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#13 『断ち切る』剣技と『受け流す』剣技

 俺を隣には置きたくないのか、先導して訓練用実習棟へと向かうアリソン。

 話題を捻りだすのも苦労しそうだから、それはそれで良いのだが。


 これから俺は、わざわざ俺を目の敵にしている……ここは宿敵(ライバル)と評しておこうか。いわばこれから研鑽し合う仲間に対して、自分の生命線ともいえる対魔法戦闘法を種明かしするのだ。

 それも俺から進んで教えようとしてはいない。自分で解明できないからって、本人に高圧的にせっついた挙句これだ。ちょっと自分の立場分かってるのか聞きたくなる。


 とはいえいずれすぐに看破されるタネだ。むしろ今日は喧伝するつもりで、いつもより多めに叩き落したからな。


 ほどなくして訓練用実技棟へとたどり着く。熱心な生徒に使い込まれているのか、内装は案外古びている。中は先ほどまでいた実技棟と変わりない。

 休憩所を抜けてフィールドの扉を開けると、実技授業が終わってなお戦いの熱が引かない生徒が汗を流していた。


「盛況してんな」

「ええ、そうね。誰かさんに触発されたんじゃなくて?」


 横目で俺を見るアリソンだったが、そこまで大したことはしていない気がするんだが。


 フィールドはいくつかのエリアで区分けされてあり、それぞれ自分が練習したい魔法や、練習する人数に合わせてあるようだ。

 遠距離魔法訓練用のターゲットを狙い撃つレーンや、防性魔法や近距離魔法訓練用の高速のゴム弾を打ち落とすレーン、対人訓練用の小型フィールドなどなど。


 『意識の世界』には入れないため、対人訓練では使用する魔法の威力が制限されているが、それ以外は生徒だけで使用できるように機械の操作法が掲示してある。

 手始めに使用するのは遠距離魔法訓練用レーンだ。アリソンに自分の魔法の『性質』を理解してもらおうと思う。


「時間も夕刻。入寮時間が過ぎるまでには教えてもらうわよ」

「それは全然構わんけどな。一つだけいいか?」

「……何かしら?」

「種明かしした俺のメリットを教えれ」


 妥当な質問……のはずだが、当のアリソンは口をもごもごとさせたまま、ハッキリとは答えない。


「え、えっと……私の魔法も多少は教えてあげても……」

「入学試験で戦ったのを忘れてんだろ。身を持って知ってるのに今更教えてもらう意味が無いぞ。あと、さっきの実技授業で大体の生徒の魔法は把握した」


 ポケットから先ほど書き連ねてた紙を突き付けると、困った表情で黙りこくってしまった。


 貴族の一人娘としてのプライドが邪魔して、「貴方の戦術の意味が分からないから教えて!」と素直には聞けないのだろう。既に今の時点でアリソンのプライドはズタズタなのだ。負けた相手に直接聞いてるんだからな。


「ったく、黙りこくる必要はないっつの。言ったろ? 全然構わんってな。教えるからせめて明るーく頼むぜ、アリソン」

「……分かった、わ」


 急に意見を変えた俺に、釈然としなさそうな態度だったが、そこまでイジメてこれ以上関係を悪化なんざさせたくないのだ。そこら辺は何となく感じてくれ。


「じゃあレーンに入ってくれ。適当に動かすから、魔法でターゲットを射抜いてくれ」


 手でレーンの方をさすと、返事もせずに中に入り、ホームポジションで態勢を斜にして手を構える。

 ターゲットの電源パネルを起動して魔力が流れ込むと、説明用のホログラムと設定画面が浮かび上がる。魔力を凝固させて作り出されたターゲットは五つ、それぞれを縦横と動かす。

