#17 お前をシビれさせる戦いを
ミラの模擬戦闘が終わって五分後、俺は意識を引き剥がされフィールドの上で立ち尽くす。対面には金色の短髪の流し方を整えているノーマン・ブルーノが居る。
「よっす。カトレア」
「ついさっきぶりだな、ノーマン」
くだけた挨拶もコイツとはやけになじむ。見た目も鏡写しのようだ。学生服のシャツをズボンに収めず、同様に着くずしている。
「よぉぉぉしお前らぁぁぁ! 委細問題ないなぁぁぁっ!? んじゃあ今日も授業時間が押してるからさっさとはじめっぞぉぉぉっ!」
外野からタイタニア先生が先頭の開始を告げる。俺らは揃って耳を塞いだ。
「うっせぇったらねぇなぁ」
「ホントホント、どんな声帯してんだっつの」
「テメェらなんか言ったかぁぁぁっ!?」
「「いやなんでもありませーん」」
なんか……似てんなぁ、俺ら。
思ったことも似通ってたのだろう。顔を見合わせにヘらと笑う。
だが俺に似てるってのは往々にして食わせ者、或いは変わり者。
魔力無しの俺が到底おかしいっつーことは分かってる。最近じゃあ実しやかに俺が魔法を隠しているとも思われているらしい。
曰く、反魔法の持ち主だと。
んなもんありゃあどんだけ俺は助かったかねぇ。
いや、俺よりも、世の魔力無したちは。そう言った方が適切か。
はてさて、どんな攻め手で来るもんか。
「おっぱじめっか」
「おう、来いやカトレア」
腰に佩いた黒鉄の剣を抜いて中段に構える。
ノーマンは自然体だ。全身の力を程よく抜いている。緊張もしてなさそうだ。仮にも初めてやり合うであろう近接戦闘者に対して、だ。
対する俺も一抹の不安はあった。
奴の魔法は一度見たが実のところコイツの魔法の特性をいまいち掴み切れていない。
第一、決着の決め手が相手の首に触っただけだからだ。些か決め手を見切ったとは言い難い。
ま、相手がなんであれどうあっても腹をくくるしかない。剣でも槍でも爆弾でも魔法でも、なんであれ戦って勝つ。俺の正道はそれだ。
「試合ぃぃぃ開始ぃぃぃっっ!!」
タイタニア先生の合図が響く。
俺は自分の攻撃範囲に行くべく全力で駆け出した。
そして俺は己が目を疑った。
「それじゃあいくぜ――〈スタン・ランス〉!」
手元に黄色の魔法陣から稲光が弾けた――いまだ不明の固有属性だが、使ってくるのは〈雷〉と分かる。
しかし……それよりも俺へ槍を片手に立ち向かってくるか!?
「俺と打ち合う気か……いい度胸してんじゃねーの!」
「あーたぼうよ! どーせ逃げ回っても剣の犠牲者になるのがオチだしなぁ!」
威勢よく電気で創られた槍を回し、俺に穂先を向けて突撃する。まあそれなりの速度、男子の平均的な脚力ってとこだ。
電気の槍か……俺は昔の記憶がふつふつと湧き上がるのを感じた。酔狂な奴隷調教師が電気の特性を好み、奴隷をいたぶるのに使っていたっけな。
とはいえ電気は接触しなければ怖くない。槍の形状を保っている以上、受け止めなければ体に走ることも――と高をくくっていたのが間違いだった。
バチィッ――弾ける音が大気をつんざくと共に、俺の身体に電流が走る!
