#7 フラストレーション全開の初授業
剣を回収して、ランセリス先生と別れた後、一通り学園内をうろついて学生寮に向かった。男子寮は学園の南側、女子寮は北側となっている。
「よぉ。生徒会長に喧嘩売った奴」
「せめて名前で呼んでくれよ……噂が広まるのは速いな」
寮の入口で立っていたのは、警備員の制服を着こんでいるジェイコブだ。
入りたての新入生が多いのに、平然とタバコを吸いながら俺に話しかけてきている。
「今日はもうお帰りか」
「殺気を浴び続けるのは疲れるんだよ。街の店には詳しくねぇから夜遊びもできん」
「おススメの店でも教えてやろうか?」
「俺を何歳だと思ってやがる……」
これでも十八歳だ。確かにそういう事には興味もあるし、酒もタバコもバッチこいだ。タバコは自分で吸う気はないけど。だけど入学早々眼をつけられているんだ。しばらくはハッちゃけた行動は控えたほうがいい。
「ま、それなら俺も楽ができる。ほら入った入った」
念押ししとくけど、あのオッサンは友達じゃないから。もう話したくもなくなってきてるから。
あまりにもな扱いに不快感を覚えながらも、一つだけ頼みを入れる。
「ああそうだ。荷物の受け取りって、金とかでもアリなのか?」
「俺にくれるのか――ってそんな訳はねぇか。大方備品使用料とか教科書代の支払いか。あまり高額を送ってもらうのは避けた方がいいかもな。検閲に引っかかる可能性がある」
くそっ、結構金のやり取りはめんどくさそうだ。
意外と手持ちを少なくし過ぎたせいで、自由に使える金があまりない。今日の入学式前と帰りに立ち食いしてたのも手持ちを減らした原因になるが、思春期男子は育ち盛りだ。
「休日に一度帰ればいいんじゃねぇの?」
「そうなるか……とあるアホ猫に馬鹿にされつつ襲われそうだからヤなんだよな」
「……深くは聞かねぇぞ」
怪訝な眼つきのジェイコブを躱して寮の中に入る。
十階建ての男子寮は一階はラウンジで、二階から三階層ごとに学年が代わる。地上に近い方が『クラスⅢ』であり、『クラスⅠ』の一年生は八階だ。
男子寮と聞いて小汚いかと思ってたが、中々に清潔な室内だった。
白の内壁は汚れも無く、生徒一人一人が大切に使っているのが分かる。
「えーっと、俺の部屋は……」
部屋番号を確認してエレベーターに乗り込み、部屋へと向かう。
「ほっほー、綺麗じゃねぇの」
白基調の室内はそれほど手広くはないが、俺が持ち込みたい物は入りそうだ。
剣を外して上着を脱ぎ、備え付けのベッドに横たわる。
「実技授業は休日挟んで三日後から、か」
荷物から時間割を取り出して眺める。割とすぐに始まるんだな。
さてさて、明日以降の授業はいったいどうなることやら。
洗礼としては、魔力無しを小馬鹿にした非常勤講師に嫌がらせで問題を当てられるとか、かな。
なんだか普段よりも行動量は少ないのに、心身ともに疲れている。
食堂に行く気も無くなっている。乾燥パンと持ってきた水でさくっと晩飯を済ませて、今日はそのまま寝ることにした。
翌日、明朝三時には目覚めた。
理由は簡単。柔らかさと反発を兼ね備えたこのベッドに慣れないからだ。いい具合に横たわらせた体が沈むのだが、これの良さが分からない。
比較対象は岩みたいに固い枕と、石造りのひんやりとした床に厚めの敷布団を引いただけの寝床だからな。そりゃあ違うだろうが。慣れたら慣れたで帰ってから寝れなくなりそうだ。
昨日風呂にも入らず寝たし、もそもそと部屋で乾燥パンを食ってたから腹も減ってる。早起きして身支度なり部屋の整理整頓することにした。
大浴場は常時解放されているが、こんな時間に男湯で風呂に入っている人はいない。
だが湯は張られておらず、シャワーだけしか使えない。
さーっと頭の上から水を被り、一日前日の汗と寝てかいた汗を一緒に流す。
髪を軽く振って水を払い、身体を拭いて出る。
次いで飯を食おうと思ったが、こんな早朝じゃ開いているはずもなく、昨日と同じくもそもそと乾燥パンと水を胃に流し込む。食うのは慣れているが、口の水分がどんどん吸われていく。
「ストレス溜まるわ……」
食堂が開いてなかったので、学園構内の並木道にあったベンチに腰掛けながら食べている。朝焼けを背景にサクラの花がピンクの花弁を満開に咲かせているのを見れていなければ、多少俺は機嫌が悪くなってたかもしれん。
正直今日の気分で授業を受けるのは、精神衛生上よろしくないかと思ったが、初日からサボるのは……もう言うまでもないだろう。
うだりながらパンの最後の欠片を水と一緒に飲み込む。
ゴミ箱に水のボトルを投げ込んで、俺は部屋に戻って授業開始までもうひと眠りにつくのであった。
「――で、あるからしてー」
授業……つまらねぇ。
現在午前の九時半、魔法学園最初の授業は魔法学。
第一の感想はこれに尽きる。つまらんのだ。果てしなく。
