#18 強く、強く、ひたすら強く
勝ち名乗りを待たんと鳴らした指を高々と掲げているノーマンは誇らしげだ。
それもそのはず、この学園生活が始まったばかりでもカトレアをダウンさせた生徒は誰一人いないのだ。初ダウンを奪っただけでも勲章ものといえよう。
一度視線を戻すと、カトレアは痙攣したまま這いつくばっている。
「正直ほっとしているぜ。これで効かなかったらお前の躰は何かがおかしいからなぁ」
ノーマンの固有属性〈麻痺〉で作り出した〈パラライザー〉の正体は、ごく微細な神経麻痺効果を伴う針だが、その実針単体に込められた〈麻痺〉の効力は〈スタン・ランス〉以下である。
微細な針状に魔力を形成、生成したそれは、打ち込んだ部位によってさまざまな効果を発揮し、特に筋肉を操作する神経目掛け打ち込むことで対象を完全に無力化できるのだ。
「ふぅー……」
相手に知覚されないほどに魔力を凝縮・縮小するのは高度な技術だ。
極度の集中状態で、微細な針を生成し、首周りの神経へと的確に打ち込む――このタスクをこなしたノーマンの体力はごっそり削られていた。
――我ながら効率のいい戦い方とは言えねぇなぁ。
荒い息を悟られぬよう息をつき、自分ができる限りの戦い方を自嘲する。額の汗を拭い、慣れているとは言い難い近接戦で崩れた金髪を整える。
〈麻痺〉の固有属性は物理的な火力は皆無に等しい。電流で対象を痺れさせるため、雷の魔法陣から生まれるため副次的な電撃系の攻撃力を持つものの、こと魔法のぶつかり合いには無力だった。
ノーマン自身、固有属性に目覚めた当初は己のくじ運の悪さに嘆いた。よくもこんなゴミを寄こしてくれた、と。
だが、この男は卑屈になることもなかった。
与えられた手札を一瞥した程度で挫けはしなかった。
手札の限界を引き上げるイマジネーションがあった。
ならば相手が魔法を撃てなくすればいい、と。
上手く運用すれば相手を一撃で無力化できる〈麻痺〉の固有属性の能力を最大限引き出すため、魔法学園入学前から人体の構造を独学で学んだ。
実に十三の時分から学ぶ内容にしては背伸びしすぎた分野だったが、平民出の雑草魔法術師の自覚を持っているからこその着目だった。
改めて深く呼吸をすると、ノーマンは乖離結界の外からこちらを見ているタイタニアへと呼びかけた。
「おーい、ガトリング先生よぉー! まーだ意識戻らねぇんすかー!?」
「あぁん!? まーだ戻るわけねーだろーがよー! あったりめーだろーが!」
「んなぁ~? オンボロな魔具っすねー!」
「カッカッカッ! 言ってくれんじゃねーのよ! でもテメェなぁ――」
タイタニアの視線はノーマンから――。
「まだソイツにトドメさしてねーだろーが!」
うつ伏せに倒れているカトレアに移った。
「……なんだと?」
ゆるゆると、ゆらゆらと。
「オイオイオイオイ……」
麻痺して脱力しきったはずの上体がふらふらと起き上がる。
体勢を崩して再び顔から地面に突っ伏すも、腕を地に付け力を込める。
気迫を入れながら確かに足へと力を入れたカトレアはついに立ち上がる。
「……本当に動けなくなるとこだった」
その両足で、確かに。
「ちょまちょまちょまっ!? ウソだろおい! 筋肉痙攣がどうして瞬間的に治るんだよ意味わかんねぇよ!?」
ノーマンは今日一で取り乱している。
それもそのはず、人体が織り成す摂理の上に自身の魔法は成り立っているのだ。
こうすればこうなり、ああすればああなる。
必然の計算の上で成り立つ己の能力に絶対的な自信を持っていた。
その根底を覆された。土台から、基板から――。
「だろうよ。俺とて理外の方法を使っているんだ、そのくらいの反応してもらわにゃ困るってな」
二度三度の屈伸とお返しのような深呼吸。
心音が安定したのを見計らって剣を拾い上げて軽く空を薙ぐ。
砂埃を巻き上げる剣圧は、俺の体が多少なりとも正常に機能していることを示している。
大抵の不条理を覆せる力を秘めている魔法を駆る世界故、科学は軽視されがちである。傷付いても傷を癒す魔法が存在するし、火を熾したければ種火を熾す魔法を使えばいい。
ノーマンは俺とごくごく近い位置にある戦いをする奴だ。ヤツが学んだ学問は俺にとっても好都合かつ造詣のある分野――謂わば生体科学だ。
だからこそ付け込む隙があった。いや、お前だからこそ俺も立ち向かう手段があったと言える。
「理外の方法……だと?」
「ちょっとしたコツだよ。ま、お前らにゃあ魔法より魔法染みて見えるかもな」
「ハハッ……いやいや笑えねぇわマジで」
薄ら笑うノーマンが苛立っているのは手に取るように分かる。
