女王達の約束
季節は秋。木々が色づき、美しく、天気の良い、そんなある日のこと。春の女王様、夏の女王様、冬の女王様は侍女を連れて庭でお茶をしていました。
「もうすぐ冬ね。あなたはそろそろ塔に行く季節ね?こうしてお茶できるのも今のうちだけね。」
「あなたの季節は雪景色だから、庭でお茶。というわけにもいかないからなぁ。」
「そうね。そろそろ支度をしなくてはいけないわね。 」
冬の女王様は笑って言い、他の女王様もニコニコと笑って楽しいお茶会です。
庭には木々が生い茂り、木の実もたくさん落ちています。冬の女王様がそろそろ塔に行くと言ったためか、先ほどから森の動物達も冬ごもりの準備に大忙しの様子です。女王様達はその様子を眺めながらのんびりとお茶を飲んでいました。そこに1頭のメス熊が現れました。
「あら、熊さん。あなたも冬ごもりの準備?」
冬の女王様は熊に話かけました。
「ええ。あなた様が塔に行くと寒くなり、食料がなくなりますからね。準備をしなくては。でも、次の夏には私も子ども達とお別れなので、親子でのんびり過ごせるのがこの冬が最後です。冬が早く過ぎてしまうのは少し寂しいですね。」
熊は冬の女王様の問いに少し寂しげに答えました。
「じゃあ、熊さん親子が少しでも一緒にいられるよう私は塔に行くのは遅らせようかしら?」
春の女王様はふふふっといたずらに笑って言うと、
「えぇ。充分に冬ごもりの準備は整ってますから、そうして頂けると嬉しいですね。」
熊はそう笑って返すと、森の中へ去って行きました。熊は春の女王様の言葉を冗談だと思い、そう答えてしまったのです。女王様達はそうとも知らず、
「熊さんとの約束は守らないとね。」
「ええ、そうね。」
「じゃあ、そうしましょう」
そう言ってみんなで、クスクスと笑ったのでした。ただ、熊の親子が幸せな時間を長く過ごせるようにと願い、女王様達はその約束を守ろうとしただけだったのです。この時はその約束でたくさんの人たちが困ることなど全く考えもしなかったのです。
季節は巡り、冬の女王様は塔にやってきました。冬の女王様はこの冬が長くなることを知っていたので、塔に入っている間に読むためにたくさんの本を用意しました。冬の女王様がやってきた時、いつもよりもたくさんの荷物に衛兵は不思議に思いましたが、本が好きな冬の女王様のことなので、なにも言いませんでした。
春の女王様も夏の女王様もしばらく自分は塔に行く必要もないと思っていたので、暖かい部屋で大好きな刺繍をしたり、音楽を聞いて過ごしました。そして長い長い冬に堪え兼ねた王様はついにお触れを出しましたが、3人の女王様達は趣味に没頭し過ぎて誰もお触れに気づくことは残念ながらありませんでした。
しかし、冬が長引いている理由を知っているのは3人の女王だけではありませんでした。それはお茶会で一部始終を眺めていた3人の女王様の侍女達でした。
1人の侍女は望む褒美が貰えると聞き、他の侍女に先を越されまいと、女王様達と約束をした熊を探しに山へと出かけて行きました。冬が長引いていたので、山は雪深く、普通に歩くこともままなりません。褒美が他の侍女に取られてしまうのを恐れたため、侍女はなんの準備をしていませんでした。
「誰にも…渡さない…んだから!私は一生…楽して…暮らすんだから!」
雪も降ってきました。容赦なく、雪が侍女の身体の自由を奪って行きます。
「こんなことには負けない…褒美は私のものよ!」
そう侍女は叫びました。すると、前方の岩陰から声が聞こえました。
「そりゃ聞き捨てならないな。そこの女、褒美が貰えるのか?」
そこには男が3人立っていました。侍女は答えます。
「そうよ。でも、お生憎様。なにも喋らないわよ。」
「ほぅ。その言葉、これを見ても言えるのかい?」
男達は背後から剣を出し、侍女に突きつけました。男達は盗賊だったのです。冬が長引いて、不作になり、生活に困り果てた一部の人々が盗賊に身を貶していたのでした。侍女は小さく「ひっ!」と声を上げました。しかし、
「喋らないわよ!絶対に喋らない!」
頑なに口を閉ざしました。男達はニヤリと下品に笑い、力ずくで侍女の身包みを剥いで言いました。
「命が惜しくば、褒美のもらい方を話すんだな!」
