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CASE3:古藤田薫 その4

 数日後、再び炎上が起こった。


 放課後、静也は薫に呼び出され、その詳細を聞かされる。


 事の発端は薫がエゴサーチを行った事だった。曰く、人気モデルたるカオルに彼氏の存在が浮上したとのこと。どうやら公園における静也と薫のやり取りを、何者かに一部始終盗撮されていたらしい。ネットに複数の写真が上げられていた。


『マジでショック……カオルたんだけは俺達を裏切らないと思ってたのに……』

『青姦とか引くわ……カオルって淫乱なん?』

『死ね! 氏ねじゃなくて死ね! 俺の純情を返しやがれ!』


 薫に対する様々な罵詈雑言、怨嗟の声でネットが盛り上がっている。


 本来、モデルに彼氏疑惑が生じたところでさしたる問題にはならない。なぜならモデルとはあくまで同性の憧れたる存在だから。素敵な彼氏――静也が素敵かどうかはともかく――がいることも勲章の一つだ。


 しかし、薫の場合、ある種のアイドル的扱いを受けていた事が災いした。SNSで色々と活動した影響だろう。加えて、過去に彼氏はいないと公式で発言してしまっていた。


 複数の要因が絡み合ってネット住民達の好意が悪意へと一気に転換されていた。こんな事で最近の自助努力が水泡に帰してしまったというのか?


「コイツら、見事に掌返しやがって……」


 静也はスマホの画面を眺めながら吐き捨てる。


 薫の表情が暗い。それはネット住民達の裏切りに傷付いているというより、隠し撮りの犯人に思い当たってしまったからだろう。状況的にアイツが怪しいのは明白だった。


「そんな……まさか! あの子がそんな事する訳ない……!」

「どちらにせよ、本人に直接尋ねてみるべきじゃねーか? アイツが否定するならそれまでの話だ。オマエも黒い疑惑を抱えたままアイツと接し続けるのは辛いだろ?」


 静也は現実を受け止めきれずにいる薫を説得し、駅前の喫茶店に容疑者を呼び出させる。


 薫からの電話に出た容疑者はこちらの申し出にアッサリと応じてみせた。


 静也達が席について待っていると、容疑者が姿を現す。


「おっす、カオル! シズヤも! いきなりどうしたん?」


 ソイツ――海保亜衣が平然とした調子で静也達の対面に腰かけた。


「二人共、辛気臭い顔してるねー。悩み事なら相談に乗るよ!」


 なかなか喋ろうとしない薫に代わって、静也は話を切り出す。


「海保、また古藤田の炎上騒動が起こっているのを知っているか?」

「え、そうなの!?」


 海保が心底驚いたように目を丸くした。これが演技だとすれば、大した役者である。


「単刀直入に聞くぞ――お前が仕掛けたのか?」

「仕掛けたって……なにを?」

「全てだよ。オレと古藤田が二人っきりになるよう仕向けた上で、オレ達の様子を盗撮、それらしいように加工・編集する」


 思い返せば、昨日の海保は言動と振る舞いが一致していなかった。静也と薫が付き合っていると誤解している口ぶりだったくせに、薫の前で静也を誘惑するような素振りを見せる。それらは全て薫への嫌がらせだったとしたら?


