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#6 ランちゃん先生は心配なようです

「これですか……カトレア君の剣は」

「あざっす、ランちゃん先生」


 生徒会長たちに喧嘩を売った件の論文を学園長に渡した後、俺はランセリス先生に頼んで忘れた剣を取り戻しに行った。


 遺失物保管庫の中には、過去一年間の所有者不明の品物が保管されており、俺の剣はすぐそばの壁に立てかけられていたのですぐに分かった。

 埃っぽくジメジメした一室に半ば打ち捨てられるように置いてあったが、鞘から抜くと磨かれた刃はわずかな光源を精彩に照らし返す。


 それでも手入れを数日怠ったためか、心なしか剣も輝きが鈍ってる気がした。

 剣を抜いて状態を確認する俺を、ランセリス先生はまじまじと見ていた。


「珍しい剣ですね。切っ先が平たいなんて」

「俺の師匠っつーか、恩人が持ってた剣なんすよ」


 ルーザーから譲り受けた平刃の剣は、魔法王国内の刀剣を扱うどの店に鑑定を依頼しても返ってくる答えは同じだ――これは無銘の、手入れが行き届いただけの剣だ、と。


 そもそも切っ先を潰した理由が分からない。

 鑑定士は、というか、俺ですらも自分で切っ先を硬質の物体に擦り付け、敢えて零したようにしか見えないのだ。刺突は殺傷力が高く、俺もトドメの一撃にはよく用いていた。


 決して俺たちは「殺す」行為に忌避感を持ち合わせているワケではない。場合によれば、誰だって殺すだろう。それくらいの事が起こればの話だが。


 それはルーザーも同様で、寧ろ生き残るためには完全に息の根を止めねばならなかった。


 『奴隷の闘技場』の戦闘方式は、どちらかが死ぬまで戦い続けるデスマッチ。武器魔法急所攻撃等々、何でもありの野蛮な闘争だ。多量の出血で失血死を偽装し、勝利を確信して背を向けた相手を切りつけたりしたこともあった。

 詰まる所、刺突を封印する意味はない。それが本人流の剣技なのか、はたまた何かしら己に課した制約でもあるのか。


「それでですけど、カトレア君は実技授業ではこの剣を使う予定でしたか?」

「あ……もしかして、武器の使用は許可されてないとか?」

「いいえ、武器は許可されています。といっても、魔法での遠距離からの差し合いが主流の今、剣どころかナイフも持ってる子すらいませんけどね」

「あー、刃付きってのが問題なんすね」


 平刃の剣は切っ先を潰してあるものの、剣自体の両刃は健在だ。

 これを実技で、未来ある少年少女に切りつけたらそれこそ問題だわな。


「でも実技授業って言ってもマトモにやり合うワケじゃないっすよね。この学園で授業中の死者が出たって、今まで一度も聞いたことないっすけど」

「ウフフ、そんなことあったら入学者がいなくなっちゃいますよ。保護されているから安心してください。ところで、カトレア君は〈結界魔法〉って知ってますか?」

「言葉だけは。拝んだことは一度も」


 〈結界魔法〉――それは〈無魔法〉の一種で、一定範囲に〈結界〉を創り出す魔法。

 主な用途として、敵を結界内に留めて封印したり、味方を保護して能力増強を促すなどがある。


「学園設立からの何年間かは、実技授業は君が言ったように魔法的保護が無いまま、立会人をつけて行っていました。しかしやはり不完全でしてね、過剰に攻性魔法を食らって再起不能レベルの傷を負った生徒が出てしまって」

「それで、〈結界〉はどう関係が?」

「当時の学園長が考案したのは、〈乖離結界〉――「意識のみ切り離し結界内に残留させる」方式なんです。想像力や思念が魔法の形を作るのは知っています、よね?」

「……なるほど、「意識のみを戦わせる」……ってことっすか」


 魔法の威力・形質は魔法術師本人の意思によって決まる。


 心の高ぶりや闘争心の高さで魔法の威力は高まり、また心神喪失や身体の衰弱などで魔法の威力は下がる。

 形状は弾丸や剣だけでなく、魔法術師が思った形に自在に変えられる。俺と模擬戦闘試験で戦ったアリソンを例に挙げると、荊で檻を作ったり地中や空中を自在に移動する荊のツタを生やしたりか。


