戸惑い
“どうして麗ちゃんのお母さん、来てないのー?”
“ねー、いつも来てないよねー、お母さんいるんでしょう?”
“一人ぼっちで寂しくないのー?”
いるよ・・いる
お母さん、いるもん。
お仕事が忙しくて、来られないの
寂しくないよ、
全然、寂しくなんかない・・。
どうせ家に帰っても、誰もいない家なんだから・・と
よく公園に寄り道をして、ぼーっとブランコに乗っていた。
だから、こんな日は
いつもの公園で、ひとりで泣いた。
声も我慢して、うずくまって泣いた。
家に着いてから泣かないように・・。
気がすむまで泣いた。
悲しい出来事や辛い出来事は
人間、勝手に記憶からなくなっていくと
聞いたことがあるけれど
そんなの嘘だと思った。
今こうして、社会人になってからも
幾度となく悲しい記憶は私を苦しめる。
隣で運転している冬木さんは
私のこと放っておけないって言った。
あの日あのときに、あの紙を見て私の過去を知ってしまったから..
きっと・・同情でしかない・・
冬木さんは優しいから・・
でも可愛そうとか、惨めな子とか・・そんなこと思われて
こんな風に、そばにいてくれても
その思いは私を苦しめるだけ・・
もっと惨めにするだけ・・。
それでも、そんなことであったとしても
私はこの温もりをもう手放せないでいた・・。
「はい、着いたよ。お疲れ様。」
そう言って、深夜まで営業しているご飯屋さんの駐車場に
車を停めた。
運転席から降りて、いつものように助手席のドアを開け
おろしてくれる。
そのまま手を引かれ、お店へ入った。
そこは完全個室のお店で、
座敷の部屋へ通された。
「ふー、お腹すいたねー。なに食べようか。」
いつもの冬木スマイルを向け、メニューを眺め始めた。
「麗は、嫌いな食べ物ある?」
「いや、特にないです。」
「そっかー、じゃ、適当に頼んでいくよ?なんか食べたいものあったら言って?」
そう言って、冬木さんは店員さんを呼び
オーダーしていった。
「あ、麗。なんかお酒飲む?」
首を横に振った。お酒を飲むと、私は寝てしまうということが
ここ最近わかったから・・。
「えー?遠慮しなくていいよ?いいのー?
飲みたくなったら言って?」
ニコニコしながら、そういう冬木さんに
うんと頷く。
「にしても、珍しく五十嵐がランチに誘ってきたなーと思ったら
麗までいるんだもん。驚いたよ。」
そう言う冬木さんの前に、サラダ、からあげ、ポテトフライが運ばれてきた。
ポテトフライって・・とチョイスが可愛すぎて
笑ってしまった。
「え?なんで笑ったの?皆大好き唐揚げとポテトフライだよ?」
と、冬木さんがなんだか嬉しそうに言ってきたので
「いや、可愛いなあって思っちゃって」
と正直に答えると、冬木さんも"なんか恥ずかしいな”と照れ笑いした。
きっと、子供もこのメニューなら間違いないって、いつも頼むのかな。。
パパ目線かな・・なんて心がチクリとした。
サラダを取り分けていると、それを見ていた冬木さんが
「でさ、麗なんかあった?お昼の時も元気なかったし、、心配したよ?」
いつもの優しい声で、問いかけてくる冬木さんに
本当のことなんか言えるはずもなくて。
「いや、お昼にも言ったと思うんですけど・・私人見知りしちゃって。。
それだけのことなんです。ごめんなさい、、心配かけちゃって・・。
大したことじゃないんです。。」
取り分けている手をとめて、そう俯きながら言うと
冬木さんが、立ち上がり隣に座ってきた。
"え?え?なに?"
突然のことに、状況が理解できない私の腰に手を回して
「ほんと?本当にそれだけ?麗、嘘ついてたらキスするよ?」
と、密着しながら吐息がかかるほどの距離でそう言った。
「・・え?冬木さん、、いやいやそんな、ちょっと・・。
嘘じゃないです。そんな冗談言っちゃダメですよ・・。」
私は、内心バクバクしているのを隠して
なんとか困り笑いしながら、密着した体を離し、咄嗟に返した。
冬木さんの匂いが、温もりが身体を熱くさせた。
そんな状況の中、
ナイスなタイミングで、お寿司盛り合わせが運ばれてきた。
冬木さんは腑に落ちない表情で、私の隣から立ち上がり
元の位置に戻った。
"今日の冬木さん・・どうしちゃったんだろう・・"
戸惑う私をよそに、冬木さんは嬉しそうにお寿司を眺めていた。。




