016 喜びのない人生に価値は無い。
宮殿の地下にある巨大施設を散策する漆黒は、二体のブードゥー人形の案内で商業区画と呼ばれる地域を目指していた。
「本当にショッピングモールに見えるな。しかも、あの地下広場の噴水。」
一見するとイタリアのトレヴィの泉に似ていたが、実際は“綺麗なお姉さんに誘われる間抜けな船乗りのシュチエーション”が立体になったものだ。
(またか、あれは流行なのか?いや、モンローが凄いのか。熱狂的な信者の存在が、作品越しに垣間見えるのだが……。)
意識せずに眺めていれば普通のショッピングモールか地下繁華街に見えるが、注意して細部まで見ると、やはり普通のものとは微妙に異なっていた。
「あの噴水ですか。あれはモンロー至上主義者の仕業です。」
「モンロー至上主義者?」
(何だろうか?モンロー主義なら聞いたことがあるな。確かアメリカ合衆国とヨーロッパ諸国の相互不干渉だったか?)
「えぇ、この魔界に於いて密かに暗躍する秘密結社。それがモンロー至上主義者またはモンロー族とも呼ばれている者達です。」
「もっ、モンロー族か……。」
「以前はモンローではなく初代がクレオパトラで二代目が楊貴妃だそうです。三代目が小野小町で四代目がヘレネーです。モンローさんは最近です。」
「あぁ〜〜。世界三大美人の流れか。……???……つまり、崇める女性ごとに言い回しが変わっていたのか?」
「そうですね。最初だとクレオパトラ至上主義ですね。クレオ族とか七世至上主義とも言われていたようです。」
「なるほどね〜。その秘密結社は随分と古くからあるのだな。」
「えぇ、長命種が多いですから。ただ、その起源を知る者はそんなにいないと思います。秘密結社ですから〜。」
「しかし、秘密であるが故の秘密結社だ。公然の秘密となっているのであれば、それは既に秘密結社では無いのではないか。」
「まぁ、冷静に考えれば閣下の仰る通りです。既に秘密結社ではありませんが、まぁ、その構成員も誰がメンバーなのかも知らないと言われています。」
「そうなのか?なるほどねぇ〜〜。」
漆黒は納得したような口ぶりで、噴水について解説してくれたブードゥー人形のブーちゃんをジッと見詰める。本人は個人的にマリリンに対して申し訳ない気持ちでいたのだが、見詰められるブーちゃんは冷や汗をかいていた。
(あれ、もしかして自分がモンロー族だとバレた?いやいやいや、一言も自分がモンロー族だと漏らしていない。バレる訳が無い!そうだ、我ら腐ってもモンロー至上主義者だ。モンロー万歳!モンローは永遠なのだ。……???……あれ?何の話だったか?)
正直、ブードゥー人形達はあまり賢くない。ブーちゃん、ドゥーちゃん共に目先の欲望に囚われ、思考が偏りがちで考えて行動するタイプではなかった。属に言う“行動が思考を決定するタイプ”であった。
そんな人形達と共に区画ごとの境界付近を歩いていたとき、漆黒は大きな通路から分岐する細い路地に目を向けた。その路地は薄暗く少し見通しが悪い。特に意識した訳ではないが、何の気なしに目を向けた先に小さな灯りがあった。
「あれはなんだ?」
注意して見ると薄暗い路地の先に赤い提灯が吊るされている。まるでガード下の焼き鳥屋のように見える佇まい。ジッと目をこらし提灯に書かれている文字を見詰めたが、何が書かれているのか分からなかった。
「あぁ〜あれは占いの館です。」
今度はドゥーちゃんと呼ばれたブードゥー人形が教えてくれた。
「占いの館とは、あの水晶玉とかタロットとかで占うヤツか。」
「そうで御座います。閣下。」
「そうか。占ってもらうのに幾ら位かかるものなのだ。」
「女性であれば、お代は掛かりません。」
「ほぉ〜そうなのか。」
「えぇ、働く女性を支援する会が運営していますので。」
「おぉ〜何だか凄いではないか。」
「そうですね!働く女性の強い味方です。隣りには結婚相談所もありますし。」
「結婚相談所?こんなに分かり難い場所にか。」
「まぁ、何と言いましょうか。乙女の中には人目を憚りたい方もいらっしゃいますし。ぶっちゃけ、魔界には長命種が多い訳ですが、結構な年齢の方も多く居られますが、彼女らも好きで一人で居る訳では御座いません。相手に恵まれなかったので御座います。世のリア充と呼ばれる方々はいいのです!結婚相談所などに用のない方なのですから!お歳を召しても良い方とのご縁を望まれる。そんな方に気兼ねなく来店して頂くための路地裏なのです!決して日陰者のイメージに合わせた訳では御座いません!つまり、あの頭痛薬と同じで、半分が優しさで出来ているのです!」
残りの半分は何で出来ているのか気になったが、物凄い剣幕で捲し立てられたので、聞き出す機会を失ってしまった。とにかく結婚相談所に用事がある人への配慮らしい。