講師は一年生『クラスⅢ』の担任を務めているデボン・ジョバンニというおじちゃん先生だが、話し方がとろいのなんの。
御年八十八という老体だからかついつい同じことを繰り返し言っちゃってるし……。
俺は最低限の教養は奴隷時代にルーザーに教わっているし、その時は娯楽らしい娯楽が勉強か剣技を教わるかしかなかった。そのためルーザーが知っている範囲の教養を教えてもらったりしていた。
本人曰く一般レベルらしいが、後である程度高等分野まで教わってたことを知り驚いた。あの人も案外学があったんだなと。
知らないことを教えてもらい、分からないことを理解する。幼いながら、それが何よりも楽しかった。だから勉強は苦では無い。
それ故に今が退屈過ぎて仕方ない。
現在は魔法の仕様に用いる円陣――『魔法陣』に関しての講義だが、これは恐らくだが『クラスⅠ』の生徒は皆理解しているだろう。
『魔法陣』は、魔法を放つために対象に投影する円陣と紋章の事だ。一昔前では『杖』を用いて陣を直接描いくのが主流だったので、「投影」でも「描く」でも意味合いは同じだ。
赤が〈火〉、青が〈水〉、緑が〈植物〉という具合に、陣の色で魔法属性を判別することも可能だ。ちなみに固有属性からなる魔法も基本色は魔法属性と同じだ。
単純に空や手に投影して魔法を発射することも、壁や地面に投影して罠や時間差発動を狙うことも、例えばだが体に投影して様々な恩恵を得る事もできる。
これが成せるのは、偏に人の想像力によるものだ。
魔法は基本の七つの属性は、一部全員が使えるように調整された魔法が存在するが、固有属性で自作した魔法は、自分自身で紋章を決めなければならない。
理由は『魔法陣』は使用する魔法ごとに最適な紋章があるからだ。
基本的に紋章は九つの属性で描かれる物は違う。それぞれ発生する現象を内包している。
〈火〉は揺らめく炎を模しており、〈水〉は流れ落ちる水を。〈植物〉は樹木や葉を中心として描かれる。
千差万別で『魔法陣』の形も紋章も変わり、それ次第で魔法の威力から魔力効率と魔法としてあり続ける全ての項目に影響する。
だからこそ、「魔法とは、想像力が創造する」と言われているのだ。
「三日もこれか……」
誰にも聞こえないように独りごちた。
俺の席は一番後ろだし、他の生徒が盾になって俺の姿は見えない。
誰かと会話でもしてれば退屈もそこそこだが、残念ながら話せる友達は周りにいない。ミラの席はちょうど真ん中付近だし、退屈な授業にも熱心に耳を傾けていた。頑張っている人を邪魔する気はない。
一応付け加えておくが、俺から話しかけることはできるぞ。別に話しかける勇気がなくはないぞ。
ただ、鉄の心と図太い神経を持つ俺でも、流石に話してほしくないし関わりたくないって思ってる人に話しかけれるほど精神に自信はないんだ。まあ、俺から行っても攻略法無しならどうしようもないんだ。
溜まるフラストレーションを無言で噛み殺し、三日間を過ごした。
「あぁぁぁぁぁぁー……タバコ臭が落ち着くようになってしまった俺はイカれているのだろうかー……」
「そんなため息つくなって。幸せ逃げるぞ」
「ため息で逃げる幸せなんぞいらねえわー」
三日後の休日、チックを呼んで俺が最後の興行で使った刃を潰した剣を取りに行く。
住めば都とも言うが、学園街から離れていくほど空気も賑わいも収まっていく。『遊技場』も魔法学園も、双方良さがあれば悪さもあるってことか。
長時間の運転に、数日間無駄に気合が空回りしていたせいか、異常に眠たくなってしまった。
「きっついのぉ……」
「カトちゃんよぉ、学園辞めた方がいいんじゃねぇの? らしくないぜ」
「大丈夫だ……明日になれば……暴れられる……」
「ああ、らしくないってのは訂正するわ。いつも通りケダモノだ」
ようやく『遊技場』にたどり着いた時には昼頃。
興行中で俺の部屋前や戦闘者の控室には誰もいない。
「貴重な休みは露と消える」
「口より手ぇ動かそうな」
泥棒の気分で実技授業用の黒鉄製の剣、剣の手入れ用の物品多数、そして俺の貯金全額を手に持ち、シャウルに見つかる前に『遊技場』を後にした。
「会わなくてよかったのか?」
「もうしばらく神妙にさせておくくらいがちょうどいい」
「ツケが回るだけだろ」
「…………」
「もう帰路についているから戻るのは無理だな、こりゃ」
半年後、帰ってからが怖いな……。
貴重な学生の初めての休みは、備品やらなにやらの調達で幕を閉じた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
学園バトルもの、の様相を呈すのは次回からです。
カトレア君の戦術(脳筋プレイ)をお楽しみに!
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