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いっけなーい、遅刻ちこく!

 学校へ行く気になって家を出たの、八時ちょい前。

 天気はあんまり、よくないし。

 歩きながら、すでにもうダルさ半端なし。

 お隣の神田さんの奥さんに会う。

 奥さんはゴミ袋ふたつ、重そうに下げてる。

「むっちゃんおはよう」

「あ、おはざーす」

 相変わらず、背中にお姑さん背負ってる。そっちは重くなさそうだ。

 背中のオバアチャン、何かもごもご言ってる。

 それは思いっきり、無視。

 あのオバアチャン、ずいぶん嫁いびってたくせに、いざ亡くなったと思ったら、さっそくヨメの背中にくっついたんだ。

 いい気なもんだわ。

 以前お葬式が終わったばかりの頃、奥さんにばったり出くわしたら、その時にはすでにオバアチャン、介護疲れの奥さんの背中にぴたりと乗っかってた。

「なんでやねん!?」

 思わず突っ込んだウチに、オバアチャンいわく

「だってあったかいんだから~」

 どこかのちょと古いお笑い芸人みたいなこと言ってた。

 それからずっと、降りる気がないらしく。

 まあ奥さんが何にも気づいてないみたいだから、いいけど。

 爽やかにゴミ捨てしている奥さんと別れ、バス通りへのいつもの近道に入る。

 向こうから走ってきたのは、いつもの黒いジャージ姿。区長の飯塚先生だ。

「よお!」

 いちおうにっこり軽めのお辞儀を返す。ほどほどに愛想よい位置にキープしてるから、ウチ。

 校長を定年で辞めたらしい、この人の守護霊がまた、変わってる。

 一昨年前に亡くなった奥さんじゃなくて、なぜか食用ガエルなんだわ。

 しかも、霊能力あり。

 可笑しかね? ふつう、霊能力ありって言ったら、最低でもガマガエルしょ?

