018 月に叢雲、花に風。
巨大なショッピングモールに見える地下施設。
ブードゥー人形を連れた漆黒は、ようやく商業区画とよばれる地域に差し掛かっていた。
「閣下、この辺りから商業区画と呼ばれる地域になります。」
ブードゥー人形のブーちゃんが自慢げに話しかけて来た。
「うむ、そうか。」
未だに店らしきものに巡り会えていないが、前方に目を向ければ喫茶店と思われる店があり、更にその先には賑やかな店が並んでいた。
「閣下、もう少し行けば、私のなじみにしている毛糸屋があります。」
「ほぉ〜毛糸屋か。」
ブードゥー人形のドゥーちゃんが嬉しそうに話しかけて来た。
(そういえば、この子達の体は毛糸で出来ているな。軸となるものに毛糸を巻き付けているのだろうが、実のところ何に毛糸を巻き付けているのか非常に気になるのだが。)
注意深く二体のブードゥー人形を観察すると、二体とも派手な原色の毛糸を体に使っている。丸い毛糸玉の頭につぶらな瞳、横一文字の口は縫い合わされ、手と足先の糸の色が体の部分とは異なっていた。
(時間があれば寄ってみるか……?)
のんびりとそんな事を考えていた漆黒は、いつの間にか喫茶店の前まで来ていた。店を見れば中に客は見当たらないが、美味しそうなコーヒーの香りがするので間違いないだろう。店の前に置かれた看板に店名と思われる文字が書かれているが、残念ながら自分には読む事が出来ない。
(あれは魔界語なのか?)
少し前に占いの館で見た提灯に、似たような文字が書かれていた事を思い出す。
「あれは何とか書かれているのか。」
思わず口を突いて出た言葉に、前を歩くブーちゃんが反応する。
「あぁ〜〜〜あの張り紙ですか?」
「張り紙?…いや、店の名……。」
その言葉にブーちゃんに目を向けると、喫茶店の入口を指差している。そこには何やら張り紙がされ、普通に考えればアルバイト募集の張り紙に思えた。
「あぁ〜〜〜あれは幼妻募集と書かれていますね。」
「お、幼妻募集…だと!」
「えぇ、幼妻募集。見た目の年齢10〜17歳位まで。三食昼寝付き。永遠の17歳可(要相談)と書かれています。」
「なんだと!!!!そんな事が許されるのか?」
「まぁ、何と言いますか。ここでは普通といいますか、割と当たり前の事です。」
「本当か〜〜〜!!!!いいのか?許されるのか。」
「そうですね。逆なんかもよく見掛けますし。」
「…逆?…逆とは何だ?」
「逆とは、そうですね〜〜〜熟女パブ的なものでして、ここでは長命種の方々が多数おられます。熟女と言っても見た目は幼い感じの方や若い娘さんまで、様々な方がいらっしゃいますし。」
「あぁ〜〜〜なるほどねぇ〜〜〜。百歳位でも子供のままということか?」
「えぇ、そうなのです。上を見れば際限がなく、また切りもないのが現状です。そのため、お客様として来店される方々が、フロアーレディーやコンパニオンに対して全く頭が上がらないとかで。」
「そんなものなのか?」
「それは何百年も生きておられる方に、お酌をさせるなど以ての外だと、店名を変える方もいらっしゃるほどで、女王様パブや姫様パブと名を変えて営業しております。」
「あら、随分と詳しくない?ブーちゃん。」
ブードゥー人形のドゥーちゃんが、ブーちゃんと呼ばれる人形にツッコミをいれる。
「ななななな、何を言っているのですかぁ〜〜〜〜。ドゥーちゃん。誤解を招くような事を言わないで頂きたい。わわわわわ私は付き合いの一環で仕方なくお供したまでで、少しばかり知っているだけですよ。」
「あら、本当かしら?源氏名の名刺をコレクションしていると『アッア〜〜〜〜何をいっているのかな!!!!憶測だけで適当なことを言われては困りますねぇ〜〜〜』……。」
「それよりもドゥーちゃん。メンズ倶楽部に入り浸りして『ななななな何を言っているのかしら、聞いたこともないわねぇ〜〜〜』…確か男性ストリッ『いいいいいいイヤねぇ〜〜〜何か誤解しているようだけど、私がそんな如何わしい場所に入り浸るだなんて、冗談でもやめてほしいわねぇ〜〜〜』……。」
漆黒は何とも言えない表情で、二体のブードゥー人形を見ていた。
(どうして魔界の人形達は、これ程までに欲望に忠実なのか。何か意味があるのだろうか?それとも、単に箍が外れているだけなのか?)
