012 純粋な悪意は時に妖しく輝く。
人形達は密かに将軍を尾行していた。
数日前に人形達の主は積年の怨みを晴らすべく、遂に将軍抹殺の命令を下した。やっと発せられた大号令に人形達の心が躍る!弱者たる人形が強者たる将軍を死に至らしめる。これぞ至上の喜びと人形達は嬉々として行動を開始した。
まず人形達は、将軍暗殺のため宮廷内の至る所を暗躍し、あらゆるタイプの死のトラップを仕掛けて回った。後日、侍女達の噂で将軍の体調が優れないと聞けば、極悪な顔で微笑む人形達。さらに症状が悪化して将軍が倒れたと知ったとき、彼等は努力が報われたと歓喜に打震えた。人形達は敬愛する主人に喜び勇んで報告したが、事態は彼等が望んだものとは違う結果になっていた。
翌日になると、何故か全身鎧を纏った将軍が、日常の光景だと言わんばかりに宮廷内を闊歩していた。見るからに意味ありげな姿とワザとらしい行動に、人形達は大いに慌てていた。将軍に対して暗殺を仕掛けたことが、本当はバレていたのではないかと。人形達は将軍の真意を探るため、二体のブードゥー人形を大至急派遣し、その行動を監視した。
「ねぇ〜ブーちゃん!」
「何だいドゥーちゃん。」
「アレは本当に将軍なのかしら?」
「さあ?どうだろうね。中身を確認しない限り断定はできないよ。」
「そうよね〜。」
「でも、どうしてプレートアーマーなんか着ているのかな。」
「やはりバレていたのではないかしら、もしくは無意識の内に危険を感じて警戒しているのかもね。」
「なるほどね〜。」
「でも、主に何と報告する。“やっぱり生きてました。”とは言えないわ〜。」
「そうだね〜。“もうじき”て言っちゃたからねぇ〜。」
尾行するブードゥー人形は、可愛らしい姿からは想像も出来ないほど、黒い悪意と研ぎ澄まされた殺意に満ちていた。さらに尾行する彼等二体の人形は、将軍に対して有らん限りの悪態をついた。その内容は自分の主人の方が数億倍可愛らしいとか、あんなおっぱいだけのホルスタイン女は滅ぶべきだと、呪詛の如き毒を吐き続けた。最終的にイヤラシさに満ちたエロエロ光線をまき散らし、宮廷内の色ボケ男達をたらし込む将軍は、やはり生かしておくべきではないとの結論に達した。
「奴がいるだけで宮廷内の風紀が乱れるのだ。」
「その通りよブーちゃん!我々が彼奴めを強制退場に追い込むの。」
「その為に、奴の事を徹底的に調べ上げ、彼奴めの弱点を探るのだ!」
「おぉ〜〜〜それから、それから。」
「それから、あのセクシーダイナマイトを、これでもかとイタブルのだ。」
「おぉ〜〜〜ブーちゃん、極悪ぅ〜〜〜〜。」
「そうだ!あのおっぱいが、あのおっぱいが〜〜〜〜。」
「あれれ〜〜〜、ブーちゃん?おっぱい星人なの?」
「なななななにを言うのですかぁ〜。ごごごごご誤解ですよ〜。」
「随分、焦って否定するけど、私は別に気にしないわよ。」
「え?そうなの。いやぁ〜〜〜やっぱりドゥーちゃんは話せるブードゥー人形だね!いや実はね、本当の事を言うとね、ほんの少し、ほんの少しだけどね。いいな〜〜〜って。埋もれてみたいなぁ〜〜なんて『死ね!今直ぐ絶命しろ!(シュキィーーッ)』 って……オワァ!」
ドゥーちゃんは巨大なはさみでブーちゃんの首を切り落とそうとした。それは何のためらいも無く、ごく自然な動作ではさみを向けていた。ほんの少しブーちゃんの気づくのが遅れていたら、その首は確実に切り離されていただろう。
「ドゥーちゃん!何を。」
「主に絶命して詫びろ!!!!」
「いや、待って。ドゥーちゃん!話せば分かる。話せば分かるよ〜〜〜。落ち着いて!落ち着いてね。お・ね・が・い。」
「私は落ち着いている。その腐った根性は万死に値する!」
将軍を尾行していた二体の人形は、お互いの信念に基づき命の駆け引きを開始した。“弱者は強者に飲み込まれる”それが魔界の掟だ。当初の目的である、将軍の尾行は忘れ去られ、二体の人形はバトルという名の殺し合いを開始していた。
時を同じくして人形達が主と崇める美しい少女が、宮殿の地下にある祭壇の間で、心地よい眠りから目を覚ましていた。
「ふぁ〜〜〜。寝過ぎ『ゲホッ、ゲホッ。』〜〜んん〜〜。」
目覚めて大欠伸をした栞は、吸い込んだ花の匂いで盛大に咳き込んでいた。辺りに充満する濃厚な花の匂い。どうやら狭い空間に花と一緒に押込められたことが原因のようだ。
無意識の内に周囲を観察した栞は、自分の置かれた状況を見て唖然とした。それもその筈、彼女は棺桶の中に寝かされ、明らかに埋葬される一歩手前の状態だったのだ。
(……へっ?なにこれ。……)
全く状況が理解出来ない。栞はそのまま長時間フリーズし、自分の身に何が起こったのか考えていた。
(昨夜はいつものように、ベッドで横になった記憶がある。それなのに何故?……もしかして、あのまま私は死んだの?)
