#1 『世界の虚』の忌み子
魔法暦五三六年、この世界は『魔法』によって成り立っていた。
魔法とはお察しの通り、火の玉を放ったり氷の槍を飛ばしたり、無数の荊を地面から生やしたり。多くの生命体が保有する『魔力』を使って現象を具現する技法のひとつだ。
広義に魔法を使える人を『魔法術師』と呼ぶが、現在では攻性魔法・防性魔法を戦闘で用いて戦う人を指すことが多い。
そんな魔法を使って発展した【エンドフィール魔法王国】――同名の王都立の魔法学園を要する魔法術師の国だ。元は街程度の面積しかなかったが、開拓が進むにつれて広大な領地になった。
魔法学園が存在する【学園街】を中心部とし、東西南北それぞれ幾多の魔法貴族に統治されている。
王様は強力な魔法術師だそうで、一年を通して一回姿を見せればいいくらいの人嫌いとされている。
誰が呼んだか『魔法王』、転じて『魔王』と称されるようになった。蔑称じゃないかとも思うが、そう呼ばれている当の本人も気に入っている、という噂だ。
ま、簡単に説明すると、未だに剣と魔法が戦争の主流で、魔王と勇者が争う英雄譚が地で展開されているのがこの世界だ。
実際に『魔王』を称する者もいるし、またそれに対抗する『勇者』や『英雄』もいる。
子供に読み聞かせする絵本の物語には、実際に勇者が経験したことを描かれている、なんてこともザラだ。
こんな酔狂な世界の成り立ちは諸説ある。
元あった文明が崩壊して再構成された後の世界だとか、天使と悪魔の六六六日間の戦争の末に人類が平定したとか、絵本の中の話だと思うだろ?
これが聖書に書いてあるんだから信仰は怖いもんだ。
魔法によって成り立ったとは、言葉通り文明らしきものが出来た時からだ。開拓も、戦争も、生活に至るところまで魔法が使われた。電力や火力、風力はあるにはあるが、魔力には今のところ燃費も効率も敵っていない。
魔力は空気と同じく普遍的にこの世界にはある。取り出し方は知らんが、基本エネルギーは無限ってことだ。
魔法学者曰く「魔力は一種の万能エネルギー」だそうで、魔力を液体にして一リットル抽出し、それを電灯に回した方がよっぽど効率がいいそうだ。
そんな万能な力があれば、当然ながら知能を持つ者は楽してしまう。人のサガながら、それは一つの悪習を生んでしまった。
魔力は普遍的に存在していながらも、すべからく全員が持つものではない。魔力無保持の人間も時折生まれる。
この世界は人力で行える作業は、十割に極めて近い比率で魔力で行えるようになっている。つまり魔力を持たない者は端的に言えば役立たず、穀潰しってことだ。
困ったことにいかなる手段でも後天的に魔力を身体に宿すことはできない。外部の力で魔法を使うこともできない。
当然まともな職に就けない、それどころか学校にも行けない、加えてグレるにしても魔法を使える奴には極めて勝ちにくい。死刑宣告フルコンボを貰って行きつく先は、貴族や有力者の裏の遊び場だ。
奴隷遊戯と称して猛獣と戦わされたり、ショーと銘打って嗜虐の限りを尽くされたり、捻じ曲がった性癖を持った奴に売られたり……ともかく世界から生きることを真っ向から否定される。
そう、この世界は魔法至上主義の魔法世界――この世で魔力無しは奴隷にするのに丁度いい存在なのだ。一か零か、有るか無いかで生殺与奪を決められるのだ。
という前置きは以上でいいか。俺の名はカトレア・キングスレイブ――つい昨日イバラ女ことアリソン・フランチェスカ(名前は後に知った)と戦っていた男だ。ピカピカの十八歳、今日は合格発表だった。
ああ、勘違いしてもらっちゃ困るが、魔法学園は年齢の制限は基本的に無い。無いが、俺みたいな微妙な年齢の人が入学することは少ない。「魔法の基礎を学ぶのは十八まで」と、ちょっとしたしきたりっていうか、勝手にそう思ってる連中がいる。人生何歳からでも学べるんだがな。
え、なに? 俺が魔力無し? 奴隷だった?