「どうなんだよ?」


 詰め寄る静也に対し、海保がニコニコ笑顔を浮かべたまま沈黙する。


「違うよね? アイじゃない、よね……?」


 薫がようやく口を開いた。


「アイはいつもあたしの味方をしてくれた。あたしを気遣ってくれた……そんなアイがあたしにこんな仕打ちをする訳ないよね?」


 海保にすがるような視線を注ぐ。


 海保が深く俯いて、肩を振るわせ始めた。


「ふ、ふふ……ふふふ、あは……あははっ、アハハハアアアァ――ッ!」


 ややの間を置いて、顔を上げて大きく哄笑する。


「やっと気付いたんだ?」


 海保の声はひどく冷淡だった。薫に嗜虐的な目を向ける。


「そうだよ。私があんたを陥れたの」


 致命的な一言を耳にして、薫が顔を引きつらせた。


「どう、して……?」

「私ね……あんたの事、ずっと嫌いだったんだ!」


 海保が身勝手で残酷な真実を打ち明けていく。


「モデル業界がどれだけ過酷か、あんただってわかってるでしょ? 完全歩合制で仕事がなければ収入はなし。しかも、ランク分けされるから、底辺の子は大した賃金も貰えない! そのくせ、私服企画だと服を自前で用意しなければならず、採算がまったく合わない! 拘束時間もバカ長い!」


 海保の唇が三日月形に割れた。毒花が咲くような禍々しさ。先程までの朗らかさは見る影もない。


「そんな世界で生き抜くためには小賢しく立ち回るしかない! プロデューサーやスポンサーに必死で媚びを売って! ――なのに、あんたは違った! 大したコミュ力もないくせに、外見だけでとんとん拍子に出世して……今では、うちの事務所のホープにまでのし上がった! ……悔しいけど、私じゃあんたには敵わない」


 海保は垢ぬけたルックスをしているが、嫉妬を剥き出しにした姿は醜悪そのものだった。


「なによりも気に喰わないのは……あんたが現状に胡坐をかいていること! 『他の子とは格が違います』みたいな我が物顔をして……そのくせ、一度懐いた相手には気持ち悪いくらい尻尾を振っちゃってさあ……仲良しごっこをしたいなら他を当たりなよ? ライバル達をいかに利用し、出し抜いて、蹴落とすか――それがモデルの世界なんだ!」


 静也は薫を庇うようにテーブルから身を乗り出す。


「だからテメーは古藤田をハメたのか?」

「いつか思い知らせてやりたかった! ネットに詳しい奴が知人にいてね。ネタが燃えやすいように色々と細工をしてもらったの。色々な人達との交流があれば、こういう芸当も可能になるワケ――あっ、友達もいないカオルには無理だね!」


 海保に呼びかけられ、薫がビクッと身を竦める。


 静也は険しい表情で海保を睨み据えた。


「さっきから聞いてりゃ、勝手な事をベラベラと……! テメーは古藤田の事をなにもわかっちゃいねー! 我が物顔をしていた? ――不器用だから、どんな風に周囲と接すればいいかわからず、戸惑っていただけだ! 懐いた相手に尻尾を振った? ――それだけテメーを信用していたって事だろーが! テメーは心底ゲスだな!」


