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二周目少女の見敵必殺  作者: ひまねこ枕
3/3

可哀想な家系



 衝撃の告白を連発されてすでに青色吐息だが、姉は容赦してくれなかった。


「うちの家系はヤンデレホイホイらしいのよ」


 メイドさんが淹れてくれた紅茶を口にして、見た目は少女中身は大人なご同類、クロープ・ミルスロートはそう切り出した。


「やんでれほいほい……」


 イヤすぎる字面である。

 しかし、思い返すだに納得できてしまうのが更につらい。


「ああ、ヤンデレって『執着や好意が人並み外れて強いひと』って意味ね」


 念押しするように説明しないで。心が折れる。


「実際とはちょっと違うかもしれないけど、理解はしやすいでしょ? 覚えもあるでしょうし」

「それは、まぁ」


 あいまいに答えて、ちからなくうなだれる。

 だって自分の死因はまさしく『それ』だ。今以て何が原因になったのかさっぱりわからないが、関わる人間が次から次へと歪んでいった。


「ヤンデレってのがいちばんしっくりくるよ、実際」


 ただの友人と思っていた相手が徐々に不穏な気配を纏い、いつの間にやら好意を口にしているはずなのに悪寒が止まらなくなるというあの感覚は、もう味わいたくないものである。

 なんて、自分なりに咀嚼しつつ紅茶を口に含んだところでクロ姉が小さくあら、とつぶやいた。


「ヤンデレにその反応ってことは、シロルも元日本人? しかも平成ぐらい? ゲームとか小説とかマンガとか分かるひと?」

「ぶふっ」


 さらっと新たな爆弾をぶちこまれ、盛大にむせた。紅茶が気管に入ってしまい激しく咳き込む。

 確かに、私の『前世』は日本人だった。といっても、体感的には十数年以上前の話なのでもう、あまり覚えてはいないけれど。

 しかしそういう言動でこちらの反応をうかがえるというのなら、同じことがクロ姉にも言えるということで。


「げへっ、ぐえっふ……そ、その口ぶりって、まさかクロ姉も!?」


 行儀は悪いが口元をドロワーズのすそで拭う。鼻から出なかったのは奇跡じゃないかな。


「そうよ。ていうか、うちの家系全員転生してんだけどね」

「なにそれ初耳!」


 今日はいったい何回驚けばいいのだろうか。

 とっくのとうに脳は処理能力を超えていたが、逃げられないのだから仕方がない。


「そりゃねぇ、言えないわよ」


 クロ姉はしみじみとつぶやき、カップをソーサーに置くと肩のこりをほぐすように首を回す。

 記憶に残っていた姉はもうちょっとこう、おとなしやかというかお嬢様然としていたのだが、なんだか随分とざっくばらんである。こっちが本来のクロ姉なのかもしれない。


「ちなみにお母様は元大英帝国でアルに……アルセイム兄様はイタリア人だったりして」

「ああ、お母様はなんとなくわかる。アル兄様もそうだったのか……」


 おっとりふんわりしたお母様は生まれながら……いや、生まれる前から優雅と気品を身につけていたらしい。わざわざ大英帝国といったのだから、私とクロ姉の『当時』よりずっと以前の世代なのだろう。