「ちなみに結婚相談所の隣り、占いの館の反対側ですが、そこは呪いの館になっております。」
「へっ、呪いの館?」
「そうです!乙女の純真を踏みにじる輩にバツを与える、乙女専属の闇の機関。それが呪いの館なのです。」
無意識の内に生唾を飲み込んでしまう漆黒。やはり魔界と呼ばれるところは一筋縄ではいかない。それとも単純に闇が深いのか。
最初に占いの館の隣りに結婚相談所があると聞いたとき、詐欺ではないのかと警戒した。こう言っては何だが、正規の結婚相談所にしては場所が余りにも胡散臭いのだ。しかし、色々と話しを聞いた限りでは、この場所で正解なのだと思えた。魔界の闇は乙女の闇と同様に、触れては行けないものだと理解できた。
「きっ、今日のところは占ってもらうのは止めておこう。他所を見てみたいし、取り敢えず商業区画へ行って何があるか確認だ。」
「御意に。」
先を急ぐ漆黒達一行であった。
◆ ◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
その頃、商業区画にある一件のブティックの前で、全身鎧に身を包んだ将軍が、店に入るかどうかで悩んでいた。将軍はつい先程まで勇者のお洗濯LIVEを見物していたのだが、そこで不思議な赤ん坊に声をかけられた。
ここは魔界なので、そんな不思議な赤ん坊もいるのだろうと思っていたが、問題はその赤ん坊ではなく、従者として付き従う木偶人形だった。将軍にとっては忌まわしい過去であり、その人形とは二度と会う事がない筈だったのだが、平然とした顔でヤツはそこに居た。
とにかく生理的に受け付けない木偶人形で、他の人形は顔など無いのに、その人形だけ顔に落書きが施されていた。しかも、その落書きが少女漫画のように無駄に目を強調したもので、気持ち悪さは勿論だが、その目で胸や腰やらを舐め回すように見られるのがとても不快だった。
将軍はその場から逃げ出したい一心で、適当なことを言って早々に立ち去ったが、直ぐに部屋に戻ったところを訊ねて来られたら困る。そう考えて部屋へは戻らず地下街へと避難していた。
そして、たまたま通りかかった店の前で、ウィンドーに飾られた可愛らしい服が目に止まる。上品で清楚なデザインのワンピースだが少しサイズが小さい。今の自分に合うサイズがあれば、是非とも手に入れたいと思った。
この魔界で将軍として目覚めた天寿は、露出度の高い服をどうしても着る事が出来ず、仕方なく廊下に飾られていた鎧を着ていたのだが、いつまでもこのままと言う訳にはいかず、何処かで服を手に入れなければと考えていた。
可愛らしい服が気になる天寿は、店の前をガシャコラガシャコラと行き来する。ただでさえ異様な光景だが、そんな光景を心に疾しさを抱える人間が眺めたらどうなるか。
「あれは将軍ではないか!……どうして?……もしや、バレた?……。」
ショップ店員の口から驚愕の言葉が漏れる。絶対の自信を持って執り行われた呪いの儀式。そのショップ店員も儀式が成功した事を実感していた。
(そう、儀式は成功した!あの巨乳女に一泡吹かせてやる!その一心で、後先考えずにやってしまった。呪いの館で教えられた通りに実行し、その代償を目の当りにした私は…………咽び泣いた。…………ただただ惨めであった。)
【お百度リンボー】
それがショップ店員の行った儀式。百回ものリンボーを失敗することなく終わらせるため、その店員は血の滲む努力をした。この呪いの凄いところは、そのバーの高さ次第で呪いの強さが変わるところだ。つまり、バーが低ければ低いほど呪いの効果が大きくなる。“あの狂気じみた巨乳に鉄槌を!”“許すまじ巨乳!”その思いだけで半年間頑張れた。
気付けばショップ店員の体系は、長距離ランナーのように細くスッキリとしたものに変化し、腹筋は割れ体中の無駄な脂肪が排除された。そんなショップ店員を絶望のどん底に突き落としたのは、彼女のわずかに主張していた胸が、その主義主張を全く失っていた事だった。
呪いを軽く考えていた彼女は、後悔先に立たずという言葉の意味を嫌というほど理解した。本当にその通りだ。人を呪わば穴二つと言うが、相手に掛けた呪いと同じ効果が自分に現れるとは、まさに悪夢としか言いようが無い。
思い出すだけで絶望の涙が溢れ出してしまう。ショップ店員は天を仰ぎ、溢れ落ちる涙を必死に我慢していた。
静かなBGMが流れる店内に、入り口の扉が大きく開かれる音がすると、意を決して腹の底から絞り出すような言葉が店内に響き渡った。
「頼もぅ〜〜〜〜〜!」
一件のブティックに意味不明な道場破りが現れた瞬間であった。
※次の更新は少し遅くなります。