011 ただの変態では格下だと彼が言った。
(何故、木偶人形が居る!!!)
近寄って来る漆黒に目を向けた天寿は、その後ろに付き従う木偶人形に目を見張った。忘れもしない。いや、忘れる訳がない木偶人形がそこにいた。
あの日、この世界で目覚めた天寿は、この世界が現実なのだと受け入れる事が出来なかった。寝覚めれば絶世の美女に生まれ変わり、天寿の中に居座り続けたタケルがいなくなっていたのだ。半ば諦めていた普通の生活から、想像以上のセレブな環境に投げ込まれ、ほどほどの生活が如何に自分に合っていたのかを嫌というほど痛感していた。
「せめて、タケルが居れば相談も…できた……のに?」
(あ〜ぁ!!!ちょっと待て!……今、途轍もなく嫌な考えが頭を過ったぞ。ヤバい、ヤバい!マジ勘弁して欲しい。つまり、高校生の天寿の体にタケルしか残っていない?いや、ちょっと待って〜〜〜うそ〜〜〜〜〜。)
想像しただけで気が遠くなる天寿であった。将軍の様子がおかしいという情報は、瞬く間に宮廷中に広まった。発信源はセクハラ変態執事のくそ爺だ。この変態親父はおしゃぶりのリアル感を追求する為と称し、多くの女性達にセクハラ行為を繰り返していた。
中でも最高の乳房を追求する為と、あろう事か将軍に詰め寄り半殺しにされた男だ。そんな苦労もあってか開発されたおしゃぶりは、宮廷にいる男性達に飛ぶように売れたらしい。
話が飛んでしまったが、天寿が魔界の宮殿で目を覚ました日、木偶人形は、いつものように雑事に追われていた。と言っても雑事に追われていたのは木偶人形以外の木偶であり、顔に落書きなど施されていない真面な人形達の方だ。問題の木偶人形は、やはりクズらしい行為を全力で行っていたのだ。
天寿が洗濯場に足を踏み入れたのは、単なる偶然であった。宮殿内を歩いていたら、自分の部屋が分からなくなり、迷って辿り着いた先が洗濯場だった。そこでは、大勢の女性が木偶人形を取り囲み袋だたきにしていた。
「何だあれは、浦島太郎に出てきた亀か?」
中央で女性達に足蹴にされている木偶人形は、洗濯物を入れる丸いカゴを頭から被り自分自身を守っていた。怒りの形相の女性達と、揉みくちゃにされる木偶人形。
(ここは、浦島太郎のように助けるべきだろうか?でも、あれは亀ではないよな。確か、あれは雑用をこなす木偶ではないのか?何故、女性達はアレを攻撃している?)
女性達の理解不能の行動に、近づき様子を見る将軍。それを見た木偶人形が、将軍に助けを求めて来た。
「将軍、助けて下さい。」
「なんだ、何事だ。」
将軍と呼ばれた天寿は宮廷で目覚めてから、中身が別人だと気づかれないように、細心の注意を払い行動していた。プレートアーマーを着込んで行動している時点で、既に手遅れであるのだが、本人は周りから疑われないように、注意深く立ち回り、多少なりとも威厳を感じさせる受け答えを心掛けていた。
「私が、いつものように洗物をしておりましたら、この女性達が作業の邪魔を……。」
「何が邪魔よ!いい加減にして!頼みもしないのに勝手に人の下着を洗わないで!何度言えばいいの!」
「そうよ!大切な勝負下着なのよ!一度も使ってないのに、洗う必要なんて無いでしょう!こんな事言わせないで!」
「あっ、あたしのは、お風呂で脱いだばかりの下着を持って行かれたわ。この、ど変態木偶人形に。」
「何度言えば分かるの。本当、今回ばかりは許さないわ!」
ヒートアップする女性達。話を聞けば確かに困った問題だ。しかし、木偶人形は雑事全般を行っている為、致し方ないようにも思えた。
「これこれ、木偶人形は雑事全般を受け持っているのだろう。その中の洗濯行為ではないのか。」
「そうです、将軍!こやつらに言ってやって下さい。洗濯の重要性と私の血の滲む努力について!」
天寿は木偶人形の言っている事がさっぱり分からなかったが、その木偶人形だけが顔に落書きを施された気持ち悪い人形である事は分かった。
「違います将軍!コイツは女性の下着しか洗わないのです。他の雑事などは、他の木偶人形に押し付けて、自分は好き勝手をしているのです。」