 そして長男たるアルセイム兄様に関してはレディファーストが染みついているというか、軟派な感じはあったがまさかのアモーレの国出身だったとは。


「時代の合う日本人はシロルだけだから嬉しいわー、説明楽ちんだし」

「私も嬉しいけど、それより言えないってどういうこと?」


 記憶に残っている家族はみんな優しかったが、どことなくよそよそしかった。その証拠に、誰もが自分が転生者であることを明かすことはなかったのだから。

 自分ひとりならばともかく家系的に転生、ということは私だって転生しているという可能性が高い。確かめようとは思わなかったのだろうか。


 家族全員が国は違えど地球出身と知っていれば、もっと仲良くなれたかもしれないのに。


「うーん、それも理由があってさ」


 クロ姉ちょっとだけ申し訳なさそうにしてから、胸元を探ってペンダントを取り出した。

 見た目は琥珀によく似た、私の持っているものとお揃いのそれ。


「シロルも持ってるでしょ?」

「もちろん」


 生まれた時に必ず贈られるというのだから、姉も持っていて当然だ。にぶくきらめく球体に内包された機械部分は、まっぷたつに割れていた。


「これがいわゆる逆行アイテムなのよ。死んだら発動して過去に巻き戻る、一度だけね」


 殺された時点からさかのぼり、大体は幼少時代に記憶を保持したまま『逆行』する。

 そういう機能を付与されたアイテムなのだという。


「……使い捨ての死に戻リロード(引き継ぎデータ付)みたいな?」

「そうそれ。いやほんと、話早くて助かるわ」


 うんうん頷くクロ姉は我が意を得たりとばかりに嬉しそうだ。


「めっちゃすごいけど、こんなアイテムどこから入手してるの我が家?」


 確かにこの世界は剣も魔法もダンジョンもあるが、それにしても時間を遡行するなんて大魔法を封入したアイテムなんてそこらに落ちているものではない。

 購入するにしても子孫全員分なんてあっという間にうちが財政破綻しているだろうし、同じものを毎回用意できる保証はどこにもない。

 素朴な疑問をぶつけると、どよんとクロ姉の目がどぶ沼のそれになった。


「このアイテムは、うちのご先祖様がホイホイした『時の精霊』様による謹製品です」

「うわ……」


 たぶん、私も同じ目つきになった。


「うちの家系めっちゃ死にやすいから子孫に必ずくれるんですって、律儀よね」


 精霊様の力を借りなければ生き残ることも難しい家系とは、業が深い。

 アフターケアも万全というべきか、逃れられないことを嘆くべきかは微妙なところである。


「どうせならセーブもロードも自由自在にして欲しかった」


 ついでにクイックセーブとロードもできたら最高です。


「それ思った。でもむり。二回目は確実に廃人になるらしいわよ。精神が負荷に耐えられないとかなんとか」

「なにそれこわい」


 そう美味い話はないということか。まぁ画面の向こう側ではなく現実での話なのだから、一回でも生き返るのならば上等だろう。

 ともあれ、このアイテムが砕けたということは、その持ち主は十中八九誰かに殺されているので、それまで家族は秘密を明かすことなく、なるべく『普通の』家庭として子供に接することが義務付けられて……はいないが、そうでもしないと生き残れないので自然とそうなったとのこと。切実である。


「普通、かなぁ?」


 思い出してみると、よそよそしさを抜けば両親も周りも私にかなり甘かった。蝶よ花よと育てられ、欲しいといえばなんでも与えられていた。

 まさに世界の中心はあなたです、とばかりにえげつないほど甘やかされていたので生粋の子供だったら歪んでるのではなかろうか。


「いやぁ、親は甘やかすでしょ。あとわたしや兄様がよそよそしかったのは、たぶん嫉妬とか羨ましいとかそういうの」

「あー……なるほど」


 それに関してはなんとなく、分かる気がする。


 ペンダントが砕けていないということは、まだ苦しんでいないということ。誰かの歪んだ愛情や悪意に押し潰されることも、悩むこともなく育っている証。

 その先にいくら『一度死ぬ』可能性があっても確実ではないのだから、よっぽどの博愛主義か聖人君子でもなければ兄妹間で心中複雑になっても仕方がない。

 そして、生まれたばかりの我が子がかなり高い確実で死亡の運命を背負っていると知っている両親の煩悶はいかばかりか。そりゃあ、甘やかすわな。


 しかし、それは有り体にいって……。


「香典?」

「わかる。生前の本人に支払ってる感じ、あるわよね」


 聞けば、クロ姉も同じように甘やかされて成長したそうだ。

 しかしそこは小市民な日本人。かしずかれヨイショヨイショの日々は居心地悪くて仕方なかったそうだ。


「そして唐突の死」

「からの、逆行よ? そんで、兄様からネタばらし喰らって……転生初回がチュートリアル仕様ってひどすぎない? やんなっちゃうわよ、ほんと」


 ひとりふたり、ならもう少し特別っぽい感じにもなるが先祖代々の家系的な呪い仕様となると、途端に価値がうすくなる。

 とはいえ、先達が説明してくれるので混乱は必要最低限に抑えられるし、家族間の結束は強まりそうなので、一長一短というところか。


「私の記憶だと、クロ姉ふつうにお嫁に行ってたけど。16の時かな」


 私がくたばった時点であの記憶……というか世界はいわゆるパラレルワールド扱いになりそうなので、ぶっちゃけ目の前のクロ姉とは関係ないっちゃないのだが、なんとなく。

 確か他国の公爵の息子だったか、柔和な雰囲気の男性だったことは覚えている。


「そうなの? そっちのわたしはよっぽど運が良かったか……逃げられなかったかのどっちかね」


 できれば前者であって欲しい、と祈るように手を組む心痛な表情のクロ姉はマジだった。


「あのー、言いたくなかったらいいけど、クロ姉の場合は……」

「地雷男に心中させられた」


 血を吐くような一言に、それ以上詳細を聞くのははばかられた。もし、心中を迫ったのが記憶の公爵のボンボンだったらそれは……いや、深くは考えまい。

 びみょうな沈黙が落ちて、クロ姉は残っていた紅茶を飲み干してため息をひとつ。


「私の場合は二人だったけど、お母様たちなんてすごいわよ。お父様が他の並み居るヤンデレを千切っては投げ千切っては投げ、最終的に全員物理的に退場させて射止めたんですって」

