錆びれた教会と初心者ボーナス
目を覚ますと見知らぬ教会にいた。
見知らぬというのは神殿だけではない。
そもそも俺は日本の自室のベッドで寝ていたはずだ。
それがどうしてこんなところにいるのだろう。
「どこだ……。ここ。」
立ち上がって周りを見る。教会はもうすでに機能している様子はなく所々朽ちていた。
「夢か…?」
その辺の椅子の角を蹴る。めっちゃ痛い。夢かどうか確認するなら頬をつねるべきだ。
半袖短パンでしかも裸足。自分からここまで来たようではなさそうだった。
拉致か。だったら俺を一人にはしないはずだし。勝手に動かないように縛っているはず。
「さっぱりわからん。」
とりあえずこのままでは危ない。そう思い俺は付近の探索を始めた。
教会の中でボロボロの靴とローブそしてボロい短剣を見つけた。なんとなくゲームとかで見るようなセットだと思った。
短剣の刃の部分には何か書かれていたようだが錆びてて読むことができない。
とりあえず今のままでいるのも何なので着ることにした。うん似合わない。
「初期装備と思えばいい方…なのか?」
宝探しをしている中で見たことのない文字が書かれた本をいくつも見つけた。
「日本ではないってことかな。」
ローブや短剣は宗教的にも日本で使われることはなさそうだしここが日本じゃないことは確実。
となると帰ろうにも帰れない。英語なんて話せないし、金も携帯もない。
今日新発売のゲームもいつになったらやれるのだか。
どうでもいい考え事をしていたせいで反応が遅れたが教会内に何かいるような音が聞こえた。足音だ。
ひたひたという音からして二足歩行の何かが一人いる。
ちょうど倒れている椅子で隠れていたため俺の存在はバレていない。
物陰からその何かを見る。
緑色の小人。突然変異したおっさんとかでないならあれはファンタジー作品でよく見るゴブリンではないか?!
「………!!」
突然のことに驚いてしまう。その時に近くにあった椅子の足に手をかけていて
更に運の悪いことにその椅子の足は今にも折れそうなくらいボロボロだった。
椅子の足を豪快に折った。その音でゴブリンにも感づかれたようだ。
ひたひたと乾いた音を立てながらゴブリンがやってくる。
その手には棍棒が握られており血がついていた。
「やばい。やばい。やばい。」
奇襲をかけるか。このぼろナイフで?
それより棍棒をどうにかしないと。どうやって?
そもそもここはどこなんだ。今は考えるな!
思考がまとまらないままゴブリンが近づいてくる。ゆっくりと用心深く。
非常に賢いゴブリンだ。そんなやつに奇襲が成立するとは思えない。
助けには期待できそうにもない。だったら俺が自分でやるしかない。
恐怖で震える足を殴りつける。それで何とか足に力が入った。
ただ立ち上がったのでは殺される。まずはゴブリンの緊張状態を解かなければ
大きく息を吸う。そして体中から声を発するかのように
「うわあああああああああああ!!!!」
大声を上げた。ビリビリという感覚。鼓膜が耐えられる限界までのどがはち切れんばかりに声をあげる。
ゴブリンも相当驚いているようだった。俺自身ここまで声が出るのかと驚いている。
ゴブリンが耳と思われる部位を抑えている内に立ち上がり駆ける。
しかし俺の詰めが甘かったのかゴブリンが予想以上に早く立ち直る。
そして両手で棍棒を振りかぶり俺を待ち受ける。
対して俺の方はスピードを乗せすぎた余り立ち止まれない。
「ちィっくしょォォォォォォ!」
最早なるようになれだ。そう思った刹那。時が遅くなった気がした。
自分を含めた周辺を俯瞰で見ている気分。ゴブリンがどう動き自分がどう動くべきかがわかる…気がした。
よくわからない感覚が消え世界が元に戻る。
左足を軸にむりやり止まる。まだ残っている勢いをすべて右足にこめゴブリンの腕を狙った。
左足を蹴りジャンプしゴブリンの手から離れた棍棒をつかむ。予想以上に重い。
でもそれでいい。ゴブリンが宙を舞っている今が好機…!
