014 幻想は美しく、妄想は切なく儚い。
「主様、我々は……将軍の暗殺に……失敗した模様です。」
可愛らしい人形の可愛らしい報告ではなかった。その報告を聞いた花園栞は、話の内容が全く理解出来なかった。
(将軍の暗殺失敗って?……将軍?……だっ、誰なのよ!!!!ちょっと!!!)
報告された内容は非常に危険な香りがした。栞は何と言葉を返せば良いのか見当もつかず、それでも彼女はしっかりと現状を分析していた。
(どう考えても自分の立場は非常に危うい。とにかく何が起こっているのか、大急ぎで把握しなければ!)
そう考えた栞は目の前にいる人形を呼び寄せ、少しでも有用な情報を得ようと手招きをした。その時、初めて自分の体に僅かな違和感を覚えた。栞は目覚めてからこれまで、体の異変に全く気づいていなかったのだ。
(あれ?何だか体が……少し小さくなってない?)
もともと栞は小柄な女性だが、今の自分は中学生位の大きさに思える。しかも手足は真っ白で細く長くなっていた。普段から着ているゴスロリの袖を捲り上げ、マジマジと腕を見詰める。
(これは!別人みたいになってる?)
なんとなく視界に見える自分の鼻も少し高く感じる。栞は恐る恐る自分の手で顔に触れてみた。
(えっ!顔が違う?まさか……。)
主による一連の奇妙な行動を見て人形達に緊張が走る。普段は愛くるしい主人であるが、癇癪を起こしたときは手が付けられない。特に巨乳及びそれに類似する事柄の場合は、待ったなし、容赦なしの問答無用であった。
話せば長くなる話を簡単にまとめると、人形達が敬愛する主人は魔力量も豊富であり、本来は美しい少女の姿をしているのだが、あるとき成長した大人の姿になったのだ。その姿は華やかでありながら清楚で可憐という、絶妙なバランスで感じさせる大人の女性だった。その姿を一目見た多くの男性達は、大人になった主の姿に夢中になっていた。
ただ残念なことに姿形は大人の女性になっていたが、一ヶ所だけ変化に乏しい部分があった。それ以来、少女は一度も大人の姿になる事はなく、何かにつけ将軍を目の敵にするようになってしまった。当然だが祭壇の間では、胸に関するあらゆるキーワードが禁句であり、それを破ったものは死よりも恐ろしい目に合うと言われている。
敬愛する主人に手招きをされた人形は、生きた心地がしなかった。いや、寧ろ自分の人生は終わったと考えていた。待ちに待った将軍暗殺の指令。主は将軍を亡き者にできると大層喜んでいた。その喜びようは尋常ではなかった。しかし、その喜びもつかの間、暗殺は失敗してしまった。それを伝えたブードゥー人形は、頭を垂れて一歩前へ踏み出した。
「ねぇ、鏡はあるかしら?」
「へっ?」
「鏡が無ければ、顔の映るものなら何でもいいわ!」
「鏡でしたら居間の奥にあるバスルームに設置されているはずですが、小さなものをお持ちしますか。」
ブードゥー人形が主の質問を疑問に思いながらも、祭壇の左奥を指差した。それを見た栞は扉に向けて駆け出して行く。目的の扉を開けリビングの先にあるバスルームに飛び込むと、壁に据え付けられた巨大な鏡に驚愕した美少女が映っていた。
「こっ、これは!!!!」
栞が見詰める鏡の中には、彼女が夢にまで見た理想の美少女がいた。しかも、その少女はゴスロリを着ていた。シックでありながら洗練された衣服は、目の前の少女が身に着ける事で完成されていた。まさに、これ以上の存在は考えられないと思えた。
「キャッホーぃ!!!!凄い!凄過ぎる!!!!私、グッジョブ!!!!」
思わず叫び出してしまうほどエキサイトした栞だが、冷静に考えると色々な問題に直面する。この体は、いったい誰なのか。もともとの私の体は何処に行ったのか。そして思い出す、将軍暗殺に失敗したという報告を。
(本当に困った。こんなにも素敵な姿になったのに。私の自由にしていいものなの………。いや、それどころではないのだが、嬉しくてニヤけてしまう。)
追い詰められた状況でありながら、栞の顔からは自然と笑みが溢れていた。その中途半端な表情が余計に人形達の恐怖心を煽っていた。人形達は将軍暗殺に失敗したことで、主が怒り狂っているのだと勘違いしていた。
しかし、当の本人である栞は、生まれ変わった自分の姿を飽きる事無く眺めていたい気分だった。実際、そうしていたのだが、栞は視界の中に気になる物を見つけた。それは人形達の側に浮いていたプレートが、自分の前にも浮いている事だった。
(こっ、これは!!!!)
