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010 中身は別物…まさか、パッケージ詐欺か。

 寿天寿ことぶきてんじゅは都内の女子校に通う、普通ではない高校二年生であった。彼女の何が普通ではないか。それは、彼女の中に正体不明の中年親父が居座っていたことだ。天寿が幼い頃はまだ良かった。彼女を優しく見守る守護天使のような役割を果たしていたからだ。


 幼い天寿は、その守護天使から新橋界隈にいる普通のサラリーマンの生態を、面白おかしく聞いて育っていた。当然のことだが天寿の両親は、彼女がかなり変わっていることに早い段階で気づいていた。年端も行かない幼女が、新橋界隈のサラリーマンの話をするのだから、気づかない方がおかしいのだ。


「あなた、天寿をお風呂に入れて下さい。」


「どうした、いつも一緒に入っていたじゃないか。」


「それが……なんだか最近、あの子の視線がイヤなんです。」


「ハァ?視線?3歳の子供だぞ。」


「分かっています。でも、何だか嫌らしい感じがして。」


「何を言っている。考え過ぎだろう。仕様がないな、今日は俺が天寿と風呂に入るよ。着替えを用意しといてくれ。」


「えぇ、助かるわ。」


「おーぃ、天寿〜風呂に入るぞ〜。」


「………………。」


「何で無言なんだ。いつもは頼みもしないのに、延々と喋っているじゃないか。どうした?お父さんとお風呂はイヤか?」


「……入る……。」


「???」


 テンションがやたらと低い天寿であった。彼女の両親は二人とも若く、天寿が初めての子供だった。普通の子育てはもっと手間が掛かるものだが、天寿は全く手が掛からない。さらに普通はぬいぐるみや女の子らしい人形を好むものだが、天寿はフィギアなどの完成度の高いものを好んでいた。しかも、パッケージから出したりせず、いつかプレミア価格で売れるものを選び大切に保管していた。


 父親は人形遊びをしない娘に、人形を出して遊ばないのかと訊ねたが、商品価値が下がるからと、やんわりと断わられた。そして、何処から仕入れて来るのか、耳年増なおませに成長している娘に、いざと言う時の為に備えているのだと打明けられた。


「ほ〜ら、天寿。湯船に入る前に体を洗おうね。」


「………………。」


「何だ、また黙りか。ほら、頭を洗ってあげるよ。どこか痒いところはございませんか?」


「ない!自分でやる!」


「そう…お父さんが洗って…えぇ〜?」


 湯船からお湯をすくい体にかけ、シャンプーとボディーソープで体を洗いシャワーで洗い流す。湯船の前で中に運んでくれと頼まれた父親は、言われた通りに湯船の中へ娘を運ぶが、少しお湯が熱く感じられた。


「天寿、熱くないか?水を入れるよ。」


「ダメ!埋めちゃダメ。」


「えっ、うめるな?何でそんな言葉を知っている?でも、熱いでしょ。少し水を『ダメ!マナー違反。』……そう、ですか。何処でマナー何て言葉を覚えて来るんだろう。」


 暫く湯船の中で立っていた娘は、その小さな体をお湯に沈め始めた。丁度、頭を洗っていた父親は、湯船から聞こえる『ゔぁ〜〜〜〜ぁ〜〜〜〜〜』という、親父臭い唸り声にギョッとしたが、敢えて口には出さず静かに頭を洗って知らないフリをしていた。


「いぃ〜〜〜〜ちぃ、にぃ〜〜〜〜〜いぃ、さぁ〜〜〜〜〜〜んん……。」


(あれ?)


 不思議に思った父親は、頭をシャワーで流しつつ娘の様子を窺う。


(数なんて、だれが教えた?親父か?)


 確かに天寿の祖父母は近くに住んでいたが、この段階ではそこまで仲の良い関係ではなかった。更に言えば奇抜な行動と古くさい言い回し、昭和テイストに彩られたギャグや駄洒落が彼女を異質な存在にしていた。当然、事実を知らない周囲の人間は、天寿の事を少し変わった女の子と認識し、そんな彼女は周囲から浮きまくる日々を送っていた。





◆ ◆◆  ◆◆◆  ◆◆◆





 月日は流れ天寿が中学生の頃に事件が起こった。それまで薄々と感じてはいたが、その日、天寿が感じていた疑念が確信に変わった。体育の授業の後、更衣室で着替えていたとき、友人に言われた何気ない一言。


「天寿〜、気づいてないの?あんた目付きがイヤラしいョ。何だかエロ親父に見られているようで。ちょっと引くわ〜。」


 その言葉にハッとする天寿。その場では平静を装っていたが、家に帰ると風呂場へ向かい、脱衣所で服を脱ぎ始める。上のシャツを脱ぎブラジャーに手を掛けたところで、唐突に正面の鏡に映る自分の目を見据えた。


(やっぱり!!!)


