プロローグ
「もうすぐだから、あと少し。がんばって。」
「わかってるよ。それより、真理香こそ足は痛くないのか?」
空が茜色に染まる夕暮れ時、決して舗装されているとは言えない山道を歩く私たちは、辺りが暗くなるにつれて、お互いを励ますように声を掛け合った。
おそらくは、不安な気持ちを紛らわすためだったのだと思うのです。いつもは無口な慶太くんですが、この時ばかりは、私のことを心配してくれていたからです。こんなやさしい言葉を掛けてくれるなんてーーっと、少しうれしい気持ちになったところで、ようやく目的地が見えて来ました。
「見て、慶太くん。ここが例のーー」
「…………」
獣道とは言えない、急な坂道でもない山道でしたが、まだ小学生の私たちとしては、辺りの暗さもあり、ちょっとしたどころではない達成感に満たされていました。
いや、目的を達成した訳ではないので、正直、達成感に浸っている場合ではないのでしょうが、辺り一面に広がる野花の美しさにあきれるばかりでした。
お願い山。
正式名称を祈願山と言い、その頂きにはかつて、『願い神』と呼ばれる神様を祀っていた神社があったそうですが、跡取りがいなく、数十年前の大きな地震の被害を受け、現在神社は見る影もなくなっていました。
このお願い山には、古くから言い伝えがあり、『願い神』にお願いすると、どんな願いでも叶えてくれるーーと、いうものです。
ここは、かつて神社があった、お願い山の頂きに広がるお花畑。正面にそびえる山の峰には日が沈む姿が神秘的であり、あとを追うように暗闇が広がる様は、どことなく私が抱えている不安を象徴しているようで、魅せられてしまいました。
そんな私に、ねぇーーと声を掛ける慶太くん。正面の神秘的な光景には目くれず、視線をやや左の方に向け、指を指していました。慶太くんの指を指す方にへと、視線を向けると、私たちの他には誰もいないと思っていたのですが、年配の男女。見つめ会ったままで、おそらくは私たちには気づいていないようでした。
まるで、時が止まってしまっているかのように、二人は見つめ会ったまま動くことはなく、こんな時間に、こんな場所にはいる二人を見ていると、何か訳ありのように考えてしまう。
やがて、少し肌寒い風が野原に吹くと、止まっていた時が動き出すように、二人は重なり合った。
お願い山。
二つの重なる影。
そして、私たち……。