うるせぇ!
気が付くと、一面真っ白な空間に居た。
その光景にうんざりしながら自分の体を確認してみる、天寿を全うする直前の枯れ木の様だった老人の肉体ではなく、一番見慣れている二十歳前後の頃の体になっていた。
「……クソが、またかよ」
このパターンは、またどこぞの世界で魔王だか破壊神だかをどうにかして欲しいとか厄介事を押し付けられるヤツだ。
俺は周囲を見渡し、神とか創造主だとか何かそんな感じのヤツが現れそうな場所にアタリを付けて、いつでも飛び出せる体勢をとる。
すると、俺の予想通りの場所に予想通りのいかにもな神様風のジジイが現れた。
「強き魂を持つ者よ、よくぞ「うるせぇ!!」ぶべへぇッ!?」
何百回と聞かされてきたテンプレなセリフを言い出したので『縮地』スキルで一瞬で詰め寄り、打ち下ろし気味に思いっきりパーで張り倒した。グーとチョキを自粛した俺はとても慈悲深いと思う。
それにしても、首がヤバい角度に曲がって頭から床に叩き付けられたというのにまだ死んでない、というより割りと平気そうだ。流石は神(仮)だな。次はグーにしよう。
「痛ったぁ……って、え? え? えっ? 何々? いきなり何なの!?」
何事も無く体を起こした神様風のジジイは、叩かれた頬を押さえてDV夫に引っ叩かれた薄幸系人妻みたいな体勢で床に座り込んでいる。あと口調が若干オネエでキモい。
キモくて触りたくないが、ここで躊躇するワケにはいかない。ここは畳み掛ける場面だ。
「立てオラ」
「ひ、ヒイッ!」
取り敢えず、軽くパニックを起こしているジジイの胸ぐらを掴み上げて無理矢理立たせる。
自分でやっといてなんだが、ちょっと気の毒になってくるぐらいビビっている。だが情けは無用だ、こっちが甘い顔をすると付け上がるのが創造主とか神とかいう存在だからな。
「何なの!? っじゃねぇ!! 何度も何度も呼び出しやがって今度は何だ!? 魔王か!? 邪神か!? 破壊神か!? それとも異世界からの侵略者か!? もううんざんざりなんだよそんなのは!」
「ええ!? そ、そんなこと言われましても……」
「言われましても。じゃねぇよボケッ! 舐めてんのかテメェ! 何度も呼ばれる俺の気持ちも考えろ!」
「そ、そんなぁ……貴方に頼めばどうにかしてくれるって皆が……」
「ほぉ……そんなことを言いやがったクソどもは何処だ? 何処にいる? キツめの説教と死にたくなるようなお仕置きが必要みたいだなぁ?」
「ひ、ひぃっ!」
「オラ、さっさと吐け。エデンのトコのジジイか? それともベルグンドのトコのバカか? まさかウェールスんトコのクソ野郎じゃねぇだろうな?」
「え、え? あの、その……皆……さん……です……」
自分でも最高の笑顔を浮かべたのが分かった。あの連中は俺を都合の良い兵器か何かと勘違いしているらしい。
「そーかそーか『皆さん』ね。なるほどなるほど……おい、ちょっとそこで待ってろ、先にあの恩知らず共をぶっ殺して来る」
あれだけ奴等の世界を救ってやったというのに新たな面倒事を押し付けるとは本当に良い度胸だ。ジジイから手を離してやり、魔力を練り上げる。
魔力を練り上げる感触から、今回もいつも通り前世までのスキルや能力を全て引き継いだ、いわゆる『強くてニューゲーム』状態らしいことが分かった。お陰で作業が殺りやすくて助かる。
俺は『空間支配』と『個人捜索』と『次元追跡』のスキルを発動させ、奴等の現在地を捕捉する。が、奴等の支配領域からの抵抗が思いのほか強力だったので『神皇権限』の権能で奴等が潜む領域の支配権を強制的に奪う。
これで奴等の領域に無制限で移動することが可能となった。さらに『次元間移動』の魔法を無詠唱で発動させて創造主共のいる空間へと繋がる門を作り出す。
ここからだとベルグンドが一番近い。よし、最初の獲物はあのバカだ。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って下さい! どうか、どうか話を聞いて下さい! お願いします!」
さっさと門を潜ろうとした俺にジジイが慌てて縋り付き、必死に止めようとしてきた。
つーか、見た目ジジイのクセにさっきから女みたいた喋り方をしているので非常に気色悪い。……こいつから始末してやろうか。
