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#4 敵だらけの魔法学園入学式

 教室を見渡せる最後尾の席から、全員の気配を読んでみる。

 俺は魔力を持たないから、魔力がどう流れれば戦闘態勢だとかが分からない。なので、身に纏う雰囲気の変化で、その人の感情の起伏を読み取るのだ。

 本職の魔法術師は魔力でやっている行為を、俺は訓練しなければできない技法でやらなければならないが、これが案外役に立つ。


 理由は単純明快――クラスの生徒は魔力感知ができないと知っているから、気配はとっても正直に彼らの心情を示してくれるためだ。俺が気配を読むだけで、簡単に彼らの心情も分かるという寸法だ。

 現状殺気というよりは、嘲笑の意思が色濃い。模擬戦闘で戦ったアリソンは、もはや存在しない人間とまで意識をこちらに向けていなかった。


 まったく泣けるぜ。模擬戦闘で刃を交えたのだから少しぐらい関心というか、せめてノックアウトしたんだから敵対意識は向けてほしいものだ。殺気を向けられて喜ぶ変態でもないが、これじゃあ張り合いがないもんだ。


 なんてことを思いながら机に置かれていたタイムテーブルを見ると、あと三十分もしない内に入学式が始まるそうだ。今の時間は担任紹介と諸連絡、どんな偏屈が担任なるかと期待していると――。


「よ、よいしょっと……」


 紙束を持った人らしき影が、教室のドアの磨りガラスに映りこむ。閉まったドアを肩や足で四苦八苦しながら開けようとしていたが、遠巻きながらも聴こえる声から上手くいってないようだ。ああ、十五メートル以上は離れているが、俺の耳は良いからはっきりと聴こえました。


 首を傾げた前列のドアに近かった男子生徒がドアを開けると、落ち着いた女性の声で「ありがとう」と返す……いやいや、ちょっと待てちょっと待て、おかしい、何かがおかしい。それに気付いたのはドアを開けた男子生徒や、姿を確認した他の生徒もほぼ同時だった。


 ヒールを履いているが、それでも教卓に手が届かないらしく、一段教壇に上ってプリントを乗せる。

 全体像が露わになると、恐らくクラスの全員が目を丸くして釘付けになっただろう。

 首をかしげるようにプリントの山から顔を出し、ニパッとほがらかな笑顔を見せて教壇から降りる。



 ――めちゃくちゃちっさい!?



 危うく俺は声に出しそうになったが、それは俺だけじゃないのは確実だろう。今まで俺に少なからず集まっていた意識が、一気に目の前の小さな女性に集中していたのだから。

 唖然とした空気の生徒に、本当に何にも感じていないのか、明るく落ち着いた声で話し始める。


「それでは皆さんこちらに注目。私が今日より『クラスⅠ』の担任となります、ランセリス・ラントレアです。皆さんの先輩からは、ランラン先生とか、ランちゃん先生とか呼ばれていますので、気軽に読んでくださいね」


 最後に目を細めてにっこりと笑みを見せる。可愛らしいあだ名らしく、容姿は先生どころか年上とも思えない童顔と低身長。百七十センチ強の身長の俺よりも二回りくらい小さいんじゃないだろうか。

 肩まで伸ばした薄い翡翠の髪の先はくるりと丸まり、丸いフチなし眼鏡をかけていて全体的に温和な印象を受ける。

 手元の資料をめくり、講師紹介のページを開いて名前を探すと、なんと三十四歳の中々の御年。うーむ、魔力の神秘か、これが……。


「あ、小さいなーとか、先生として頼りなさそうだなーって思った子もいるでしょ?」


 軽く頬を膨らましてそんなことを言うもんだから、生徒たちは苦笑いを浮かべる。

 とっても可愛らしくていいと思いますよ。


「これでも〈水魔法〉が得意ですので、皆さんの中で同じ魔法属性(カラー)の方がいましたら、いろいろ教えることもできると思いますよー」


 そう言うと、手元に素早く青色の円陣が浮かぶ。そこから水の球がぷかぷかと作り出され、形を星やハートと変えながら、ランセリス先生の体を中心にくるくると回る。


 会話に手ぶりや表情の変化が入る辺り、虚で暮らしていた時に数多く居た弟や妹を思い出す。自分の感情を表に出すのと沢山伝えるのに、身振り手振りを加えるのはとてもいい手段だ。意味不明な言葉を言ってても、身体は正直なもんで意図がよくわかるからな。


「あ、あれ? なんかすっごく冷めた目で見られてるぅ……ごめんね? 皆さん『クラスⅠ』なんだから、これくらい簡単にできるよね……」


 それもあるだろうが、先生の立ち振る舞いに驚きを隠せないというのもあると思うぞ。


 補足だが、あの水球を同時操作する魔法制御力が並大抵のものではないことも、皆が絶句している理由でもある。

 魔力が無い俺にその感覚を理解するのは、些かの形容を交えなければいけないが、魔力の流れる感覚が分からない魔力無し風が表すのなら、腕が急に百本くらいに増えた感覚だろうな、