「いえ、それは誤解です。私が下着を洗うのは、崇高な使命なのです。これは私に与えられた試練であり、乗り越えねばならない課題なのです。より優れた木偶人形を目指す為に、必要な行為なのです。」
「何を馬鹿な事を言っている!この嘘つきが!お前の鼻が伸びているぞ!嘘をつくな!このドスケベ木偶人形が。」
「何度も言いますが、これは崇高な使命なのです。貴方達は誤解している。私が洗う事で下着達が喜んでいるのです。私は細心の注意を払い、生地が傷まないように、一着ごとに丹念な手もみ洗いを施しています。皆様の大切な部分をお守りする下着に、敬意を持って接しています。こちらをご覧下さい。」
そう言った木偶人形は、何処からか取り出した下着を握り締めて言い放った。
「これこそは、そこへ御座す将軍様のお気に入り下着に御座います。私は心を込めて丹念な手もみ洗いを何度も施し『燃やせ』…たので。」
「皆さん、将軍のお許しが出ました。今日こそ、この木偶人形の最後になるでしょう。」
多くの女性達に引き摺られ、ボロボロの状態になった木偶人形。その顔からは鼻らしき物が中途半端に伸び、気持ち悪いほど恍惚とした表情に見えた。
(何故、やつは燃やされるという状況下で、恍惚とした表情でいられる?マゾなのか?絶体絶命である事が理解できてないのか?本当に気持ち悪いな。あの人形だけ特別なのか?誰かに聞いてみたいが、誰一人知り合いがいない。)
そんな事が数日前に起こっていた。あの日を境に、顔に落書きを施された木偶人形を見ていなかったので燃やされたと思っていた。しかし、こちらに歩いて来る子供の後ろに、間違いなくあの気持ち悪い木偶人形がいたのだ。
(何故そこにいる。燃やされたのではないのか。)
状況が飲み込めない天寿は、酷く動揺していた。その様子は傍から見ても、怯えているように見えた。怪訝に思いながらも漆黒は声を掛けてみた。
「あの〜少しお伺いしたい事が…『某、急用を思い出し申した!何方か存じませんが、ご免!』…えぇ?…あの、ちょっと〜。」
漆黒が声を掛けた全身鎧は、奇妙な武士的発言を残し足早に逃去って行く。去り際に声を掛けて呼び止めようとしたが取りつく島も無い。あからさまに拒絶されている様子で、それ以上、呼び止めることも出来ない漆黒であった。
(何だか酷く怯えていたようにも見えたが?しかし、某?今時そんな台詞を平然と使うとは、異世界とは奥が深い。全身鎧は西洋の騎士だから日本で言えば武士的な位置づけになるのか?故に言葉が武士や侍風の口調に翻訳された?逆に言えば、私の言葉は先方にどのように伝わっているのだ。まさか、平安的な感じで、おじゃりまする的な感じなのか?)
「ほんに、雅よのぅ〜。」(……何か本質的に違う気がするが……。)
「姫様、何か仰られましたか?」
漆黒の漏らした言葉に木偶人形が反応するが、去って行く全身鎧が気になったので後ろ姿を眺めていた。すると、そそくさと去って行く全身鎧の後を、何か小さな者達が尾行している。
(……ん?…何だ?……。)
「木偶人形よ。あの全身鎧の後をつけているのは何だ?」
「あぁ〜あれで御座いますか。あれはブードゥー人形ですね。誰かの使い魔みたいなものです。」
(聞いたことがあるな。何だったか?……確か、小学生の頃に流行っていた……おうぶくん……だったか?)
おうぶくんは、毛糸玉のような顔に黒い目玉が二つあり、同じ毛糸で胴体と手足がついた身代わり人形のことだ。漆黒が小学生の頃、結構流行っていた記憶がある。
「アレは身代わり人形ではないのか?使い魔にもなるのか?」
「えぇ、どちらにも使えます。」
無骨な全身鎧の後をちょこまかと付いて行く二体のブードゥー人形は、コミカルであり可愛らしい感じがした。
(それに比べて、この木偶人形は……。)
何だか残念な気持ちで一杯の漆黒であった。
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