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二周目少女の見敵必殺  作者: ひまねこ枕
2/3

先達者はかく語りき


 四日ばかり寝込んだらしい。


 入れ替わり立ち替わり医者っぽい人や家族が看病してくれたような気がするが、熱と頭痛にうなされていたせいで記憶が途切れ途切れだ。

 ようやく熱も下がり、でかい枕に半ばうもれるようにしてぼんやりと考える。


 先ほど、私が目覚めたことに気付いたメイドさんが慌てて誰かを呼びに行ったので、もうすぐ人が来るだろう。

 それまでには多少の状況整理をしたいところだが、はて、何から考えればいいのやら。


 なぜ自分がここにいるのかも、わからないのに。


 ためしに腕を伸ばせば、さらりと揺れるドロワーズ。袖ぐりのフリルが愛らしく、ずっとお気に入り()()()

 ちいさな私ひとりが眠るにはあまりに無用な天蓋付きのベッド。さらさらとカーテンのすれる音が水に似ている。


 全てが懐かしい、過去のままの──私の部屋。


 ふらつく足でベッドを下りておっかなびっくり鏡を見れば、淡い海色の髪にくりっとした翠色の瞳をした子供の姿。年齢はむっつか、ななつか……まだまだ幼女だ。親の庇護が必要な年齢であることは間違いない。


 シロル・ミルスロート。


 『今生』の私の名前。三人兄妹の末っ子で、兄と姉がひとりずつ。


 そして──


「シロル! 起きたのね!」


 ばーん、と扉を開いて駆け込んできたのはドレス姿の美少女。後ろから焦った様子のメイドさんが追いついてきた。

 きらきらしたラベンダー色の瞳と同色の髪は美しく、室内用の素朴なドレスがよく似合っている。


 クロープ・ミルスロート。


 今生での私の姉だ。年はみっつ上。メイドさんに注意されてからげたドレスを慌てて直す様子は背伸びしたいお年頃、という感じで微笑ましい。

 そこにいるだけで部屋が華やぐような明るい雰囲気に満ちていて、それは記憶と変わらない。


 けれど、彼女も私と同様に若かった。嫁いだはずの女性は少女になって、私はこうして幼女として私室にいる。意味がわからない。


「ねぇ、さま……ですよね?」


 なので、じゃっかん疑問系になるのをゆるして欲しい。


「ええ、そうよ」


 しかし私の挙動不審をものともせず──いや、むしろ『それが当然である』とばかりに姉はにっこり微笑んだ。

 なんだろう、悪寒がする。

 あの時、消えそうな意識の中で姉は『おかえりなさい』と、そう言った。病の危惧ではなく、帰還の言祝ぎ。


 それは離れた家族を迎え入れるための言葉だ。間違ってもゲロ吐いた幼女に向かって告げるものではない。


「わたしはあなたのおねーちゃん。いつでも元気なクロ姉よ。それは間違いないわ、安心して」


 私が幼い頃に呼んでいた愛称を自分で口にして、ベッド脇の椅子にふわりと腰掛ける。


「わたしはシロルより先に生まれた。だから、あなたの疑問に答えられる。先輩さんだから」


 不思議な言葉を口にして、クロ姉は私の手を取った。細く、柔らかい。あたたかな感触で自分の手がひどく冷えていることを自覚する、

 椅子から腰を浮かせてこちらを見つめる小さくなってしまった姉は、私の不安や戸惑いを全て承知しているようだった。


「ねぇ、シロル」


 そして、私が口を開くより早く、どこか憐憫めいた色を乗せた瞳で、



「あなた、()()()()()()()でしょう?」



 問いの名を借りた確信を、投下した。


「あ、……」


 その言葉が引き金を引いた。頭の芯がすっと冷えて、忌まわしい記憶が引き摺り出される。


「わた、わたし」


 そうだ、私は殺された。今よりずっと成長した姿で。入学先の学園で、今となってはクソ憎たらしい野郎共のせいで知らぬ間に奸計に乗せられた挙げ句におなかを、刺されて。

 心臓が鼓動を止め、思考が完全に磨滅して、脳細胞が壊れて──そんな状態を死と規定するのなら、私は間違いなく『それ』を体験した。


「わたし、は──」


 貫かれた痛みを覚えている。頭蓋がゆだるような後悔と怨嗟を、吐き出した断末魔を、覚えている。

 けれど終着点は訪れず、人生ぐるりと半回転──どころか、私は『私』としての意識を取り戻し、それまでの記憶はセーブデータのように脳髄へと刻み込まれた。


 だからこそ、おかしいのだ。何もかもがおかしい。異常である。


 そして、なぜ。


「ああ、やっぱり」


 姉は、心底安堵したように笑っているのだろう?


 クロ姉は私の顔色から全てを察したように一度、ふかく頷いた。


()()()()()()()()()()

「え」


 同好の士を見つけた嬉しそうな声だが、飛び出した文言が理解できない。

 混乱して、頭が真っ白になった。全身がふるえて、心臓がおかしな鼓動を立てる。


「なん、それって、どういう──」


 本当は、姉の言葉と態度でなんとなく察することはできた。

 言葉にするのも馬鹿馬鹿しい、あまりにも不可解な出来事が、よりにもよって肉親の身にも起きたであろうことは予測がついた。

 それでも信じられなかった。だって荒唐無稽にもほどがある。


 到底信じられるものでは、ないのに。


「私も『いちど殺された』のよ。ここよりずっと先の未来で死んで、ううん、殺されて、気付いたら『ここ』にいた。三年くらい前かな」


 姉はあっけらかんと言って、さらに付け足す。


「ついでに言うと、うちのお兄様もお母様もお爺様も『同じ体験』をしています」


 こちらとしては、もはや驚きすぎて無の心境である。

 肉親のうち、つごう四人が自分と同じ体験をしているというなら、それは不思議でも荒唐無稽でもなんでもない。


「じゃあ……クロ姉も、お兄様も、お母様も、お爺さまも、」


 そこから先を言葉にするには、勇気が必要だった。

 跳ね踊る心臓をなだめるように服を握り、なんとか思考を絞り出す。


「いちど誰かに殺されて、そこから子供の頃に時間が戻った、の?」


 口にするとどれだけ奇抜な出来事なのか、改めて思い知る。


「少なくともわたしの知る限り、一度も殺されることなく人生を謳歌できた人は今のところ……いないわ」


 首を左右に振って非常に残念なお知らせです、というクロ姉の態度が物悲しい。

 しかも不慮の事故や自殺ではなく、他者による危害の末が原因というのがこれまたきつい。しかしそうなると事情というか、前提が変わってくる。

 つまり、私の身に起きた出来事は『起こるべくして起こった』ことで、家族間の通過儀礼のような扱いなのだろうか。


「うちはそういう家系らしいの、残念なことにね」

「どういう家系だよ」


 ちからなく突っ込んでみるが、姉はどこ吹く風だ。

 疑問と困惑で埋め尽くされている私を見て慈愛……というよりは生あったかいアルカイックスマイルを浮かべて。


「だから、シロルも今日から本当の家族よ」


 クロ姉は本日から同じ穴のむじなと化した『家族』へ向けて、おそらくは実感をこめた歓迎の意をこう表した。


「ようこそ地獄へ!」



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