013 逞しさと貪欲は似て非なるもの。
漆黒は、足早に去って行く全身鎧を眺めていた。
(無骨な全身鎧が可愛らしい人形を引き連れて歩く。それをうらやましいと思うのは私だけだろうか。)
羨望の眼差しで見送りつつ横を見れば、血走った目で全身鎧の胸の辺りを凝視していた木偶人形の残念なこと。
(何故に私のお供は木偶人形なのか。しかし、あの鎧を着た者はワザとやっているのか。ギャップ萌えというヤツだろうか。少々あざとい感じがしてならない。もし、ワザとでないのなら、その天然キャラは間違いなく逸材だろう。しかも、あの女性用のプレートアーマーだが胸のサイズが驚異的だった。明らかに特注の鎧(胸の部分が体を守る装備の筈なのに、攻撃的な印象しか受けないのは何故だ!アレは武器なのか?ある意味では武器なのだろう。そんなことは百も承知だ。ここは一つ、潔く認めてやろうではないか。)でグラビアアイドルもびっくりの特大サイズであった。まぁ、中身のサイズと外側とで大いに違う場合もごく稀にあるのだが。)
全身鎧が何を考えて人形を引き連れているのか理解に苦しむが、あの鎧のフォルムと中身のプロポーションが同一であれば、その破壊力たるや凄まじいものだろう。
(全く!世の理不尽さを呪いたくなる。)
世の男性達の大半はおっぱいに惹かれる。これは致し方がない事実だ。アレは人間の三大欲求の一つに直結している。胸はお尻に擬態したという説があるが、私もそうなのではないかと思う。ただ、男性達はあそこに夢と希望が、はたまた愛と勇気が詰まっていると考えているようだが、あそこに詰まっているのは単なる脂肪だ!これだけは理解しておいて頂きたい。
胸について熱いリビドーが迸ってしまったが、本人はそこまで執着している訳ではない。隣にいる木偶人形の物欲しそうな目線を代弁したまでだ。
そんな木偶人形の姿を見て盛大に溜息が漏れる。天は二物を与えずと言うが、一物すら持ち合わせていない木偶人形がここに居た。漆黒の視線に気がついた木偶人形がこちらを見て、イケメン風オーラを纏いながらキラキラした目で手を差し伸べる。
「姫様、参りましょう。」
「…………。」
(危うく嘔吐するところだった。先程まで犯罪者紛いの目で鎧の女性を見ていた木偶人形だが、その目でこちらを見ないで欲しい。なんだか穢されるような気がする。本当に誰がこんな生物を生み出したのか、悪意しか感じられない。)
勇者によるお洗濯LIVEが続いているが、はっきり言ってここに用事がある訳ではない。もともと、この場所に用事があった訳ではないが、他に面白そうな場所があれば見て回りたい。次いでに残念なお供も何とかしたいと思う漆黒であった。
「この宮殿で私が見ていないお勧めスポットはあるか?」
「お勧めスポットですか……そうですね、自分的には更衣室の壁の穴は…いや、ないな……浴室の……アレはマズいか………特には『ちょっと、待て!!!!』な……。」
「姫様、何でございますか?」
「今、お前は特にないと言おうとしただろう。しかも、その前に聞き捨てならない情報が聞こえてきたが、それは私の気のせいか?」
「はて?何の事でございますか。手前どもは、トンと記憶に御座いません。」
とぼけた顔で話す木偶人形の鼻がニョキニョキと伸びる。明らかに嘘と分かっているのに、しらばっくれて誤摩化そうとするペコ。
「悪代官のような台詞で誤摩化せるとでも思ったか?もしもだ、何処かの女子更衣室や浴室の壁に穴でも発見されたら、お前は燃やすからな!しかも、それだけではないぞ、炭化した木炭を粉になるまですり潰すからな!」
余程、漆黒の脅しが応えたのか、青い顔をして脂汗を流す木偶人形。見るからにガクガクと振るえ、『お手洗いに行ってきます。』と言い残して走り去る。
「オイ!!!!ちょっと〜〜〜待てぇ〜〜〜。人形がトイレに行く訳ないだろう!!!」
慌てて声を掛けるが、その姿は既に遠く離れていた。
「ちっ!逃げたな。」
「ナァ〜ゴ、ナナァ〜ゴロ(ご主人、ヤツを捕まえるか?)」
「いや、奴はどうでも良い。ただ少し不快ゆえ、次に会った時は教育的指導をしなければなるまい。」
「ナァ〜ゴロ(了解した)。」
案内役が居なくなってしまった一人と一匹は、取り敢えず宮廷内を散策する事にした。来た道を戻り中央のエントランスまで来た時、先程は気づかなかったが地下へと向かう階段があった。その階段は小さな地下室に向かうものとは違い、明らかに巨大な地下施設へと続くものに思えた。
