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017 旅は道連れ、世は情け。

 天井に突き刺さる爺や様。

その下で拳を突き上げたまま、肩で息をする栞。


「すげ〜〜〜ぇ〜〜〜。」


「爺や様を天井にねじ込んだ!」


「あのパンチ見た!!!!」


「うん!コークスクリューのアッパーだよね!!!!」

 

 興奮冷めやらぬ人形達は、天井を見上げ好き勝手を言っている。そんな中、一体のブードゥー人形が声を上げる。


「お前達は何も分かっちゃいない。主様のパンチはな、そこらの鈍らパンチとは格が違うのだ!その証拠に主様の足下を見てみろ!」


 栞の足下を見た人形達が息を飲む。床の大理石が陥没し、無数の亀裂が走っていたからだ。


「あれはなパンチが顎を捉えて捻り上げた瞬間だった。そのとき主様が踏ん張ったら足下が陥没して亀裂が走ったのだ。つまり、爺や様は想像を絶する力で突き上げられたのだ!」


「「「えぇ!!!!爺や様!!!!生きておられますか?」」」


 人形達が大慌てで声を掛けるが、爺や様が反応する様子はない。


「放っておけ!乙女の気持ちを踏みにじり、あまつさえ不憫ふびんな生き物を見る目で我が胸を眺めた事、万死に値する!因って厳罰に処するのは当然。厳重注意などと甘い顔を見せれば、これからも豊満ならざる者達が傷付くことになる。あのような輩には、一度、地獄あちらを実際に見せるのもいい薬だ!」


 主のあまりの剣幕に人形達が震え上がる。但し、震え上がっているのは男性型の思考をする人形達だけだ。詳しく説明すると、ブードゥー人形には男性型と女性型がいる。姿形は似ているが考え方が根本的に違う。その証拠に女性型の思考をする人形達は、主様の言葉に拍手喝采であった。


「やはり我が主様は、頼れる乙女の代弁者なのです。伊達に呪いの館をまとめる館長を勤めている訳ではないのです。」


「そうです!乙女達の強き味方なのです。」


「厳罰実行部隊リーダーである肩書きも、ただのお遊びではないのです。」


 そんな姫ヴァンパイアが天井に刺さったまま、微動だにしない爺や様を眺めている。


「如何がなされました主様。」


「ふむ、あの爺やは外を歩き回っても平気なのだな。」


「えぇ、宮殿では執事長を任せられておりますので。」


「宮殿?執事長だと!」


「もう随分と昔から……ですが……。」


(あっ、いかん、忘れていた。人形達は中身が変わっている事を知らないのだ。それにしても執事長だと。乙女を不憫な目で見るあの態度は、上に立つ者として頂けない。やはり厳罰を与えたのは正解だったな。それより、あれが本当に日光を浴びても平気だとすればデイウォーカーなのか。確かドラキュラも日光を苦手とするだけで死にはしない設定だったはず。……ん?待てよ、あれが真祖ということはないよな?もしも、真祖だった場合は……まぁ、今更考えても仕方が無いか。ケセラセラだ!いっそのこと解剖して、デイウォーカーの謎を解き明かすのはどうか?)


 未だ怒りの覚めやらぬ栞は、その眼差しを天井に向けたが、


(……あっ!……。逃げられたぁ〜〜〜。)


 既に、そこには誰もいない。無惨な口を広げた空洞だけが天井に残されていた。


(チッ、抜かった!『爺や様♡〜〜爺や様♡〜〜♡♡♡♡』)


 栞は猫なで声で爺や様にテレパシー通信を試みた。


(『あっ、ああ姫か……ザッーーーー。ザザーーーー。すまんが、電波の…ザザーーー。状況が……悪いな…ザザーーーー。』)


(『何!適当なことを言ってるんだ!お前!いま口でノイズの真似をしただろう!本当はちゃんと繋がっているな!返事しろ!聞こえてるだろ!』)


(『プツ…ツゥーツゥーツゥー……』)


(あぁあ!!!!あのヤロー切りやがった!!!!)


(『爺や!!!!オイ!爺や〜〜〜〜!』)


(『お客様がお問合せされた方のご希望により、お繋ぎする事ができません。お客様がお問合せされた方のご希望により、……。』……何だと!!!!あのヤロー着信拒否しやがった!)』


 一方的にテレパシー通信を遮断されたことに怒りの炎が燃え上がる。栞は無意識の内に拳を握り、奥歯を噛み締めていた。


(あのヤロー!!!!今度、会ったら……。)


 そう思ったとき、栞の脳内に豪華な廊下を歩く爺やの姿が写し出された。


(何だ?これは、いったい?)


 何が起きたのか分からない栞は、脳内に再生されるビジョンを見てフリーズしてしまう。しかし、まるで鼻歌でも歌っているかのように、軽やかで足取りで廊下を進む爺やを見ていると、フツフツとした怒りが込み上げてきた。自らの頭に血が昇る感覚。それと同時に血液の流れがはっきりと感じ取れた栞は、その不思議な感覚に少し冷静になっていた。


 余談だが血液の流れに敏感なヴァンパイア族は、当然だが自分の血流も手に取るように自覚できた。その為、種族的には感情に起伏が少なく、沈着冷静で抜け目ないのが特長なのだが、姫ヴァンパイアの様に瞬間湯沸かし器の如く怒り狂う者は極めて稀な存在であった。


(クソ!とにかく、このビジョンの謎を解く方が先だ。タイミング的に今の爺やの様子を見ているのだろう。つまり、これは千里眼と呼ばれるものではないだろうか?遠く離れた場所で起きた出来事を見るとされる能力なのでは。)


