#12 三者三様の戦い方
実技授業が終わる頃、翡翠のロングヘアを一際小さな等身に乗せた教師、ランセリス・ラントレアは教員室で授業のプリントをまとめていた。
授業風景に思いをはせながら、皆が無事仲良く戻ってくるかを心配していた。魔力無しの生徒が主だったのは言うまでもないだろう。
ふと手が止まってしまっているのに気付き、再び手を動かしだすと、手元が急に暗くなる。
何事かと思い天井を見上げると、溶接ゴーグルを装着した老人――実技授業担当のタイタニア・ガトリングが彼女の頭上から見下ろしていた。
「ランセリス先生ぃ! 実技授業は滞りなく終わったぜ! そんでもってあの魔力無し、まさか序列上位者に勝ちやがってよぉ!」
「ひゃあっ!? た、タイタニア先生……後ろに立たないでくださいよぉ……」
「わりぃわりぃ、アンタが魔力無しと一緒にいるところを見たんでな。いの一番に報告したかったもんでよ」
片手に持っていたバインダーには、実技の評価らしきチェックがつけられた紙を大量に挟んである。
「あーんとどれだったかっと……おっ、あったあった!」
評価シートを捲りながら目的のページを見つけると、破けそうな勢いでバインダーから引っこ抜いて机に置く。
生徒名は当然、カトレア・キングスレイブ。教師すらも『魔力無し』をあだ名にしてしまうには、当の本人に失礼ではないかと反論しようとも思ったが、それで通じてしまったのに気付いてランセリスは心の内で恥じる。
居た堪れない気持ちになりながらも、切り替えて評価に目を通す。
評価方法はAからFまでの六段階評定で、中でも優秀だった場合はSを付けられることもある。
項目は魔法威力・魔法制御力・魔法詠唱速度・魔法の精度と、魔法術師の才能を推し量る基準とされる項目から、戦闘時の魔力配分・魔法の独創性など、タイタニア独自で追加したものも含まれている。
しかし、魔力を保有しないカトレアが対象なので、いずれの項目全てのチェック欄に「測定不可能」と書き込まれていた。
シートのさらに下に目を落としていくと、実技教官の自由記入欄があり、そこに手書きでカトレア専用の評価項目を作ってあった。それも同じ評定方法であり、驚くことに全てが『S』と付けられていた。
「文句なしで満点にせざるを得なかったなありゃ。魔法の世界に降り立った異端児――一昔前の奴隷を戦わせてた闘技場でもあんなのは見たことねぇぜ。なんてったって、『魔法を斬った』んだからよ」
疑心の目で評価を見ていたランセリスに補足するタイタニアは、半ば呆れ気味に起こった現象をありのまま語った。
「『魔法』を……『斬った』、ですか?」
「本人がそういったからなぁ。そう捉えるのがいいんだろうが、どう思うよ。できると思うか?」
「さあ……少なくとも無理な気がって……あの……話し相手が欲しいんですか?」
「そうとも言うな」
内心タイタニアに捕まったことを後悔する。辺りに目を向けると、憐憫と安堵が入り混じる表情で見てる他の教師。
魔具オタクと揶揄されるタイタニア・ガトリングは、元々は『魔具工房』という集団に属していた魔具開発のエキスパートであり、魔法の技術で既存の機械を改良することが生業だった。溶接ゴーグルと服装はその名残だ。
『魔具工房』はエンドフィール南部地方の【アルバレス領】の中にあり、日夜生活を支える便利な魔具開発を行っている。
彼らが手掛ける魔具は機能美と遊び心を第一としており、「実用性と面白さを兼ね備えた魔具こそ至高」という思想を掲げている、名実ともに変人の集団だ。
タイタニアはその中でも随一の優秀な魔具技術者であり、変人だったとされる。
「そ、それで! 『魔法を斬った』現象を先生はどう考察しますか?」
優しく頼みごとを断れないから、タイタニアも気分よく弁舌を振るえるからだろう。この学園の講師になって四年間、ランセリスはちょくちょく彼の考察や魔具紹介の餌食になっていた。
今も無視が出来ずに話に乗るような返しをしてしまった。「またか」と周囲で見守っていた教師たちも頭を抱える。広い教員室でもデカい声は耳障りなほどよく通ってしまうからだ。
タイタニアも気分よく自分の考察を語り始める。
「考えられる説はまず「自己の膂力で真っ向から叩き切った」。現実離れっていうか、そもそも質量と密度が半端ない〈氷魔法〉に出来るのかが不明だが、一番可能性が高いだろうな」
なるほど、生返事でランセリスも考察をめぐらす。
