#15 〈荊〉VS〈重力〉
エンドフィール魔法学園一年生実習棟。
フィールド上には二人の生徒が睨み合う。
一人は輝かしい金のロングヘアをツインテールに結った巨乳美女ことアリソン・フランチェスカ。
「目の下に隈があるが、調子の程はどうだ?」
「気にしないでちょうだい。寝不足程度で実力は変わらないわ」
「だといいが」
彼女を無表情で睨み返すは、精悍な顔立ちの青年だった。
「フランチェスカ家の名の下に、偉大なる勝利をこの手に――いくわよ!」
「……ゼノ・ジークリンデ――参る!」
名はゼノ・ジークリンデ――カトレアとは質の違う筋肉の付き方と百九十を超える長身、無骨な顔立ちに短く切りそろえられた赤髪を大きく後ろに寄せている。同年代に近い年齢なのだが、寡黙な物言いと眼力強い両の眼が作った眉間の深いしわからは、古強者の威圧感を漂わせている。
「試合開始ィィィッッ!!」
〈乖離結界〉の外から、タイタニアの怒号のような合図が聴こえた。
同時にアリソン・ゼノは魔法陣を展開する。
「〈黒荊の飛棘〉!」
「〈第一次重力場〉」
互いの魔法の詠唱がフィールドに響くと、植物魔法の緑色の魔法陣から黒色の荊無属性魔法を象徴とする銀色の魔法陣が広がる。それと同時にゼノの周囲にとある変化が生じる。
ゼノの周囲三メートル付近で魔力が滞留しだしたのを感知したアリソンは、巻き上がっていた砂埃がはたと消えていたことに気付く。
そこへ時間差でアリソンの〈荊〉が撃ち込まれていくと、着弾間際に放たれた〈荊〉全てが失速していった。
「〈無属性魔法〉の〈重力〉使い――」
「〈重力線〉」
魔力を込めた指で空間を軽く小突いていく。
「ぐふっ!」
腹部に見えない何かがめり込んだ。口から嗚咽が漏れる。
恐らくはごく小さな重力場を指先から打ち出し当ててきたのだ。
「――〈重力球〉」
間髪入れずに詠唱された魔法も姿形は無い――が、近づいてくる魔力の速度はごく鈍い。
被弾直後だが余裕で回避できるほどの弾速の遅さだ。魔力の形も球形で、そこまで大きくもない。
素早く荊の棘を放ちながら回避すると、〈重力球〉が後方の地面で炸裂した。
グシャッッ――!
耳に厭に残る音を聴き、後方へと気を取られる。
見ると空間そのものを強引にひしゃげさせたような、異質な破壊痕が残っていた。どうやら強力な重力場を球体にして飛ばしているようだ。引力により物体を中へ、中へと引き込み押しつぶす。
喰らえばもれなく粉微塵になることは間違いない。弾速の遅さが唯一の救いだ。
「馬鹿げた破壊力ね……!」
「逃さん」
再び〈重力線〉を複数詠唱しながら乱射していく。不可視の重力場の射線を、魔力で感知して走り避ける。
〈無〉の属性を持つ魔法は〈光〉と〈闇〉を除く他属性と比べて、特殊な効力や形状の魔法が数多く存在し、どの属性魔法にも有利不利なく立ち回れる汎用性を誇る。
ゼノ・ジークリンデの固有属性は〈重力〉――重力の形状や範囲を自在に指定し重力を増幅することができる。
自身の周囲に魔法の速度と威力を殺す重力場を発生させ、遅くなった魔法を回避しながら不可視の重力場を射出して攻撃し、追い詰めていく。
「〈第二次重力場〉」
詠唱をすると、重力の魔法陣が更に範囲を広げる。三メートル程度の重力場が大きく広がり十メートル強へ伸びる。重力圧も増しており、フィールドに転がる砕けた土の塊が重力に耐えきれずに自壊する。
ここまで重力が強くなれば、アリソンの〈黒荊の飛棘〉は意味をなさない。先ほどよりも強く魔力を込めて放った〈荊〉すら、重力場に耐えきれず地面にめり込んでいく。
「これ以上は魔力のムダ、ね……」
「〈終局的重力場〉」
強烈な重力場が倍以上に範囲を広げる――骨が軋むかのような重圧がアリソンを襲う。合わせてゼノが急接近しだした。
――詰めに来たわね。
思わず歯噛みしそうになったが戦闘中に心理状況を見せるのは勿論、攻め気を感じて気後れするなど以ての外だ。
本来の魔法術師が嫌う超接近戦の間合いに踏み込まれた。――というよりも、敢えて踏み込ませた。
