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#3 魔力無しの『クラスⅠ』

 入学試験から一週間後の夕刻、魔法学園の長ったるい宛名の部署からの手紙が届いた。


「春月、四の一日、魔法学園入学式を執り行う……って明日じゃねぇか! 書類の提出は三日前くらいにしろよ!?」


 無駄に体裁だけはしっかりしているし、紙の質も上等なのが余計に腹立つ。こんなもんに金かけるんなら、もっとさっさと出せっつーの。


 毒づきながら、俺はせっせと荷造りを始める。とはいえ、俺が持っていくべきものなんかは少ない。

 普段使っていた平刃の剣は今頃遺失物扱いになっているだろうから、刃を潰した剣を手入れしておく。後は最低限の乾燥食と水と金だ。

 残りは希望があれば使者を使って運び込むこともできるそうだ。過去の先輩では、寮の自室の家具全てを自分の部屋の物と取り換えたりしていたとか。

 食事と水は行路で不備があった時のため。そうなった事態に備えて金もあまり持たない。


 余談だが、この国では金銀銅の硬貨、それ以上の金額で貨幣となる。硬貨は一般的に普及しているのは前者三つで、主にそれほど高価じゃない物――飯とか宿代とかに使われる。貨幣は主に高額の取引の際、貨幣に対して所有者の魔力で押印することで額面の効力を発揮する。小切手なんかに近い代物だ。


 また、貨幣に定められた金額以上の効力を持つのが白金と神銀でできた硬貨だが、これは前時代の遺物というか、もはや古代遺物(アーティファクト)と呼ばれる希少物だ。

 一応他の通貨に相当する金額は定められているが、希少性や数の少なさ、材料の貴重さを鑑みられ、額面通りに取引されることは滅多にない。というか生きてる内にお目にかかることはまずないだろう。


「とっもだっち一人はでっきるっかなー」


 自虐的な替え歌を口ずさみ、少ない荷物を革のバッグに突っ込んでベッドに置いておく。


「本当にできなかったら泣ける」


 これでも俺の記憶では、老若男女問わず好かれる好青年であることは自信を持って言える。

 俺は何となく上着を脱ぎ、鏡の前に立った。そしてポーズをとる。


 客観的に見て、銀の短髪でスッキリ爽やか、意志の強さが現れてそうな黒曜の瞳、誠実・清潔・精悍の三拍子揃った、健康的で筋骨隆々な好青年……主観は決して入っていないぞ。


 でも生傷と古傷のダブルパンチが相当見栄えが悪い。試験に来ていたのも、貴族中心だが蝶よ花よと育ってそうなのが多かったしな。

 俺の場合、体中に奴隷時代の古傷が刻まれているし、目元にも刺し傷が一本ある。ついでに言えばこの間の興行でのクレムの一撃を喰らった脇腹に痕が残っている。


 何よりも目立つのは、胸のど真ん中に捺された焼印――【バーナード】の奴隷剣士を示す、縄で縛られた女神像の烙印だ。

 『世界の虚』に巣食う魔獣、『サラマンドラ』の骨で作られた焼きごては、対象者に一生残る痕をつけるとされている。詳しい理由は知らんが、魔力云々や骨の成分のお話になるのだろう。


 

 ガチャリ――突如部屋の戸が開き、びっくりして鏡越しに確認すると、そこにいたのは黒猫半獣人のシャウル。鏡の前で筋肉を盛り上げるようなポーズをとっている俺と、状況を飲み込めてないシャウルの目が合う。


「「…………」」


 沈黙が流れる。気まずい。とりあえず誤解だけは解きたい。俺は慌てて口を開いた。


「あれだぞ、決して太ったとかそういうことじゃ」

「気にするのそっちなんだ!?」


 あ、違ったのか。ならいいや。息を吐いて胸を撫で下ろした。


「最近食い過ぎてる割に運動不足だったからなー。クレムの大振りを避け損ねたしなー」

「年頃の乙女か!?」

「なんだよ、年頃の乙男(おとおとこ)だよ」

「その造語はなんなのさ……まったく。私は烙印の方を気にしてたの!」


 シャウルは素早く俺によって胸に指を這わせる。烙印を見て、自分の胸に目を落としている。おっきくもちっさくもないふくらみは、きっと柔らかいだろう……じゃないじゃない。


