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CASE2:初見夏希 その3

 デートは続行中。静也は美名子と共に二人の後をつけている。付かず離れず30メートルくらいの距離を維持し、決して二人の後頭部には視線を送らず靴とバッグで本人確認を行う。一挙一動を機敏に捉えて次の行動を予測し、見失ってしまう事を防ぐ。


 ネットや書籍で調べ実践してきた尾行の技術がこういう風に役立つ時が来るなど予想もしていなかった。


 ちなみに、静也は安富に顔を知られているので変装もしていた。とはいえ、大げさな改造を行ったわけではない。伊達眼鏡とニット帽を身につけただけ。ちょっとした工夫で印象はガラリと変わるもの。大事なのは目立たない事だと某興信所のHPに記載されていた。


 問題なのは美名子の変装だ。静也は隣へと据わった目を向ける。


「テメー、いくらなんでもソレはねーだろ」


 夏希主導の下、ギャルへと変貌を遂げている。金髪のウィッグを被り、ラメ入りアイライナーとクルクルのゴージャスつけ睫毛で目元を強調している。服装も相応に露出が多く派手だ。


「むぅっ……失礼な! 一部の隙も無い完璧な変装だろう!?」


 美名子が不満げに鼻を鳴らした。


 静也は肩をすくめる。まあ、いいだろう。いささか目立つとはいえ、安富もまさか美名子がこんな恰好をしているとは夢にも思うまい。


 夏希達が街角のアパレルショップに立ち寄る。夏希は安富そっちのけで服選びに集中し始めた。


 静也と美名子も店内に足を踏み入れ、離れた位置で仲睦まじく服選びをしているカップルを装う。


「あ、あー! こ、この服……イケて……じゃん。ち、チョベリグー! な、ナウくてパナいってカンジぃ……み、みたいなぁ~? し、静也にま、マジ似合うんです、けどぉ……う、ウケるー!」


 彼女という役どころをまっとうせんとしてか、美名子が硬い声音で静也に話しかけ、手近な服を引っ掴んで突き出す。


「……その棒読み演技はなんだよ。無理してギャル言葉を使おうとしやがって。使いどころがズレてる上、一昔前の死語が混ざってんぞ。しかも今、手にしてんのは女物じゃねーか……」


