#8 実技授業早々悪夢です
温かい朝食を腹いっぱい詰め込んだ後、学園構内の実技棟に集合した『クラスⅠ』生徒五十三名。今日は朝から待ちに待った実技授業の日だ。
朝に弱そうな生徒が欠伸やうとうとしていたが、俺は万感の思いを込めて準備運動をしている。
実技棟は学園内の土地の四分の一に相当する面積を使っていると言われており、全三学年九クラス分と足してもう一つ、訓練用に開放されているものもある。
ドームの中央に塔をぶっ刺したなんとも珍妙な建物だが、十棟もあると圧迫感がすさまじい。ここだけ外身を完全に考えていなさそうで、機能美だけで建てたことが伺える。
準備運動そこそこに周囲を見回すが、実技担当の教師が見当たらない。時間はとうに過ぎている。
とりあえず手近にいた舟をこいでいるミラの肩を叩く。
「おーいミラ、おはようさん」
「ふぁ? あ、あぁ……おはよ……」
「直立不動で寝ていたけどなんかあったのか?」
「ん……憂鬱だったから、眠れなかった……」
目を擦って大口を開けて欠伸する。いつだったか「戦いは嫌い」と言ってたことを思い出し、勝手に納得する。
担当教師を待ちながらミラと談笑していると、十分を過ぎたくらいか。
遠くから人影、らしい何かが近づいてくる。
まるで山にそのまま腕と足をくっつけたフォルムの人影は、その腕と足すらも山の大樹を彷彿させる。
逆光で顔が影で黒く見えるほどの上背は、ゆっくりと上体を反り返えさせたかと思うと、地鳴りみたいな大声で話し出した。
「よぉ、ヒヨッコ共ぉ! ワシぁ実技授業担当のタイタニア・ガトリングっつうモンだ!」
「うるさっ!?」
生徒全員が耳を塞ぐ中、俺はついそんなことを口走ってしまった。
当然発声した本人は耳を塞いでないので、バッチリ睨まれて目が合った。
縦も横もサイズが段違いだ。二メートルを超すであろう図体は、何キロあるのか知らないが前日の雨で柔らかくなった地面に少しずつめり込んでいってる。
剃髪したか自然に抜けた分からんハゲ頭には魔獣らしき爪痕が刻まれており、丸い溶接ゴーグルをかけている。
一見しなくても蛮族としか見れない容姿で、唯一教師と証明できそうな服装すらも、魔具オタクと揶揄されるに相応しい防火繊維のツナギだった。
ごく簡単に容姿を説明するならば、めっちゃ体格が良い工場のオッサンだ。
「おおっ、お前が例の魔力無しか! 中々いい度胸だがまあいいだろう、今日の実技はお前からだからなぁ!」
最後に声もやたらデカい。人の声帯で出せる声量なのか疑うくらいだ。
それなのになぜか拡声器を持っている。うるせぇのなんのって。老化で自分の耳が聞こえないのか?
「す、すごい人だね。カトレア君」
「魔力的にはどうなんだよ?」
「一流だよ。まるで重戦車みたいだ」
「見た目じゃなくて魔力もか……」
いまいち俺にはピンとこないミラの表現だったが、重戦車並みに強いってニュアンスでいいのだろう。
「よぉぉしお前らこっちだ! ついてこい!」
拡声器から口を離さず、耳を塞いでいる生徒を先導する。これだけ耳塞いだ生徒がいれば気付きそうなものだが……。
遠くからでもよく視えるタイタニアに先導されて、俺たちは実技棟の中へ入る。
案内されるがまま生徒はぞろぞろと付いていくと、大きな扉に差し掛かる。引き戸を思いっきり開けると、『遊技場』に似た円状の領域が広がっていた。
「おーすげぇ、コロシアムみたいだ」
口々にそんな感想が聴こえてくる。
茶色の土を押し固めた地面で縦横百メートル以上あるフィールドは、周囲四メートル程度の壁で取り囲まれている。遮蔽物は一切ない。魔法の回避手段は撃ち落とすか回避するかしかなさそうだ。
壁の奥には段々に配置された椅子があり、フィールド自体の広さと相まって数は五千ほどだ。生徒同士の実技風景を見るために配置されているのだろうか。
「実技フィールドは見たな? じゃあこっちだ」
大扉を閉めてすぐそばの一室に入る。
そこにあったのはベッドだ。どこを見てもベッドだらけの一室だ。ご丁寧に「頭を乗せろ」と書いてある枕の場所には、目元が遮光素材になっているバイザーが取り付けてある。
ベッドの裏やバイザーの設置位置からはコードが幾本も飛び出ており、部屋の中央に鎮座する柱状の機械に全て取り付いている。
「さぁ! これよりこの施設の説明――と、行きたいところだが! 授業時間がもったいねぇから早速行ってもらおうか!」
ランセリス先生が言ったように確かにめんどくさいタイプのオタクだ、などと思っていたらグリンと首が回転し、飛び退きかけた俺の肩をガシリと掴んできた。