普段はあまり乗り気ではないが、ついつい心配してしまうカトレア絡みの話だったためだろう。割と本気でその考察に聞き入っていた。
タイタニアの話から斬った魔法は『回転する氷の槍』だ。そしてその前にも『氷の柱』を突きでぶち抜いたとも聞いた。
身長は男子生徒の平均よりも少し大きく、筋肉量が桁違いのカトレアならばあながちあり得ない話でもない。
「確かにあの子ならいけなくもなさそうですが、それでも無理が……。タイタニア先生はできると思います?」
「いくら俺でも無理に決まってるなぁ! 氷のドリルに剣を突っ込むようなもんだからよ。剣じゃなくて大斧やら大砲持ってたとしてもヤル気が起きねぇな」
ガッハッハと景気良く笑い、力こぶを作って見せる。齢七十八とは思えない肉体だ。
山に手足をくっつけた外見のタイタニアは独学ながら格闘術も習得しているそうで、ずんぐりむっくりな巨体で俊敏に動き回ることもできるらしい。
そんなタイタニアですら無茶と言ってのける芸当をやってのける……その時間の授業を次週にしてでも実技授業を見学に行けばよかったとため息を吐く。
「あとはそうだな、「新しい固有属性を持っている」かもしれんな」
「例えば?」
「〈反魔法〉とかな! 魔法と魔力を全て反射しちまうみたいな!?」
再び豪快に笑う。あるワケが無い固有属性だ。魔法が戦況の如何を左右する現代、魔法のみをピンポイントで無効にする能力などあれば、それこそ無敵に等しい。
「あまりにも朗らかすぎねぇか? 言っちゃ悪いが、アイツは少々気味ワリぃ。肝が据わり過ぎてるっつーか、いくら何でも物怖じが無さすぎんだよ」
続けて「性格があまりにも前向き過ぎる」と言い、ランセリスも納得する。
魔法属性と固有属性は性格に影響を与えるとされており、魔力を持たない人は生来感情の起伏が極めて薄い。
『魔法が無い』から『感情も無い』とされ、奴隷制度が跋扈していた過去、魔力無しの奴隷が反旗を翻さなかったのもそれが影響している。
〈反魔法〉――まるでカトレアそのものの性格を表しているかの響きだ。
提唱されている説に照らし合わせてみても、彼の性格は非常に前向きだから、あながちありえなくもなく思えてくる。
「だけどもし固有属性が〈反魔法〉だとして、何故彼は気付いていないのでしょうね?」
「無自覚で発動させているのかもな。もしくは魔力無しだからこそ発動できるとかな」
あくまでも考察の域を抜けない無駄な論争に先に飽きたのはタイタニアだった。
「んで、あとの生徒はまあおおむね成績通りっつーかな。中には思った以上にやる奴もいたぜ」
つらつらと名簿を見て名前を上げていく。
「ウィトス・F・ヴァルトール、クロノ・ダエッタ、アリス・メリィ・エステート……ここらは暫定序列以上の実力を持っていると言えるな。後はノーマン・ブルーノ、エンデ・ラインハート、ゼノ・ジークリンデ……こいつらは暫定序列では測れなかった、理論よりも戦闘に特化している魔法術師だ。教科書よりも感覚重視なんだろうな。前評判以下だった奴らもいるけど、な」
「それは?」
「暫定序列8位のアリソン・フランチェスカ。そしてミラ・アルベール……こいつらはどーにも実力が感じられねぇ」
拍子抜けた声で、釈然としていない反応。バインダーから二枚の評価シートを手渡す。
渡されたアリソンの評価はほぼすべての項目がC程度であり、戦術に至ってはEと最低評価間近というありさまだ。
もう一枚、ミラの評価には、この手の評価では見慣れない「測定不能」と書き込んだ項目がいくつもあった。
「アリソン・フランチェスカは単純にあの魔力無しがプライドへし折ったのが要因だろうな。自分の戦い方に自信を失っちまってる。ミラ・アルベールは……評価しずれぇんだよな。『一切攻撃しない』んだからよ」
「一切、ですか?」
「全ての攻撃を〈盾〉で防いだり、〈風魔法〉で距離を稼いで逃げたりな。複合属性の触れ込みだったが、あれが学園長の隠し玉ねぇ……」
ミラ・アルベール――ステラ学園長が見出した魔法術師の金の卵であり、幼少期は直々に魔法の指導をしたと噂される男子生徒。
彼は『クラスⅠ』でも、エンドフィール魔法王国でも珍しい『複合属性』という稀有な才能を持ち合わせている。
利点として弱点となる攻性魔法が少なく、また特殊な魔法を使用することができる。
だが、そのはずなのに、彼は〈無属性〉の基礎魔法である〈盾〉――小型の魔力の盾を投影する魔法と、最低限の〈風魔法〉しか使用しなかった。評価がしにくかったタイタニアの気持ちは理解できる。本気かどうかすらも分からないのだから。
