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#19 黒き影は絶え、黒き刃は融け

「形勢逆転だな」

「それはどうかなっ!」


 ノーマンは六本の〈スタン・ランス〉を同時に投影し、槍投げの要領で投擲する。槍同士の電撃が伝わり漁獲網のように俺へと飛翔してくる。


「〈スタン・ネット〉だ、回避はさせねーぜ!」

「〈奴隷剣技・断魔〉!」


 だがそりゃあもう何度も見せてくれた。多少ナリが変わったところでどうということはない。斬る順番なんて考える必要も無い。

 ただただ真正面から斬り抜ける。突撃しながら唐竹に振り下ろした俺の剣は、剣圧が空間の大気を取り込んでほんの少しの隙間を作り出す。

 ほんの少しで十分だ。足の力の入りと抜きのタイミングを合わせ大きく踏み込むことで、爆発的な蹴足が生み出される。一足飛びで軽く電撃の網を回避してみせた。


「例の魔法を斬る剣技かよ……いざやられると信じられん光景だな……!」


 軽く指先に電流が流れてチリチリするが麻痺の影響はほぼない。

 適切に魔力回路を切り離せば、俺に流れる電流を最低限まで留められる。電気を流しっぱなしの導線を断線させるようなもんだ。


 これで手詰まりならば、後は詰め寄り、斬り伏せるのみ。


「まだまだこれからだろ?」

「当たり前だのなんとやらってな!」


 複数の〈スタン・グレネード〉をバラバラと投げつけてくる。


「〈フラッシュ・ボム〉!」


 連鎖爆発を起こした〈スタン・グレネード〉が目を閉じても防ぎきれない光と爆音を放ちつつ、俺の五つの感覚の内二つを潰してきた。


(さすがに目と耳が使えなけりゃあ――)


 とでも思ってくれりゃあ有難い。


 二度目の〈パラライザー〉を構える……であろうノーマンはたぶん背後へと回っている。脱力し姿勢を自発的に下げ、そのまま周囲を薙ぐように剣を振るった。


 切り払う剣には感触は無いが、動いたであろう『風圧』が俺の肌を触っていく。

 ノーマンの魔法は完全に俺の眼を潰した。瞼を固く閉じても強すぎる閃光が余裕で貫通しているからだ。

 俺に残された五感は味覚、嗅覚、そして触覚。触れりゃ位置を感知できるし、鼻は砂や土の臭いを嗅ぎ分ける。

 味覚は……やっぱり関係ないか。口が切れて血が溜まってるんなら、鉄の味くらいはしたかもしれないが。戻りかかってきた聴覚に不明瞭な声がノイズになって入ってくる。


「おっと……ようやく見えるようになってきたか」


 第六感。ようはただの勘でしかないが、俺にはそんな証明しようのないモンが一番信用できる感覚だ。魔力を感じない異常な俺には魔力の方がよっぽど異常。生まれ持ったカンの方がまだ正常な感覚に陥る。


「オレはお前の五感の内二つは完全に潰したと思ったんがな?」

「感覚二つさえあれば十分だ。二と十だ。五倍の差だぜ、五倍だ」

「……つくづく意味わかんねぇ作りしてるヤローだぜ」


 姿勢を低く落とし、突きの構えで黒鉄の剣を両手で保持し――。


「これで決めさせてもらうぜ――〈奴隷剣技〉」


 ヤツにとって悪魔の台詞を吐いてやる。



(あの構えは〈震撼〉――ウィトスの氷柱を破った技)


 〈奴隷剣技〉固有の構えから次の一手を読んだノーマンの判断は早い。


 これまで至近距離での攻防をこなせていたのは出来過ぎだった。

 カトレアが振るう剣は基本的に一撃が致命傷になる。防具になりそうなものを着込んでいない常人ならば、全攻撃が文字通りの必殺の一撃と成り得るだろう。


 さらに見た目に反する本人の勤勉な性格から、太刀筋を完全に予測するのは不可能といっても過言ではない。無数のフェイント、モーションの刷り込みによるディレイ、踏み込みによる間合いの管理などなど。抜き身の刃を交えて戦う技法が廃れた今世で、カトレアの練り上げた剣技は次元が違う。我流ながらもそれが素人目でも感じられる。


 カトレアは手加減するタチでもなさそうだし、何より手加減されるほど弱い自覚もない。故にこの場に立っていられてることに自信もつくし、戦う気力がみなぎってくる。


 しかし、その前提が崩れる瞬間はある。ノーマンが付け込むのは〈奴隷剣技〉――必殺をさらに煮詰めた決殺の剣技であり、これを破るために対ウィトス戦を遡って考察していた。


 どの〈奴隷剣技〉に共通するのは「型から放たれる」点にある。

 〈戦嵐〉と〈震撼〉の二種は魔法を断ち切るコンセプトからか、「スタンスを広く取り全身全霊の力を込めて切り裂く」という固有のモーションがはっきり存在する。


 狙うは前述の二種だが、カトレアには〈奴隷剣技・断魔〉――魔法形成において重要な魔力の流れを断ち切り魔法の効力を失活させる技があるが、それさえ封じ込めれば勝機はある。


 範囲攻撃系の魔法は空間に魔力の導線を結ぶ。これは不可視不可触のラインであり、物理干渉は不可能。効果の範囲内の物体は、例外なくその影響を受ける。


 ならばヤツに喰らわせてやる魔法は一つ。


 広範囲に影響を及ぼす魔法を、知覚されないギリギリの射程範囲で、最大出力で叩き込む!


