二章 依頼
私は幼い頃、両親を亡くした。2人とも訳も分からないまま死んだ。今思えば疫病だったのかもしれない。最初に母が倒れ、父が必死の看病をしたにも関わらず容態は悪化。父も同じ症状が出始めた頃には、母は死んでしまった。父は悲しみに明け暮れ、毎晩泣いた。そして母の死からわずか1週間程で父も母のあとを追っていった。そして、おばあちゃんに引き取られ今は酒場のお手伝いをしてなんとか暮らしている。
そして先月、おばあちゃんにも父と同じ症状が出始めた。おばあちゃんは、朦朧としながらも、「ごめんね、ごめんね、」と繰り返していた。
――――――無力だ。
私はただ泣いた。もう涙なんか出てこないほどに。
――――――私なら良かったのに。
いつからかそう思うようになっていた。ただ、そんなことを考えながらも、生活する分のお金は稼がなくてはならない。今日も酒場の手伝いをして、家に帰る。ただそれだけのはずだった。
――――――ねぇ、
また空耳だ。
――――――だからちがうって!
はぁ...どんだけ疲れてんだ。私。
――――――話聞くだけでもいいからさっ!
最近疲れのせいか幻聴に悩まされている。幻聴もいい加減にして欲しい。私は見えるものしか信じないというのにこの無意味な幻聴はただ腹が立つだけだ。
――――――え、なに、姿見せたら信じてくれるの?
そん時は信じてやろうじゃんか。
「はぁ...私何やってんだろ。幻聴と話なんか始めて...」
状況を打破するべく、あえて口に出した。
「はぁ...なんで信じてくれないかなぁ...ずぅっと話しかけてやっとこれだよ...」
突然の声に驚いて振り返る。
「やぁ。」
普通だったらここで叫び声の一つでもあげて逃げ出すだろう。でも、私は違った。いや、正確には彼は違ったと言うべきか。どこか安心するような、温かい気持ちになった。歳は私の少し下だろうか。絹のようにきめ細やかな金色の髪にくせっ毛をつくっている。
「全然信じてくれないからかなしいよー」
最近発明されたガス灯が、2人の頬を暖かく照らす。
不思議と彼に恐怖心はない。
「ねーねー生きてるー?」
私が絶句していると彼は私の目を覗き込んできた。とても透き通った綺麗な目だ。色は...何色だろ。空の色をミルクで溶かしたような甘ったるい青色をしている。
「あ、うん。」
私が我に返って返事をすると彼は満足そうに微笑んだ。
「これで信じてくれるよね?」
私はさっきの脳内での会話を思い出した。あれは本物だったのか。
私は無言で頷いた。
「でさー君なんか困ってない?」
「君は...誰?」
「ふっふーん♪図星でしょ〜♪」
私の言葉なんて無視して、上機嫌だ。
「僕ねーいい人知ってるよー?」
彼に私の質問に答える気はさらさらないらしい。
「今君がたってるこの道があるでしょ?」
彼は2人が立っている石畳の道を指さした。
「この道を、あっちの山に向かって―――」
ゆっくりとそのしなやかな指先を山の方に向かって動かす。
「真っ直ぐ進んで。突き当たりのおうちにかわいい女の子がいるから、その子に頼めばいいよ。」
少年はまた手をさげ、透き通った色の眼差しでにっこりと笑う。段々と吸い込まれていく感覚。すうっと体の力が抜けた時、
――――――消えた。
彼が立っていたところをガス灯の明かりが暖かくてらしていた。
その後のことは覚えていない。気がつくとベッドで朝を迎えていた。床に伏しているおばあちゃんに食べやすいお粥を作って食べさせる。そして、軽く身支度を済ませる。昨日の少年の言葉が鮮明に残っている。ただ、一つ気がかりがある。少年が示したあの場所、私はあの場所について聞いたことがある。
――――――魔女の家だ。
彼が示した場所、そこには魔女が住んでいると噂になっていた。
だが、魔女についての悪い噂を聞かない。巷では、逆にそれが不気味で誰も近づかないと言う。
私は家から出発し、道なりにまっすぐ歩き続けた。さほど遠くはない距離。石畳だった道も途中で獣道のように山中に続く道になった。少しづつ道が険しくなり、木々が生い茂ってゆき、日光を遮る。ただ、なぜかその道を照らす光だけは、遮られることもなく道に降り注いでいた。
暫く獣道を歩くと、生い茂った木々がまるく開けた場所に出た。そのまるの真ん中に小さな家があった。まるでカフェのような建物。
――――――かわいい。
年頃の女の子にうけそうな可愛い作りをしている。石造りで出来ているので可愛い色合いでこそないが、全体的な造りで設計した人のセンスの良さを感じさせる。
真っ赤な屋根から煙突が伸びて、煙がもくもくと出ている。近づいてみると、大きなドアが見える。木のドアにくもりガラスがはまっていて、奥からオレンジ色の光が漏れている。
――――――ほんとにここ魔女の家なんだろうか。
絵本で読んだ魔女の家はもっとツタがグルグルで汚ったないイメージがあったが、そんなことは無さそうだ。
......いや、まてよ?
