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005 現実は辛く…夢は切なく甘い

「エロぃ、エロぃ、エロぃ〜エロぃゾーーーー。エロぃ、朝だぁーーー。」



(……ハッ!!……。)



 まるで悪夢から目覚めたように後味の悪さだけが尾を引いている。漆黒は天蓋付きベッドの天井を見据え、押し寄せる意味不明な敗北感にさいなまれていた。


(くそ〜何が、エロぃ〜だ!!最悪の目覚めではないか。それに、この釈然としない気持ちは何だ!私は何かに負けたのか?漠然ばくぜんとした苦い思いだけが拡がり、重要な部分が思い出せない……)


 かすんだ意識と曖昧あいまいな記憶。とんでもない光景を目の当りにした感覚はあるのだが、何故か記憶に霞がかかり思い出すことが出来ない。それでもざわつく心が真実を欲するため、記憶の深淵しんえんのぞき込もうと意識をそれに向けてみた。


(確か…勇者が…この部屋に…現れて…自分は…それで…え〜と、それで…)


「エロぃ〜エロぃゾーーーー。エロ過ぎるゾーーーー。」


 意識を集中し昨日のことを思い出そうとしたが、苛つく遠吠えに思考を寸断された。無意識に天井をにらみつけ、握り締めた拳に力が入る。それでも、心を落ち着かせ何度も思い出そうと努力したが、その度に憎たらしい叫び声に邪魔された。


(あの野郎…何度も、何度も、何度も、何度も…ほんと〜に苛つく奴だ!)


 ギリギリと奥歯を噛み締め、血液が沸騰するほどの怒りを必死に抑え込む。何度も深呼吸を繰り返し、やっとの思いで怒りを和らげた。


(取り敢えず、このままでは何も出来ない。)


 漆黒は未だに赤ん坊の姿のままだ。確か、魂が定着すれば魔法が使えると聞いたのだが。ブツブツと文句を言いながら、ふとベッドの横を向くと、そこには昨日のイケメン勇者が気持ちよさそうに寝ていた。


勇者『すやすや〜すぴ〜。』


(……エッ?……エェーーーーーーーー。……どう言う事だ?……何が起こった!……この状況は、もしや!!……これが!!これが噂の朝チュンなのか?…。そうなのか!……)


 自分の置かれた状況が全く理解できず、挙げ句の果てに斜め上の方向に思考が飛躍する。自分自身と勇者を交互に見詰め、この状況へ至った経緯を思い出そうとするが、奇妙に体が熱くなるだけで何も思い出せない。勇者が現れた後の記憶が曖昧になっていたのだ。


(……どうすればいい?……とにかく落ちついて……何が起こったのか思い出さなければ…………確か、部屋の扉が吹き飛んで…そこに勇者が現れた!……そうだ!そして……その後は………その後は………ダメだ、思い出せん!……しかし、ここが宿屋なら下の受付で鍵を返却するときに、『昨日は、お楽しみでしたね。』とお決まりの台詞が……『いや、そんな訳ねぇ〜。』……いかん!動揺して意味不明なボケとツッコミを……。)


 漆黒が迷走と妄想を繰り返しベッドの上で悶絶していると、横に寝ていた勇者が寝ぼけた顔で薄目を開けた。その美しい瞳に見詰められた漆黒は、追い詰められた獲物のように体が硬直し身動きが取れない。そんな漆黒を勇者は寝ぼけて抱き寄せると、そのままの体勢で再び寝入ってしまった。


(………やっ、やめてくれ!……かっ、顔が近い、近い、近い、近い、近い、近い!…いっ、いや、だっ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめだあっああああああああーーーーーーぐがっ!………)


 イケメン勇者に抱きしめられた漆黒は、脳が処理能力の限界を越えたため、またもや気絶していた。昨日、恐怖のあまり粗相をしてしまった漆黒は、イケメン勇者におむつの交換をされる途中から気絶していたのだ。


 幸いなことに漆黒の記憶は服を脱がされる遥か前の段階から途切れていた。ある意味で自己防衛本能が働いた結果であり、彼女に取っては幸せなことだと言えた。





◆ ◆◆  ◆◆◆  ◆◆◆





 そして日は昇り、昼の叫びが響き渡る。


「もう、いい加減おきて〜。お昼〜お昼よー。お寝坊さ〜ん♡。」


 漆黒は、深い眠りに就いていたにも関わらず、その声に苛立を覚えた。本来であれば多少の物音など問題にならないほどに深い眠りだったのだが、その声は第一声から届いてしまった。


(あの野郎!!!!タダじゃ〜おかねぇ!!!!)


