#16 不調と単調な二人
「おっとっと、そんなにしゃちほこばんないでくれよ。こっちは敵意悪意害意一切ナシだぜ?」
「……だな。すまねぇ、神経過敏だったな」
「ハハッ。こっちも急に背後から話しかけて済まなかったよ。アンタにゃ」
「そうだな。これで殺意が少しでもありゃあ真っ二つだったろうよ」
「冗談じゃなさそうだな。こえぇこえぇ」
けたけた笑うノーマンと名乗った男子生徒は気安く肩に手をかけてくる。なんとなくこの男の人となりがつかめた気がするが……と、不思議に思っているのを向こうも察したようだ。
「不思議か? オレが何の差別意識もなく話しかけてきたのが」
「まあ、な」
ミラっていう好き者がいるのは知ってるけどな。
「まあオレも高慢ちきな貴族サマではないからな。別に誰の身分がどうとかこうとかどうでもいいんだよ」
「……まさか――」
「っつっても奴隷ではなかったけどな! ハハッ!」
「……さいですかい」
さぞや愉快に笑ってくれるが、こっちは別に面白くもなんともない。誇れることでもないし、別段自分の中で卑下している事柄でもない。俺がこうなれた一如ではあるからな。
「確か次の試合の相手だったよな。せいぜいよろしく頼むぜ、ノーマン」
「おおよ、カトレア。楽しみにしてんぜ、ヴァルトールを倒した実力をたっぷり見せてくれよ」
後ろ手を振りながら生徒の中に紛れていくノーマン。にっぱりと笑う顔には一分も悪意はなかった。ノリがいいというか、お得な性格をしているというかなんというか……。
まあ遊技場で戦っている時みたいに珍しく俺の気分も高揚した。ウィトスとやりあったみたいに強いヤツとやるってなったら気が躍る。
おどけたツラの下にアイツは相当何かを秘めているタイプだ。俺の六感がそう告げている。
「さて、っと」
それはさておき、だ。
眼下のフィールド――タイタニア謹製の〈乖離結界〉の中、幻想の戦闘を行っている生徒たちは、やけにテンションに差があった。
一人は俺の数少ない……というか学園内で唯一無二の友人になりつつあるミラ・アルベール。戦っている緊張感がいまいち感じられない無表情を崩さない。
対戦しているもう一人の男子生徒は苛立ちが頂点に達した、焦燥感全開の面で自身の属性たる〈火〉の魔法をめったやたらと乱射しまくっていた。
「〈火連弾〉!」
「……〈盾〉」
「ちぃっ……! 舐めるなぁぁぁぁっっっ!!」
男子生徒が掌に展開した赤色の魔法陣から放たれた火炎の弾丸は、ミラの手元から作り出される蒼色の魔力盾に防がれる。着弾時に発生する爆風もろとも抑え込まれていた。
ひらひらと〈風〉の魔法で舞いながら男子生徒の火魔法を回避し、流れ弾を小型の魔力の盾を作る〈盾〉で防ぐ――前回から今まで、ミラはこれだけしかやっていない。
戦闘行為にあたる攻性魔法は一切放たない。直径百メートルもの円形のフィールドをゆったりと使い、直撃や爆風を受けない安全圏を常にキープする。
当然相手は追いかける。今も距離を詰めながら〈火〉の魔法を乱射してはいるものの、いかんせん距離も遠いしミラは動く。一発もかすりもしない。
「ならば! 逃げられないようにしてやるだけだ! 〈ディバイドウォール〉!」
火炎の波を模した範囲攻撃を放つ生徒だったが、想定通り過ぎて面白みもクソもない。魔力無しもそう思うんだ、ミラも当然そう思うだろう。
「風魔法――〈揺蕩う葉〉」
一瞬の詠唱で発生したミラの進行方向への追い風が、ふわりと跳躍したミラの体を押し込んでいく。焼き尽くさんと押し寄せる熱波の射程外まで追い風が吹くと、魔法陣は効力を失い空間に霧消する。
互いにダメージは無し。大きな疲れも無し、ついでに授業の時間も無し。
模擬戦闘授業で与えられた十分の時間をしっかりと使い切り、ついに互いの被弾ゼロでタイムアップとなる。
「はぁーーーーー! ああ、お前らそこまで! そこまでだーっ!」
クソデカいため息を拡声器に通すタイタニア。
うっせぇと小声の呟きを聴き逃さずに俺の頭をヘッドロックする。頭を万力で締め付けられている気分だ。
「なーんだテメーのダチは!? 逃げ回ってばっかで反撃一切しねぇじゃねぇか!?」
「んなこと俺は知らねーっすよ……つーか痛ぇから離してくださいって」
――言いてぇのはこっちの方だっつーの。
……とは、さすがに生徒の立場じゃ言えなかった。
まあ、かなり腑に落ちない戦法を取るものの、ミラの動きは俺の視点からすると全然悪くは無い。むしろかなり良いまである。
何せ最小限の動きで相手の魔法を完封しているのだ。使っているのはただ魔力を投影して固めているだけの〈盾〉と追い風を発動させる風魔法。対する男子生徒は高火力・連射速度が高い火魔法の乱射に炎の壁を作り出す魔法。魔力切れを起こす速度はどう見ても男子生徒の方が速いだろう。
リアルな戦闘の場では、限りあるリソースは当然無駄には使えない。俺だったら体力やスタミナ、ダメージコントロールが該当するが、魔法術師はそれに加えて魔力の残量を考えながら戦わないといけない。近接戦闘の「き」の字も学んでいない奴らだ、魔力が切れたらそれこそただの木偶人形だ。
今回はその理論が顕著に表れていると言っていいだろう。
もしもの話だが、ここでミラが攻め気を少しでも出していたら一瞬で決まっていただろう。防性魔術を放てたとして、残りカス程度の魔力で作った魔法など紙の盾に等しい。残量十分なミラの魔法が容易く貫くのは火を見るより明らかだ。
……しかし、ミラは最後の最後まで攻め気を出さない。相手がガス欠になって止まったら、鏡合わせのように止まったまんまだ。
相手の魔力が小休止で回復し、また無駄な抵抗が始まればそれに合わせて再び逃げ出す。結局時間切れで両者引き分け……締まらない終わりがこれで二回目になったわけだ。
そしてそれを差し置いて何より引っかかっていることがあった。
やけにミラの作り出す〈盾〉は耐久力が高過ぎる。
魔力を固めただけの〈盾〉は余程大量の魔力を注ぎ込まなけりゃ、耐久力は大してない。実際ただの平面な魔力の壁を空間に作るだけだ。魔力自体に衝撃吸収だとか、魔力分散効果だとかがあるわけではないし、空間に魔力を固着させるだけでも相当の魔力を持ってかれるらしい。強いて工夫できるとしたら、形や構造の複雑化くらいだ。
異常な耐久力の理由を考えるとすれば、桁違いの魔力で盾を作り出したか。
或いは受け方や構造に俺が知覚できないほどのごく細かい調整をしているのか。
それとは違う、何か別の能力があるか。
魔法に勝つために使えもしない魔法の勉強している俺だって分からなかった。
つーか俺より長生きしてるはずの先生が分かんねぇことを、たかだかちょっとの間一緒に居ただけの俺が理解できるはずもないっての。
「どーなってんだ……本当に?」
いつまでも行動が不調のアリソンにどこまでも行動が単調なミラ――眺めているこっちは否が応でも心配せざるを得なかったのは言うまでもないだろう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ちょこちょことこちらも更新していくのでよろしくお願いします。