「カトレア・キングスレイブ! どれでも好きなベッドに――この〈ガトリング式乖離結界ベッド〉に「嫌だ」寝ろ……寝ろぉっ!!」
俺は速攻で拒否した。だって人体実験のベッドにしか見えねぇんだもん。意識の世界に連れてくどころか、あの世に連れてかれそうだ。
それもなしのつぶてと、巨躯を活かして身体を持ち上げられ、有無を言わさず背負い投げでベッドに寝かせられる。
ミラに救いを求めるように目を向けると、心配半分の表情に安堵が混じっていた。他の生徒も同じだ。
完全に俺、生贄にされてますよね。これ。安全のはずなんだけど、めちゃくちゃこれで寝たくないんですけど。
「もう一人は……ウィトス・F・ヴァルトール! お前だ!」
呼ばれた名に反応したのは、目元まで伸びた空色の髪の少年だ。
「……俺か」
「なんだ、モヤシみてぇだな。とっとと好きなベッドに寝な!」
髪をくしゃくしゃと掴んで爆笑しているタイタニアの手をうざったそうに振り払うと、特に嫌がることも無くベッドに寝っ転がった。明るい髪の色に比べて性格はずいぶんと暗い男だな。
俺が寝ているベッドの反対に寝ているウィトスを確認したタイタニアは、中央の機械――〈乖離結界〉の装置だろう――のキーボードを弄り始める。ゴツイ見た目に反して滑らかな動作で入力作業を行っている。
「これからお前らの意識を『現界』から切り離して『幻界』へと送る。詳しく説明すると日が暮れちまうから端折って説明するとな――」
端折っても長かったので俺がさらに要約すると、「意識や感覚のみ」が入り込める世界が『幻界』で、俺たちが「肉体と意識」を両立させたまま存在しているのが『現界』だ。専門家って生き物は専門用語を交えないと説明できんのかと言いたくなってくる。
「それじゃあ接続するぞ! バイザーを装着したら目を閉じて眠れ! 意識を安定させろ!」
言われたままに目を閉じると、勢いよくキーボードをタップする音が聴こえたのが最後だった。
ガチャコン、と騒々しい駆動音がすると、バイザーの内側から俺の側頭部に金属棒らしき何かが押し当てられる。
ブゥゥゥン、と振動を伴って低音と波動が脳を刺激する。
やばい、これは洗脳装置とかそういったあれか――などと人体実験をされた人の気分を味わっていると、不意に目を閉じて真っ暗な視界に、波打ったエフェクトがちらつく。
それっきり、意識らしき意識は手放してしまった――意識が切り離されたことすらも気付かずに。
「――い……おい! 『53番』! 起きろ!」
『53番』――普通の人間ならば呼び名とは気付かない識別番号に聞き覚えがあった。
俺は――俺だ。そうだ、俺は今……何をしていたんだ?
識別番号『53番』は、今まさに目覚めて立ち上がった。
立ち上がったことがなんで分かるんだ?
それは、俺が今浮いているからか?
カトレア・キングスレイブは今、宙に浮いている。
なら今見ている光景はなんだ?
宙に浮く俺の真下に立っている、血色は良いがガラの悪い男は鞭を地面にしたたかに叩き付ける。
「喜べ、三年間も生き延びたことを認められたぞ。今日の相手は魔法術師だ」
汚物を見る目で突き付けられた死刑宣告に、『53番』は表情一つ変えず立ち上がり剣を取る。
見たことがある光景だった。
これは……これは――。
固い地面の感触にハッと目を覚ます。ぼやけた白の照明が眩しい。
体を起こすと妙な違和感を覚える。粘っこいような、重力が増したような、表し難い体の重さだ。
これが意識を切り離された後か。客席方面に目を向けると、タイタニアと生徒達が一部の座席に固まって座っていた。
「……なんだったんだ、あれは?」
フィールドに置かれた時計を見て、意識を切り離す際の時間経過は二分も無かった。
だが、意識を切り離される直前、確かに夢を見た。それも悪夢だ。
生きたツケが回った最初の日――『53番』は、紛れもなく奴隷時代の俺だった。
「……戦う前になんてモン見せんのかねぇ」
「お目覚めか、キングスレイブ」
静かによく通る声が俺に掛けられる。
そういやそうだった。俺の他にもう一人、この空間にお呼ばれされた生徒が居たんだったな。
ウィトス・F・ヴァルトールは、俺の正面十メートルほどの距離で腕を組んで立っていた。
「嫌な夢でも見たのか? 寝起きが悪そうだが」
「おかげさまで、悪夢を見させてもらったよ」
おどけてそんなことを言ったが、気分が悪くはない。寧ろ気分は高揚してきた。
それはあちらも同じようで、意識を切り離す前に全身から放っていた気だるさは微塵も無い。
「これが〈乖離結界〉、意識の世界か」
「ちと体の動きが鈍く感じるが……お前はどうだ?」
「さあな。敵に自分の調子を教えるバカはいないだろう」