 そこをあえて、食用ガエル、とか。まあ可愛いから許すけど。

 先生が走るのに合わせて、上下にぴょこぴょこ揺れてるのがまた、可愛らし過ぎ。

「いっけね。遅刻!」

 ついついカエルの後姿に見とれていたせいで、いつもの時間が過ぎているのにようやく気づいた。

 近道から表通りへとあわてて駈けていく。


 たいがいいつも、この小路に入ると自分、走ってることが多いせいか、豆腐屋の角っこでよく見かける地縛霊がうるさいのなんの。

「おらおら、また走ってら。遅れるぞ、マサちゃん」

 あのね、ウチ、マサちゃんじゃないっつうに。

 にらんでみてもソイツはヘラヘラしたまま、角に出っ張った石の上に座っている。お気に入りの場所らしい。

 服装がどことなく古くさい。顔なんて、よく見るとけっこう若そうなんだけど。

「おおこわ。近頃の娘っ子ときた日にゃ、ホント、おきゃんだねぇ」

 なにそれ、おきゃんて何。古語かよ。立ち止まって「ちょっとすみません何時代の人なんすか?」と訊いてみたい気もあるけど、とにかく今はだめ、忙しい。

 たいがいここを通りかかる時は忙しいの。

 それにたまにヒマで通る時には、あっちが見あたらないし。

「おおそうだマサちゃん、いい子だから、そこの先で煙草を買ってきておくれよぅ。シンセイでいいや。釣りはやるからさ」

 完全無視モードに入り、脇を走り抜ける。

「お駄賃もやるよう、頼むよマサっぺ、おーい」

 ペ、って何だよ。のどかな呼び声はだんだん遠くなる。

 でも結局、いつものバスには乗り遅れた。


 バス停のふたつのベンチは、すでに人と霊でいっぱいだった。

 生きてるのが五人、それぞれの守護霊とか背後霊とかが前後左右についていて、しかもなぜかいつも見かけない浮遊霊の子どもが、ベンチの周りをぐるぐる駆け回っている。

 こらこら、車道にはみ出してるって。

 ガキんちょの軌跡に入らないよう、少し離れた後ろに立つ。

 一番左に座っているのは、よく見るOLさん。

 珍しいのが、ひとりで二体の背後霊を連れているってこと。ウチはこっそり、『二体さん』て呼んでるけどね。

 二体さんはいつものごとく、イヤホンで何か聴いてる。背後霊のひとりが膝でリズムを取ってる。

 もうひとりはちょっと、迷惑そう。曲も趣味ではないらしい。


 バスがなかなか来ないので、ひまつぶしに交差点の『事故再現ライダー』を見物する。

 どんよりした天気のせいか、よく見えるわ。

 何年前か、右折しようとして直進してきたトラックと衝突、そのまま亡くなった、らしい。

 今日も見えないバイクにまたがった彼が、颯爽と右折レーンに滑りこんできた。

 と思ったら、また繰り返し。左端からなめらかに、右折レーンへ。で、また繰り返し。

 ひとしきり繰り返した後、今度はレーンから交差点に進入、いったん止まりかけ……そこまでを、また数回くり返す。

 すぐに対向車線を横切るためにアクセルをふかし、次の瞬間にぼよーんと宙に舞って、交差点のまん中に落ちる。そこも何度か再現。

 時々あるでしょ? テレビで何かの競技に挑戦しようとして

「おーっとここで足が滑ったあ、」

 って実況者が何度も何度もなんどもアホみたいにくり返すヤツ。ちょうどあんなナレーション、入れたくなるんだよね。

 心の中で何度も

「宙に舞ったー!」

「宙に舞ったー!」

 とやっちゃう、悪いわるいと思いながらも、つい。

 ライダーのお兄さん、散々再生繰り返してから、次に、車が何台も上を通る間ずっと仰向けに倒れていて、その後でむくりと立ち上がって、首をひねりながらこっちのバス停方面に歩いて来るんだよね。

 で、交差点を見渡して、腕を上げて何度か自分の通って来たコースをなぞって、もう片方の手でぶつかりに来たトラックの軌跡をなぞり、ひとりでミニ再現して、また首をひねる。それから、歩道から今度は脇に誰かいるような雰囲気で、身ぶり手ぶりで説明し始める。

 かなり、納得してない様子だよね。

 思うに、ぶつかった瞬間に自分が死んだってコトに、気づいてなかったんだ。

 で、警察とか目撃者に対して、何がどうなったのかとりあえず説明しなくては、と考えたんだろう。

 何度も繰り返し再現してみせるあたりも、元々几帳面な人だったんだろうな、って思えて、見てて何だか、泣けてくるよ。

 って油断していたらバスが来てた。

 かなりの混み具合だけど慌てて行列につく。


 車体は雨粒ですっかり濡れている。バスが来た西の方はもう降り出しているようだ。

 バス車内も、かなりの混み具合。もち、生きてるん死んでるん全部含めてコミコミ。

 満員というには、あまりにも200パーな中身だわ。

 背後霊でさえ、遠慮してか頭上に浮いている者がかなりの数だった。

 背後霊って、あんがい生きている時の感覚から抜け切れていない人が多いようで、空いてるとつい座席に座る、ってのもそうなんだけど、混んでくるとこうして、頭上を漂うってのも多くなる。

『迷惑かけたくない』ってゆー、日本人らしさなのかなー。

 ま、ウチは死んでもここまで気は、つかわないと思うけどね。


 それでも生きている乗客も多いせいか、中は一大サウナと化している。

 乗った時、後ろの人にぐい、と押されてつい喰い込んでしまった背後霊の女の人、露骨にヤな顔したけど、もうそこまで気をつかってやるのも面倒。ウチは見ないフリしてもう少し奥まで入り、後は目をつむる。

 イヤホンはつけない。つけても、なぜか霊の声は耳に入っちゃうし。

 とにかく目をつぶってひたすら、十五分ほどのバスを耐え抜くのみ。


 ああ、やっと駅着いたわ。


 ターミナルで中身を次つぎと吐きだしたバスは、けろっとした顔で去っていった。

 乗客だった人&霊たちはふり返りもせず、駅の構内に吸い込まれていく。

 しばらくそんな流れを見送っていたけど、急にどっと疲れを覚えた。

 タイミングよく、雨も降りだしたし。

 やっぱり今日は学校行くのやめよう。

 やましい気分半分でふり向くと、いつものごとく、ウチの背後霊が

「またですか?」

 という目で見ていた。うん、これも無視。

 いつもの喫茶店へ、ゴー。

 背後霊も、しぶしぶついて来た。

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