――――――魔女の罠だったらどうする?
絵本ではお菓子で出来た家で子供をおびき寄せて捕まえようとしていた。これもそういう類のやつなのではないか。
ああやばいどうしよこれ捕まっちゃうやつじゃない?これマズいんじゃない?もう日頃のクールービューティーな私なんてもう被ってらんない!あああああああああああああまずいまずい!もういいや扉開けてやる!なんかしようものなら私自慢のヘッドバットで頭かち割ってやる!
私は素早くドアに手をかけたが、ドアに手が触れた瞬間、いつものクールビューティが戻ってきた。これが賢者モードってやつか。
――――――――――――――――――――――――
「あ、そうだ、」
目の前の女の子が付け足す。
「なんでもったって『無限にお金が湧き出るカナヅチをだしてくださーい!』とかやめてよ?」
さすがに魔女でも限界があるのか。
「まあ、別に出来ないわけじゃないけど、それやったら人として終わりだと思うし、何よりほかが人に私の魔法で利益ばっかり得るのは悔しい!」
この人意外と器が小さいみたいだ。
「はぁ!?そんな事言わないで!?小さくないから!?この空よりも広い心を持ってるから!?」
いやいやでも悔しいとか言ってる時点で―――
――――――まてよ。
――――――心を読まれてる?
「あっはははははははははははっ!」
すると魔女がとても可笑しそうに笑った。
「読んでないしっ!君、思ってることが口に出てるからっ!」
「えっ、」
「あ〜可笑しいっ!無自覚だったのっ?天然!?天然なの!?」
めっちゃ馬鹿にされた。恥ずかしい。
今度は声に出して滅茶苦茶に笑ったあと、
「で、結局何しに来たの〜?」
と真面目な話に戻そうとしたが、口はにんまりしたままだった。
向こうも真面目な話にしようとしているので、私のおばあちゃんの話をした。すると、
「ああ、そんなこと〜?症状からみても病気に心当たりがあるよ〜魔法使うまでも無いかな〜」
どうやらこの家から伸びる道をまっすぐ進むと病気に効く薬草があるらしい。
「でも、だいぶ歩くよ〜。山1個こえないといけないんだよね〜」
私は歩くことこそ嫌いなのだが、おばあちゃんが助かるなら四肢を失ったっていいと思っている。山1個分なんて安いものだ。
「ね〜」
魔女はなんだか苦しそうだ。
「そろそろフードとってもいい〜?」
「え、いいわよ?」
私はあくまでクールビューティを保っている。
「ありがと〜...ぷはぁ!」
フードを外した彼女の顔は、とても整っていた。目は少し垂れ気味ではあるが、大きい。長く伸びた黒髪が彼女の透き通るような白い肌ととてもよく合っている。
「いや〜フードは暑くて暑くてね〜」
「じゃあなんで被ってたのよ」
「え〜だってさ〜初対面だよ〜?」
あ、この人キャラの割に人見知りするタイプなのか。
「魔女感?欲しいじゃん?」
違った。謎のプライド持ってるタイプだ。
「そーいえばさ〜」
この人一つの話を長時間できないタイプでもあるようだ。
「君の名前は何ていうの〜?」
そういえば名乗ってなかったな。
私は愛用のメガネをクイッとあげて、背筋を伸ばして答える。
「私の名前はリッカにょ。」
私の顔に全身の血が集まったかのように真っ赤になって、彼女が家中のガラスが砕けんばかりに笑ったのは言うまでもない。
さぁ、二話にしてまさかの展開っ!
主人公、実はメガネっ娘でドジっ娘!
筆者が途中でめんどくならなければ続きます。
次の章はね...『魔女狩り』ですかね( ^ω^ )