 この栞の読みは正解であった。日光を浴びることが出来ず、行動の制約を受ける姫ヴァンパイアは特技として千里眼の能力を持っていた。


 そんな栞が冷めた目でしばらく爺やを眺めていると、廊下の先からエロぃ格好をしたお姉さんが慌てた様子で爺やに近寄って来た。


(なんか凄くエロぃ格好だな。あの服は童貞殺しとかじゃなかったか?見てるこっちが恥ずかしくなる服だな。あれを堂々と着こなせるのが凄いな。感心するが、如何せん目のやり場に困る。しかも、あの胸!なんだか腹の底からグツグツとした怒りが沸き上がるな。)


 あの胸にあの服は反則だろうと思う姫ヴァンパイアであった。





◆ ◆◆  ◆◆◆  ◆◆◆





 その頃、宮殿の廊下では漆黒がいなくなったことを爺やに知らせる伊音の姿があった。


「それでドーラよ、漆黒お嬢様を見掛けなかったか?テレ通信が繋がらないのだが。勇者様も見当たらないから二人でお出かけかもしれないな。お嬢様も奥手だと思っていたが、以外と隅に置けないかも……。」


「いや、こちらは見掛けておらんが……。」


 そう言いつつ伊音の胸をガン見する爺やことドーラ。そんな爺やに伊音の踵落しが炸裂する。嫌らしく覗き込む体勢だった爺やは、床の大理石を突き破り上半身が床に埋もれている。


「うわぁ〜〜〜〜。あれは死んだな。」


 爺や様の哀れな光景に、思わず言葉を漏らす栞だった。しかし、伊音の仕置きはまだ終わりではない。埋もれていた爺やを摘み上げると、空中に放り投げ、落下して来たところに回し蹴りを見舞った。爺やの体はくの字に曲がり、廊下の壁を突き破ると、その先にある部屋の壁に半分ほど埋もれていた。


「Oh〜〜〜〜ジィー……(ハッ!いかん!)」


 無意識の内にヤバげな言葉が口から出そうになる。マズいと気が付いて慌てて口を押さえ、周囲に変化がないか注意深く観察する。


(アブな!何だか今、一瞬ヒャッとした。あの言葉はマズいよね。ここ魔界だし。何があるか分からないから気を付けないと。もし、言い切っていたら、どうなるのかな?別に問題ないかもしれないが、やはり用心に越したことはない。)


 海外での生活経験がある栞は、時々、こうした言葉が自然に口を突いて出ていた。オーバーなリアクションと思い込みの激しい人間性は、海外生活で培われたと言える。


(何が起こるか分からないし、お口チャックを『姫様、姫ヴァンパイア様?』……ん?声が聞こえた?…『姫ヴァンパイア様、聞こえますか?伊音でございます。』……へっ、伊音って。…えぇ!!!!『……本当に伊音!なの?……』『ハッ?…そうで御座います。実は漆黒お嬢様が行方不明になって居られて、よろしければ千里眼でご協力………あぁ、そう言えば接点がないと難しいのでしたか?姫様はまだお嬢様にお会いしていませんでしたね。困りました、探すのは無理ですよね。それでは。もし龍種の血をひく赤ん坊を見掛けたらご連絡下さい。よろしくお願いしますね。』……。)


 伊音からのテレ通信は、栞が返事をする前に切れていた。千里眼とテレ通信の併用で、伊音と名乗る人物がエロぃ格好をしたお姉さんだと分かったのだが。


(伊音って、あの伊音?それに漆黒って、あれだよね。ステルス姫。)


 栞は学園で見掛けた二人のことを思い出す。伊音は春に転校して来た生徒で、漆黒とは漆黒天使のことだろう。あまりにも目立たない彼女は、いつしかステルス姫ことステ姫と呼ばれるようになっていた。


 この漆黒天使は全く目立つこと無く、クラス全員がその存在を忘れてしまう程の稀薄っぷりなのだ。高校で同じクラスでありながら、全く顔を思い出せない人物であり、そのこと自体も気にならないである。


 確かに目立たない人物というか、静かで大人しい生徒は他にもいるのだが、何か雲を掴むと言うか、捉え難いモヤモヤとした印象しか無いのは、冷静に考えれば非常におかしなことだ。あの坂崎伊音さかざきいおんという少女が現れなければ、こんな風に疑問に思うことさえも無かったのだ。


(しかし、漆黒は赤ん坊になっているのか。何だか少し不憫な感じがするが、こちらもそれどころではないし……あっ!忘れていた。将軍の問題があるのだ!こうしてはいられない。)


「人形達!将軍はどこにいるのだ。」


「お部屋ではないでしょうか?」


「宮殿か?」


「はい、お部屋はそちらになります。」


(そうか、困った。日光は危険だ。ただ、悪いことばかりでもない。一度でも相手を確認すると、次からは千里眼が使えるようだから、一目見ておけばいいはずだ。遠くから見る分には問題ないよな。よし、そうと決まれば。)

 

「とにかく将軍の居場所を調べなさい!」


「「「イエス、マム!!!!」」」


 栞の命令で人形達が一斉に部屋の外へ駆け出して行く。


「おっ、おい!………お〜〜〜ぃ!ちょっと待て〜〜〜〜!あぁ〜〜〜行ってしまった。何故だ!何故、全員で行く必要がある。せめて、一体くらい残れよ!まだ、説明して欲しいことがあったのに!」


 祭壇の間に一人残された栞は、人形達が出て行った先に目を向けた。


(ここに残っていても仕方が無いか。少し様子を見るか。日光に注意して行動すれば問題ないだろう。このままでは埒があかないし。)



 そんな栞は人形達の後を追い、恐る恐る祭壇の間から一歩踏み出すのだった。





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