006 さらば悪夢…こんにちは野望
「グッドモーニングだぁーーー。朝だぞーーー今日もいい朝だぁーーー。」
(……ハッ!!……。)
もはや恒例になりつつある寝覚めのシーン。目を開けば天蓋付きベッドに自分は寝転がっていた。恐る恐るベッドの横に目を向けたが誰もいない。
(ホッ〜。何だか分からないが無事に第一関門を突破した気分だ。しかし、ここで油断してはいけない。これまでのパターンであれば、ここから想定外のことが起こり無理矢理巻き込まれてしまうのだ。とにかくベッドから離れて、別のものが見てみたい。)
「朝だぉ〜。朝だぉ〜。生まれたての〜朝だぉ〜。」
(くそぉ〜あの叫び声にも、いい加減、飽き飽きだ。そもそもこの世界に来て何日経過した。ベッドで寝ているか、倒れているかの繰り返しではないか。おまけに、時間の感覚がおかしくなっている。何故、こんなにも意味不明な状態でベッドに縛り付けられているのだ。全く以て意味がわからん!)
「あ〜ハッハッハ!いい朝だぁ〜。とても〜いい朝だぁ〜!」
(しかもあの声、本当に頭にくる。誰かあの叫びを止めさせてくれないか!私の楽しい魔界ライフに、下品な叫び声は必要ないのだ。私はこの地に来て以来、何一つ楽しんではいないぞ!あぁ〜何か考えただけで腹が立って来たぞ!くそぉ〜こうなったら、明るく楽しい魔界ライフの為に貪欲に行動あるのみだ!)
鼻息も荒く決意を込めて拳を握る。そして行動を開始した途端、早くも漆黒に難問が降り掛る。必死に体を動かそうとするが、頭が重過ぎてその場から全く動けないのだ。
「ヨッ!……テュ…ト!…ヨッ!」
(あれ〜おかしいな?手足は普通に動くのだが、頭が重くて動きそうな気配が全然ない。赤ん坊だから比率的に頭が重たくなるのは仕方が無い。だが、少し重過ぎやしないか?)
「グッグッグッ……ハァ〜ッ、ハァ〜ッ……イッヨッ〜ト……ゼェ〜ゼェ〜……コイツ!う〜ご〜け〜!!!!!………う〜ご〜い〜て〜!!!!!………何故だ!!!何故、自分の頭が動かない!重たいにも限度があるだろう!!!!」
「あ〜ハッハッハ!頑張っている朝だぞ〜。無駄に頑張っている朝だ〜。」
(キィーーーーー!あの野郎!無神経に人の気持ちを逆なでしてくれるじゃないか。伊音が暗殺しようとした気持ちが良くわかる。とにかく自由に動けるようになれば、一番初めに奴のことを処分しよう。それにしても赤ん坊の頭が、こんなに重いとは。寝返りすら出来ないのは、ちょっと異常ではないのか?)
しばらくジタバタと藻掻いていたが、頭を起点として体が浮き上がるだけで、根本的な解決には至らなかった。漆黒は仕方なく助っ人を呼ぶことにした。
「おぉ〜伊音。伊音〜いないのか。」
(『お問合せの方は、現在、魔力OFFモードか活動停止状態のため繋がりません。お問合せの方は、現在、魔力OFFモードか活動停止状態のため……。』……何だ、これは?所謂テレパシーのようなものか?…魔力OFFモードか活動停止状態?……どう言うことだ?……とにかく繋がらないと言う事か。)
「ん〜。どうしたものか?おぉ〜そうだ!爺や!おい〜爺や!」
(『お問合せの方は、現在、魔力OFFモードか活動停止状態のため繋がりません。お問合せの方は、現在、魔力OFFモードか…………。』…何故だ!くそぅ〜二人とも何処へ行った。困ったな〜後は……知っている人物は……いやいや、アイツはダメだ!勇者に助けを乞うなど言語道断だ。緊張から取り返しのつかない失態を起こしてしまいそうだ。イケメンが絡むと碌な事はない。本当、自分の情けない姿しか想像できない。とにかく勇者に関してはノータッチだ。)
仕方なく他の方法を考えていた漆黒は、寝覚める前の光景を朧げに思い出した。それは窓辺に立っていた伊音が若返っていたことだ。しかも暴力的なまでに美しくエロぃ姿に見えた。
(若返っていたよな伊音。羨ましい限りだ。魔法でコントロールできるのだろうか?ただ、使ったこともない魔法を自分に使うのは少々勇気がいるな。間違って成長し過ぎる程度ならまだいいが、行き過ぎて死にそうな状態になるのは洒落にならない。何かいい方法を考えないと。)
