スミレ
Mへ。
三月の声を聞いたというのに、滅法寒い北風に縮み上がりそうな午後だった。
うつむいて、ほとほと歩いていた私の目に小さな紫が飛び込んできた。
「お母さん!」
同じく、肩を落としてうつむき加減で足早に歩を進める母を思わず呼び止めた。
「え?」
力なく振り向いた母に足下の小さな花を指差して、
「これ、スミレやない?」
と小声で問うた。
「そう…みたいやね。」
寒そうに首をすくめた母は忙しなく小さな目を瞬いた。
公立高校の合格発表の帰り道。
私の受験番号はなかった。
「サクラチル」三月。
けれど、寒風に耐え、可憐に咲くスミレを見た。
今まで萎んでいた私の気持ちは不思議といくらか明るくなっていた。
「私立、がんばるわ。」
ぼそっと呟いた私の声にうつむいていた母の頭が上がった。
「せやな。うん…せやな。」
母の声が震えた。
吹きすさぶ北風の中、小さなスミレの花が一斉に揺れた。
午後の傾きだした日射しが一群れのスミレを照らし、それを見ている私の頬に温かい光の渦が弾けた。
ぐいと顔を上げた私は
「ふぅっ」
と大きく息を吐くと、力強くずんずんと歩きだした。
可憐に咲くスミレの花からインスパイアされた作品です。
あなたの将来に希望を込めて。
作者 石田 幸