このままではどちらにしても死んでしまう。そう思った侍女は観念して女王様達の約束を盗賊達に話しました。そして今は約束をした熊を探してもう春が来て欲しいとお願いしてもらうつもりだったと。その話を聞いた盗賊達はまたしてもニヤリと笑って侍女に言いました。
「そうか、ありがとよ?命だけは助けてやるよ。折角だから、コレはもらっておくがな!」
男達は侍女に持ち物を返さずに、雪の中に消えて行きました。
「そんな!約束が違うわ!命だけは助けてくれるって…言ったじゃない…。」
侍女の言葉は雪にかき消されてしまいました。
残り2人の侍女達はお触れを聞いた時はなにも思っていませんでした。しかし、たくさんの民が困り、盗賊に身を貶すものもでているという話を聞いて、やっと王女様達の約束がたくさんの人々に迷惑をかけてしまったことに気がつきました。2人は困ってしまいました。女王様達に直接話せば良いのでしょうが、主人達の約束なので、侍女は口出しができません。2人の侍女は秋の女王様の侍女に相談をして、秋の女王様に他の女王様にお話をしてもらうことにしました。
秋の女王様は、春の女王様と、夏の女王様を庭に呼んでお茶会を開きました。
「寒いな…。」
「そうですわね…。」
口々にいう春の女王様と夏の女王様に秋の女王様は困った顔をして言いました。
「こう寒い日が続くと人々はもっと困るのですよ?私達はただ暖かいところに居れば良いですが、そうではない人たちもいるのです。」
秋の女王様は温かい紅茶を一口飲むと、白い息を吐きました。夏の女王様は慌てて言います。
「でも、そう約束したんだ。」
「熊さんが子どもと離れがたいのはきっと本心でしょうけど、本来来るべき時が来ないのはどうですか?熊さんもきっと困っていますよ?約束を守ることはもちろん大切ですが。本当にそれで幸せだと思いますか?」
秋の女王様がそういうと、春の女王様と夏の女王様は俯いてしまいました。
「それがわかったら、塔に冬の女王を迎えに行きましょう?春の女王の役目ですよ?お茶が終わってからでいいですからね。」
「妾は寒いから失礼するよ、春の女王、頼んだよ?」
ばつの悪そうな顔をして、夏の女王様は帰って行きました。
「妾も!塔に行く準備をしなくてはいけません!」
春の女王様も夏の女王様の後を追うように急いで帰って行きました。秋の女王様は白い息を吐くと呟きました。
「やれやれ。誰も間違いを指摘して貰えない立場というのも問題ですね…。すっかりお茶も冷めてしまいました。」
止むことなく雪が降り続ける庭で秋の女王様は残りのお茶を飲み干しました。
翌日、春の女王様は塔に冬の女王様を迎えに行きました。冬の女王様はもう少し塔にいるつもりでしたが、春の女王様に昨日のお茶会での話を聞かされて驚きました。自分達のしたことが大変なことであったことに気がつき、急いで塔を出る支度をして、春の女王様と交代しました。
春の女王様が塔に入ると、雪は溶け、暖かな日差しが降り注ぎました。春がやってきたのです。動物達も冬眠から覚め、動き出します。王様と民も春が来たことを喜びました。秋の女王様は王様に言いました。
「この春が来たのは侍女達のおかげです。褒美は侍女達にお願いします。」
「では、褒美は何が欲しい?」
王様は残っている侍女達に聞きました。
「では、恐れながらお願いいたします。私どもや女王様方が民と話す機会を増やしてください。私どもが当たり前だと思っていることは民の当たり前とは違うことを知りました。誰かの意見を聞いたり、冗談を言ったりして…女王様方と一緒にそのような経験をしてみたいのです…。」
王様はポカンと口を開けて言いました。
「そんなことで良いのか?では季節が巡る際には国中で茶会を催すことにしよう。そして、おまえ達には別に褒美を取らせよう。聞いても、主人思いのおまえ達は自分のことは言わまい。だから儂が勝手に褒美は決めるぞ。」
王様は豪快に笑っていい、秋の女王様と冬の女王様は侍女達を見て優しく笑いました。
こうしてこの国では季節が巡る際にお祭りが開かれるようになり、二度と季節が巡らないと言うことは無くなりましたとさ。おしまい。
読んでくださってありがとうございます!