「どうか、私の世界を救って下さい! あの子達を助けて下さい! お願いします! もう貴方だけが頼りなんです!」
コイツから消そうかと思い振り返ると、その瞬間ジジイは物凄い勢いでジャンピング土下座をキメてそう捲し立てた。
「……チッ。 まあいい、話だけは聞いてやる」
コイツだって創造主の一人なんだろうが、創造主にありがちな高圧的な態度ではない事と、自分のトコの創造物に対する深い愛情愛情のようなモノを感じたので話だけは聞いてやる事にした。
これで面倒な話だったら見捨てよう。
「あ、ありがとうございます!」
ジジイはガバッと顔を上げ、泣きながら礼を言ってきた。
「礼はいい。……で、どういう状況なんだ? さっさと話せ」
「はい! 実は……」
ジジイの話は実に呆れる内容の話だった。
このジジイ、実は元々人間だったらしいのだが、生前行った善行の数々を評価されて創造主の仲間入りを果たしたらしい。
で、創造主となったらからには自分の理想の世界を創り上げようと張り切った結果、大好きだったほのぼの系農場ゲーム風の世界が完成した。
その世界に住まう人型の知的生命体は人間のみ、あとは様々な動植物達。
魔法はあっても攻撃魔法と呼べるようなもの無いし、死人が出るような大規模な災害も戦争も魔物等の驚異も存在しない。驚異と呼べるものと言えば畑を荒らす猪と台風と大雪が精々だ。その猪にしたって気性は非常に大人しく、人間を見ると逃げ出す程度の存在らしい。ちなみに台風と大雪は温室を破損させる程度で死人は出ないそうだ。
そんな世界なので大した問題も無く、ジジイもその世界の住人達も平和に過ごしていたらしいのだが、ある日突然、厄介な問題が発生した。
その厄介な問題とは魔物の出現だ。
本来であれば創造主が創っていない以上、その世界に現れる筈がないのだが、どういう訳か魔物が現れてしまった。その上、住人に危害を加え、畑を荒らし、原生生物を補食する等やりたい放題。
住人達はロクに戦えないので、最初の内は戸惑いながらも女創造主が魔物を駆除したりしていたのだが、如何せん数が多く中々思うように駆除作業は進まない。そもそも根本的な解決には繋がらない。
予期せぬ出来事に困り果てた新米創造主のジジイは先輩方に助けを求めたのだが、そこでこれらの現象の原因を知ることになった。
聞かされた内容にジジイは耳を疑ったらしい。
なんのことは無い。ただの派閥争いに巻き込まれただけだった。人間を遥かに超越した創造主へと至ったにも関わらず、こんなクソみたいなしがらみに囚われる等、想像もしてなかっただろう。
このジジイは自分でもよく分からないままに、いわゆる穏健派と呼ばれる派閥にに所属してしまっていたらしい。
職場で優しくしてくれる先輩に懐いていたら、その先輩の敵対勢力に敵として認定された感じだろうか。
そしてその穏健派の一員である新米創造主の世界の運営が上手くいっているのが気に入らない、なんていう狭量な過激派の創造主連中から嫌がらせを受けたと言うわけだ。
正直言って、バカじゃねぇのかと思う。何やってんだあのクソバカ共は。
そもそも、自分の世界においては全能の存在である創造主が、外部から余計な真似をされない限り自分の世界を上手く運営出来るのは当然だろう。なんでそんな事で嫌がらせなんかを企むのか理解出来ん。
過激派の連中は自分で創った世界すら管理できないほど無能なんだろうか。
あー……そーいや、ウェールスんトコのクソ野郎は脳筋で夢見がちな完璧主義者の上に無能だったな。アイツの世界だけでも十回は救ってるし。アイツが穏健派だとは思えないから多分過激派だろう。
「どうか、お願いします。私の世界を救って頂けるのでしたら、私に出来ることであれば何でもします! 私の世界であれば大抵の無茶は叶えられます! 私の身体を望むのであればそれでもヴオ"ェッ!」
気色悪い事を言い出したので思いっきり腹パンした。全力じゃないとは言え、胴体をブチ抜くつもりで叩き込んだのだが、ジジイは腹を押さえてうずくまっているだけで出血は見られないし背中から拳が生えることもなかった。さっきの張り手の時といい、見た目の割に頑丈なようだ。
「なにが悲しくてジジイの体なんぞを望まなきゃならねぇんだよ。そんなに死にたいのか? あぁ?」