 現在の機動は低設定。緩慢なスピードで動いているから簡単に撃ち抜けるだろう。


 不調のアリソンを気遣っての設定だったが、フッと短く笑うと詠唱を紡ぎ始める。


「〈黒荊(こくけい)飛棘(ひきょく)〉」


 緑色の〈植物魔法〉の円陣が掌に投影されると、円陣から黒い棘の弾が放たれる。


 ストンストンストン――小気味いい音を響かせて、ターゲットの中央を見事に射抜いていく。


「おお、やるやる」


 ガヤに集中を乱されずに、縦横と動くターゲットの中心を的確に荊の棘が刺さっていく。五つのターゲット全てを綺麗に射抜いたアリソンは円陣を手で払った。


「これでいいかしら?」

「上出来だ」


 魔法の斉射を止めるように促してレーンに入った俺は、ターゲットに突き刺さった荊の棘を引っこ抜く。


「この棘はまだ消すなよ。これが大事なんだ」

「……大事ってのは? いつも通り魔法を放っただけよ?」


 怪訝な眼差しで自分が放った魔法の棘を見る。鋭利なナイフを思わせる棘はどれも寸分の狂いなく同じ形だ。満足気だが、それを確認させるのがやった理由ではない。

 俺の〈奴隷剣技〉を説明するには、せめて魔法の知識に多分に造詣が無ければ理解すらできないのだ。ひとまずはアリソンを試してみよう。


「さあここで問題だ。『この魔法の魔力の流れ』はどうなっている?」

「魔力の流れ? それは当然棘の先端に向けて流れているわ。貫くには弾丸系の魔法は基本全てね」

「正解だ。魔法は『魔力が強い部分ほど攻撃力と防御力に優れる』。射出するタイプの魔法は弾頭部分に一番魔力の流れが集中するのは当然だな」


 魔法は『魔力が多く流れる部分』に魔法の効力が強く表れる。攻性魔法だと当てた部分の魔力濃度の高さで、威力や効果(爆発範囲や射程距離など)が高まったりするということだ。

 一点に集中させれば威力は高まりやすい反面、出力が不安定で不発に終わることもある。バランスよく魔力を配分すれば安定した出力の魔法を放てる。


 好まれるのは前者。魔法を使える者なら必ず通る自作の魔法だ。

 後者は『基礎魔法』――ウィトスが行使した〈水球(アクアボール)〉や〈水弾(アクアバレット)〉が該当する――と言われ、魔法の知識がある人なら誰もが使用できる魔法とされるが、攻性魔法としては火力不足のものが多い。日常生活を便利にする類の魔法、と言った方が分かり易いか。


 自作の魔法は魔法陣の紋章から魔力の配分、魔法の形状や『詠唱符』――魔法の詠唱文のことだ――に至る全てを決めなければならない。ちなみに詠唱符は省略してもよく、魔法を正確にイメージさえできれば必要ない。『クラスⅠ』ともなると詠唱する数秒の間に魔法が飛び交う、なんてことがザラだ。無詠唱は必須スキルと言っても過言ではないだろう。


 魔法術師としての才能が最も顕著に表れるのが、魔法の作成といえよう。作った人の性格や戦術によって十人十色の魔法ができるのは、その発動の様をただ見るだけでも面白いものだ。

 たまにだが、戦闘でのアドバンテージを考えずに作ったらしき魔法も見られる。爆発で鉄の杭を叩き付ける魔法や、花火を模した色鮮やかな爆炎を放つ魔法、持っていた剣を〈地魔法〉で作り出した〈鉄〉でコーティングしてハンマーにする魔法など……俺自身魔法は使えないが、他人の魔法を見るのは案外好きだ。


 極端に偏った魔力の配分を要するものや、複雑な制御を施した魔法――威力特化のロマン砲みたいな魔法や、着弾後に爆発や凍結する効果を付与するように制御を施すと、魔法の制御難度は大きく跳ね上がる。

 反面、基礎魔法は万人が使えるように、入門編程度の知識があれば使えるくらいのバランスで魔力を配分してある。威力に優れず特筆する性質はないが、安定した効果が見込める。


 一長一短あって、双方どちらが優れているかは使い手次第ということだ。


 さて、使い勝手の善し悪しや威力の差はあれど、共通するのは『魔力が流れていなければ魔法として成立しない』ということだ。電気を用いた機械と同じく、流れる魔力が遮断されれば魔法としての形を失い、霧散して大気中の魔力となる。