 もっとも、慣れれば百本の腕もある程度は自由が利くだろう。

 ならば、増えた腕一対ずつで計五十個の編み物を、また編む物の種類を変えてやってみろ――なんて言われれば、その難度に気付くはずだ。

 水の球は編み物で、水の球の形が編む物の種類ってことだ。

 意識や思考で操作する物が増えて、尚且つその一つ一つを正確に丁寧に仕上げる事――血の滲む努力が見える一芸と言っていい。


 と、魔力無しが解説を入れたが、そんなことは『クラスⅠ』の優等生諸君は理解している。

 王都立魔法学園の『クラスⅠ』というエリートクラスの担任の技量を見せつけられ、奮い立つ者もいれば自信喪失、なんて生徒もいるだろう。俺は当然前者だ。

 俺に対する敵意もいつしかランセリス先生への敬意と尊敬へと代わっていた。


 そんな反応に困った風であったが、打ち解けたと思ったのか担任としての初仕事を始めた。


「で、では! 皆さんこれから一年間よろしくお願いしますね! まずは――」


 配られたのは時間割、教科書や実技用の実習服等の請求書、学園内での資金決算の詳細など。


 一通りプリントを眺め、想定外の出費に軽く頭を抱えそうになったが、そんなこんなで入学式が始まる時間になった。ずらずらと教室から出て生徒は並んでいく。序列順で並び、最下位だった俺は最後尾につく。

 生徒数は五十三人。後ろで一人ポツンと取り残されている気がしたが、いずれ俺が前列に行くことになる。何の心配もない。


 階下へ降り、入学式の舞台の講堂へと案内される。

 中へ入ると、二・三年生が既に講堂後方で着席しており、俺たち新入生を拍手で迎え入れてくれていた。


 もう恒例になってる気もするが、俺に対する様々な感情入り混じる視線はあった。

 知れ渡るのが早すぎな気もするが、学内の情報っていうか、グループ内の情報伝達の速さは侮れないもんがあるから当然というべきか。

 

 そんな程度で尻込みなんざしねぇけど。

 ……まあ、ちょっとだけ悲しかったのは、俺の隣に運悪く座席が割り当てられた女子生徒が、終始俺を人食い魔獣と相席させられたってくらいに恐怖していたことくらいだ。

 別に取って食うワケじゃないんだから……。


 多少の精神的な骨折はありそうだったが顔に出さず、程なくして入学式の始まりのコールがかかる。

 


 そこから経過する事一時間――長ったるい。しかも椅子が固い。ケツが痛い。


 現在は生徒会長の新入生への答辞だ。これがめっちゃ時間を取っている。

 学園長ステラ・エスレインの話や担任の紹介は割とサクサクっと進んだんだが、三年生徒会長アルベルト・グリームライトの話はひっじょーに長い。

 たかだか生徒代表に割かれる時間ではないだろ。同級生も二年生も、たぶん「さっさと終われ」って思ってるぞ絶対。


 金髪に金の瞳、有力らしい魔法貴族の一人息子で、男目線でもイケメンと言わざるを得ない顔面偏差値の高さ。かといって貴族特有の厭味っぽさが無い爽やかさで万能感を漂わせている。


 そんな評価を下しながら俺は、両目を閉じて寝落ちはしないまでも、環境音くらいの感慨で耳を傾けていた。魔法を推した内容だから、知識しか詰め込めない俺にはいまいちピンとこない内容だしな。


 二十分は経過しただろうか、俺の隣に座っている女子が欠伸をした時に、ふと語調と雰囲気が変わる気配がした。


「話は変わりますが、本年度の入学者の中には随分と変わった方がいらっしゃるそうで」


 耳に入った言葉で片目を開ける。

 変わった方――俺以外にも変わり者だらけの学園だが、これは確かに俺宛の言葉であることに気付く。

 

「事もあろうに、模擬戦闘で「この学校の頂点に立つ」と宣言した、何とも頭がお花畑な方がいらっしゃるそうで」


 爽やかで貴族然とした笑顔なくせに、吐く言葉はガキ臭い皮肉。一年生の空気が変わる。先輩の豹変に対してだろう。

 遅れて皮肉の標的を理解した視線が集まっている。それは生徒だけでなく、入学式に来た保護者や先生も含まれている。


「この学園は、魔法術師を養成し、自分の才能に適したクラスで自己の魔法を高めていく場所――私としては、あなたのような「場違い」は、一刻も早くこの場から立ち去ってもらいたいのですよ」