二種の複合属性だとしても希少であり、生まれる確率もかなり低い。
確認している限りでは、エンドフィール魔法学園内でも一割程度で、その出自も多岐に渡る。有名な魔法貴族だったり、平民だったり、それこそ元奴隷身分だったり。共通するのは、非常に強力な魔法術師になるということだ。
ちなみにタイタニアも〈火〉と〈地〉の複合属性だったりする。
「ま、あとは先生本人の目で確かめてくれ。これ結構まとめんのめんどくさかったんだよ」
評価シートを机に置いて、大欠伸をしながら去っていった。いつもこうやって飽きたら勝手に帰っていくのだ。
「ふぅ……今日は早く終わって良かった……」
それでも今日は早めに帰ってくれたし、思ったよりも聞いて得な内容だったのでよしとした。まとめ終わったプリントにクラス名のふせんをして、実技授業の全員の評価を眺める。
「今年の一年生は期待できそうですね」
見た目と言動のわりに細かくまとめられた評価に目を通しながら、彼らの成長を楽しみにするランセリスはふわりとほほ笑んだ。
所変わって『クラスⅠ』一年生の実技棟――授業が終わって大半の生徒が寮へと移動しており、いくらかの生徒が休憩所でたむろって談笑していた。
そんな中、カトレアは一人用のテーブルでペンを片手に紙と向き合い、せわしなく動かしていた。
書き連ねているのは、全員の魔法属性と固有属性だ。各名の得意な魔法の性質や形状を事細かに記しているのだ。
ちなみにミラは気分が悪いらしく、授業が終わるとすぐに寮へと戻っていった。戦いが嫌いだが、そこまで拒絶反応を起こすのか、などとカトレアは考えていた。
「おかげさまで、一人悲しく研究か……」
誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、ふと気が付くとすぐ背後に誰かが立つ気配を感じた。
自分自身確かに疲れていた。が、まさか背後に立っている人の気配をすぐさま気づけないとは――失念していたことを反省しながら振り返ると、そこには意外な人物が。
「……よぉ、アリソン」
カトレアは挨拶だけをしてすぐに紙に体を向けなおす。
話したくもないと主張するしかめっ面が、せっかくの美人を台無しにしている……などとは言えない。少なくとも、友好的に話そう、なんて雰囲気ではないのは確かだ。
そのうち、刺さるような視線に耐えきれず、カトレアも軽く怒気を込めながら振り返る。
「なんだよ? 人様の背後にずーっと立ってんじゃねぇよ。気が散って仕方がねぇ」
「貴方に聞きたいことがあるのよ」
半ば睨み付けるかの視線をそのまま、不機嫌そうに言う。
「聞きたいこと?」
「貴方の戦い方のことよ」
「あー、それがなんだよ。ただ撃ち落としてるだけだぞ」
「ただ力任せに叩き落しているとは言わせないわよ。私を倒しただけでなくヴァルトール君をも負かした。どんな細工をしているかは知らないけど、あり得ないわ」
頭を抱える。と同時に深いため息を吐く。言いたいことは分かった。寧ろ早かったと言うべきか。
「……んで、俺はどうせぇと?」
「貴方の対魔法戦闘、とでもいうのかしら。それを聞かせてもらうだけよ。どうしてもこのままでは納得がいかないから」
やっぱりか――ペンと紙をポケットに乱雑に押し込んで立ち上がる。
「ほれ、ついてきな。訓練用の実技棟なら、遠慮なく魔法を使えるだろ」
突如立ち上がったからか、アリソンは壁に押しのけられる形で背中をつけている。
手を差し出して、今までの因縁を気にしてないかの笑みで答えると、顔を赤くして手を払いのけられた。パチン、と跳ね上げられた腕が天高く突き上げられる。
「て、手なんか繋がなくたって自分で歩けるわよ!」
「いや、そういうわけじゃ……まあなんだっていいや」
前を先導するように歩くアリソンを見て、なんで俺はこんな無駄な時間を、などと心中で嘆いた。
「あの二人って……仲が良いのかしら?」
「でもでも、アリソンさん模擬戦闘で負けたんでしょ? もしかしたら内心は……」
珍妙な取り合わせの二人が歩く光景を、同じ学年の女子生徒たちは少し不思議そうに見ていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回はカトレア君の『魔法を斬った』現象の解説でございます。