 ロボットのごとく表情を強張らせ、ぎこちない挙動を見せる美名子を前に、静也は嘆息した。

そこから一時間以上経過する。女の買い物は長いというが、待たされる立場としてはたまったものではあるまい。


「なあ……そろそろ行かないか?」

「んー、もうちょっと待って」


 静也が手に持つ無線機が遠くにいる夏希達のやり取りを拾う。静也は事前に集音機能付きの小型発信器を夏希に手渡し、隠し持たせておいた。


「名和、質問してもいいか?」


 美名子が控えめな声量で静也に耳打ちする。ギャルのフリをするのはとうの昔に諦めていた。


「手短にな。初見達の会話を聞き漏らしちまう」

「なぜ君はこんないかがわしい道具を所持しているのだ?」


 美名子の問いに答える代わり、静也はニヤリと笑ってみせた。


 デートの間中ずっと、静也は後ろから夏希達の様子を窺い、その場その場で夏希に指示を出していく。


 荷物持ちを買って出た安富に対し、礼すら言わないよう夏希に命じた。


 安富がデートを盛り上げようと、おススメのスポットに行かないかと誘ってきた時は、夏希に「疲れたから、どこかで休みたい」の一言でバッサリ切り捨てさせる。


 安富の配慮をことごとく無碍にしてやった。


 隣を歩く美名子が呆れている。


「よくもまあ、ここまで人の好意を踏み躙れるものだ。安富に同情するよ」

「テメーは黙ってろ。そもそも、なんでオレについてきた? 今回は出番なんざまったくねーんだから、来なくてもよかったのに」

「そうもいくまい。すっかり君に手綱を握られてしまっているが……元はと言えば、これは私が引き受けた話だ。最後まで見届ける義務がある」

「おーおー、真面目なこって」


 夏希がやんわりと断り続けても、安富は諦めないだろう。


 ならば、あえて誘いに乗り、夏希に好感度が下がるよう振る舞わせればいい。引いてダメなら押してみろ、と。つまり、これはそういうこと。


 気付けば、日が暮れている。夏希達は最初の広場まで戻ってきていた。当初の予定では、ここで解散である。


「さて、仕上げだ」


 静也は一人ごちた。今日一日の成果を待ち受ける。


 ■ ■ ■


「今日はどうだった?」


 夏希は安富と向かい合う。


「お前、マジでいったいどうしちまったんだよ……? 学校と全然キャラ違うじゃねえか」


 安富が絞り出すように声を発した。すっかり疲弊しているように見えた。


 夏希は悪びれず開き直る。


「ぶっちゃけ、ケーベツしたっしょ? 実はウチ、超ワガママなんだよね。今まで付き合ってきたオトコ達は皆、ウチから離れていった」


 嘘をついた。男の人と付き合った事などない。


「この前、『今は恋愛するつもりない』って言ったけど……アレ、嘘だから。付き合う以上はウチのキャラに合わせてもらいたいけど、そんな都合のいいオトコいないじゃん? メンドくなって、誰とも付き合わないキャラで通してんの」


 安富が俯いている。あまりのショックで言葉もないのかもしれない。


 作戦は成功。夏希は内心でグッと拳を握りしめ、安富の下を去ろうとする。


「ゴメン、そういう事だから――」

「それでも、俺はお前の事が好きだ!」


 しかし安富の叫びが夏希の足を縫い止めた。


 安富が夏希に詰め寄る。


「お前がどんな奴でも構わねえ! 全てを受け入れる! だから俺と付き合ってくれ!」


 ここまでしても諦めないのか。夏希は安富の想いの丈の強さに圧倒されていた。どう対処すべきか、自分一人では判断しかねる。ぜひ静也の判断を仰ぎたい。


 しかし、同時に罪悪感も胸に湧き上がる。今日一日、夏希は安富に数々のひどい仕打ちを行った。それでもなお、安富は真正面から想いをぶつけてきたのだ。ここで静也に頼って逃げるのはあまりに失礼ではないか?