「じゃあ、『その魔力の流れを遮断する』方法は?」

「簡単ね。魔法を当てるなり物理的に魔力の回路を崩してしまえば――」


 言葉の続きは「魔法は形を崩して消える」、とでも言いたかったのだろうか。言葉尻を濁したまま、アリソンは口に手を当て考え込んでいた。


 どうやら気付いたようだな――『魔法の斬り方』を。


「そう、気付いちまえばなんのことはない、当たり前の方法で防いでいるだけなんだよ。〈奴隷剣技・断魔〉は『魔力の流れを断ち切って魔法を失効させる』剣技――ほぼ全ての魔法に対して使用できる必殺剣さ」


 棘を宙に放り、腰に佩いた鞘から素早く剣を抜いて切り裂く。

 研がずに整えた剣身は肉厚で、本来は切断には適さない。それでもたかが植物が元の魔法だ、振る速度と力の込め具合を少し意識するだけで真っ二つに切り裂ける。


「得物状に魔力を錬成すれば、ほぼ全属性の魔法で行使できるからな。魔法を魔法で撃ち落とす動体視力がありゃ、〈(シールド)〉や魔法で防ぐよりも素早く接近することができる。特に〈火〉・〈水〉・〈風〉・〈植物〉はこの剣技の絶好のターゲットさ。物質的に切りやすいからな」


 とはいえ、体格・骨格・筋力の三拍子が同年代よりもハイスペックな俺でも、魔法を切るのは相当シビアな感覚を要求される。しくじったら手元で爆発することだってあり得るし、当然だが「刃が刺さる」ような魔法でなければ斬ることは不可能に近い。


「〈地魔法〉とかの岩石やら鉄やらを斬るのは厳しいな。刃が通らない魔法には使いにくいのが欠点だな」

「……〈氷〉も似たようなものじゃなくて? そもそも回転が加わった氷の槍に剣を突っ込むなんて、正気の沙汰じゃないわ」

「ありゃあ〈水〉を凍らせるプロセスを踏んで巨大化させていた。一本の氷の槍にハリボテの氷で補強してるんだよ。凍結させる効果も、水を撒きながら極低音で凍らせることを並行して行っていたことによるものだな」


 大きな氷の槍を作るだけなら、アリソンの魔法と同じように『先端部』に魔力の流れを集中させ、あとは〈水魔法〉で生み出した水を凍らせるだけでいい。

 俺の力を過大評価してくれたウィトスは、わざわざ『氷結効果』を付与して且つ氷の刃を何重も配置し、さらには回転制御まで加えた。


 魔力が無い俺は『魔力の流れを感知できない』が、いくらか断線させてやるだけで崩れるデリケートな魔法なのは、外観と本人の発言からうかがえた。「得意じゃない」って言い切ったからな。


「んで、ギミックを盛りまくった代償としてあの魔法の魔力の流れ――『魔力回路』は複雑なものになった。魔法の中核をなす部分の魔力回路をいくらか斬ってやりゃあ、あとは勝手に消えてくれるって寸法さ。……なんだよその胡散臭そうな目は」

「……おかしいのよね、なんで魔力の流れを感知できないのに、的確に流れを遮断できるのかしら?」

「んなもん勘だよ、勘。あれは偶然成功したにすぎねぇよ」

「もっとマシな回答をしてもらえないかしら!? あの状況で勘とか、舐めてるにもほどがあるわよ!」

「なんで憤慨しているか知らんが、本当に勘で斬ったら成功したんだからな」


 勘、というよりも賭けと言った方が正しいだろう。あの魔法に対して〈断魔〉を用いたのは賭けだった。男として引きたくない状況だったから、負けてもいいやくらいの覚悟で立ち向かった。


