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 その変化は緩やかにやってきた。


「またか」

「見張りの兵がこれを発見、報告の後に第三部隊により討伐との事です」


 少し大きめの兎に見えるその死体は、腹部を貫かれている。


「被害は?」

「重軽傷者が二名、どちらも命に別状は無いとの事です」

「単独だったのか」

「報告ではその様です」


 国の兵。五人一組で隊を組む彼らは、その誰もが厳しい訓練を積んだ者達だ。

 部隊番号による序列こそあるものの、この国に誇れる兵。


「一匹相手に二人もやられたのか」


 思わず口を吐いて出たそれは兵に対する落胆では無く、目の前に転がる不思議な生物に対する純粋な驚愕だった。

 見れば見るほどに小動物としか思えない風貌に、似つかわしくない赤黒く鋭い目。

 頭部から伸びる鋭い角は、件の兵達の血で濡れている。


「これ一匹とも限らん、発見した者に話を聞き周囲を警戒させよ」

「はっ!」


「……段々と増えてきているな」


 最初に報告に挙がってきたのは半年前。

 街道沿いで妙な物を見たと言う商人の話。

 曰く、それは水の詰まったような半透明の丸い物体で、子供の頭くらいの大きさで。

 それが動き回っていたと言う。

 休暇中の兵が偶々その場に居合わせ、世間話として聞かされた。


 作り話にしても突拍子の無い内容に、笑いながら聞いていたがその二日後。


 それの死体が回収されて来た。


 死体、と言っていいのかもわからないそれは、話に合った通り半透明で弾力があり、なおかつ大の男が全力で引っ張っても千切れない強度を持っていた。

 長年生きてきたつもりだが、このような物は見たことが無い。

 

 聞けば、野外での訓練中に遭遇し、襲い掛かってきたという。

 意味が分からなかった。

 目は無い、口もない、と言うよりも生物として一切の器官を有していないこれが、何故そんな行動に至る。

 いや、そもそも何故動く。

 水袋が自身の意思で動き、人に害をなすなどありえない。

 襲われた兵は骨にヒビが入ったそうだ。

 何の冗談だ。

 実は訓練中の事故でした言われたほうがまだ幾分かマシだ。

 そうして駆け付けた同部隊の者が剣で数度切りつけると、弾けるようにして死んだのだと言う。

 初めて兵の前で頭を抱えた。


 自分の理解の限界を優に超えたその報告は、現在までに何度となく挙がってきており、その数は直実に増えている。

 何かの予兆であることは間違いない。

 だがいったい何の?

 こんな、不可思議な生物が現れる原因とはいったいなんだ。

 考えてもわかりはしない。

 ただ私にできる事は民の為、国の為、何が起ころうとも冷静に対処する事だけだ。

 それが国王としての私の仕事なのだから。


「ほ、報告です!」


 扉が勢いよく開かれ、兵が狼狽しながら声を上げる。

 よほど火急の事なのか、通す筈の使用人の姿が見えない。


「……今度はなんだ」


 またぞろ、不可思議生物の発見報告だろうか。

 さすがにここまでくると慣れてくるもので、半分諦めが混じってくる。

 今更どんな物がこようとも驚きもすまい。


「木が動き出したか?それとも岩か?」

「しょ、少年が」

「まさか犠牲者が出たのか!」


 これまで、この手の報告で一般人に被害が出たことは無かった。

 それを恐れて警備を厚くしたのだ。

 けれど絶対は無い。

 それは平時でも同じ事。


「いえ、そうではなく!」

「ではなんだ!早く言え!」

「少年が街の教会に降ってきました!」


 そう、絶対は無い。

 特に今は、平時では無いのだから。


 子供が城下町の教会に屋根を突き破って落ちて来る事など、平時ならあり得ないのだから。


 この国で、教会より背の高い建物など我が城以外に無い。


 ならその少年はいったい、どこから落ちてきたというのだ?


「……第六の、部隊長を保護に向かわせろ、医療班も」

「は、はっ」


短く返答、忘れず敬礼して兵は走って行く。


「もう、訳が分からんな……」

「殿下、大丈夫ですか」

「居たのか」


 いつの間にか使用人が扉の横へと控えていた。

 よほど動揺していたらしい。


「少し、休む」

「かしこまりました」


 今この国に、世界に起きている現象を知るものはまだ居ない。


 これは始まりですらない。


 始まりの物語のその昔。

 

 遠い遠い過去の出来事。


【魔物】や【魔法】という存在が、まだ知られて居なかった頃のお話。

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