 海保が「おー、怖い」とオーバーなリアクションでおどけてみせる。


「カオル、優しい彼氏がいてよかったね! これからは彼に依存して生きていけばいいよ! 事務所で会っても、私に話しかけてこないでね、ウザいから!」

立ち上がった。クスクスと嘲笑の余韻を残して、この場を去っていく。

「オイ、待てよ!」


 静也は立ち上がりかける。だが、中途で動きを止めた。隣の薫がテーブルに突っ伏しているのが見えたのだ。


「カオル……」


 時折、薫の小さな嗚咽が聞こえてくる。


「ダメ、だった……あたしなんかが頑張っても、意味なんてなかった……」


 薫が悲痛な声でとつとつと呟いた。


「シズ君とナッちゃんがいなくなった後……虚勢を張って生きてきた! 一人でも、やっていけるんだって……証明したかった!」


 積年の懊悩をブチ撒ける薫の心痛はいかほどのものか。絶望の淵へと追い詰められ、奈落の底に堕ちようとしている。


 静也はその姿を痛ましく思い――それ以上に苛立ちを覚えた。


「違うだろ。オマエのこれまでの頑張りは海保なんかの言葉で否定されちまうほど浅いものじゃなかったはずだ!」


 薫の背を優しく撫でる。


 もう片方の手でスマホを操作し、SNSのサイトを開いた。薫のアカウントでサインインする。静也はオブザーバーという立場上、薫のアカウントのパスワードを把握していた。


 指でスライドし、送られてきたメッセージの中で、該当のものを探し出す。すぐに見つかった。


「ホラ、これ見てみろ」


 静也は薫を強引に起こし、スマホを突きつける。


「これ、は……?」


 薫が泣き腫らした顔で画面を見た。


 そのメッセージは先日送られてきたものだった。以前、薫がファッションの相談に乗った相手である。


『カオルたん! 以前お世話になったオタクの高校生です。アドバイス通りに身だしなみを整えてみたところ、同級生達から驚かれました。中には見違えたと褒めてくるヤツもいて……正直、今までバカにしてきたヤツらに掌を返された事には釈然としない思いを抱いていますが、自分なんかでも少しはマシな姿になれるんだと自信がつきました! 世界が広がった思いです! 全部、カオルたんのおかげです! 本当にありがとうございました!』


 薫が食い入るようにメッセージを眺めていた。


 他にも多くの者達から薫に感謝の言葉が届いている。


「な、オマエのおかげで変われたヤツはいっぱいいる。それでも、意味なんてなかったと言うのか?」

「…………」

「言われっぱなしじゃ悔しいだろ? オマエはなにもない人間なんかじゃないと海保を見返してやりてーよな?」

「でも、どうやって?」

「再炎上が起こったと知ってから今まで、オレはこの局面を打開する方法を考えていた――思うに、別の方向からのアプローチが必要だろう」


 単純に、海保に復讐がしたいのであれば、海保を貶めてやればいい。海保は薫を陥れる為に色々と策を弄した。その証拠を掴んで暴露する。


 しかしそれではダメだ。薫が救われない。相手の株を下げても、自分の株は上がらないのだ。


 だから、必要なのは薫自身の悪印象を再び払拭すること。


「SNSでメッセージを発信する作戦はもう通用しねー……が、オマエは持ってるじゃねーか、人に興味を持ってもらえるおあつらえ向きの特技モノを」


 これはいつもの静也らしからぬ策だ。正々堂々、立ち回るのは美名子の領分だろう。それでも、今回ばかりは美名子に倣うと決めた。


「どうよ、乗るか?」


 薫がしばし逡巡を見せる。


「……あたし、やってみたい。アイに負けたくない」


 やがて、ゆっくりと頷いた。


 ■ ■ ■


 反撃の準備を整える間に二週間が経過した。既に六月に入っている。


 成果は着々と出ていた。その証拠に、静也と薫は以前と同じ喫茶店を訪れていた。今度は逆に、海保の方から呼び出されている。


 自分で呼び出したくせに海保は遅れて登場した。


「どういう事よ!」


 テーブルに手を叩きつけて、開口一番怒鳴る。


 静也は海保にヘラヘラと笑いかける。


「どういう事もなにも……見ての通りだよ。テメーだって、一連の流れは把握してるはずだぞ。これまで粘着ストーカーばりにカオルの動向をチェックしていたんだからな」


 海保が歯噛みした。


 静也が取った策、それは――


「コイツは昔から木彫り細工が得意でな。その特技を衆目に晒した……結果、予想以上の反響が出たというだけの話だ」


 薫が今まで作ってきた作品をSNSやブログに掲載した。熊や兎など動物を模した人形や花を描いた壁掛け用レリーフ、果ては仏像まで。簡単な木彫り細工を実演で作る動画を公開したりもした。