刺々しいというか冷淡というか。
「おぉぉぉし! 両方とも目覚めたな! それじゃあ早速実技授業開始と行こうかぁ!」
轟音ボイスが混じる。個性的な奴らが居過ぎて困ってくるな。
すでにある程度の距離はあったが、ウィトスはさらに俺と距離を開ける。
基本的に遠距離から高火力の一撃を叩き込む魔法術師は距離を取ってなんぼだ。ただしあまりにも取り過ぎることはできない。魔法を構成する魔力が進んだ距離によって分散し、威力減衰が発生する可能性もあるためだ。
近接戦闘に不親切だと思ったのは、このフィールドの直径がちょうど限界射程距離を計算して作られていることだ。『クラスⅠ』の実力者ともなれば、端から端まで最大火力の魔法を通すことなど造作もないだろう。
対する俺には遠距離攻撃手段らしいものはほぼ無い。あるっちゃあるが、そもそも遠距離有利の魔法に遠距離攻撃で挑むのは愚の骨頂だ。
真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす――脳筋な戦術だが、俺にはそれしかない。
俺から三十メートル以上の距離を取ったウィトスは、両目を覆い隠す前髪を左眼の方だけ整える。
鋭い眼光を放つ空色の眼。ピリピリとした気配が産毛を逆立てる。
本気モードという訳か。じゃあ相手の戦力を推し量ってみよう。
魔法属性や固有属性は知り合いは周知なのだろうが、俺は残念ながら存じません。性格判断するしかないな。
「〈乖離結界〉の中なら何をやっても死にはしない、か。面白いとは思わないか? 普段は使えない大火力の魔法も使える環境――上級な魔法術師が育つ理由も分かる。盤石の地位について腕を錆びつかせた魔法術師ほどくだらない存在は無い」
口の端が妙な角度に釣り上がる。「何をやっても死にはしない」、そして「腕を錆びつかせた魔法術師はくだらない」、か。殺す気で魔法をぶっ放す気満々なんだろうな。
それにしても、コイツとは案外馬が合いそうな気がしてきた。
魔法術師の中でも戦闘好きな性格は〈火〉か〈雷〉が多いが、固有属性が絡めば何でもありだ。……案外この性格判断は役に立たないな。
「んじゃあ、魔力無しの元奴隷はどれくらいだ?」
「さあな、戦ったことが無いからな。楽しみにしてるぞ、お前が何発目まで耐えてくれるのか」
何発目まで、ということは攻撃レンジは遠距離中心と仮定しておく。近接迎撃の魔法は得意でないとすれば好都合だ――ひそかに俺は頬を緩めた。
「いいぜ、好きなだけ飛ばしてきな。弾幕ってくらいな」
「……後悔するなよ」
よし、下準備は万端だ。これでアイツは多少縛ることができる。
睨み合いが続く中、タイタニアの怒号みたいな声が拡声器を通って響く。
〈乖離結界〉の外は薄靄が掛かっているだけで、他の生徒やタイタニアの姿はよく視える。結界を発生させれば、広大なフィールドは『意識だけが存在できる領域』になり、そしてこの領域内では攻撃で傷付く事は決して無い。
「おぉーっし! お前らぁメンチの切り合いは済んだかぁ!? なら魔法なり剣なり構えろぉ!」
三日の内に届いた刃を潰した黒鉄の剣を抜く。薄らぼんやりした照明の光を吸収する刃は、ある意味で刃があるよりも危険な代物だ。
ウィトスは見る限り俺よりも身長も体重も筋肉量も無い。巨漢を一撃で沈める俺の膂力から放たれる打撃を喰らえば、生身なら骨が何本折れるのやら。そういった心配が無い意識の世界に感謝しよう。
黒鉄の剣を構えると、ウィトスの手に青色の円陣が浮かぶ。これでお互い戦闘態勢だ。
それを確認したタイタニアは観客席で拳銃を空に向けた。
「実技授業第一試合、カトレア・キングスレイブ対ウィトス・F・ヴァルトール――はじめぇぇぇっ!」
意識の世界に空砲が鳴り響く――と、同時に俺の周囲だけライトが落ちたかのように薄暗くなる。
構えを維持して視界を上にずらすと――隕石染みたサイズの氷の塊が落下してきていた。
この野郎、開戦前から既に魔法を詠唱してやがったな。
初弾の警戒が甘過ぎたと反省しつつ、氷の塊の落下範囲からの離脱を図るが時既に遅し――。
「〈氷柱塊〉――〈氷柱槍〉!」
氷の木と見まごう氷柱が俺の周囲四方向をうず高く伸びて遮る。
脱出不能な分厚い氷の柱で包囲し、最後の退路たる頭上を氷の塊で蓋をする。
これで俺に見えている全ての逃げ場が無くなった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
物理攻撃のみのカトレア君はいったいどうするのか?ご期待ください!
執筆の励みになるので感想等も忌憚なくよろしくお願いします!