的な出来事や英雄譚、戦争の記憶や妖精郷の美しさ。様々な物事を詩に込めて後世へ伝える手段を確立した初代吟遊詩人こそが、この国を建国した初代エレミア国王でもある。街の広場には吟遊詩人の像が建てられており、職業として認められるには町の南にある静謐の洞でとある試練をこなす必要がある。

 また、この国では詩を特別なものとしているため数十年前に起こったティンダーリア崩壊により喪われたとされる技術『詩魔法』に関連する石版を、奇跡の証明として王城に保管している。

 街が近付くにつれ、祭でも開催されているのかと思うほどの喧騒が聞こえてきた。音楽が通りを賑わし、道行く人々はそれに耳を傾ける。広場では手を取り踊る男女がいたり、子供たちは玩具の楽器を手にして好きな吟遊詩人の真似事をしている。

 商店が建ち並ぶ職人通りの片隅では、リュートを手にした吟遊詩人が、エレミアに伝わる神話を元にした歌物語を道行く子供たちに向けて謳っている。

 この街には当たり前に音が溢れ、人々は当たり前に詩と音楽を共有しているのだ。


「わぁ……! 素敵な街並みね。遠くにお城も見えて、とっても賑やかだわ」


 頬を紅潮させ、ミアは街の入口から周囲を見渡した。

 家も店も基本的に臙脂色の屋根に白い壁で、薄い茶色の煉瓦が壁の角を補強し、それが装飾にもなっている。窓辺には花が飾られ、店先には何処も当たり前に楽器が並んでいる。驚いたことに、道具屋などだけでなく食料品を扱う店にまで楽器が並んでいるのだ。

 それらは店を象徴する装飾として置いていることもあれば、ついでの売物という場合もある。


「いらっしゃい、可愛らしいお嬢ちゃん。見たところ、この街は初めてのようだね」


 辺りを見回しながら歩いていると、道脇の店から声をかけられた。看板には麦穂の絵が描かれており、その看板は竪琴の形をしている。

 ミアが店に近付くと、そのすぐ後ろをクィンもついてきた。だが、ヴァンは少し離れたところで二人の動向を見守る形で待機している。


「ええ、そうなの。おばさまは、何のお店をなさっているの?」

「うちはパン屋だよ。旅人向けの乾パンから、朝食用のミルクパンまで色々あるよ」


 店主は恰幅のいい中年女性で、店奥のカウンターには珍しいことにリュカントの男性がいる。

 獣の耳や尾は出していないが独特の虹彩は隠すことが出来ないため、一目でわかる。どうやら、彼は蜂蜜色の瞳に鋭い虹彩を持った、狼獣人のようだ。


「娘の旦那が気になるかい?」

「えっ、あっ……ごめんなさい、不躾に見つめたりして」

「いいんだよ。確かに、こんな賑やかな人里にはあんまりいないからねえ」


 明るく笑い飛ばす女主人おかみの背後で、獣人の男性が鋭い視線を向けてくる。

 とはいえ、纏う空気に棘がないことから、怒っているというよりは元々の目つきが鋭いせいで、視線まで鋭くなってしまうだけのようだが。


「そういうお嬢ちゃんも、珍しいね。フローラリアがどうして旅なんかしてるんだい?」

「わたし、わけあって妖精郷で育ったのだけど、王のご配慮で故郷へ帰るところなの」

「そうかいそうかい。それは長旅になりそうだね。……おっと、いけない。宿がまだなんだね? 保存食が必要になったらうちにおいで。オマケしとくよ」

「ありがとう、おばさま。次はきっとお買い物に来るわ」


 手を振って女主人と別れると、ふらりとヴァンが近寄ってきた。その手にはいつの間に購入していたのか、軽食が握られている。


「ヴァン、それはなに?」

「クラディミールってヤツだな。この街は海を目指す旅人も多いから、こういう馬車ん中でも軽く食えるもんがあちこちに売ってんだ」


 ヴァンの説明を聞いているあいだも、ミアの好奇心に満ちた視線は手元のパンに注がれている。挟まれている具材は畜肉とチーズをスモークしたものと、サニーレタスに似た形の赤い葉物野菜、ルベルオルスを細長い形のパンに挟み、店独自のソースを仕込んだものだ。