「ズ、ズビバゼン……おぇっ。元の姿に戻るの……忘れでまじだ……」
後頭部の髪をひっ掴んで顔を上げさせて軽く凄んでやると、吐きそうになりながらも謝罪の言葉を吐くジジイの姿が光に包まれる。
「あ?」
光が収まると、そこにいたのは神様風のジジイではなく、長い黒髪の女神風の美女がいた。ちなみに掴んでいた髪は光に包まれた時点でいつの間にか離れてた。
「……こっちが本当の姿か?」
「は、はい。創造主らしい雰囲気や威厳を出すためにはあの姿が良いと勧められまして……おぇ……」
勧めた奴も馬鹿だが、それを簡単に信じるコイツも相当だな。
「うぷっ……あ、あの……わ、私の身体が報酬でも構いません、なんなら不老不死の存在になって私の世界で神として暮らして貰っても結構です。ですから、どうかあの子達を助けて下さい」
そう言って女創造主は頭を下げた。
それは、自分の世界を俺に差し出すと言っているのと同じ事だ。
これまでにも自身の体を報酬として提示してきた創造主は何人か居たが、自分の創った世界そのものを報酬として提示してきたのはこの女創造主が初めてだった。
「お前はそれで良いのか……」
「はい。魔物を排除するのに力を使い過ぎてしまった上に、魔物被害の影響で捧げられる祈りや信仰心が減少してしまい、今の私では世界に干渉することさえ満足に出来ません。正真正銘、貴方を送り込むのが最後の手段なんです」
目の前の女創造主は俺の問い掛けに淀みなく答え、力無く微笑み「どうか、あの子達を救って下さい。お願いします」と言って再度頭を下げた。
俺はあの笑顔を知っている。これは……あれだ、エデンの島国で見かけた労働者達の、全てを諦めた笑顔だ。
来る日も来る日も職場と寝床を往復するだけの毎日に疲れ果て、たまの休日には『明日よ来るな』と願いながらひたすら怠惰と酒に溺れ、日付が変わり再び職場と寝床を往復するだけの日々を繰り返す者達が『大丈夫か?』と訊かれて『大丈夫です』と答える時に浮かべる笑顔だ。
あー……どうしたもんかな。て言うか、ここで断ったら俺が悪党みたいじゃねぇか。しかし引き受けるにしても、それほど女に飢えている訳でもないし、神の座なんぞ欲しいとも思わない。というより、平穏に暮らしたい以外の欲求が無い。
……あれ? ちょっと待てよ? コイツの世界ってほのぼの系農場ゲーム風なんだよな? ってことはだ。他所の創造主とか魔物なんかを排除すれば理想の世界じゃないか?
そう考えると俄然やる気が湧いてきた。しかし、それを表に出して付け込まれるような間抜けはしない。
創造主共は無駄に永生きしてるせいか謀に長けた腹黒いヤツも多い。コイツがそうだとは思えないが用心するに越したことはない。
ここは仕方無い風を装い、一つ貸しにしてやるとでも言って助けてやろう。この貸しも後々何かの役に立つかもしれないしな。
「はぁ、わかったわかった。助けてやるから取り敢えず顔を上げろ」
「ほ、本当ですか!? た、助けてくれるのであれば報酬は前払いでも構いません! なんなら今すぐでもっお"お"お"お"ぉぉっ!?」
俺の返事を聞いた途端に服を脱ぎだしたので、以前研究していたよく分からない秘孔を突いてみた。効果は抜群のようだ。
「痛たたた! ちょっ! ちょっ! ちょっ! 何ですかこれ!? 手を握られてるだけなのにすっごい痛っあ”あ”ぁっ!? 待って! ホント待って! ってアダダダダダ!? ゴメンナサイゴメンナサイ待って待って無理無理無理無理無理! もう無理ホント無理! ゴメンナサイスミマセンお願いだから離してぇぇ!! って、ちょっ! 何か内側でボコボコ動きだしたんですけど!? やだやだやだ怖い怖い怖い怖って痛たたたたた!! ヤメテトメテヤメテトメテヤメテトメテヤメテトメテッア”ーーーーー!!!」
こんな調子でしばらく悶絶させていると、なんか内側から弾け飛びそうになったので解放してやった。そしてそのまま、ビクビク痙攣している女創造主を床に転がしたまま話を続ける。
「報酬はいらん。ただしコレは一つ貸しだ。何か思い付いたら呼ぶからそれまで待ってろ」
「痛たた……は、はい、分かりました……」
もう喋れる程に復帰した。ホントに頑丈だなコイツ。ギャグマンガ補正でも入ってんのか?