 意識とは精神の動きであり、それが魔法の威力・形質の源だ。

 意識を切り離して戦わせれば、魔法の威力・形質そのままに、現実の体が傷つかずに済むって寸法だろう。


「細かいギミックに詳しいのは実技授業担当の先生なんですけどね」

「へぇ、聞いてみるのも良さそ――」

「おススメはしませんよ!?」


 なぜだ……なぜなのだ、ランセリス先生……なぜそんな懇願するような目で俺を見る……。


「タイタニア先生に一日を潰されたくないのなら! ギミックについて聞くのは厳禁です!」

「……魔具オタクってことっすか?」


 魔具っていうのは、魔力が込められた素材で作られた機械のことだ。この世界の車や街灯・電灯や暖房なども魔具に該当する。


「まさか放課後を全て魔具の紹介で潰されるとは思いませんでしたし……」

「先生が生返事してた気がしてならないんすけど」


 押しに弱そうだし、この先生。

 それはさておき、魔具オタク、か。俺ともしかしたら同類かもしれない。

 実は俺もその手の魔具とか、便利グッズとかが大好きなんだよ。


「ま、気が向いたら行ってみますわ」

「勇気ありますねぇ……カトレア君は」

「勇気が無ければ今頃この場に居ませんからね」


 皮肉っぽく言ったためか、ランセリス先生の顔が曇る。


「あ、あの……カトレア君? 一つだけ聞きたいことがあるんです」

「なんすか? 先生可愛いから、大抵のことは答えてあげますよー」

「か――可愛い!? ななな、なにを言ってるんですかぁ!?」


 そういう反応がね、可愛いのよね。

 天然って罪だわーほんとに。


「んで、聞きたいことは?」

「え、えと……その……カトレア君は、魔法が使えないんですよね?」

「ええ。忌まわしき生徒会長殿が言ったままです」

「……剣一本で、実技授業を戦うんですか?」

「そりゃあもう。今までもそうやって生きてきましたから」


 魔法が使えない俺が、様々な属性・個性を盛りまくった魔法が飛び交う実技授業に参加することを心配してくれているのだろうが、それは不要だ。

 おずおずとこちらに目を向けるランセリス先生は、俺の言葉を聞いても心配そうだった。なので、少し技術証明でもしてみることにする。


 俺は遺失物保管庫の中で、何十年前から置かれていそうなボロボロの傘を拾い上げる。

 開いてみると、折りたたまれていた傘の布から溜まりに溜まった埃が舞い散る。

 布自体は特に破れているとか虫が食っているとかは無い。

 これならいけそうだ。


「先生の好きな動物はなんすか?」

「へ? えーっと、ワニさんとか!」

「わ、ワニ……爬虫類好きなんですね」

「あ! あとカメも好きです!」


 水生生物ばっかりだな……〈水〉の魔法術師らしい。


「それじゃあ、この傘を持って、俺の方に面を向けてください。絶対に動かないで」


 首をかしげたが、俺の前に傘の布地を向ける。


「よっしゃ、行きますぜ」


 平刃の剣を鞘に納め、右足を前に出して構える。


「あ、あのー? 今、金属音が……聴こえたんです、が……?」


 黒の布で俺の姿は覆い隠されている。身長が小さいのも災いして、上半身全てが隠れているから俺が何をやってるかは音でしか判別できない。


 右足に力を込め、軽く踏み込みながら剣を鞘の内に滑らせ、勢いを保持したまま剣を抜き放つ。


「シィッ――!」


 気迫を声に出し、鋭く剣の腹を傘の布地表面に滑らせる。

 潰れた切っ先の角、微妙なとっかかりを利用して放った斬撃。


「うわぁっ!?」


 剣の銀光が緩く歪んだ円状を描く。

 高速で線を引き切るように剣を振り、線の両端を繋ぎ合わせる。

 そっと剣を布地から離し、横を向いて十字に空を切ってから、腰に佩いた鞘に納める。


「もういいっすよ」


 傘の先端をつまんで受け取ると、見えない中で何をやったか理解できてた先生は、少し足を震えさせていた。


「もうっ! 剣を使うなら先に言ってくださいっ! びっくりしたじゃないですか!?」

「まーまーまー! これ見てくださいって! 見たら使った意味わかりますから!」


 頬を膨らまして、顔を少し赤くしてプンプンと、そんな表現が正しく聴こえる怒り方だった。

 そんな姿に弟や妹の面影を感じながら、傘の先を摘まんでみせる。開いたままの傘の布地、俺が刃を滑らした部分を軽く押すと、ピンと張られた布地からペロンと二枚、布地が剥がれる。


「じゃーん。ワニとカメ」

「わあ……すごい!」


 それはデフォルメされたワニとカメだ。真っ黒な切り絵で目も再現できないし、ワニ革の質感や甲羅も表現できなかったが、ちっちゃくて可愛らしくできているだろう。


「こんな技を魔法術師の手ではできんでしょ? これくらいはヨユーっすよ」


 目を輝かせてワニとカメの切り絵を眺めている先生。


「実力誇示はこんなもんで。後は、実技授業でとくとご覧あれってね」


 埃っぽい空気には慣れているが、長時間も滞在していると些か喉がいがらっぽくなる。

 切り絵に目を奪われている先生の背を押し、遺失物保管庫を後にした。



「ありがとうございます、カトレア君。これは大事にデスクに貼っておきますね」

「お気に召していただきなによりで」


 感謝の言葉をもらうのは悪くない。しかし、申し訳なさそうな面持ちなのが気になる。


「……少し、君の事を誤解していたかもしれません。正直に言います。君の事を警戒していたのは確かなんです」

「ああ、なんだ……別に、それでいいんですよ」

「……え?」


 何を申し訳ないと思っていたのか、そんなことだったか。

 目を白黒させているが、今更先生に言われるまでもない。

 陰口叩かれまくったり、直接手を出されたりは腐るほどあった。


「でも、クラスの皆さんは……」

「それも俺としては、いずれ実力で見る目を変えさせる気でしたし」


 これに関しては、もはや語り飽きたくらいの文言だが。


「それでも――生徒会長のような子もいます! 君の存在を許さないような……」


 ……心配性なんだな。ホントに。

 親がもしいれば、自分の子供がバカみたいな賭けに挑もうとすると、こうやって止めに来てくれるんだろう。


 俺は他人から見れば、形容するに欠けるほど愚か者なんだろう。


「じゃあそうっすね。約束しましょうか」

「やく……そく?」

「俺が前期で『序列』10位圏内に入ることを約束しますよ。もし入れなかったら……うーん、どうしよ。もっと大きな切り絵を作ってあげる、とか?」


 泣きそうな表情の先生に、ことほがらかな笑みで提案する。


「や、約束ですよ!?」

「お、おう……ノリいいな、この学園の先生は……」


 掌返しみたいに一転した食い入りように、苦笑せざるを得なかった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 次から学校パート本番です。


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