魔法と言うキーワードで思い当たる事柄を、ぼんやりと考えていた漆黒は、一つの閃きに頬を緩める。
「そうだ!取り敢えず自分をフォローしてくれるアシスタントが居ればいいのだ!つまり、私の僕を召喚すればいいのだよ。ウフフ〜ウフフフ〜ウフフフ〜。私だけの僕〜。ウフフ〜ウフフ〜。」
自分自身の閃きにより、これから思う存分楽しむ事が出来ると考えた漆黒は、終始だらしない笑みを浮かべて妄想に耽っている。
「ウフフ〜、ウフフ〜。」
(……ハっ!!!……いかん!ついつい妄想に耽っていた。危うく妄想だけで一日を潰すところだった。しかもヨダレがぁ〜。ジュルり〜あぁ〜危なかった。時間を忘れて妄想に耽る癖を直さなきゃ。てへ。)
「とにかく、早々に僕を呼び出そう!眉目麗しい美少年だな!」
(そうだ、善は急げだ!………んっ?………いや、待てよ、だとしたら勇者が側にいる状態と、そんなに変わらないのではないか?イケメンと美少年か……冷静に考えると、どっちも無理だ。正直、緊張して口も利けないだろう。妄想と現実は別物だ。万が一、イケメンと美少年に冷たくあしらわれたら……。ダメだ〜想像しただけでトラウマになりそうだ。やっぱり別のものにしよう!それがいい。自分の側にいてサポートしてくれる動物にしよう。その方が精神的に安心で安全な気がする。そうだ!愛くるしい動物にするのだ。)
「よし、いくぞ〜!カムォ〜ン!我がしもべぇ〜!」
頭の中で想像した生き物を召喚する。同時に体から力が抜け、ベッドの横に魔方陣が浮かび上がる。更に、そこからユラユラ立ち上る紫の靄が、危険で禍々しい生物の到来を予感させた。しかし、ベッドに横たわる漆黒から魔方陣が見えない。
(………キタ、キタ、キタァ〜!!!!………)
体からズルズルと何かが抜けて行く感覚があるのだが、漆黒はあまりにもハイテンションな状態で構う事なく念じ続けた。客観的に見て危険な状態であるにも関わらず、当の本人は全く気付いていない。やがて魔方陣が怪しく発光すると、その中央部から何かの頭部が、ヌッと姿を現していた。
「ナァ〜ゴ!」
それは魔方陣の中央部から飛び出している黒猫の頭部。何処に繋がっているか分からない別の空間から、注意深く頭だけを出し、こちら側の空間を窺っている。
「おぉ〜来てくれたか!ヌコ神様!」
「ナァ〜ゴ!!!!(おぉ〜ご主人!)」
その猫は漆黒が小学校低学年の頃、魔女的な宅配業者の映画に感化され、自分も使い魔が欲しいと考案した猫様だった。ヌコは魔方陣中央からズルズルと這い出し、ベッドに横たわる漆黒に近付いて来る。そうなのだ、この猫は少しばかり胴体が長いのだ。その分、手足が沢山付いているところがチャームポイントなのだが。
「ゴロゴロゴロ。」
「おぉ〜愛い奴よ〜。もそっと近ぅ寄るのだぁ〜。」
悪代官のように不敵な笑みを浮かべ、その長い猫をぐりぐりと撫で回す漆黒。その姿は眼鏡を掛けた動物王国の主を彷彿とさせた。
「フッフッフッ、ヌコ神様よ。我は外の世界が見たいのだ。故に我を抱えて外へ出掛けようぞ!」
「ググッ、ナァ〜ゴ、ニャ〜ゴ(それは無理。足はいっぱいあるが手が無いから、抱えられないニャ。)」
「なっ、なんと!召喚対象を間違えたか。困ったな。」
「ナァ〜ゴ、ナナァ〜ゴロ。(方法が無い訳でもない。)」
「そうなのか!ならば、それでお願いしたい。」
「ナァ〜ゴ(了解。)」
返事をしたヌコ神様は、漆黒の体をその長い体でグルグルと巻き、最後に後ろから漆黒の頭を咥えた。その姿は一見すると、赤ん坊が着ぐるみを着せられているように、愛くるしい感じがするものであったが、本質は全くの別物であった。
初めてベッドから降りた漆黒は、部屋中を観察し最後に窓辺へと向かう。殺気を抑え込み、こっそりと窓辺に近寄り下の様子を窺う。残念なことに時を告げていた狼がいなくなっている。
「チッ!逃げられたか。」
最初に処理を誓っていた対象に逃げられたが、まだ何処かにいる可能性がある。ニヤリと笑う漆黒はとても悪い顔をして笑っていた。
「この建物の中を探索することからはじめよう。ヌコ神様。」
「ファァ〜ゴ。」
漆黒は野望を秘めた瞳で室内を一瞥し、そのまま外の世界へ華麗に飛び出して行くのだった。