「それと、相手の創造主と魔物を始末するのは簡単だが、他にもバカな真似をしでかすバカが出てこないとも限らん。なので、しばらくはお前の世界に住まわせて貰おうと思っているのだが構わないか?」
「魔物はともかく創造主を始末するのが簡単って……」とかなんとか呟いている。暫くその様子を眺めていると、俺の視線に気付いた女創造主は慌てて俺の質問に答えた。
「はっ……ええっと、勿論構いません! むしろこちらからお願いしたいぐらいです!」
「よし。それじゃあ取り敢えずお前の世界と魔物の姿を見せろ。いくら力が枯渇寸前とはいえそのぐらいは出来るだろ?」
それすら出来ないようなら俺が力を分けてやっても良いが、甘やかすつもりは無い。
「は、はい! 只今! え、えーと……まずは……こ、これが私の世界『ハーヴェスタ』です。今はちょっと……荒れていますが……」
そう言って女創造主の世界と思われる映像が幾つも映し出される。
元は長閑な農村の様な世界だったのだろうが、今映し出されている世界はそれはもう酷いものだった。
町や畑は荒れ果て、人々は魔物に怯えながら廃墟のような家屋で生活し、収穫された僅かばかりの大地の恵みで日々を食い繋ぎ、細々と暮らしている。そんな光景がハーヴェスタ全体を埋め尽くしていた。
マジかよ……ここまで酷い状況だったのか。そんな悲惨な映像を見ている間にも、畑を耕していた男性がゴブリンらしき魔物の群れに襲われ、瞬く間にバラバラにされて喰い尽くされてしまった。
……マジでヤバい。この世界、思った以上に滅びる寸前だ。
女創造主の方を見れば、自分で映し出した映像を見ながら静かに涙を流していた。声こそ出していないが、唇の動きから『ごめんなさい。力も無い弱い創造主でごめんなさい』と呟いている事が読み取れた。
「……状況はわかった。次は魔物を見せてくれ」
「ふぐっ……あ”い”っ」
超絶涙ぐんでて酷い鼻声だった。
「泣くな、まずは鼻水を拭け」
「あ”い。でば、失礼して……」
ブビビッ! ブリュブリュッ! ブピッ! ヂーン!