 作品のクオリティは凄まじく、またたく間にその評判が世間に広がっていった。普段、モデルなどに興味を示さない老年層にまでカオルの名が伝わっているという。


 職人系モデルという異色のキャラクターの出来上がりだ。


 静也は薫に誇らしげな眼差しを向ける。


「聞くところによれば、全国放送の番組から出演のオファーがきてるみたいじゃねーか! ――それにひきかえ……」


 いったん言葉を切ってから、海保に侮蔑の一瞥をくれてやった。


「同じモデルでも……えらく差がついたモンだな、オイ」

「だ、黙れよ! あんたなんかに、私の事がわかってたまるか!」


 海保が目を血走らせて咆える。


 しかし静也は海保の怒りをそよ風のごとく受け流した。


「わかりたくもねーよ。テメーみたいなブスの事なんざ」

「こ、の――ッ!」


 海保が静也に詰め寄り、衝動的に手を振り上げる。


 だが、その手が振り下ろされる事はなかった。素早く立ち上がった薫が海保へと手を伸ばし、先にその頬を張っていたのだ。パンッという乾いた音が静也の耳朶を震わせる。


 海保が愕然とした顔になっていた。


 薫が破顔する。人形の口角を無理矢理引っ張ったかのような歪さ。


「ありがとう。アイのおかげで……あたしは強くなれた」

「……ッ!」


 海保が言い返す事なく踵を返す。


 静也は逃げるような海保の背を見送った。


 海保の姿が消えたタイミングで薫がよろける。静也にしなだれかかった。


「よく頑張ったな」


 静也は薫の身体を支えてやる。今回はしくじらない。


 薫の表情は病人のごとく蒼褪めていた。未だ、海保に裏切られたショックから立ち直りきれてはいないらしい。


「手を、握ってくれる?」


 薫が控えめな声を発した。


 静也は応じて薫の手を握りしめる。もはや痛みを感じぬこの身体といえど、掌にはちゃんと柔らかな感触が伝わっていた。


(……ん?)


 今更になって自分がどんな状態であるのかを悟った。薫と――女の子と密着してしまっている。子供の頃は性別を意識した事などなかったが、薫は間違いなく魅力的な美少女だ。こんな公衆の面前で間違いを起こす事もあるまいが、精神衛生上よろしくないのは確か。胸が否応なく高鳴ってしまう。


(いや……コレはマズい、だろ!?)


 薫に悟られていないか、気が気ではなかった。


 その内に薫が静也から身を離した。名残惜しそうに見えるのは静也の自意識過剰か。


 静也は咳払いを一つ。


「お、そういえば……」


 さりげない風を装って自分の鞄からある物を取り出した。薫の前に差し出す。


「返しそびれていたモンだ」

「これは……!」


 薫が受け取ったそれは洞窟から見つけ出した宝物。やたら目つきの悪い狼を模した木彫り人形だった。


 薫が手元の人形を一心に見つめる。


「あの事故で失くしたと思ってた……」

「その、な……岩の下敷きになる直前、オレが手元に抱き寄せていたんだよ。病院に運び込まれる間も離さず握りしめていたらしい。オレ自身は意識がなかったから覚えてねーけど」

「まだ、残ってたんだ……ありがとう!」


 薫の嬉しそうな声を聞き、静也は照れ隠しに鼻をかく。


「ソレ、未完成だったんだろ? 七年越しに完成させたら……オレに見せてくれるか?」

「……うん!」


 薫が柔らかに微笑んだ。


 ■ ■ ■


「――という訳で、今回の案件を無事解決しといたぞ」


 翌日の水曜日、静也は放課後の生徒指導室へと足を運び、美名子に一連の顛末を話して聞かせた。


 美名子が痛恨の極みとばかり腕を前に突き上げ、拳を握りしめている。


「不甲斐ない! 今回は私の出番がまったくなかったではないか!」

「仕方ねーだろ。テメーは大会を目前に控えてんだ。そっちに集中すべきだろ」

「だ、だが――」


 なおも言い募ろうとする美名子を、静也は手で制した。


「それに……テメーはしっかり活躍してたさ」


 おそらく、美名子の影響を受けていなければ、静也はああいう形で事態を収束させる事などできなかっただろう。そういう意味では今回の一番の功労者は美名子だ。


「……意味がわからんのだが?」


 美名子がポカンとしていた。物問いたげな視線を静也によこす。


 静也は美名子の問いを黙殺し、意地悪く笑みを浮かべるに留めた。

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