「そこまで言うなら、ウチの正直な気持ちを伝えるね」

「お、おう……どんとこい!」


 安富が期待と緊張に満ちた面持ちで夏希の言葉を待つ。


 夏希は意を決して口を開く。


「公徳の想いは嬉しい――けど、応えられない。ウチ、好きな人がいるの……」


 今度は嘘ではなかった。


 その一言を耳にして、安富が顔面蒼白になる。


「そ、んな……」


 力なくその場にくずおれた。


「二度も嘘ついてゴメン」


 労わるように声をかけてから、夏希は歩き出した。安富の哀れな姿に後ろ髪引かれるが、決して振り返らない。


 ■ ■ ■


 静也は一連の事態が収束する様を見守っていた。


 安富が広場の片隅で手と膝をついている。


 夏希が安富に背を向け、広場を後にした。呼応して、静也と美名子も動き出す。


「オマエ……最後のはなんだよ?」


 安富の姿が見えなくなったところで、静也は夏希に接近しその背に声をかけた。


「せっかく計画通りに進んでいたのに。なんでオレの判断を待たなかった? 独断で動くなら、もっと上手くやれよ」


 こちらへ振り返った夏希が肩をすくめる。


「仕方ないじゃん。メールを読める状況でもなかったし……あれ以上、不誠実に振る舞うのは公徳に申し訳ないでしょ!」

「既に手遅れレベルだっただろーが。絶対、安富に恨まれてるからな? 変な噂流されてハブられても知らねーぞ、オマエ」


 夏希がいたずらっ子のような表情で静也を見つめる。


「あっれー? ウザ也君、ウチのこと心配してくれてんの?」


 静也は鬱陶しそうに首を横に振った。


「自惚れんじゃねー。せっかくオレが計画を立ててやったのに、全部無駄にしてくれたのが許せねーだけだよ」

「はいはい。昔と変わらず素直じゃないね、アンタは……ちょっと安心した」

「…………」

「まあ、後は自分でなんとかするよ。ウチはアンタが言うところのリア充だから、人間関係の調整も得意だし。色々、ありがとね。久しぶりにアンタと話せて嬉しかった」


 静也は夏希の温かな眼差しを避けるようにそっぽを向いた。


 夏希がそんな静也の様子に苦笑してから、美名子に向き直る。


「宮本さんもありがとう!」

「いやなに、礼を言われるほどの事じゃないさ」

「実際、テメーはなにもしてねーからな」


 美名子が静也の突っ込みを無視して夏希との会話を続行する。


「それに、礼を言うのはこちらの方だ。まるで探偵にでもなったかのような気分を味わえた。いい勉強になったよ」

「テメー、実は尾行を楽しんでやがったな。ストーカーかよ」

「一々口を挟んでくれるな、名和。無粋だぞ」


 美名子が不満げに唇を尖らせる。


「そうだそうだ! コイツってば、ホントにKYだからねー。子供の頃からそうなんだよ」


 夏希が美名子に同調するように静也をなじった。


「ほう……よければ、名和の幼い頃の話を聞かせてくれないか? 彼の人となりを知るいい機会だ」

「いいよ! ……そうだ、よかったら連絡先交換しない? ウチ、前から宮本さんとお話ししてみたいと思ってたんだ♪」

「それはこちらも望むところだ。当世風の女学生の間で流行している話題について色々とご教授願いたい」

「アハハ! 『当世風の女学生』って言い回し、古すぎだってば! そこは『イマドキの女子高生』と言いなよ」

「む、そうか……以後は改める」

「宮本さん、マジでサムライみたいなんだね」

「いささか大時代的すぎるきらいがある事は自覚しているよ」

「いいんじゃない? 宮本さんの場合、それがよく似合ってるし」

「しかし現代に生きる以上、世事に疎いままでいる訳にもいくまい。不束者ではあるが、仲良くしてもらえるとありがたい」

「じゃあさ、美名子って呼んでもいい?」

「もちろんだとも……では、こちらも夏希と呼ばせてもらおう」


 女子二人が今にも肩を組みそうな勢いで結託していく。


 静也はそんな姦しい光景を前に嘆息した。


 ■ ■ ■


 翌日の登校は気が重かった。休み明けだからではない。どんな顔をして安富に会えばいいかわからなかったからだ。


 夏希はおそるおそるクラスに顔を見せた。


「あっ、夏希じゃん。オハヨー」

「お、おはよう」


 級友達と挨拶を交わす。夏希の姿を見て、ぎこちない反応を示す者はいなかった。


 どうやら安富は夏希の悪評を広めていないらしい。


 昨日の内に、ある事ない事を言い触らされた挙げ句、友人達と気まずくなっている可能性も覚悟していたので拍子抜けする思いだった。


 夏希は男子の不良グループが集まった場所を見やる。


 輪の中心で安富が座っていた。昨日の別れ際に見せた落胆の色はもはや一ミリも残されていない。平然としている。こちらが思っていたよりショックは小さかったのだろうか?


(まあ、ゴチャゴチャ考えてもしょうがないか……)


 夏希は釈然としない思いを抱きつつ、ひとまず自分自身を納得させた。


 数分と経たぬ内に、美名子がクラスに姿を現す。


 夏希はパッと顔を輝かせて美名子に手を振った。


「美名子、おはよう!」

「ああ、夏希……おはよう」


 美名子が夏希に近寄る。


「その後、変わりはないか?」


 安富を一瞥してから夏希に問うた。


 夏希は言外の意図を察して答えを返す。


「うん、そういうのは今のところ大丈夫かな」

「ならばいいが……気になる事があれば、いつでも相談してくれ」


 そう言うと、美名子が夏希の下を離れた。そのまま自分の席に向かう。


 美名子が立ち去るや否や、友人達が夏希に群がった。


「夏希、いつの間に宮本さんと仲良くなったの?」

「ついこの前まで接点なんてなかったじゃん」

「……ちょっと、色々あってね」

「えー、気になる! 詳しく教えて!」

「いやいや、大した話じゃないよ?」


 夏希は彼女らの追求を適当にやり過ごす。


 しばらくして静也がクラスに足を踏み入れた。いつものように同級生達の嫌悪に満ちた視線をどこ吹く風と受け流し自席まで進んでいく。


 その間、彼に話しかける者などいない。


 夏希は常々、静也の現状を憂いていた。


 ここ最近は久しぶりに彼と話せていたではないか。昔みたいな関係に戻るチャンスかもしれない。神妙な面持ちで立ち上がりかける。


「夏希さ……まーた、ウザ也に話しかけるつもり?」

「いい加減やめなよ。夏希自身が損するだけだって」


 友人達がそれを止めた。


 夏希は彼女らの制止を振り切って静也の前に立つ。


「シズヤ、おはよう」


 名前をまともに呼んだのはいつ以来だろうか?