「あぁ?」


 立ち去れってか。中々ストレートだ。寧ろ気に入ったよ、その面の皮の厚さは。


「カトレア・キングスレイブ君――魔力無しで奴隷だった君が、この学園で成せることなど何一つないのですよ。きっとすぐに分かりますがね」


 クスクスと笑い声が聴こえる。それはアルベルトだけでなく、会場中からだった。

 が、すぐに俺の耳からは聴こえなくなった。俺はすくりと立ち上がり、椅子を足場に跳躍する。

 ゆとりをもって椅子は置いてあるが、隣の生徒の足が邪魔くさかったから、めんどくさいので跳んで列から飛び出る。


「さっきから黙って聞いてりゃあ……」


 少なくとも、俺は真正面から貶されて黙っていられるほど、人間が出来ちゃいないもんでね。

 奇異の眼が集まる中、俺は堂々と講堂のど真ん中を歩み、壇上で見下してきているアルベルトに向かう。


「下らねぇな、魔法術師のエリートさんは」

「魔力が無い奴隷には到底理解できないのでしょうね、私たちの考えは」


 静まり返った講堂に、俺の声とアルベルトの声だけが通り過ぎる。


「てめー一人が魔法術師の総意ってワケじゃねえだろ? 面白くねぇ」

「確かに魔法術師の総意ではないですね、言い間違えました。これは世界の総意ですよ」

「これでも俺は入学を「許可」されたんだがな? お前じゃなくて、学園長にだ」

「ええ、それが一番の盲点且つ汚点です。魔力を持たない元奴隷を魔法学園に入学させるとは、学園長の眼も曇ったとしか言えませんね」


 おお……こいつ、自分よりも格段年上の学園長に目が曇ったとか言いよったぞ。

 それに対してのツッコミが来ないあたり、この男はこれが平常運転なのだろう。

 年上だろうが先達だろうが自分よりも無能だと思えば無能と言い切る、実力至上主義者にして魔法至上主義者――魔法世界の在り方が子供を産み落としたような男だ。


 その言葉が一幕となり、空白の静寂が流れる。

 睨み合い、お互い牽制している状況だった。


 それをやんわりと、思わず和む声色で破ったのは――。


「私としては、彼には期待しているんですけどねぇ」


 学園長のステラだった。

 糸目を横に伸ばし、柔和な表情でつづける。


「確かに彼は魔力は保有しておりません。元奴隷だったことは彼が住む【バーナード領】で確認は取れています。ですがその実力は本物と言っても過言ではありません。筆記試験・模擬戦闘の成績だけを鑑みれば、彼は文句なしで序列1位です」


 その後に「魔法も採点要素ですから、暫定序列は最下位ですがね」と付け加える。余計なことは言わなくていいんだがなぁ……。


「魔力を持たずして学園に入学して何を成すか。魔法世界の対極といえる存在が、君たちに何をもたらしてくれるのか。そして私個人、彼がどうやって奴隷の身分から解放されたか、どんな戦い方をするかという興味も少しあります。彼にはお情けと言ってしまいましたが、偏にカトレア君含む全員のスキルアップを考えての行動――そう思ってもらえれば幸いです」


 子供っぽい照れた表情で、そう締めくくった。そのままマイクを返したことから、これ以上言う事はないということなんだろう。


 ステラが返したマイクが何故か俺に渡り、渡した先輩らしき男子生徒がアルベルトへと視線を逸らす。「さっさと渡せ」ってことだろうな。


 素直に渡す気なんてないがな。俺もそろそろ反撃させてもらうとしよう。


「あーあー、テステス、テーステス」


 隣の男子生徒が愕然とする。俺の暴挙に慌てふためきマイクを取り上げようとするが、ひらりと躱してマイクテストを続ける。


「さ、て。さんざっぱらよーくもまあ言ってくれたじゃねぇか。生徒会長殿?」


 ピクリと額が動く。険しい表情を見せて次の行動を予測しているのだろうが、別段俺は荒事をしたいわけじゃない。


「なら、俺もアンタに言わせてもらおうか。今年の『魔法学園対抗戦』――楽しみにしてるぜ。アンタを公然とぶちのめせる時をな」


 宣戦布告――ただそれだけだ。俺はマイクを戦々恐々とした面持ちで眺めてた男子生徒に投げ返す。


 こんな所で暴れたって何にもならない。

 どーせ周りは奴の味方だけだ。

 俺はこの場ではただの異物であり、何なら居なくてもいい存在だ。


 だからこそ、だ。



 対等な立場で、対等な条件で、正々堂々真っ向から叩き潰す――!



 俺が言いたいのはただそれだけだ。

 踵を返し、悠々と座席に戻った。


「――フッ、面白い」


 見せかけの貴族の礼儀を崩し、本来の一面が垣間見えた。

 背中に浴びせ掛けられる、たった一人で静まり返った空気を変えてしまう闘気は、紛れもなく戦士のそれだ。


「では楽しみに待つとしよう、カトレア・キングスレイブ――せいぜい腕を磨くがいい。さもなくば、圧倒的な敗北が待っているだろう」


 奴からは、アルベルト・グリームライトからは絶対的な勝利を確信した、己への完全な信頼しか感じ取れなかった。


 ――こいつは強い。


 有力貴族家系、生徒会長といった見せかけとは裏腹に、闘争心は烈火の如く熱い。

 生まれ持った獣性というべきか、あの男はどことなく俺寄りな人間な気がした。

 いずれ直接対決をする時が、嘘偽りなく楽しみだ。



 どよめきが会場から抜けない、きっと二度は無いだろう波乱の入学式は幕を閉じた。

 ご拝読ありがとうございました。


 正々堂々真っ向勝負が彼のスタンスです。


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