出会う前
「今野は事務所見といてよっ俺たちはイベント会場行ってくるからさっ!!」
加瀬さんは私に調子のいい口調でそういっていつも通り部署の若い子たちを引きつれながら
会場へ向かっていった。
見えるイベント会場では若手の女子たちと加瀬さんが
大学サークルみたいにダラダラと、イチャイチャと、キャッキャウフフなどもしながら
仕事と言われているツールを使って遊んでいる。
相反して私は管理棟の留守番担当。イベントに関する問い合わせや調整。時には加瀬さんのその姿を見ながらその件に関してのクレームに対応するなんてこともしょっちゅうのことだ。
そのような日々がここ3年間、毎日の仕事となっている。
私はこの会社には感謝している。幼少の頃からの目標であった家業の引継ぎを断念した私は
この会社に拾ってもらえる前まで完全に自分を見失っていた。
自己価値=家業を引き継いでいる自分だった私は、急にその目標を失い途方にくれていたのだ。
私の家族が営んでいた実家は福島県にあり、洋品と寝装品の営業をしていた。
目標のために、高校は商業高校に行き、卒業後すぐに大阪で修業をした。
そこで今の嫁と出会い、結婚。正直、会社は経営状態が良いとはいえなかったけど
どうにか家族を養う程度の収入はあったので質素ながら順風満帆な生活を過ごしていた。
しかしその日常は東日本大震災という天災にてあっけなく崩れ去ってしまった。
東日本大震災によって原子力発電から放射線物質が拡散され
私の実家から500メートルほど北東の場所が避難対象区域となった。
私の地域は国から「安全」と言われる場所でありながらその土地の
人口は減り続け、間もなく営業が成り立たなくなっていった。
従業員への給与が払えず頭を抱える父を見るに見かねて、私は父に
「こんなつまんない仕事今日で辞めて大阪にいくから」という言葉を残し
給料ももらわず大阪に避難することを決めた。
避難してから約2年ほど安定しない日々を過ごす中
当時、避難してきた私を「避難者」ではなく一個人で見てくれたのがこの会社だった。
私はこの会社感謝の意を表すという新たなアイデンティティをもらい毎日を過ごしている。
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「今野~ 今日から新たに3人。救急担当が増えるからな~」
そういえば以前に私が加瀬さんにイベントでの怪我に対応する専門スタッフを増やしてほしいことを言っていた。二人で飲みに行ったときに言ったささいなことだったのだが、加瀬さん覚えててくれたようだ。
加瀬さんは仕事が細やかだ。ぶっきらぼうで適当な返事が多い上司だが実は真面目で
自分に誠実な人だ。それを分かっているからみんな加瀬さんについていく。私もそのひとりだ。
『救護担当ですし、若い子ですし、加瀬さんが面倒みる。でよろしいですか?』
「ん?いやいや、救急なんてめんどくさいことしたくないからお前が面倒みるんだよ?」
…というわけで私が3人の担当となった。