 しかし静也はものの見事に無視してくれた。こちらの気持ちも知らず。


 夏希は静也の机に手を叩きつける。


「シカトすんなしっ!」

「……オマエもしつこいな」


 静也が渋々といった感じで夏希を見る。


「なんでよ!? なんで、アンタ……そんな風になっちゃったの……?」


 夏希は懇願するように叫んだ。


 あの落盤事故以降、静也は変わってしまった。夏希も含めた周囲と距離を置き、ちょっかいをかけてきた人間には周りの迷惑も省みず制裁を与える。昔から人好きのするタイプではなかったが、今はそれに拍車がかかっていた。


 そのせいで夏希はもう一人の幼馴染、カオル――古藤田薫ことうだかおるともギクシャクして疎遠になってしまった。良くも悪くも、三人の関係は静也を主軸に回っていたのだろう。


 あの洞窟に行こうと提案したのは夏希だ。しかも静也は夏希達を庇って怪我を負った。

だから最初、夏希は静也に恨まれているのだと思った。


 けれど、静也はそこだけはキッパリと否定したのだ。他の質問には答えないくせに。


(話してくれないと、わかんないよ……!)


 何度、対話を試みようとも、静也は相手をしてくれない。


 夏希はムキになり――いつの間にやら、攻撃的な態度でしか静也と接する事ができなくなってしまっていた。


 おかげで周囲の友人達も、夏希が本気で静也を嫌っているのだと勘違いしている。


 そんなワケないではないか。いつだって名和静也は夏希の心の大きな部分を占めているのだ。


 女子のコミュニティというのはなにかと駆け引きを要求される。下に見られないように本音を隠す。間違いを正したり問題点を指摘したりせず、益体もない共感を示さねばらない時もある。流行の話題を逐一チェックし、付き合いの良さをアピールする。その是非は措くとして、端的に言うと「疲れる」のだ。常に気を張っていなければならない。


 しかし静也は口こそ悪いが、自分を偽らないし飾らない。


 だから夏希は静也の前でだけは素の自分を出せた。そばにいて安心できたのだ。


「なんとか言ってよ!」


 夏希は机から身を乗り出し、顔と顔を突き合わせた。静也の目に泣き出しそうな自分の顔が映っている。

 静也が無言で夏希の視線を受け止めている。


「……言っても、オマエにゃわかんねーよ」


 やがて、ゆっくりと目をそらした。


「――ッ!」


 夏希は悔しげに息を呑んだ。一転して静也からパッと身を離す。自分の席に戻るまで振り返らなかった。


 友人達が帰還した夏希を気遣わしげに見つめる。


 なにか声をかけられた気がしたが、もはや耳に入ってこなかった。


 ――そして、安富がそんな夏希へと粘つくような視線を注いでいた事にも気付かない。


 その後は何事もなく時間が過ぎていった。放課後になり、夏希は一人で帰路につく。友達から遊びに誘われていたが、そういう気分ではなかった。


 夏希はなんとなく空を見上げる。今の心情とは裏腹に、憎たらしいほど晴れ上がっていた。すぐに前を向く。しばらく進むと、人気のない通りに出た。


「――待てよ」


 不意に、背後から呼び止められる。振り返った先、安富が取り巻きをゾロゾロ引き連れて姿を現した。全員が夏希を睨みつけている。


 夏希は彼らの纏う物々しい雰囲気に気圧され後ずさった。


「昨日は世話になったなあ……ケジメつけさせてもらうぜ」


 安富が夏希を見据え、ひどく冷淡な声で告げた。

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