 この烙印は最初期の奴隷に捺されていたものであり、シャウル含むほとんどの奴隷はこれを捺されていない。

 最初期というのは、俺が生き延びた五年間の間の奴隷であり、今では俺以外は誰もこれを付けている者はいない。つまりは俺以外は死んだってことだ。


「魔力医学でも消せない傷だからな。別段気にすることもないさ」

「気にするの!」


 俺の体を気遣ってくれるのはありがたいが、こればっかりはどうすることもできない。


「そっかい。ま、治らねぇけど、気にかけてくれるだけ嬉しいさ」


 これ以上あれこれ言ってもシャウルには通じないから、耳を優しく撫でて誤魔化した。

 すると、トンッと横に体を押され、ベッドに転がされる。そのまま組み敷かれ、俺の上でマウントを取る。そして狩りをする猫科動物の眼をしているシャウル……。


「……着替えるから離れてくれる?」

「やだ」

「せめて上着着させて?」

「カトレアは気にしないんでしょ? ならいいでしょー」

「気にしないのはそっちじゃないんだがなー」


 ペロリ――妖しい笑みを浮かべ、舌なめずりする。

 

「入学式は明日なんでしょ。だから、ね?」

「なぜ知っている……」

「私が手紙を預かってたから」

「おい」


 俺の胸に額をつける。シャウルの体温が伝わる。

 勝手にベッドに潜り込んで、朝起きたらビックリ――なんてこともしばらくは無いのだろう。


「ったく、しょうがねぇな。添い寝くらいならな」

「やったぁ!」


 まだ寝るには早いが、くっついていたいというのなら、男としてどんとこいと言うのが正しいだろう。

 体をシャウルごと起こして電気を消し、薄いタオルケットを一枚腰辺りまでかける。


「おやすみ」

「えー、ホントに寝るのぉ?」


 ぶーぶー文句を言うシャウルの耳を撫でていると、少しずつ文句の声も小さくなっていった。

 俺は疲れがあったのか、大したことが無かった一日なのに、夢の世界に旅立っていた。




 翌日明朝――入学式日和の快晴だった。

 俺はチックが駆る車に乗り、エンドフィール魔法学園の行路を進んでいた。

 後部座席で俺の膝枕に頭を乗せて寝ているシャウルをよしよしと撫でながら、しばしの別れになる【バーナード】の街並みを眺めていた。


「昨日はシャウルと寝たんだって?」

「ニュアンスは普通の寝るだけどな」

「なんだ、つまんねぇ」


 当の本人は、興奮していたのかあまり眠れなかったようだが。俺をチックと一緒に送っていくと言ったクセに、真っ先に車内で爆睡していた。まあ、あんな人の情欲を誘うようなことしかしないシャウルでも、貞操観念は人並というのか、俺とも一線を越えた事は無い。一度も無い。大事なことだから二回言ったぞ。

 男として据え膳を食わぬのはって言うのは無しな。これでも俺も考えてるから。色んな事考えて、それでも我慢してるから。


 特段会話は弾まない。それでも車はなお進む。

 普通は五時間掛かる道のりを、爆速で走破して魔法街に到着。

 俺は荷物を背負い、寝ているシャウルを起こさないように車から降りる。


「んじゃまあ、俺らはここまでだな。シャウルは――ダメだ、起きねぇなこれ」

「いいよ、寝かしとけ。また一悶着してたら遅刻しちまう」


 だろうな、とチックは一笑する。


「ありがとよ、チックちゃん。半年したらまた頼むぜ」

「おう、月一くらいで手紙は出せよ。俺達よりも、そこで寝ているシャウルが何しでかすか分からねぇしな。あとこれは餞別だ。元気でやれよ!」


 俺の手にチックが好きな銘柄の安タバコを押し込んで、颯爽と車を走らせて行った。俺は手を振って見送り、寄ってきた警備員に手元のタバコをそっと没収された。


「あ、俺吸ったことないんで。そこ誤解しないように」


 百九十そこらの高身長に、ごつごつした手と鋭い眼つきから、警備員というよりもヤバい職業に従事している人な気もしたが、とりあえず弁明する。


「殊勝なことだ。ならば黙っておこう」


 警備員はそっとタバコの封を切り、さっと火をつけてタバコをふかしだした。

 物分かりがいいな、この人と思っていたら、試すような目で、俺に指をさす。


「お前が、魔法学園の魔力無しって奴か」

「よくご存じで」

「俺も戦いを見ていたからな」


 短く笑って「中々面白かったぜ」と付け加える。


「何がしたいか知らんが、あの啖呵はスカッとした。やれるもんならやってみろって感想だが、期待感がある」

「そりゃどうも」

「お前も寮暮らしだろ? 俺が警備の時は外出時間過ぎても入れることくらいできるぜ。ただし何かしら代価はもらうがな」


 顔をずずいと寄せ、肩に手を回す手際の良さから、タダモノでは無い気配を漂わせているが、やってることはこすい。ガキを使って交渉しているのだもんな。


「のった」

「分かってるじゃねぇの」


 まあ、のるけどさ。時間外の活動ができるのは俺としても願ったりだ。限定且つ時限的だが多少は融通が利く方がいい。

 名前は「ジェイコブ」というらしく、対価要求は酒かタバコ。ガキに頼む物品としては些か難度が高いが、後に物を運び込む際に紛れ込ませたらいいだろう。特にタバコは仕込みやすいだろうしな。