 怒りが体中を駆け巡り、開いた眼に炎が浮かぶ。簡単には逝かせない。十分に反省させてから止めを刺す。


 昼の叫びをしていたワーウルフは突然の殺気に体が震えた。天気は快晴、何処までも青く爽やかな空が拡がり、遥か彼方まで自分の声が響いて行く。ワーウルフは嬉しくなり、いつもより力強く時を告げた。そして、自分自身の美声に酔いしれていたのだが。


(起きて〜!……アレ?声が出ない?……お昼よ〜ん……やはり、声が出ない!俺様の美声が……何故だ〜……ハテ?体が勝手にプルプルしてる?)


 ワーウルフが自分の体に異変を感じ、体のあちこちを調べていたら、後頭部に衝撃を受け意識が飛んだ。


「パン、パン、パン。あぁ〜スッキリした。」


 手を打ち鳴らす音と誰かの声に、漆黒はこの部屋の窓辺に目を向ける。窓から差し込む光りで、その人物はシルエットになっているが、声の感じから若い女性のようだった。目を凝らし何者なのか確認しようとする漆黒。


「漆黒お嬢様、お目覚めですか。少々、お寝覚めに時間が掛かっていたので心配致しました。」


「んっ、伊音か?……すまない、少し悪夢に……いや、少し寝過ぎたようだ。申し訳ない。」


「いいえ、滅相もございません。お望みであれば、いくらでもお休み下さい。まだお疲れのようであれば、お休みされていても宜しいのですよ。」


 窓辺から歩いて来る伊音。それを見た漆黒は奇妙な違和感を覚えた。昨日、目にした伊音は年老いた女性だった。それなのに近付いて来る伊音のシルエットが別人に見える。しかも、モデルのようなウォーキングで近寄って来る。


(……なに?……その歩き方、歩き難くって〜……えぇ〜!!……)


 近付いて来た伊音を見て漆黒は固まってしまう。とにかくエロいのだ。若くて綺麗でエロぃ生物が目の前にいた。


「いっ、伊音。でいいのだな?」


「えぇ、確かに伊音で御座います。如何されました漆黒お嬢様。」


 ベッドに近付き頭を下げる伊音。その姿は細く括れたウエストに、はち切れそうなバスト。あの美少女伊音を更にパワーアップした、お色気ムンムンの大人の女性がそこにいた。


(どうして若返っている?しかも、そのエロぃ服は何だ!それは、確か童貞殺しと呼ばれた服ではないのか?何故、そんな服を着ている?)


 いろいろと確認したい事柄があったのだが、質問をする前に勇者が部屋に入って来た。それを見た漆黒は頭の中が真っ白になり、ただ口をパクパクと動かすだけで何も言い出せない。漆黒の様子を見た勇者は、何を思ったのか静かに頷くと、自然な動作で哺乳瓶を咥えさせた。


(……えっ、ちょっと待っ…て………!!!!……うげ!不味い!)


 哺乳瓶に入れられ、人肌に暖められた液体が“鬼不味”だった。


(……のっ、飲み込めない。この不味いものは何だ。喉を通り過ぎないぞ。)


「グハッーーーゲボッーーー!!」


 飲み込めない液体が口の中に溜まり速攻で限界を迎えた。漆黒は口から大量の白い液体を吐き出した。


「漆黒お嬢様!!!!!!」


 まさに惨状であった。口から白い液体を吐き出し、白目をむいて気絶している漆黒。それを慌てて介抱しようとする伊音。自らが引き起こしてしまった惨状に驚愕してフリーズする勇者。



 まさに三者三様であった。







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