 鏡に映る自分の目がアタフタと狼狽して見えた。


「タケルゥ〜テメェ〜。」


 タケルとは中年サラリーマンの名前だ。この一件以来、天寿はトイレや入浴中など一切目を開かなくなった。もちろん学校で着替える場合も同様である。この頃から天寿とタケルの歯車は、微妙に噛み合なくなっていた。天寿の男性に対する嫌悪感や過剰な拒絶反応はこの頃から酷くなっていた。


 天寿本人は気づいていないが、明らかに男性恐怖症の兆候が見えていた。それを認めようとしない本人は、男性に対して極端な反応をしてしまう。彼女が女子校に通っていたのも、無意識の内に逃げていた結果だ。


 女子校に進学した天寿は、余りにもおめでたい名前なので、彼女の名前は周囲の者達に直ぐに覚えられた。そんな彼女の普通ではない部分、男性に過剰に反応してしまう件について、周囲は不器用でうぶな女の子という認識をしていた。


「そこのカップル!手なんか繋いで見せ付けてんじゃねぇよ!

他所よそでやれ他所で!」


 怒りの籠ったまなこと強烈な罵声に、女子校の前を仲良く歩いていたカップルは逃げるように走り去る。昼食中の教室は一瞬で静まり返り、喧騒とは無縁の静寂の世界が拡がる。女子校に通う天寿の日常は、こんな感じで何事も無く平和に過ぎて行く予定だった。


 しかし、思い通りに行かないのが人生なのだ。ある朝、目を覚ました天寿は、彼女が知らない世界にいた。あり得ない程の豪華なベッド。贅の限りを尽くした室内。ちょっとした弾みで室内の物を壊した場合、いったい幾ら請求されるのか、考えただけでも体が萎縮した。


(どんだけセレブなんだ?これ、貴族とか王室とかだよね。)


 部屋中を見回し、あらゆるものを観察した結果、ありえない程の金持ちだろうと考えた。しかし、自分自身に思い当たる原因や行動の記憶がない。つまり、彼女は自分ではない他の人の仕業だと考えた。素早く周囲を確認し、部屋から通じる別の扉を開けた。そこは想像した通りお風呂とお手洗いが並んだバスルームがあり、鏡が備え付けられていた。


「おい、タケル!!これ〜は……。」


 自分の中に居座るエロ親父の天野タケルに、この奇怪な現象について問いつめてやろうとしたのだが、鏡の中にいる絶世の美女を目の当りにして、天寿は言葉を失うのであった。


(…えぇ、誰?…)


 驚愕に言葉を失うこと数分。我に帰った天寿は何度もタケルを呼ぶが、一向に返事が無い。


(もしや、本当にいないのか?……タケルがいない?……そんなことが……イヤ、まさか。……そうだ!これは夢だ!それしか考えられない。)


 天寿は無理矢理に、この理解不能な状況が夢であると結論づけた。しかし、現実は非情であった。不意に遠くから部屋の扉をノックする音が聞こえ、我に帰った天寿は、警戒しながらも部屋の扉をソッと開けた。扉の前には鋭い目をした執事風の老人が立っている。


「将軍、如何されましたか?大きなお声を出されていたご様子ですが?」


(ハッ?将軍?私が……将軍……あっ!)


 その時になって自分が恐ろしく薄い寝間着姿であることに気づいた。執事風な老人の嫌らしい眼差しが、天寿の胸の当たりに固定されている。その嫌らしい視線に慌てて扉を閉め、天寿は急いで着替えることにした。


 部屋から通じる別の扉を開けると、ウォークインクローゼットと呼ぶには大き過ぎる部屋が隣接していた。天寿はそこへ駆け込むと、その場に吊るされている服を片っ端から合わせるが、どの服も胸が露出し、腰のくびれを強調したキワドい服ばかりだった。当然だがドレスなどはシルクのように薄く煌びやかな素材で、体のラインがモロに分かるものしか無い。


(どうして、こんなにもエロぃ服しかないのだ?このドレスなんか下着を着ればラインが分かるではないか?これは……もしかして……はかないのか?)


 その日、天寿の構築した常識世界の概念が一部崩壊した。いろいろな事に愕然とした天寿だが、ふと廊下での光景を思い出した。廊下に飾られた西洋甲冑。いわゆる全身を覆い尽くすプレートアーマーと呼ばれるもの。このクローゼットに飾られた全ての服を見たあと、天寿はプレートアーマーを装備することを決意していた。


 当然だが周囲からは苦言や、将軍の行動を諌める話があったが、それは将軍に熱を上げる周りの男性達からであり、宮廷にいる多くの女性達は何も言わなかった。正確には、多くの女性達はプレートアーマーを装備した、そのままの姿でいて欲しいと願っていたのだ。





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