そうだよ、その通りだ。俺は魔力が無い元奴隷だった。
人知を超えた何かしらの邂逅だの人道を外れた手術だので、後天的に魔力を保持したとか魔法を使えるとかも無い。現在進行形で魔力無しだ。
俺は【エンドフィール魔法王国】の西端にある【バーナード】という貴族の領地で奴隷兵士を務めていた。
『奴隷の闘技場』――奴隷は剣一本で同じ奴隷や猛獣、果ては魔法術師と戦わされる。五年間ほど貴族の血生臭い嗜みに付き合わされていた。
俺が魔力無しなのは生まれに関係している。
元々俺はこの国の生まれではない。エンドフィールの領地外で生まれたようだ。ようだってのは、あくまでも推察に過ぎない。俺の記憶には親父とお袋の顔は無いからな。
領地外は『世界の虚』――忌憚と畏怖を込められてそう呼ばれている。
俺が育った虚の地域は『白亜の森』という名称がつけられた地域だ。白亜の名称が指すように、白黒のみの色合いだけで織りなされる幻想的な光景と、異世界と錯覚する静謐さを讃えている。
『世界の虚』は、どこを取っても異常なまでに空間の魔力濃度が高い。且つその魔力に触発された野生の獣が『魔獣』として巣食っている。国際指定禁域とされ、その場所に近付く者はこの国の中では誰一人としていないだろう。居るとしたらただの自殺志願者だ。
その広さは無限ともされ、この王国はそんな危険地帯のど真ん中でのうのうと繁栄している。当然、他国からの侵攻を受けることも無い。だからこそ五百年弱の時を持ってして、盤石な魔法王国を作り上げれたのだろう。
問題なのは、この『世界の虚』がもたらす害の一つ。実しやかに囁かれている噂の一つに過ぎないのだが。
『虚の中で生まれた子供は、必ず魔力無しになる』――そして『虚の子』と呼ばれ忌み子として差別の対象となる。
俄かに信じがたい話だが、この虚から来たとされる子供や大人は、一人の例外もなく魔力無しだったとされる。
それでも都市伝説であると信じたい。なぜなら今のところその証明はできていないからだ。
やろうとする者はいない。如何なマッドサイエンティストとはいえ、自分の子供を虚の中で生ませて、あまつさえ迫害の末路しかない人生を歩ませる気にはならんだろう。……いつか自分に復讐されるだろうし。
まあ、とどのつまり俺は『世界の虚』で生まれた。正確に言えば、自我がある時には虚の中に居た、か。
物心ついた時には、虚の中の集落で一番の年上になっていた。
白髪交じりの髪の毛に、年を感じさせない笑顔が素敵な婆さんこと「カトレア」と、弟と妹分が六六人、俺を含めて計六八人で暮らしていた。
『虚の子』だった俺がそこからどうやってここまで来たかとかも、奴隷話のついでに話せるから割愛。
そも、今俺は何をしているかが重要だ。過去に目を向けすぎると老けるのも速くなる。未来こそ正義、そして真実なり、だ。
魔法学園の試験を終えた後……っていうか俺はそもそも合格しているのかって話だが、努力の甲斐もあり合格はした。それも満点だ。魔法は当然ながら零点だが。ただし、最終試験の模擬戦闘では、対戦相手に恵まれたこともあり、満点の勝利を収めたがな。
一応、魔法が使えないことは選考で議題に上がったらしいが、その他の成績を鑑みても十二分に満足な結果だったため入学を許可された。噂じゃ、俺のような異端な生徒が今まで一人もいなかったためか、試験的に入学させてみようと、学園長が判断を下したらしい。
この学園長が曲者らしく、非常に稀有な魔法の使い手をこれまで何人も発掘しだしたらしい。
貴族といった血筋を問わず、それこそ平民や奴隷身分の者まで、自分の眼で力を見て、「優秀な力を研鑽する事もできないなんて勿体無い」と言ったそうだ。
実は学園長とは模擬戦闘後に特例に会うことになった。所謂面接だな。
公表されている年齢は六六なのだが、どんなテクニックを用いればここまで顔を誤魔化せるんだと、つい口に出しそうになるほどに若々しかった。
丸眼鏡に糸目で優しそうな微笑みを浮かべ、薄い金がかった長い髪を無造作に伸ばしていた。
話し方も年相応というべきか、物腰柔らかで非常に好感を持てた。
だが、腹の中に一物抱えてそうな、奥底に権謀術数を含めている気配はありありと感じ取れた。いや、むしろ俺にそれ前提で入学させた事を証明しているようだった。
ま、それだけ俺が注目されているのだろう。
鼻歌を歌いながら、白亜の外装に赤煉瓦を合わせた街並みを満喫しつつ、俺は学園街中央の噴水広場へと足を運ぶ。魔法学園の生徒だけでなく一般の人の往来も多い場所で、活気があっていいとこだ。
「よーっすチックちゃん、お待たせ」
「おーう、カトちゃん。待ってたぜ」
噴水に腰かけてタバコを五本纏め吸いしていたオッサンこと、チックに声をかける。俺の事をカトちゃんって呼ぶ奴はこいつくらいだ。
「お前も吸うか?」
「ま、それは後だ。とりあえず行くぞ」
タバコのヤニ臭さをまき散らすチックはこの場所には不釣り合いだ。刺さるような視線が集まっている。見るからに怪しい関係の男女の痛い視線は、図太い神経には自慢がある俺にもこたえる。カップルの逢瀬を邪魔するほど俺は無粋ではない。そそくさとチックが乗って来た車に案内してもらう。
数分でつく距離にある駐車場には、魔力科学の結晶たる魔力車が難題も並んでいる。さっと乗り込んでチックに走らせるように促した。
「どうだったよ、試験は?」
「満点だ。魔法以外はな」
「だろうよ」
車を我が家に走らせながら、チックと取り留めのない話をする。
「対戦相手の学生がもうヤバくてよ。同い年であれって発育の暴力だぜ?」
「クソォ、俺も見たかったなぁ……車の番なんざしなけりゃよかった」
「だがありゃあダメだ。起きてなければ最高だが、起きてたら女王様だ」
「いいなぁ……豚になりてぇ……」
「ダメだこいつ、早く何とかしないと」
男特有のお下劣な猥談をしつつチックの性癖が知れたところで、車は件の【バーナード】領に入る。
「ふーい、ただいまー」
「おーうおかえりー」
なんて、車内で挨拶を交わしながら笑い合った。
そう、こここそが今の俺のシマ、というべきなのだろうか。
車は領地から西から二十キロほどの地点にある、『世界の虚』の境界付近にまで進んだ。
程なくして背景の白亜の森に不釣り合いな、赤銅色の円形闘技場――『奴隷の闘技場』が悠然と佇んでいるのが見えはじめてきた。
「帰ったぜーお前ら」
車の窓を開けて手を振ると、闘技場の入口で子供が手を振るのが見えた。
「さてさて、今日の『興行』と参りますか!」
カトレア・キングスレイブ――俺の姓名の由来は『奴隷の王』、俺の二つ名の事だ。
ご拝読ありがとうございました。
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