「零距離、捉えたぞ――〈重力球〉!」
チャンスを逃さずゼノはアリソンの腹部に掌を突き付け、目に見えない重力の球体を炸裂させる。骨を透過し内臓まで捩じ切られる威力に、声にならない呻きが漏れる。
だが、呻きを漏らしたのはアリソン一人ではなかった。
「――かふっ」
「くあっ……! とら……えた……!」
地面から生えた紅い薔薇――荊をびっしりと張り巡らしたツタは、ゼノの体を深々と貫いていた。
「〈紅荊の羅刹〉――私の……勝ち、ね……」
貫通力・切断力に特化した紅色の荊のツタを突き立てる魔法。
重力場の発生範囲はあくまで地上オンリー。即ち地中を駆け巡るアリソンの〈荊〉は、重力によって行動を抑制されることはない。地下内部から地上へと突き上げる攻撃なら、一瞬だけでも重力場に対抗でき得る威力があれば攻撃が通る。
幻想の空間限定だが出血や打撲傷などはありありと体に浮かび上がる。ぽっかりと空けられた腹の傷からは血が滲み、口からは多量の吐血をしていた。
「こんな……ボロボロで……勝ち、誇る、か……」
「負け犬は、さっさと……寝てなさい」
極太の荊のツタすらも重力場に耐えきれず、突き上げられたツタが半ばから折れるが、大きなダメージを受けたゼノの意識もぽっきり折れたようだ。白目をむき、その場に倒れ込んだ。
「勝者、アリソン・フランチェスカ!」
遠くからタイタニアの無駄に大きな声が響き渡ると、緊張の糸が切れてアリソンも気絶した。それと同時に〈乖離結界〉の発動が止まった。
「全然スマートじゃねぇなぁ……」
戦局を上から他の生徒と一緒に眺めていた、カトレア・キングスレイブは苦い顔で独りごちた。
相変わらず負けはしないものの、実戦でのアリソンの動きは悪い。
本来のアリソンの戦闘スタイルは弾数と貫通力が高い〈荊〉の棘で中遠距離を制圧・封殺しながら、強力な範囲魔法やツタで一気にチェックメイトへと繋げる、ゴリゴリの前衛魔法術師の戦い方だ。
ゼノの〈重力〉魔法とけん制用の飛び道具主体の〈荊〉魔法は相性は悪い。が、〈重力〉に決して穴が無いわけではない。
第一に「ゼノ本人も重力場の影響を受ける」こと。
重力場の強度が中程度以上から顕著になりだしていたが、明らかに重力場の中心にいるゼノの速度は本来よりも低下していた上、軽くフィールドに足がめり込んでいた。これが自分自身も重力の影響を受けている証拠に他ならない。
とはいえ、一撃で魔法を撃墜できる重力場を常時展開する必要はない。多少なりとも威力を落とせば、後は重力場の内部から固定砲台のように立ち回ればいい。その点を加味すれば、弱いながらも魔法威力を減衰できるレベルの重力場を維持し続け、相手の魔法を撃ち落とす後衛魔法術師的な立ち回りがゼノには合っているのだろう。
第二に「重力場は地上にのみ効力を及ぼす」こと。
これが現状〈重力〉魔法で再現できる限界なのかは知らないが、地中まで重力場の制圧圏でない。地中を通る魔法はその行動を阻害される事はなく、アリソンも最後にこれを突いて逆転した。
第三に「魔法に込められた魔力の強さによっては重力場を突き破られる」こと。
重力場自体はゼノ自身の魔力で創り出された代物だ。最大重圧は魔力の最大値によって左右される。
つまるところ、重力場を突破しえる大火力の魔法をぶち込んでしまえば、攻略自体は容易ということだ。
……俺と戦ったであろうアリソン・フランチェスカは、少なくとも戦闘中に全て気付けていたハズだ。
「彼女が心配なのかい、色男さんよ」
落胆が募り、無性に腹が立っている矢先に背後に誰かが立って話しかけられる。なんだその物言いは。軽く苛立ちを覚えながら振り返ると、ワイルドに整えた白金の髪をした青年が居た。
「お前は――」
軽薄そうなツラで笑みを浮かべていたのは「ノーマン・ブルーノ」――俺の次の対戦相手だった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
かなーーーーりお久しぶりの更新です。