「ッッ……テェッ!?」
反射的に突進の勢いを止めてしまった。僅かにだが見えた。槍の穂先から勢いよく電撃が放射されたのだ。意識の世界でも細胞が焼け焦げる感覚は等しいから普通に痛かったぞ。
「止まってたらあぶねぇぞッ!」
やかましい放電音が鳴り響くのはデフォルトらしい。頭目掛けて横薙ぎ一閃すると、俺の聴覚にもダメージを与えてくる。普段から近距離での殴り合い染みた剣戟を交わしている俺にとって、止めるのも回避するのも造作もない速度だ。
それでも今は体が思うように動かない。仕方なく剣で受け止めたものの、魔力で練り上げられた高圧電流が流れ込む。
「ぐぬっ……!」
「お相手さんながら、伝導体で受け止めるのはいい選択とは言えねぇぜ?」
ノーマンの言葉通り、俺の身体には先ほどからたっぷりと電流が流れ込んでいる。ノーマンの魔法によって「槍」の形状を取っているため俺の剣とは物理的干渉――剣戟も鍔迫り合いもできる。
しかし俺の剣は黒く塗っているが鋼であることに変わりない。電気を遮る物質でないので受け止めれば受け止めるほどに余すことなく電流は俺を蝕んだ。
だが、強度は大したことはねぇな。
打ち合わせた威力を抑えきると、黒鉄の剣の刃を立てて弾き返す。言うなれば電気の塊に過ぎない槍だ。魔力を断線させちまえば問題なく消し去れる。……電気の硬さってのも妙なモンだ。
「ナマクラな槍……だなぁッッ!」
再三ながら痛いことに変わりもなく、俺の筋肉は電気刺激による痙攣が発生しつつあった。これで二度目だが、本来は電気なんて日常喰らう事が有り得ないものだ。
槍が破壊された反動で仰け反ったノーマンに追撃を加えるべく剣を構え直す。距離は一刀の元だ。当て所は考えずに横薙ぎに振るった。当たれば昏倒、防がれても軽く貫ける威力を以て一閃する。
間違っても仕留め損ねることは――と思いきや。
「んなっ!?」
「ナマクラでも、何度でも蘇る」
〈スタン・ランス〉が再び俺の一閃を受け止めた。刹那、俺の身体に耐え難い痺れが襲う。
「壊れても再生する」
痺れて一瞬動きを止めた隙に再生されている。堂々と俺の正面で槍の形から放電現象を伴って消失、数秒後には元通りだ。
近接でのガチの打ち合いで運用する魔法よりも、後続を当てるための魔法だろう。硬度より再生速度重視で一撃の質よりも連撃の数で勝負をかけてくる。
……まさかこの俺が近接戦闘で後退の選択を強いられるとは。あまりくらっていられないなこりゃ。
豪快に地面を蹴り上げて砂煙を巻き上げながら俺は半歩後方へと後退。
「おおっとアブねぇ」
砂煙の意図を読み損ねてくれて助かった。警戒して奴も下がってくれた。これで落ち着ける。
筋肉硬直は一秒に満たない。槍が戻る隙を突いて幾度と攻撃を仕掛けるも、危うい一撃のみを槍で止めてすぐに射程圏外へと離れていく。火力は皆無に等しいが、一拍必ず動きを止められる電流によってヒットアンドアウェイが成立しているのだ。
決め手に欠けるもののストッピングパワーは高い。体の反応は生理的なものだ。止めることは生きている以上無理だ。
つまりコイツの攻撃は拒絶無効、耐久力貫通、防御不可能ときたもんだ。
剣一本で遠隔攻撃……剣を思いっきりぶん投げるか? ああ、クロスボウでも持ってくるんだったな。
まずは魔法を掻い潜ることから始めだ。次の槍での攻撃は全弾回避する――〈奴隷剣技・震撼〉の構えを取り一気に駆け寄る。
次の一撃は槍で防がれようとも叩き割る気概で叩き込んでやる。意気込みもろとも剣を下段に構えると、眼前に向けて複数の投擲物が放り込まれる
「〈スタン・グレネード〉」
なんてことはない、それらをほぼ同時に叩き落とす。問題はコイツがどんな効力を発揮してくるか。電流関連の魔法と想起し俺は歯を食いしばる。
「弾けろ――」
ノーマンの顔を背けると、〈スタン・グレネード〉が目の前で爆ぜる。
視界が白で染まる。反応すら間に合わない激しい閃光と僅かに発せられる電流で俺の動きは完全に止まった……止まっているだろう、が正しいのか? もはや感覚が正常に機能しているとも感知ができない。
再び誘発される四肢の硬直。所謂電撃閃光爆弾、とでも表現してやろうか。視覚と聴覚、合わせて平衡感覚も奪われた。
チカチカと明滅する視界。
キンキンと煩く喚く耳鳴り。
フラフラとよろめく五体。
自分の体の動きすら一瞬忘れるショックに、俺はノーマンの位置を見失った。
「ぐっ……やべ――」
「――〈パラライザー〉」
背後から、僅かに聴こえる技名は、俺のそっ首に小さな針を落とす。
それ自体にダメージは無い。刺さったところで痛くも痒くもない。位置も把握したから反撃にすら移れるだろう。
「う――があっ……!?」
筋肉がビクビクと激しく収縮する感覚を味わう。
意識では止められないそれは、依然とどまることを知らずに全身へと駆け巡る。
「オレの固有属性は〈麻痺〉って知ってんだろ? ならこの魔法の正体は気付いただろ?」
力が抜ける。膝が崩れる。顔から地面に突っ伏する。
この針は……筋線維に直接作用する神経麻痺の針だ……!
特定の部位に刺さなければ効果も得られない代わりに確実に命中させれば容易く体の自由を奪える技術――と、気付いた時点で既に遅かった。
「試したかったんだ。カトレア。アンタにゃオレの麻痺効果にどれだけ耐性があるか……オレ最高の魔法が通じるか……つってもこれでオレの力は魔法をぶった切るような脳筋ヤローにも通じるってことが証明されたわけだな」
思考は回るが体は動かず。
はっきりした意識に反して俺の五体の自由は完全に奪われてた。
「チェーーーックメイトォッ!」
地に沈む俺へと向けた、勝利を確信したノーマンの指鳴らしが高らかに響いた。
お久しぶりです、まだ続きは書いていたよ!
ゆっくりと更新は再開していきますのでよろしくお願いいたします!