女創造主はどこからか取り出した薄紙を鼻に当て、あまり上品ではない音を響かせて鼻をかんだ。
……こんな姿を見せられたら信者が減りそうだな。なんてどうでもいい考えが脳裏を過った。
「し、失礼しました。こ、コレがハーヴェスタに現れた魔物達です」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、袖で涙を拭いつつ魔物達の姿を映し出した。……この姿だけ見るとまるで女神だ。つい先程、鼻から下痢便サウンドを響かせた女とは思えない。
それはさておき、映し出された魔物達の姿は一言で言って悪趣味だった。
もはやテンプレと言っても良いほどのいかにもなゴブリン。ただし、亜種なのか口から無数の触手が生えているヤツも紛れてる。
無数の目玉と口だけで構成されたキモグロい物体。しかも飛んでる。
内臓を引き摺りながら歩く、見た感じドラゴンゾンビみたいなの。
モンゴリアンデスワームにドラゴン風の翼をくっつけたようなワイバーンモドキ。
どうみても男性器にしか見えない胴体(?)からムカデのような脚を生やした存在そのものが犯罪のヤツ。
よくもまあこんな気色悪いのばかり集めたもんだ。こんなのをほのぼの系農場ゲームの世界に送り込むとは、送り主は余程性根が腐っているヤツに違い無い。
……あ。そういえば、こんな感じの気色悪い魔物ばっかりの世界があったな。あれは確か、魔神と邪神と別次元からやってきた太古の破壊神に攻め込まれて黙示録状態になってた世界だっけ。
えーっと。ということは、送り主はバーグウェンドのトコの大馬鹿野郎か。確かにアイツならやりなかねんな。
「あ、あの……それで……どうでしょうか?」
女創造主が訊ねてくるが、質問の意味が分からない。
「どうでしょうか? とは?」
「ひっ……あ、あの、それで……その……こ、この世界を救って……頂けますか?」
「ああ、勿論だ。これまでのに比べたら楽な部類だ」
「ほ、本当ですか!? ああっ、ありがとうございます!」
涙を流して礼を言う女創造主に軽く引いていると、無数に映し出されたハーヴェスタの映像の一つが目に入った。
「おい、アレはなんだ?」
俺が指差した映像に映されているのは、こちらに向かって道を進む男と、道の脇の草むらに潜む丸い物体だ。どうやら道行く男を待ち伏せているらしい。まさかアレも魔物か?
「え? アレは……」
女創造主が言い終わる前に丸い物体が草むらから飛び出し男の足元に襲い掛かる。
『うわっ!』
『にゃんにゃんにゃん! にゃにゃにゃにゃにゃ!!』
驚いて固まる男の足元を激しく動き回り体を擦り付ける丸い物体。良く見れば、ボールのように丸い体に短い手足と尻尾を生やした猫の様な生物らしい。魔物では無さそうだ。
『なんだ、お前か。ほらほら、邪魔だからどっか行ってくれ』
襲われている(?)男の方はいつもの事なのか、慌てる様子もなく足元に纏わり付く丸い猫(?)を鬱陶しそうに足で追い払おうとしているが、丸い猫はそんなぬるい攻撃に構わず纏わり続け、しばらくすると満足したらしく草むらの中へと去っていった。
「……なんだアレは」
「あの子は我がハーヴェスタ自慢のマスコット『スネコスリ』です。ああやって人間に体を擦り付けて魔力を貰って生きてるんですよ。まぁ、あの子達も随分と減ってしまいましたけど……」
沈痛な面持ちでスネコスリについて語る女創造主。気持ちは分かる、俺だって最悪の気分だ。
「……確か、あの魔物共は原生生物も襲ってるんだよな?」
「え? ……あ、はい」
あの猫が数を減らした理由を考えるだけでどんどん気分が沈んでいく。そして、沈んでいく気分とは反比例して殺意が高まっていく。
「それは、あのスネコスリとやらも襲われてるってことか?」
「は、はい。……って、あの、大丈夫ですか? 顔色が……」
大丈夫な訳がないだろうが。
猫を殺すなど、どれほどの外道であればそんな真似が出来るというのだろうか。そんな腐れ外道はただ殺すだけでは気がすまない。
「ちょっと待ってろ、すぐに終わらせる」
「え?」
間抜けな声を上げる女神を無視して『二重詠唱』スキルを使い、二つの禁呪を同時に唱える。
「門よ、彼方と此方を繋ぐ番の扉よ。現世と幽世の理に背き我が意を運べ! 『世界門』!」
「其は、送葬の神炎にして弔いの業火。善悪神魔有象無象の分け隔てなく森羅万象悉くを荼毘に付す! 灰塵と化し円環の理へと還れ! 『神威炎葬』!」