その半透明な白いプレートには花園栞の名前。そして年齢や性別、さらにレベルまで記載されていた。多少なりともゲームの経験や知識があればアビリティー関連であると理解できる。当然のように栞もゲームをするが、今はそれどころではなかった。そのアビリティーボードの一番下に記載された特殊技能に“邪眼”と書かれていたのだ。
(……うっ!!……)
無意識の内に瞳は大きく見開かれ、鼻から生暖かい液体が滴り落ちた。あまりの興奮に血液が逆流していたのだ。顔や衣服が血に染まるが、溢れ出す笑い声を抑えることが出来なかった。狂気に飲み込まれた主の姿を目の当りにした人形達は、部屋の片隅でガタガタと震え、不用意に祈りを捧げた者はそのまま昇天してしまった。
「主様〜〜〜〜。主様〜〜〜〜。」
それまで高らかに笑っていた栞だが、人形の呼び声で我に帰ると、今後のことについて考えを巡らせた。まず、やるべき事はと考えながらも、だらしなくニヤける顔を抑えることができない。
(ハッハッハッ!この体は、もはや私のものだ!……ではなく。とにかく情報収集を急ぐとして、やはり将軍に関するものが最優先だな。)
そう考えた栞は、将軍について確認する事から始めた。
◆ ◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
その頃、二体のブードゥー人形を従えた漆黒は、巨大な地下施設を見学していた。見た目は三層構造のショッピングモールに近い。吹き抜けになっている場所で、他の階層を眺めて見たが思ったほど人がいない。この広さの割合に人の姿が疎らで閑散とした印象を受ける。
「チッ!また誰かが儀式をしたな。」
ブーちゃんと呼ばれた人形が、最下層に放置されたままの残骸を見て囁いた。儀式という言葉に反応した漆黒がそこに目を向けると、確かに最下層のステージに見覚えのある物が置かれている。
「あれが儀式の跡?走り高飛びにしては小さいな。とすればリンボーダンスではなのか?」
「そうです。閣下のいらした世界ではリンボーダンスと呼ばれているものです。」
(リンボーダンスはもともと何かの儀式だったのか?いや、違うな。あれは単にユーモラスなダンスの筈だが。セクシーリンボーダンスでもしていたのか。)
漆黒は無言でその残骸を眺めていた。本当は気になって仕方が無いのだが、あえて儀式については触れない事にした。先程まで案内をしていた木偶人形の件で懲りていたからだ。
(おそらく、碌でもないことだろう。とにかく儀式的なものには触れないことが正解だと思う。もっと別の話題が必要だな……。)
「それにしても随分と広い施設だな。反対側が遠くて何があるのか分からないぞ。」
「そうですね。大き過ぎて人形の我々では、端から端までの移動は大変なのです。こちらの地下施設は閣下のいらした日本のダンジョンをイメージして作られています。」
「ハッ?日本にダンジョンは無いぞ。」
「えぇ!そうなのですか?私が聞いた話では、池袋と新宿にダンジョンがあると伊音様から伺いましたが。特に池袋ダンジョンは初心者には厳しいと。」
「あぁ〜ダンジョンか。確かに見るたびに変化して、他の地下施設に連結して成長しているイメージも無いではないが、ダンジョンとは違うと思うぞ。」
「そうなのですか。」
「ダンジョンの定義を詳しく知らないからな〜。ここは複合施設という認識で合っているのか?」
「そうですね。必要な物は何でも揃えられます。どんな施設もありますので。」
「この周辺は人が見当たらないが、何の施設なのだ。」
「この辺りは会議や祭事に関連した区画が集まっています。商業区画に移動すれば、もっと賑やかですよ。」
「ふ〜〜〜ん。会議ねぇ〜〜〜。」
目の前の廊下には複数の扉が並び、劇場やホテルなどの会場入り口にも見える。扉には会議中のプレートと入り口にYMM定例会議と記されていた。
(YMMとは何だろうか?サッシではないよな。どんな会議やっているのか非常に気になるな。少し見せて貰えないだろうか。)
何となく気になった漆黒は、少し中を覗いても良いかと確認したら、ブーちゃんという人形に慌てて止められた。さらに、その隣の会議入り口には、MIM総会と記されていた。こちらも入室をドゥーちゃんという人形に止められてしまった。
残念に思いながらも先へ進む事を促された漆黒。しかし、その扉一枚を隔てた内側では、漆黒が探していた人物が定例会議を開催していた。
「これより豊かなる胸を愛でるの(YMM)会、定例会議を開催致します。早速では御座いますが本会議に置ける重要案件。すなわち、将軍の全身鎧着用に於ける胸の露出制限について、詳しい情報をお持ち方がいらっしゃれば、どのような情報でも構いませんので、お話をお聞かせ頂きたい。」
壇上には鋭い目をした執事風の老人が、会員達を前に高らかに開催の宣言した後に、重要案件である議題の討論へと移行していた。簡単に言えば、おっぱい星人達のアイドルである将軍が胸を隠してしまった事への不満を述べる会議だった。
そして、その隣の会場では見目麗しいイケメンを愛でるの(MIM)会総会が開催されていたのだ。
「イケメンこそ全て!美しい男よ!永遠なれ!……それでは本年度のMIM総会を開催いたします。」
壇上の伊音が高らかに宣言するのだった。
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