「群雄割拠かよ」


 父に束になってもかなわなかった男たちが雑兵だったのか、父が規格外だったのかは近い内に判明するのだろう。

 しかし普通に考えれば少女漫画展開ともいえるだろうに、これでは戦国時代さながらである。


「というか、シロルの方はどうだったの? ああ、まだ思い出すのしんどいか」

「私の方は……」


 姉に言わせたのだから自分も答えるのが筋だろう。こめかみの痛みを我慢して指折り数え、ぽつりと。


「四人、かな」

「わたしの倍じゃん」


 クロ姉が引いた。

 普通なら魔性とか傾国だのとからかいが入りそうだけれど、ここにいるのは同じ苦労を分かち合った者同士。そんな甘っちょろい関係で済まなかったからここにいる。


「二人でもさばききれなくて詰んだのに四人って……シロル」

「うん、なんか、知らない間にガンガン病んだ。どんどん逃げ場はなくなるし……」

「なんていうか、ほんと、お疲れさまです」


 こうやって慰め合えるのは利点なのかもしれない。そうでも思わないとやってられない。

 私殺害の暫定容疑者である四人の顔も名前も性格も、出会った時から時系列順に列挙することも可能なのだけど、問題点があるとすれば。


「でも、誰に殺されたのか思い出せないんだよね」


 一体その中の誰が自分を刺したのか。痛みか恐怖か他の要因でもあるのか、そこだけがぽっかりと空白になっている。

 まだショックを引きずっているのなら、いずれ時間が解決してくれると思うのだけれど……。


「無理しなくていいわ。ごめん、つらいこと聞いた」

「ああ、いや、いいよ。クロ姉に先に聞いたの私だし」


 似たような体験をしているのだから、気になって当然だ。

 それにしても、聞けば聞くほど呪われた家系である。よくもまぁ自分の代まで家系が途切れずに来れたものだ。しかも転生したり逆行したりとやたら忙しない。


「……あー、でも四人か。これからシロルはどうしたいとかのビジョン、ある?」

「どうするって」


 唐突な問いかけに眉を寄せると、クロ姉は肩をすくめてみせた。


「いや、すぐ決めなくてもいいけどさ。お互い、せっかくのインターバル期間だから有効活用したいよねっていう話」


 姉は適当な感じでいくつかの例を口にする。

 ある程度の年齢になったところで、身分土地名前全てを捨てて国外逃亡。ある程度の援助を受けつつ、新たな地で心機一転頑張る。


「新しいヤンデレを引っかけるかもしれないけど、エンカウントしない可能性も……あるんじゃない? たぶん、きっと」

「不安要素の方が大きくない?」


 希望的観測が多くて泣きたくなる。


「そうよね。あとは前回の教訓を生かして、ヤンデレされた相手のフラグを踏まないように当たり障りなく過ごす、とか」

「地雷処理かよ……」


 頭を抱えてうめく。

 焦っても仕方がないけれど、早ければ早いほど有利というのはわかる。しかも四人。姉の倍。

 いずれにせよ、こうして『強くてニューゲーム』でもしない限り、ヤンデレに一個人で対抗するのは難しいということか。つらい。


「ちなみにクロ姉のビジョンは?」

「ひきこもる」


 即答だった。


「ひきもりって今はいいけど、続けられるかな?」


 私もクロ姉もまだ幼女と少女なのでいいけど、長じてしまえばニートである。貴族社会に生きる我々がどこまでそれを貫けるだろうか。


「なんか手に職つけて在宅ワークできれば最高なんだけどねぇ……いざとなったら出家するわ」

「出家」


 この世界に寺はないので、教会で神に操を立てて尼僧になるということだ。

 ある意味では選択肢のひとつかもしれない。物理的に手の届かない場所にいれば、少なくとも接触は極力避けられる。


「わたしは静かに生きてゆきたいのよ」


 真顔の宣言に深く頷く。とってもわかる。


「それはもう、植物のようにひっそりと」


 ぴーんときた。ので、試しにカマをかけてみた。


「……クロ姉って何部推し?」

「ッ!!」


 途端、歓喜で瞳を潤ませたクロ姉がこぶしを突き出し、私も合わせた。ぴしがしぐっぐ。


「まさか、これ通じるとは思わなかった。ヤバイ。シロルだいすき」


 それからぎゅうぎゅう抱き締められ、爆速で私と姉の絆が深まった。


「私もヤバイ。涙出そう」


 同郷かつ同じマンガを愛する転生仲間なんて、砂漠の砂金より貴重である。某先生ありがとうございます。

 それからしばらくは日本の話題で盛り上がった。世代の近い同郷がいてくれるというのは、とても心が安らぐと学んだ。


 もちろん現実逃避である。



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