(これは!地下にも何かあるな。)
テンションが上がる一人と一匹は、足取りも軽く地下施設へ通じる階段を降りて行った。
◆ ◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
地下施設の一画には二体のブードゥー人形がいた。一体は簀巻きの状態で転がされており、もう一体は砥石でハサミを研いでいた。静かな室内にはハサミを研ぐシュッ、シュッという音だけが響いていた。
「モガ、モガ、モガ。」
「あら、気がついたのねブーちゃん。」
簀巻きにされたブードゥー人形が必死に足掻いている。その横でハサミを研いでいる人形は、何処からともなくティッシュを取り出し、研いでいたハサミの上にティッシュを乗せた。わずかな抵抗で切り裂かれるティッシュ。しかし、切れ味に満足いかないのか、再度ハサミを研ぎ始めるブードゥー人形。その光景を目の当りにした簀巻き人形が必死に暴れた。
「モッ!モガ〜〜〜!!!」
「ブーちゃん、うるさいわよ。」
「モガ!モガ!モガ〜〜〜〜〜!!!」
「ブーちゃん知ってる?最近ね、動画投稿サイトで刃物の研ぎ方を教えてくれる動画が沢山アップされているの。切れなくなった刃物を綺麗に研いで、スッと切れる動画を見てるとねぇ、すっごく嬉しくなるの。」
「モガ〜〜〜〜〜!モガ〜〜!!!!」
「えぇ〜〜〜知らないの?そんな訳ないでしょう。ブーちゃんがネット使っているのはバレているのよ。しかも、検索履歴を見れば何を見ていたか分かるの。18歳未満お断りのサイトを丁寧に見て回っているようね。お気に入りは大きな胸の女性よね〜〜〜。あぁ〜〜主様には、まだ言ってないけどバレたら……。」
ドゥーちゃんはそこまで言って、ブーちゃんの口を塞いでいたものを取り払い、再びハサミを研ぎ始めた。
「みっ、見逃して下さい!!!どんな事でもします。お願いですから!!!」
「ブーちゃん!往生際が悪〜〜ぃ。人形、諦めが肝心よ!」
「そこを何とか、お願いします。一生のお願いです。」
「ん〜〜〜。どっしよっかな〜〜〜。」
「でっ、では勇者の生写真を差し上げます。さらに!!!勇者が使ったシーツを!」
「ちょ!ななななな何をいっているの!バババババ馬鹿じゃないの!!!!」
「ドゥーちゃん!今更隠す必要はないよ。ドゥーちゃんが面食いなのを知らないブードゥー人形はいないから。」
「ハァ〜〜〜〜!!!バッカじゃないのぉ〜〜〜〜〜!!!」
「ドゥーちゃん、落ち着いて。昔っから追い詰められるとボキャブラリーが貧困になる癖があるよね。まぁ、恥ずかしがる事はないと思うよ。多くの侍女やメイド達が勇者の姿を見ては、大騒ぎの狂喜乱舞だからねぇ。それで、この取引だけど……。」
その言葉が終わらない内に、ブーちゃんをグルグル巻きにしていた紐が切られていた。
「べべべべ別に物に吊られた訳ではないから。でも、約束だからちゃんと守ってよね!!!もしも、バッくれたり裏切ったりしたら、主様にネットの件をばらすから。あと、左足だけを5ミリ程短くしてやる。」
「何だよ左足だけ5ミリ短くするって?」
「あら、分からないの?左足5ミリはね、5ミリ程度なら主様が治そうとは思わないでしょ。つまり、5ミリ短くて歩き難い事がずっと続くということなのよ。」
柔らかく微笑みながら話される内容は、決して微笑んで語られる内容ではなかった。地味にチクチクと精神を攻撃され、心のストレスとして蓄積する仕打ちは、ある意味で最も受けたくない嫌がらせだと感じた。
「謹んでお断わりします。」
「私も5ミリの刑が執行されない事を祈るわ。」
何となく交渉が成立した事で、二体のブードゥー人形の間に弛緩した空気が流れた。お互い脛に傷持つ者として、これ以上お互いの傷口を広げる心配が無くなったと二体とも安心したのだ。
「それでは交渉も終わったようなので、ここからは私のターンということで。」
その声に二体のブードゥー人形はギョっとした。驚いて振り返った二体のブードゥー人形は、そこに着ぐるみを纏った赤ん坊が悪魔のような微笑みで立ち尽くしている姿を発見した。
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