008 苦しい…それは生きている証拠。
痛みに悶え苦しむポーズ人形。
漆黒はそのポーズ人形を冷静に観察していた。
(人形なのに痛がるとは。どう見ても木製の体だ。木の中に神経のようなものでもあるのか?……それとも、ただのリアクション芸人か……。)
激痛に苦しむ木製人形は、薄れ行く意識の中で、これまでの人生を思い起こしていた。楽しい記憶など数える程しかない。哀しく切ない記憶ばかりで、現状を打開できる記憶などありはしなかった。最も恐ろしい記憶は自分を作った魔女に『どうせなら、若くてピチピチの魔女に作って欲しかった。』と言ってしまったことだ。その後の記憶は無いが、体がガクガク震えるだけだった。
暫く体の震えが止まらなかったが、我に返った木偶人形は、この苦しみから一刻も早く逃れるために、目の前の漆黒に必死に懇願した。
「お願い…です…質問を……。」
必死に声を絞り出す木偶人形。
(あぁ、いかん忘れていた。確か……何だったか?……質問しろとか言っていたな。)
人形のリアクションが面白過ぎて忘れていた。漆黒は気まずい気持ちを表情に出さず、中庸な微笑みを浮かべたまま質問をした。
「お前が落としたのは、この金の斧か?それとも銀の斧か?」
「…………。」
(ちっ、仕方ない。真面目にやるか。)
「お前は木で出来ているのか?」
「そう……です。……『ズッズッ』……。」
(…んっ?何だ。…今の音?…。)
耳を澄まし周囲に気を配るが、何事も無かったように静まり返っている。怪訝に思いながらも漆黒は質問を続けた。
「お前は何者だ。この屋敷の者か?」
「……私は……木偶です。……木彫りの……召使い……人形なのです。……『ズッズッ』……。」
(ん?……まただ、何か音がしたな。……何だ?)
このとき漆黒の質問に答えるたび、木偶人形の鼻が少しずつ短くなっていた。その事実を漆黒に悟られないように、木偶人形は慎重に行動していた。もし、鼻が短くなっていることを漆黒が知った場合、木偶人形にとって最悪の事態が訪れると容易に想像できたからだ。
そんな木偶人形は壁に押さえつけられながらも、この場から解放されそうな状況に安堵の溜息を漏らした。
(良かった。何とか誤摩化せている。これで壁から抜け出せる。あと一つ、あと一つ答えるだけで、この苦しみから開放される。しかし焦りは禁物だ。ここで失敗しては目も当てられない。あくまでも自然体を装い、勘付かれないように注意しなければ…。)
木偶人形は気を引き締めた。ちなみに普通の木偶人形は嘘などつかない。この鼻が伸びるという仕様は、目の前の木偶人形に限ってのことだ。この人形だけが何故か嘘をつくのだ。複数いる木偶人形の中で、一体だけ嘘をつく人形が混ざっている事に、制作者本人は頭を抱えた。結局その人形を区別する為に顔を書き入れ、その後、罰を与える意味で鼻が伸びる魔法をかけたのだ。
伸びた鼻をもとに戻す方法は一つだけで、正直な答えを三度続けることだった。しかし、これには誓約があり他者からの質問に対して、正直に三度続けて答えることが、鼻がもとに戻る条件とされていた。
「ナァ〜ゴ、ナァナァ〜ゴロ。(ご主人、目の前の奴だが。)」
漆黒も気付いていた。目の前の人形から余裕が感じられることに。少し前まで悶え苦しんでいた筈が、今は全く苦しんでいない。これはどう見ても不自然だった。
(何かあるな。ヌコ神の言う通り、目の前の人形は……。)
じっと木偶人形を観察する。心なしか人形が微笑んでいるようにも見受けられる。その余裕のある姿が、何故か漆黒の気持ちを逆撫しイライラとさせられた。
(どうやら、この宮殿にいる者達は、少なからず私の気持ちを不快にさせる技を持っているようだ。あの叫ぶ狼然り。目の前の木偶人形然りだ。ここは、探りを入れつつ様子見るか。)
「その顔は…何の為に書かれている。」
(……!!!……。)
何も答えない木偶人形。それどころか書き足されている目が、不自然に逸らされているように感じる。
(なんだろう目の錯覚か?あり得ない事だが、人形が冷や汗をかいているようにも見える。しかも、何も喋らないとは。何か隠しているな。)
「何故、答えない。都合の悪い事でもあるのか?」
「……いえ、…そんなこと…は……。」
「ん?はっきりしないな。何か都合が悪いことがあるのか?」
「……滅相も…ございませ………。」
(コイツ……明言を避けているな。適当にお茶を濁しているところを見ると、言い切ることで何かしらの魔法が発動する仕組みなのか?つまり、断言しなければ回避することが可能だと言う事か……さて、どうするか……。)
漆黒は言葉を発する事無く、木偶人形の鼻を冷静に観察した。木偶人形は漆黒から目を逸らしたまま、あらぬ方向を見て口笛を吹いている。
(白々しい。それで誤摩化しているつもりか?……いや、ワザとやっているのか。もしかして先程の素晴らしいリアクションを、もう一度見せてやるという前振りなのか?……そうだ!きっと、そうだ!目の前の人形のワザとらしさは、他の理由が考えられない。そこまで自分の芸に自信を持っているのか!凄いぞ木偶人形。ならば、その希望を叶えてやらねばなるまい!)