理解できない現状に栞は手懸かりを求め、必死に記憶の断片を掻き集めた。しかし、どう考えても自分が死んだとは思えない。怪我も持病もなく普通に健康だった女子高生が、そんなに簡単に死ぬとは考えられない。そもそも死因についても、全く心当たりがない栞であった。
(どうしたものか?……仮に私が死んだとして、両親はどうするだろうか?……おそらく娘の突然の死を、受け入れる事は出来ないだろう。私だって受け入れ難い。そんな娘を哀れに思ったお父様はどうするか?……娘の死体を大切に保管した?……その可能性は充分に考えられる。………そして、私は……私は……生き返った?……生き返ったのか!!!!つまり、今の私はゾンビなのか?……生きる屍?……でも、私には自我がある。普通のゾンビに、そんなものはない……はず……。)
「いや、まさか!!!ネクロマンサーに起こされた?もしくは強力なリッチの呼びかけに応えた?……あぁ〜〜〜私は、どうすれば〜〜〜!!!遂に、遂に手に入れてしまったのね。」
体の内側から溢れ出す悦びと共に、棺桶の扉を押開けた栞。眩い光を目に受けて瞳に激痛が走る。
「おぉ〜〜〜私の邪眼が!!!!クぅ〜〜〜この程度で〜〜〜〜〜。」
彼女の名前は花園栞。都内の女子校に通う高校二年生の栞は、重度の中二病だった。裕福な家庭に育った栞は、お嬢様と呼ばれ何不自由なく暮らしていたが、小学生の頃に知り合った友人、寿天寿の影響で中二病を拗らせていた。正確に言えば、天寿の中にいるタケルの悪ふざけが原因で、栞は闇世界に嵌まっていた。
(……アレ?……ここは、何処かしら?……)
部屋の様子を見た栞は、怪訝な顔をする。誰かが勝手に部屋の模様替えをしていたからだ。
(まぁ〜〜〜お母様ったら。私に内緒で部屋の模様替えをしたのね。以前から小言を言われていたけど、本当は娘の趣味に理解のある親だったのね。)
その部屋の床は総大理石になっており、正面に巨大な祭壇が設えてある。栞が寝かされていた棺桶は祭壇中央に安置され、重厚でありながら白く美しい造形が高貴なる存在をイメージさせた。さらに側面には繊細な花と蔦が絡まるレリーフが施され、気品と威厳に満ちた王族級の扱いに思わず悦びが溢れ出す。
「まぁ〜〜〜〜、何て素敵なの!」
感嘆の声を上げる栞。その声を聞きつけ人形達が駆け付ける。
「主様起きた〜〜〜〜。主様起きた〜〜〜〜〜。」
栞は自分に近づいて来る人形に、驚いて目を見開いた。
(凄〜〜〜い!何なにこれ?ロボットかしら、良く出来ているわ。)
「主様〜〜〜〜ご機嫌麗しゅう〜〜〜。」
小さな人形が交代で挨拶をして来る。よくよく見ればそれぞれ名前を掲げたプレートがその人形の側に浮いている。
(何かしらゲームの世界のようになっているのね。……!!!!……あぁ〜そう言うことか。どうも変だと思っていたのよね。まさか、家の両親がここまで凝った事はしない筈だし。ここは仮想空間なのね。それなら部屋のリフォームも簡単だし、この人形達も理解できる。)
現状を仮想空間だと考えた栞は、感心するように周囲のようすを眺めていた。そんな栞の前に一体のブードゥー人形が歩み寄る。
「主様に、お伝えせねばならない事があります。」
その言葉に周囲にいた人形達に動揺が走る。栞は良く出来た世界に感心した。多くの人形達がアタフタしている様子から、彼等が焦っている事が伝わってくる。
(本当に良く出来ているわ。完成度が高いというか。花の匂いなんて凄くリアルだったし……ん?……。あれ?バーチャル空間って匂いの再現なんて出来るのかしら?そんな技術が開発できていたらニュースになっている筈よね。まさか!!!!)
ここがリアル世界である可能性に気づいた栞は、キラキラした瞳で目の前の人形達を眺めていた。その中の一体が集団から歩み出て、栞に対して驚くべき事実を報告する。
「主様、我々は……将軍暗殺に……失敗した模様です。」
(……?……。我々?……将軍?……暗殺?……暗殺だと!!!!しかも、失敗って。)
栞は時が止まったように動かなくなり、自分の中で何かが崩壊して行くのを感じた。