「頑張れよ、お前がそれなりの高給取りに成ったら、俺も雇ってくれよな。警備員くらいにはなれるぜ」


 本気にしていないながらも、期待は寄せてくれているようだ。


「魔法学園の教室ってどこすっかね?」

「校舎に入ってすぐの階段上ればだ。三階までが一年生だから、それ以上は上がんないようにしろよ。一階から上るにつれて『クラス』が高まっていくって寸法だ。そういやお前『クラス』はなんぼだ?」


 『クラス』とは入学試験の結果によって決められる階級分けだ。

 『Ⅰ』が最上級、中間が『Ⅱ』、『Ⅲ』が最下級といった具合に、勉強の難解さ・魔法の高等化が進む。


「俺は『クラスⅠ』っすよ」

「なる、ほど」

「『暫定序列』は最下位だけど」

「だろうよ」


 『暫定序列』こと『序列』は、クラス内の成績を示している。暫定、の言葉が付くのは、入学したての一年生は入学時の成績で暫定的に序列付けなされるためだ。

 序列高位者は魔法学園から高度な設備の使用を許可されたり、学費の一部又は全額免除といった恩恵が得られる。


「暫定最下位ってのは魔法が使えねぇからか」

「お情け入学って学園長から言われました、本当にありがとうございます」

「……がんばれよ、マジで」


 タバコの煙を吐きながら憐憫の眼差しを向けられたが、別段大して傷ついてはいない。

 元から無いし、補填もできないものを欲しがるほど、俺もバカでもない。


「んじゃ、応援ありがとうございます」

「ああ、よき学園ライフを」


 ニタっと笑みを見せるが、悪意無しの笑みなのだろう。たぶん。

 後ろ手を振って、校門を目指して歩を進めた。


 とはいえ、学園は広い。駐車場から校門まで十分程度かかる。

 学園街の名に違わず、街全てが学園の設備として扱われており、魔法貴族がこぞって領地を構えたがるほどの充実っぷりだ。だが、ここを統治しているのは魔法王――貴族は姿を見せない魔法王を恐れながら統治なんざしたくもないだろう。

 

 【バーナード】は白中心の色で構成されているが、鮮やかな色彩の塗料で染色された住居や、色付き煉瓦を複数使って模様を成した街路、サクラというピンク色の花弁を春の時期につける木を植えられている。露店や商店も売り子を出したり、行きかう人も笑顔で、地元とは違った意味で好感が持てる。

 広ーい学園街を学園校舎が見える方向に向かってうろうろと歩き回り、時々売り子に声を掛けられながら、露店の焼き串を頬張りながらも学園校門に辿り着いた。


「おー、こいつぁ綺麗だ」


 遠くからでもよく視える時計塔を中央に据え、そこから樹木の枝に似た通路の先には授業棟がある。街は主に暖色中心の色合いだったが、学園校舎は黒系統の寒色を中心とされている。

 時計塔の根元にある校舎入り口には、九つの魔法属性(カラー)の円陣が錫杖の周囲に配置された校章が掲げられている。


 校舎入り口へと足を踏み入れ、ジェイコブに教えられた通り三階に上がり、廊下を直進。しばし進むと、生徒が集まっている教室を見つけ、俺は意を決さず堂々とガラリとドアを開けた。

 

 ――うーむ、クッソ殺気を感じるな。


 場違いな奴、汚らわしい奴隷、魔力無しの屑――暗にではない。明確にそれを向けられていた。清々しいくらいに。蔑みの言葉が気配に全て含まれているのが、身を持って感じられる。

 模擬戦闘以来、俺は既に『クラスⅠ』の全生徒から目の敵にされているらしい。アリソン・フランチェスカを見つけるも、そこに人は存在しないとでも言うかのように目を逸らされる。流石に乾いた笑いも出ない。


 結局、友達らしい友達はジェイコブのオッサンからのスタートになった……いや、友達ともいえねぇな、あれは。利害関係でしかねぇしな。


 『クラスⅠ』の殺気の洗礼を、ゆとりのある心で受け止め、俺は最後尾の特別席へと座った。

 ご拝読ありがとうございました。


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 意外と優等生なカトレア君、『クラスⅠ』の生徒から早くも敵認定ですが、その後に期待です。

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