体をひねり棍棒を両手でもちゴブリンへ思い切りたたきつけた。
「くらえェェェェ!!」
衝撃波と轟音が鳴る。教会がミシミシと鳴っていた。
恐る恐るゴブリンを見る。確かな手ごたえがあった通りゴブリンは全身から血を流して死んでいた。
「ひっ………」
自分で殺しておいてなんだとは思う。でも生き物を殺したのは初めてだ。
ゴブリン戦が終わった。死体は怖いので放置していたら石になった。
冷静になって考えると多分ここは外国でもない。ゴブリンがいる国など聞いたこともない。
「異世界ってやつか。」
異世界に来た驚きよりも今は目の前で動いていた生き物を殺した衝撃の方が強い。
しかしあのままゴブリンを放置していれば確実に殺されていた。
前も後ろもわからないのならせめて現在地点の安全は保つべきだ。
荒い呼吸を整え立ち上がる。休むのも大事だが休みすぎはよくない。
「しっかしこれからどうしよう。」
異世界と言うことが分かっただけで何も解決していない。
とりあえずゴブリンのおかげで中断していた教会の探索を続けることにした。
目に見える範囲は大体見たので祭壇の方を見てみることにした。
祭壇には朽ちたグランドピアノが置いてある。朽ちた部分から奥に空間があるのが分かる。
「隠し扉か。」
正直躊躇した。魔物の巣の可能性もある。
「そん時は死ぬことを覚悟しよう。」
心がマヒしているうちに先に進むことにした。
祭壇の奥は石垣で囲まれた部屋だった。部屋とはいっても今持っているものより上質そうな
ナイフが刺さっているテーブルと奥に湧き水があるくらいだ。
俺はナイフには目もくれず湧き水の方へ行った。忘れかけていたが朝起きてから何も腹に入れてない。
朝ごはんが水だけと言うのは少し悲しいが贅沢は言ってられる状況でないことはわかっていた。
「飲める水があるだけで喜べる。こんな体験普通に暮らしてたらなかったな。」
水は澄んでいておいしそうだった。試しに一口手にすくって飲んでみた。
「甘っ!!」
予想していたより糖分マシマシな味だった。俺はたまらずもう一杯、二杯と湧き水を飲んだ。
この湧き水、ただの水ではなく飲んだだけで疲れが無くなり、腹も満たされた。
なんとなく体からエネルギーを感じるようになった。
「これヤバい水だったりしてな。」
そう思いながらテーブルの上のナイフを回収し教会へ戻った。
教会に戻るとゴブリンが追加で二体いた。
さっきの仲間だろう。同胞の血の跡の近くで何か言っている。
俺はとっさに隠れようとしたが遮蔽物が存在しない祭壇ではどこにも隠れられず
呆気なく見つかってしまった。おまけに今回のゴブリンは弓を持っている。
「どうするか……。」
弓など回避できる気がしないのだが……。
一体のゴブリンが矢を放ってきた。アーチェリースタイルだが10メートルくらいある距離を
一瞬で飛んできた。だが俺にはこの矢が見えていた。回避か迎撃か。
選んだのは回避だ。横に回転し祭壇から降りながら物陰に隠れる。
物陰からでは見えないが何となくゴブリンの位置が分かるので
そこへめがけて近くの瓦礫を投げた。
どうやら瓦礫は当たってくれたようでゴブリンが奇声を上げた。
ゴブリンが油断しているうちに走る。まだ距離は5メートルほどあるが完全に背後を取った。
そこですかさずナイフを投げた。ゴブリンは振り返らない。
そして次の瞬間ナイフはゴブリンの頭を
貫かなかった。
がきィィん!という音を立てナイフが折れる。ゴブリンの膂力は細腕ながら素晴らしくぼろナイフではたやすく弾かれたようだ。だがそれは予想していた。
ナイフを飛ばした俺はその後別サイドからゴブリンへ接近していたのだ。
なんでこんな早く動けるか自分でも疑問だが事実として動けているので今は気にしない。
そして俺の予想通りゴブリンは無防備な体をさらしている。
そこをもう一本祭壇奥で拾ったナイフで切りつけた。
ゴブリン戦第二回戦を終えた俺は教会のまだ無事な椅子で休んでいた。
あの水を飲んでから体がおかしい気がする。一回戦目は終わった後しばらく疲れて動けなかったが今は問題なく動けている。なんなら今すぐ戦える
死体はまた石に代わっていた。
「あの水を飲みながらここで一生、生活していけと……?」
ただの水ではなさそうなのである程度は生きていけそうだ。
だが…それではあまり楽しくなさそうだ。
現実でのことを思い出す。昨日は一日中カラオケとかボウリングに付き合わされたが楽しかった。
意外と人と言うものは本気の孤独には耐えられないものだなと思った。
「よし!町を探そう。」
とりあえずここがどこかは知らないが人のいる環境を目指す。
目的を持ったら少しは心も晴れてきた。
教会の中にボロい水筒があったので例の湧き水をその中に入れる。
湧き水は満腹感やスタミナを回復してくれるがもう最初のような体が強くなった感じは
なかった。どうやらパラメーターアップは最初だけらしい。
「無限に強くなるならよかったんだけどな。」
そんなことをぼやく。さすがにそれはチートにもほどがある。
教会から外に出る。周りは森だった。魔物が近くにいる感じはしない。
子供のころ田舎の実家で近くの山を探検したことがあった。
今はそんな気分だ。
「よし行くか。」
そして俺は異世界で最初の一歩を踏みだした。