「私は付き合いの関係上、飲みニケーションとして参加しているだけで、本意ではありません。閣下。」
「ほほぉ〜そうなのか。ところで女王様パブと姫様パブの違いは何なのだ。」
「あぁ、それはですね。女王様パブは姫様パブに比べて、若干お年を召した方が主流になります。女王様的な命令口調で接客をするのですが、客達が女王様に奉仕するスタイルで営業しております。対して姫様パブは少し若い系の娘たちが、客に対して我侭を言うスタイルとなります。姫の我侭を叶え、漢を見せるという感じでしょうか。私がお勧めする女王様パブは、当代きっての名店、その名もギャラクシーであります!正直、ここしかありません。この業界で人気ナンバーワンが在籍する店であり、それに相応しい佇まいと良心的なプライス。まさに男心をガッチリホールドしている名店です。さらに、忘れてはいけない姫様パブは……。」
「語るに落ちたわね、ブーちゃん。」
「ハッ!!!!!」
深く追求すると、とんでもない鉱脈を発見する恐れを感じた漆黒は、敢えて深入りせずサラリとその場は流すことにした。魔界に於ける遊興飲食店の話をなんとなく聞き、適当にその場をやり過ごすつもりでいたが、不意に背筋がゾワリとする視線を感じた。
(なっ、何だ!このゾワゾワする感じは。)
慌てて周囲を見回した漆黒は、先程まで話題にしていた張り紙に目が吸い寄せられた。正確には張り紙越しにこちらを窺う、ロマンスグレーのおじ様と目がバッチリ合ってしまったのだ。
(うわぁ〜〜〜。こっちをガン見しているよ。ちょっと〜〜〜。)
『カラン〜コロン〜。』
全く口を利かず無言のままドアを開いた人物。その店の主とおぼしき人物が、こちらにお出でと手招きをしている。
(奴こそが張り紙をしたロリコン店主だな。見た目は普通の感じだが、ここは魔界だ。気を許すと碌な目に遭わない。それにしても、いや〜〜〜ちょっと近寄りたくないなぁ〜〜〜。)
知らん顔で逃げ出したいが今更手遅れだと判断し、シブシブ店主らしき人物のところへ向かう漆黒。その後を二体の人形がちょこまかと付き従っていた。正直、全く気が進まない漆黒が店主の前まで来たとき、店主らしき人物がおもむろに口を開いた。
「誠に申し訳ないのですが、募集している幼妻は見た目が10〜17歳程度の方を募集しております。従って貴方様は残念で御座いますが、今回は見送らせて頂きたい。あぁ〜いや、決して全くダメという訳ではありません。後10年。そう10年後にまたお越し下さい。その時は、笑顔で迎え入れる事をお約束いたします。どうかそれまでご自愛を……」
(なんだとぅ〜〜〜〜!!!!何故にこちら側が、ご免なさいをされている!おかしいだろ!!!!こちらこそ、ご免なさいだ!!!!ムキぃーーー!)
悔しさのあまり地団駄を踏みそうになる漆黒は、足下で涙ぐんでいる人形達に唖然とした。
「閣下が可哀相です!」
「そうなのです!今からでもお考え直しください!マスター」
「お前達も何を言っている!本人の希望を無視して、何故にプッシュする。」
「困りましたね〜〜〜。」
心苦しい的な顔をこちらに見せつつ、悩んでいる様子のマスター。
「おい、話しを聞け!全く困ってないぞ!誰が幼妻になると言った!一言も言ってないぞ!」
「分かりました。では9年で手を打ちましょう。9年後にいらして下さい。その時こそ……。」
「おぉ〜〜〜マスター太っ腹!」
「話しの分かるマスターで助かりました!」
「お前達!!!!話しを聞かぬか!!!!」
全く話しを聞こうとしない三人に、漆黒の殺気が極寒のブリザードとなり襲いかかる。三人は肌着姿で極寒の地に放り出された子供ようにガタガタと震え、目の前にいる赤ん坊に逆らう事が如何に愚かな事か悟っていた。
(……ったく!)
イライラする気持ちで思わず舌打ちしてしまう。とにかく、もう用事は済んだとばかりに、この場を立ちそろうとする漆黒。そんな彼女の前に見覚えのある人物が立ちはだかる。
(……!!!……。)
「こんな所に居たか。」
その人物は漆黒を抱き上げると、本人で間違いないかジッと見詰めた。さらに漆黒の小さな顎に手を添え、その顔を左右に振り執拗に確認する。勇者の過剰なスキンシップに対して、漆黒は明確に拒絶する意志を示すことが出来ず、ただ、驚愕に目を見開いて固まっているだけだった。
そんな漆黒に対して、勇者はニパッと嬉しそうに破顔してみせた。予想だにしない至近距離でのキラキラ攻撃に、漆黒は体の内側がモーレツに痒くなる。
(用は無いぞ、勇者!!!!何のために来た!!!!)
相変わらずイケメンが苦手の漆黒であった。