 静かな覚悟を胸に秘めたノーマンの視線がカトレアと交わる。


「魔法術師同士の最後の激突、攻防はこうなるよな。よっぽどの実力差が無けりゃ、魔力切れを狙うか最大出力の一撃の鍔迫り合いか」

「なるふーな……お前もこれがラストの打ち合いになること、分かってるってか」

「そりゃあ。ビンビン感じるからよ、お前の気迫。次の一撃を切って落とす……カウンターを狙ってるってよく分かる」

「……何故それを教えるよ?」

「決まってんじゃねーか」


 カトレアは憎らしいくらいに清々しく笑った。


「分かっていても返せない一撃があるからだ」


 猪突猛進と、潰した刃を向け迫る。

 前へ前へと突き進む様は自殺志願者か勇猛果敢な戦士か。

 見る者によっては評価も変わるのだろう。


 心中でどのように戦略を立てていようと、この一撃で終わらせると確信に似た感覚を抱いていた。


「黒焦げにしてやらぁ――! 〈シャイン・スパーク〉ゥゥゥッ!」


 自身を中心とした範囲から十メートル圏内に強力な電圧を伴う電撃を解き放つ魔法――全速力の疾走から反対方向へ引き返そうとしても、回避できる確率は限りなく低い。


 発動時間一秒。高出力の魔法が体内の魔力を喰らい尽くすように吸い取られる。

 発動時間二秒。魔力枯渇の影響で強烈な眩暈が襲いかかる。

 発動時間三秒。意識だけの世界で意識すらも消えかかる感覚に陥る。


 ――まだだ、まだやれる。


 強引に生理現象レベルの生体反応を引き起こす〈心身一如〉があるカトレアだ。高圧電流を生身で数秒浴びたくらいで倒れるとは思えない。


 今までの限界を超えて放電を続ける。

 今なら限界を超えられる気がする。

 今でこそ全力のさらに先を尽くすことができる。


 時間にして十秒。

 全力の魔力放出の負担は大きい。強い頭痛とこみ上げる嘔気、脱水症状に似た脱力感が意識の世界でも牙を剥く。けれど気を失うわけにはいかない。


(カトレアは――?)


 魔力を持つ者ならば黒焦げになっていようと魔力の残滓で位置を感知できるが、魔力無しのカトレアが倒れたかはきっちりと目で見て確認しなくてはならない。


 しかし、最後に視認した位置には既に居ない。


 ノーマンは身震いする。純粋な恐怖によって引き起こされた身震い。戦い合っている最中に恐怖に駆られるようならと残った理性が辟易する。


 消えたと考えられる可能性は二つ。


 一つは乖離結界で引き剥がされた意識が、元の世界へと戻った。つまりは自分の魔法で見事打ち倒したということ。


 カトレアがいた地点にある爆発したような地面のへこみは、紛れもなく〈奴隷剣技・震撼〉による踏み込みによってできたもの。上から観戦している生徒や先生たちは全てが見えているのかもしれないが、ノーマンには「移動した」という事実だけしか見えていないのだ。


 そう。二つは躱し、回避し、身を潜めている――刃を鈍く光らせ、首を一刀の元に断つために。


(だがどこに?)


 カラカラに乾いた口から声は出ない。意識の世界だのに不思議だと思うのは後回しだ。

 ぼやけた視界を動く範囲でうろつかせる。けれどもまるで見えない。てんで姿が捉えられない。

 その時おかしなことに、昔高所から転落した時の記憶がふつふつと湧き上がる。今際の脳裏に過るかのようなそれは走馬灯とやらだったか。


(オレはかつてない恐怖を堪能してるってか?)


 死と恐怖の疑念が生み出す時間の圧縮現象は、仮に首が飛ぼうと心臓が潰れようと無事で済むからとて例外なく訪れる。

 さながら夜の森に潜む人喰いの獣が喉笛に牙を突き立てんと荒い息を吐いているような。


 覚悟ができたはずなのに、自分は逃げ出したいほどに怖れているのか。

 焼けるほどに回していた思考回路がかえってかき乱された刹那――。



「〈奴隷剣技・絶影〉」



 風切り音が耳に、風圧が首筋の皮膚に届いたと同時に後頭部に鋭い痛みが走る。


(何故、だ?)


 暗幕が降りつつあるノーマンの視界に最後に映ったのは、十字に空を切るカトレアの姿だった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 夢で高度数千メートル級の大空からフリーフォールする夢をよく見るけど、臨死体験を毎回しているような気になる(いつも着弾寸前で目覚めるけど)

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