「この鼻、少し短くなっていないか?」
漆黒は満面の笑みを浮かべつつ、そっと伸びきった鼻に人差し指と親指を添えた。鼻といっても顔の中央から円柱の木材が伸びている程度にしか見えないのだが。そして、漆黒は深く考えることなく、その指で円柱の鼻を回転させる。
「いっ!!!!!!」
「やはり、短くなってないか?少し余裕があるように見えるのだが。」
「そっ!!!そんな…事は…ございません。……あっ!!!……まずぃ!!!『ビニョーン!んぎゃーーーーーー!!!』」
素晴らしいリアクション芸であった。もはや名人芸の領域だと確信した。久しぶりに笑い過ぎて息が出来なかった。本当に涙が止まらず笑い転げた。しかし、木偶人形はあまりの激痛に悶絶し、体が廊下に埋め込まれた状態になり、白目をむいて痙攣していた。
(……やばぃ、少しやり過ぎたか?……)
ボロボロになった木偶人形を眺め、少し反省する漆黒であった。ヌコ神は二人を眺めつつ、今後の事を考えてある提案をした。
「ナァ〜ゴ、ナァ〜ゴロナ〜。(ご主人、こやつに案内をさせては?)」
「ほぉ〜、それはいい考えだ。さすがはヌコ神。木偶人形はここの召使いだから、案内には持ってこいだろう。さらに、コイツは嘘がつけない。フッフ。」
そう言いつつも、漆黒はもっと面白い事が起きるのではと、期待に胸を膨らませた。ならば善は急げと気絶していた木偶人形を強引に目覚めさせ、無理矢理案内を申し付ける。漆黒とヌコ神による、お願いと言う名の脅迫である。
「しかし、木偶人形では呼び難いな。他にも沢山仲間がいるのだろう?皆、同じ呼び方なのか?」
「はい、皆さん木偶人形と呼ぶだけで。」
「ちなみに書かれている顔は一体ずつ違うのか?」
「いっ、いえ。」
「何だ?もう正直に話しても良いだろう。決して悪いようにはしないぞ。」
「えっ、さようで……。」
木偶人形が言葉に詰まる。微笑みながら言葉を掛ける漆黒を見て、自分を作った魔女のイメージと漆黒のイメージが重なって見えた。その瞬間、木偶人形はガタガタと震え『もう、しません。もう、しません。』と連呼していた。漆黒は何事か意味が分からなかったが、木偶人形のリアクションが面白かったので、深く追求はしないでおいた。
「そうだな、嘘をつくと鼻が伸びて自然と頭を垂れてしまうのだから、お前の名前はペッコリーノでどうだ?」
「ペっ、ペッコリーノ!!!」
漆黒に名付けられ慌てふためく木偶人形。何をそんなに慌てているのか、全く理解出来ない漆黒は不思議な表情をしていが、ヌコ神はポツリと漏らした木偶人形の言葉を聞いていた。
「なっ、なぜ私の本名を……。」
ヌコ神だけがニンマリと笑っていた。