「本来、剣とか槍を模した『物理攻撃の魔法』は受け流していた。模擬戦闘試験の時もやっただろ、荊の槍に対してさ」


 〈奴隷剣技・流柳(りゅうりゅう)〉――俺の対魔法戦闘の根幹をなす剣技の一つであり、俺が最も得意とする剣技。


「火の玉とか水の弾は物理的に刃が通る……まあ『属性攻撃の魔法』っつーのかな。気体や液体に近い魔法は、受け流せないから斬る必要がある。んで悲しい事に〈断魔〉は成功率が低いんだよ。贔屓目に見て三割かな」

「〈水球(アクアボール)〉と〈水弾(アクアバレット)〉は成功していたじゃない。一度だけしか弾いた水を氷に変化させられていなかったわ」


 すぐさま質問を返す。さすが序列上位者だ、遊技場(うち)の連中よりも理解力があって楽なもんだ。最初に説明した時は実演までしなければ信じてもらえなかったくらいだ。


 そして少しずつだが口調が柔らかくなっているのはありがたい。打ち解けた……にしては攻撃的な気配がビンビン感じられるが。それは競争というか、お互いを高め合う意識の表れだと思いたい。


 あと、アリソンの質問の回答だが、ただ剣を強く振り抜いて水滴を全てぶっ飛ばしただけだ。剣技云々関係なしのただのパワーなので、成功とはカウントできない。適当に相槌を返して誤魔化しておく。


「これで全部だ。後は弛まぬ努力と経験で培った戦闘技術、これこそが俺の根幹を成しているってこった。こっからはお前次第。調子悪そうだったが、戦場では通用しねぇ言い訳だからな」

「……誰のせいだよ思ってるのよ」

「なんか言ったか?」

「なんでもないわよ」


 ひっそりとこぼした言葉を聞き逃さなかったが、すました顔でそれを否定する。だが前よか距離間自体は詰まってきている気がする。

 ツーンとして可愛げが無いのは相変わらずだが、俺がそばに居る事が別段どうでもよく……いや、これはあれか。用は済んだからもういいやってあれか。


 男としての自信がはらはらと散りゆくのを心のうちに覚えながら、俺は軽く肩を落として実技棟の外へと出た。夕暮れ時の赤い空がまぶしい。


 しばらくぶりに全力で体を動かした。ウィトス・F・ヴァルトールにはこれからもっと精進してもらって、俺の前身くらいは止められる魔法を覚えてもらいたいものだ。

 今日の実技授業の不満と余韻を味わいながら、アリソンが女子寮に向かっていくのを見届けた後、俺は実技棟の方へ身体を向けなおす。



 ――さっきから誰かが見てるな。


 隠そうとしていないあたり、俺に用があるのは確かだろう。

 敵意とも戦意にも取れない視線がアリソンと実技棟を出る前から付き纏っていた。途中までは寮に歩を進めていたが、何かしらの視線を感じ始めたあたりから少しずつ人気の無い場所へと足を向けていた。


 歩みのスピードを上げて実技棟の建物群を一周し、森林公園を模して造られた休憩所へと足を踏み入れる。


 足音は俺一人だけ。夕暮れが夕闇に変わり、学園構内の一部のこの場所には学生が皆無。

 石レンガで装飾された通路に足がつくたび、コツコツと聴こえる俺の足音。

 位置にして後方二十メートル圏内――ひっそりと足音を殺しながら歩いている音が聴こえた。

 殺し方は上手い。上手いのだが、それでも俺の聴覚の前には……いや、これは――。



「おい、誰かいるんだろ。出てこい。見つけてほしそうな歩き方しやがって」


 まるで意図的に気付いてもらいたいような歩き方だった。歩く音の大部分を殺しつつも、歩いたら出る土を擦る音や砂利が転がる音までは気に留めていない。むしろそれを蹴り上げて「居ないはずなのに居る」事を演出しているようだ。


 すると、獣が殺気にあてられたかのように、がさりと草むらがうごめいた。

 危うく別の作品の一話にしてしまいました(笑)


 最後までお読みいただきありがとうございました!


 奴隷剣技のからくり解明でございます。

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