 冒険者用の棍棒や、製菓などに使う麺棒に良く加工される、固くて丈夫な木材クラディスの枝に似て丸々した棒状の形に焼き上げるパンを使用することから、その名がついたとされている。

 生野菜が含まれているため保存食には向かないが、ギルディア方面にしろ港町方面にしろ馬車で向かう最中の腹拵えには丁度良い、旅のお供だ。


「カーシャも美味しかったけれど、此処の食事も美味しそうでいいわね。お宿を取ったらお料理を供してくださるお店が見たいわ」

「だいたいの宿では食堂も兼ねてるだろうから、食事代込みで宿を取ってもいいと思うぜ」

「では、まずは宿へ参りましょう」


 ミアとクィンは手を繋ぎ、ヴァンは食べ歩きをしながら、一行は宿を目指す。

 しかし大通りに面した大きな宿に入ろうとしたが、部屋がいっぱいだと言われたので、街の人にお勧めを聞いて、道を一本横に入ったところにある素朴な食堂兼宿屋を尋ねることにした。

 その宿屋は、規模こそ小さいが手入れが行き届いており、木枠の窓辺や木製の扉に吊り下げ型のプランターが下がっていて、赤子の手のひらほどの大きさをした橙色の花が植わっている。

 扉を開けた先は食堂になっており、ヴァンが言った通り食事と部屋を同時に提供してくれる場であるようだ。


「邪魔するぜ」

「わ、い、いらっしゃいませ。如何なさいましたか?」


 ヴァンが声をかけると、ミアより少し年上と思しき少女が奥のカウンターから駆けてきた。頭に白い三角巾に似た帽子を被り、鮮やかな赤毛を二本の三つ編みにした、雀斑が可愛らしい少女だ。服装は緑のエプロンドレスで、裾の刺繍は此処へ来るまでに見たエレミアの住民が身につけている衣服についているものとよく似ている。

 胸元には明るいグラスグリーンの石がはめ込まれたペンダントが下がっていて、彼女の瞳と同じ爽やかな草原を思わせる輝きを放っている。


「ご機嫌よう。お部屋を貸して頂きたいのだけれど、空いているかしら」


 ミアが訊ねると、少女は一瞬意外なことを言われたときのような、驚いた表情をした。


「は、はいっ、ございますよ。三名様で……ええと、二部屋でよろしいですか?」

「? いいえ、一部屋で充分よ。それとも、三人泊まれるお部屋はないのかしら?」


 きょとんとした顔でミアが訊ねると、少女は「いえっ!」と慌てて首を振った。客の事情に首を突っ込みかけた自分を制し、気を取り直して姿勢を正す。


「お支払いは如何なさいますか? 交易通貨とエレミア銀貨、魔石で承っておりますが」

「魔石でも良いの?」

「はい。ただ、その、図々しいお願いではございますが、焔石があると大変助かります……」


 エプロンを弄ぶようにしながら、俯きがちに少女が言う。

 焔石なら妖精王に持たされた魔石の中に含まれていたので、袋から取り出して差し出した。


「これで三人の一泊分になると良いのだけれど」


 ミアが差し出した魔石を見た瞬間、少女は言葉をなくして目を見開いた。


「さっ……い、一泊分だなんてとんでもないです! これならうちどころか、大通りの宿屋さんに泊まれますっ! うちでは十泊分でもあまるほどで……」

「えぇっ」


 大慌てで恐縮する少女と、足りないどころか余ると言われて受け取ってもらえず困惑するミア。まさか本当に十日も泊まるわけにもいかず、かといって他の焔石はもっと立派なものばかりだ。

 妙なところで進退窮まったミアは、ただただ困惑することしか出来なかった。

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