詠唱を終えた瞬間、目の前に魔方陣型の転移門が現れる。
『ちょっ待っ「死ねクズ」てギャアアアァァァァァッッ!!!』
こちらと向こうが繋がった瞬間、何やら雑音が聞こえたが、構わず『神威炎葬』を放り込む。すると雑音はすぐに小気味良い悲鳴に変わった。
本来ならば、相手の肉体と精神を一瞬で焼き尽くして魂を輪廻の輪の中へと還してやる大変慈悲深い魔法なのだが、今回は少し内容を書き換えた。
一万年かけて肉体を焼き尽くした後、肉体を再生してまた一万年かけて焼き尽くすというのを一万回繰り返し、最後は魂も焼き尽くして文字通り焼滅させるように設定しておいた。
しかも魔法強度を限界まで落として、ヤツがギリギリ抵抗出来ない威力にしておいたので、ありもしない希望にすがり付き、焼滅のその瞬間まで必死に無駄な努力をし続ける事だろう。
これで猫達の痛みの何分の一でも味あうがいい。
しかし使っといてなんだが、他の魔法にしておけばよかったか。
今ので三割弱の魔力を消費してしまった。
創造主程度をただ殺すだけなら、さっさと相手の領域に乗り込んで叩き殺した方がストレスの発散にもなるし魔力の節約にもなるんだがな。
まあ、今回は『猫を殺した創造主』が相手だったので仕方無いか、手作業で拷問にかけて殺すとなると時間も手間もかかるしな。うん、そういうことにしておこう。
それにしても、クズの悲鳴は聞くだけで心が穏やかになる。被害にあった猫達もこれで少しは気が晴れてくれたら良いのだが。
「あ、あの……今のは……」
「安心しろ。クズは死んだ。いや、まだ死んでないってだけで死ぬのは確定だ。これで後は魔物共を皆殺しに出来ればスネコ……お前の世界は大丈夫だ」
「いや、その、使用された魔法のレベルがおかしかったのですが……ていうか、創造主ほどの高位存在がこんなにあっさり死んじゃうんですか?」
何を言っているんだコイツは、体と魂が消滅して生きていられる存在なんかいるワケがないだろうが。創造主や神といえど、体も魂も消滅させるのが面倒なだけで、ソレが出来てしまえば死ぬのは当然だ。
しかも使用した魔法は『世界門』と『神威炎葬』だ。おまけに使用者が俺ほどのレベルとなれば、創造主だろうがなんだろうが死は免れない。今回のはただ時間がかかるだけだ。
そう説明してやったのだが、女創造主は呆然としている。
「えー……?」
まだ理解が追い付いていないようだが、わざわざ説明してやる時間なんぞ無い。こんな所で無駄な時間を浪費するわけにはいかん。創造主の始末が終わったのなら次は魔物共だ。
せっかく元凶を始末したのに実行犯を野放しにしては意味がない。こうしている間にも猫が犠牲になっているかも知れないのだから。
「時間が惜しい。俺はもう行くぞ」
呆けた女創造を放置して『次元間移動』を待機状態で発動させ、『広域捜索』のスキルを使う。『広域探索』がもたらす情報を元に頭の中で猫と魔物の頒布図を作り、効率良く猫達の救出と魔物共を殲滅する計画を立てる。
「え!? あ、はい! お気をつけて!」
一秒とかからずに計画が組み上がり、そのタイミングでようやく自失状態から復帰した女創造主から返事が返ってきた。
「ああ、じゃあな」
俺はそう言って『次元間移動』を発動させハーヴェスタへと転移する。待っていろスネコスリ達、必ずお前達を救ってみせる!
◇
『世界門』
転移系最上位に位置する魔法。転移物・転移先の制限が無く、あらゆる物をあらゆる場所に転移させる事が可能。
その為、他の転移系魔法あれば不可能な『攻撃魔法の転移』も出来る。
この性質を利用して『相手の体内に直接攻撃魔法を転移させる』という事も可能であり、最高の転移魔法であると同時に、最強の暗殺魔法でもある。
『神威炎葬』
バーグヴェンドと呼ばれる世界で、とある勇者とその相棒である魔女が、神を殺す事だけを目的に創り上げた魔法。
一度放たれれば次元の壁を越えてでも攻撃対象を追跡し、着弾したら最後、攻撃対象を焼き喰らい、相手の魔力や肉体を燃料に変換し続けて無尽蔵に火力を上げ、肉体と精神を焼き尽くした後は魂を強制的に輪廻の輪の中へと還す。これは実体の無い相手であっても変わらない。
余談ではあるが、この魔法が完成した時、その威力を目の当たりにしてテンションが上がりすぎた勇者は、以前から目を付けていた気に入らない創造主や神を片っ端から焼き殺して回った。
そして、魔力が枯渇して死にかけた。