嘲笑うかのように己の最高の魔法を否定したのだから。
「……ちな、どんな技よ?」
魔法を使えない男の魔法。
魔法世界の根底を覆しかねん技の名は――。
「表裏一体なる心と体を一つとし、強く思い、強く願うことを極意とする――〈奴隷絶技・心身一如〉」
剣を構え直した俺は、ノーマンを射殺すように睨む。
ルーザーの死より一年前、俺がまだ千の屍を築く前のこと。
既に習得していた〈奴隷剣技〉を習熟した俺に教えてくれた三種の奥義こそ〈奴隷絶技〉――〈心身一如〉はいわば其の一であり、ルーザーに最後に教わった技術。
この技はタキサイキア現象、走馬灯、自己暗示、プラシーボ効果――呼び方は多々あるがこれらを俺自身の意思で強制的に引き起こす技法であり、端的に言えばごく強い思い込みの産物だ。
筋肉や神経に作用し全身の硬直を強制的に引き起こす〈パラライザー〉の効力は、自然に解けるまで長い時間がかかる。
だから俺は強制的に硬直させられた筋肉を弛緩させた――俺自身の意思で体に働きかけ、筋肉から細胞、骨の髄に至るまで。
だが、言うは易く行うは難し。どれだけ誇張しようと所詮は思い込み。限度もあるし発動条件も限定的だ。
なにしろこの奥義、得られる効果以上に副作用も多いのが欠点だ。
本来自発的に起こり得ない現象を強引に引き起こしている分、肉体に跳ね返る反動はひとしおだ。幸運なのはここは『意識の世界』であること。この一時悪影響が襲って来たとて、本体には深く、大きくフィードバックされないのが有難い。
筋肉を弛緩させること自体が不味いのは、おそらく誰しも分かるだろう。
目とか耳とか兎角いろんな穴の筋肉まで力抜いてるってことだから、生の身体でやっちまったらいろいろ垂れ流しになっちまうのは確実だった。
じゃあ必要な筋肉だけより分けて力を抜く……ってのは論外だ。至難の業どころか人間じゃまず無理だろう。俺の脳みそにタスクを同時進行しつつ処理できる容量は無い。
調子は良好とまではいかないが、ともかくこれで戦闘続行可能な状態に持ち込めた。
「形勢逆転かな?」
両の手でしっかりと柄を保持する。時間はかかったがようやく俺も火が付いてきた。何度か軽くステップを踏みつつ、一気に接近する準備を整える。
俺の獰猛な闘争心は全身から如実に表れている。誰もが一目で分かるだろう。
ノーマンとて例外ではない。
素早く身構えると再び詠唱を始める。
「それはどうかなっ!」
空中に投影された六つの魔法陣――黄色のそれは雷の属性だ――から六本の〈スタン・ランス〉を同時投影して投擲する。すると槍同士の電撃が伝わり漁獲網のように俺へと飛翔してくるではないか。
「〈スタン・ネット〉だ、回避はさせねーぜ!」
そりゃあもう何度も見せてくれた魔法だ。多少ナリが変わったところでどうということはない。斬る順番なんて考える必要も無い。ただただ真正面から斬り抜けるだけだ。
「〈奴隷剣技・断魔〉!」
突進の勢いそのままに唐竹に振り下ろした剣戟は、大気を巻き込みつつ電撃の網に僅かばかりの隙間を作り出す。隙間ができれば十分だ。
俺は足に込められた力を瞬時に抜く。脱力により態勢を自然の重力に従って落とし、そのまま落下の力もろとも大きく踏み込むことで爆発的な蹴足が生み出され、俺の身体は〈スタン・ネット〉の電撃網が再生成される間に置き去っていた。
所謂『縮地』とやらの一端だ。精度が上がれば奥義にもなり得るが、基礎的な物でもかなりの速度を生み出してくれる。
斬った際に微量の電流が剣身から流れてチリチリするが、よっぽど麻痺の影響は減っていた。電気を流しっぱなしの導線を断線させるようなもんだが、適切に魔力回路を切り離せば流れ込む電流を最低限に留められる。
これで俺はまだ戦える――じゃあお前は戦えるのか?
「例の魔法を斬る剣技かよ……いざまみえちまうと信じられねぇもんだな!」
もしノーマンが手詰まりならば、後は詰め寄り斬り伏せるのみで終わる――これで終わるタマじゃねぇだろ?
ややも願いたくなるのは、さらなる深い攻防、熱く激しい激突への期待だ。
「そうこなくっちゃ面白くねぇよなぁ! 魔法学園の魔力無しサマよぉ!」
雷が迸る黄色の魔法陣を掌に展開し〈スタン・ランス〉を生成。金色の好戦的な鋭い瞳が俺を見据える。
「カッカッカッ! 俺の前に立ちはだかる者はそういう目をしてもらわなくっちゃあな!」
俺の一笑は本心から出たものだ――期待は杞憂だったようだな。
「「オラァァァァァッッ!!」」
咆哮と同時に振るわれた剣閃と雷撃は、フィールド中央で再び火花を散らす。
最後までお読みいただきありがとうございました。
思い込みの力は偉大です。