優しさへの戸惑い
会社の隣のビルに、行き慣れた様子で冬木さんは入って行った。
「何が食べたい?」
数多くの飲食店を目の前に、そう問いかけて来た彼に
「冬木さんが食べたいもので!!」
と、最近お昼がコンビニのおにぎりばかりだった私は
ちゃんとした食事が食べられるだけで嬉しいと思い、即答で答えた。
そんな様子をクスッと笑いながら
「オッケー!じゃ、そうだなあ。あそこにしようか。」
と冬木さんは歩き出した。
ついていくと、そこは人気の定食屋さんだった。
オフィスビルが立ち並ぶ場所のせいか、お昼時はとても賑わっていた。
少し待ち、通された席はカウンターで、距離の近い並びの席だった。
「ここ、お米が美味しいんだ。だからさ、ついつい来ちゃうんだよね。」
そう言う常連の冬木さんは、決まっていたかのように
サバ味噌定食を頼んだ。
あ!私も!とつられるように、私も店員さんにサバ味噌定食を頼んだ。
「お、気が合うねえ〜。」
そう言う冬木さんに、
「あの・・冬木さん?」
全くあの日のことに触れてこない冬木さんに、戸惑い
早く本題に入らなければ・・と話しかけた。
ん?と、こちらを見る彼の顔はとても優しく
何よりこの近い距離にドキッとしてしまった。
噂通り、目鼻立ちの綺麗な顔で、目尻に薄くついた笑い皺が
彼の人柄を表していた。
あまりの近さに耐えられず、彼から目をそらし
「その・・・先日はとてもご迷惑をおかけしてしまったようで・・。
大変申し訳なかったです。
それを早く言いたくて・・。でも連絡先を知らなかったので
週明けになってしまって、すみません。
後・・失礼なことに、冬木さんに送っていただいたことが全く記憶になくて
他にご迷惑をおかけしていないか、とても不安だったんですが、、。」
そこまで言うと、タイミング悪く頼んだ定食が来た。
サバ味噌定食は、メインのサバ味噌に加えて
小鉢が3つにお味噌汁も付いて来た。
味噌の甘い香りが食欲をそそる。これは人気メニューになるはずだ。
だけど、お昼にこんなに食べられるのか・・と心配になる程
ボリュームがあるそれに、目を見開き驚いていると
「いい表情してる。美味しそうでしょ?実際、とても美味しいんだよ。
大丈夫。こう見えても僕ね、大食漢だから。
食べきれなかったら任せて。」
笑いながらそう言う彼に、こう言う気遣いが女性にモテるんだろうなあ・・
なんて思いながら
「あ・・ありがとうございます。美味しそう!
いただきます。」
そう手を合わせて食べ始めた。
その様子を見た彼は、一旦手に持った箸を置いて
ゆっくりと話し始めた。
「あのね、まず不安になるようなこと、君はしてないよ?だから安心して?
何も失礼なことはしてないし、ただ酔って寝てしまってただけ。
それに僕も君に手を出してないから安心して?
でね、なんでかなあ。君のこと放っておけないって思ったんだ。
だから、あの日君を家まで送った。そして今日もランチに誘った。
ね?それだけ。」
横から聞こえてくるその声は、優しくて穏やかで
ずっと聞いていたくなる声だった。
私も一度、手にした箸を置いて彼の方を向き
「そう言っていただけて、本当安心しました。
でも、寝てしまった上に家まで送っていただくなんて・・・
とても迷惑で、大変失礼なことでした、
部署も違って、関わりが全然ない私をお世話してくれて
本当にありがとうございました。
もう〜お酒控えます・・。」
そう言うと、彼はまた笑った。
「真面目なんだなあ〜。誰にだってそう言うときはあるでしょ?
だからそんなに、かしこまらなくていいのに。
僕は迷惑だなんてちっとも思ってないんだから。
いやいや、若いうちはお酒で失敗するものだよ。
それに酔っ払った君、とても可愛かったし・・。
でも楽しいお酒じゃなかったよねえ。
僕があそこは止めるべきだったね。
次は楽しいお酒にしよう?」
まるで小さい娘を、諭すようにそう言い終わると、
大きな手が私の頭を撫でた。
冬木さんに、頭を撫でられていると理解した私は
突然のことに顔がどんどん熱くなった。
そのことが、恥ずかしくて咄嗟に下を向くと、
彼はふふっと笑い
手を合わせ“いただきます”と黙々と定食を食べ始めた。
冬木さん・・
こういうの慣れてるんだろうなあ・・
慣れていない私ばかりが照れて慌てて・・
彼は、なんとも平気な顔をしていた。
これだから、男の人って・・。
そんなことをぐるぐると考えながら
私もちっとも食べ進んでいない定食を食べ始めた。
結局、彼に半分ほど食べてもらう羽目になり、
有無を言わさずご馳走までしてもらってしまった。
謝りに言ったはずが、ご飯をご馳走してもらって
なんだか釈然としなかった。
正直、初めは簡単に謝りを言って済ませてしまえれば
それで一件落着だろう、と思ってた。
だけど、事はそう簡単に終わりはしなかった。




