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CASE3:古藤田薫 その3

「初めましてっ! カオルのモデル仲間の海保亜衣です! よろしくね、シズヤ!」


 海保と名乗った少女が気安い調子で静也の肩を叩いた。


「……ああ、よろしく」


 静也は戸惑いながら挨拶を返す。予期せぬ展開に未だ頭が追いついていない。


 週明けの平日。放課後になり、静也は連日と同じく薫との待ち合わせ場所へ歩を進めた。そのまま二人でネットカフェに向かう予定のはずが――なぜか今日に限って待ち合わせ場所にもう一人現れたのだ。


 静也は薫に近寄り、耳打ちする。


「テメー、どういう事だよ?」


 薫が静也に鋭い視線を向けながら詳しい事情を説明していった。昨日、海保が話の弾みで薫のSNS活動を見学したいと言い出したらしい。


「――そういう事だから。くれぐれも、アイに変な真似をしないでちょうだい」


 冷たく言い放ったきり、プイとそっぽを向いてしまう。


 海保がわざとらしく含み笑いを漏らす。


「ぐふふ、お二人のお邪魔はいたしませんので……さあ、行こう!」


 なにやら意味深な言葉を残し、勢い込んで歩き出した。海保の後に続く薫の顔が朱に染まって見えるのは錯覚だろうか。


 事前に断りなく海保を連れてきた事には呆れたが、とくに問題はあるまい。静也は嘆息してから海保達を追いかける。


 一行はネットカフェに到着した。いつものように個室にこもる。


 静也は部屋の端に置かれたソファに腰かけ、パソコンと睨めっこする薫の背を見守っていた。


 ここ数日でコツを掴んできたらしく、薫はユーザー達とのやり取りを静也の助言なしで無難にこなしている。もう一人でも大丈夫かもしれない。


 そんな事を考えていた時だった。


「……ッ!?」


 静也は声にならない悲鳴を上げる。


 いきなり、隣に座っていた海保が静也にもたれかかってきたのだ。しかも静也の手を上からぎゅっと握りしめる。


 静也には異性からのボディタッチへの免疫などない。


 海保が慌てふためく静也を目にして蠱惑的な笑みを浮かべる。


「こうしているのも暇だしさ……お二人の馴れ初めなんぞを聞かせてくれない?」


 甘えるような声で囁いた。


 ――カタ、カタタ! 薫がやけに大きな音を立ててタイピングする。


 静也は必死で声を絞り出した。


「て、テメー……ち、ちちち近っ――」

「んー、なにが?」


 海保が指に手を当ててトボけてみせる。媚びるような上目遣いが目に毒だった。


 ――カタ、カタタ、カタタタタ! 薫が静也達を一瞥する。すぐに前を向いた。


「シズヤ、どうしたのー?」


 海保が静也の顔を下から覗きこむ。やがて互いの唇が触れ合う距離まで肉薄した。


 ――バン! 薫が両手をキーボードに叩きつけ、立ち上がった。


「名和……! アイに変な事したら承知しないと言ったはずよね!」


 静也達を強引に引きはがす。


「オレが悪いのかよ!?」


 静也は気まずさを誤魔化すように叫んだ。


「あなた以外の誰に責任があるというの!」

「テメーの目は節穴かよ! どう見てもオレが海保に迫られてる状況だったじゃねーか!」

「デレデレと鼻の下を伸ばしていた分際で……言い訳は見苦しいのよ!」


 静也と薫は至近で怒鳴り合う。


「二人共、喧嘩はダメだぞ♪」


 しかし、全ての元凶はケロリとしたものだった。


 静也は怒り狂う薫を説き伏せ、作業を再開させる。薫がパソコン手前の椅子に座ったのを見計らい、自分もソファに腰を沈めた。なるべく海保と距離を空けて。


「ひっどーい! 軽い冗談のつもりだったのに……そんな警戒しなくてもじゃん!」


 海保がちこうよれとばかり静也を手招きする。


 静也は憮然とした表情で正面を見据えたまま海保に一瞥すら寄越さない。


 この女は……なにかヤバい。静也の直感がそう告げていた。


「ツレないなあ……」


 海保が肩をすくめる。


「それはともかくとして……さっきの質問に答えるぐらいはいいでしょ?」

「……オレが古藤田と出会ったのはガキの時分だ」

「へえ、幼馴染なんだ」

「すっかり疎遠になっちまったけどな。こうして今、一緒に行動しているのは必要に迫られたゆえの成り行きに過ぎねー」

「……そうね」


 薫が前を向いたまま話に乗ってきた。


「覆水、盆に返らず。事が済めば、この仮初の関係もアッサリ消え去る……元々は他でもない、あなたが終わらせたのよ?」

「そうだな」

「あなたとナッ――初見……二人と道を違え、あたしは路頭に迷った。情けない話だけど、当時のあたしはあなた達におんぶに抱っこの状態だったから……強くならねばならなかった。おかげで弱虫の殻を脱ぎ捨て、一人で立って歩けるようになった。そこだけは礼を言うわ」

「そうか」


 静也は薫との間に深い溝が横たわっている事を改めて実感する。そして、なぜかそれを口惜しいと思っていた。原因を作ったのは自分自身であるというのに厚かましい話だ。


 きっと、どこぞのサムライ女の影響だろう。あの女が夢みたいな事ばかり言うから、静也は絆されて「もう一度やり直せる」などと夢見てしまう――


「ちょっとヤメヤメ! 辛気臭いのはNGだよ!」


 不穏な空気を敏感に察したか、海保が両腕で大きくバッテンを作り、静也と薫の間に割り込む。


「あー、これは……私の質問が悪かったね。謝るよ」


 ガリガリと後頭部を掻いた。


「結局、なにを聞きたかったのかというと……カオルってば、こういう性格でしょ? あんまり友達いないみたいだから心配していたんだよね。だからカオルの為に動いてくれる人がいると知って安心したし、どんな人なのか会ってみたかった」

「アイ……」


 薫が呆然と呟いた。


 海保が今までのふざけた態度とは一転、真剣な面持ちで静也を見つめる。


「短い間だけど、あんたと話してみて、下心があってカオルに近づいたワケじゃない事だけは理解できた。お願い……これっきりなんて言わず、いつまでもカオルと仲良くしてやってください」


 言い切るや、折り目正しく低頭した。


 そんな海保の姿を目にして、静也は複雑な表情を浮かべる。海保には用心すべきと一度は思ったが、杞憂だったのであろうか? ふざけた振る舞いはあくまで静也の腹の内を探る為のもの? なにか引っかかるものを感じつつも、私見を率直に述べていく。


「そうだな……一度壊れてしまった関係を元に戻す事はできないかもしれねーが、新たな関係を結び直す事はできるかもしれねー、とは思う。オレから言えるのはそれだけだ」

「……ッ!?」


 静也の言葉を聞いて、薫が狼狽し始める。その目が惑いに揺れていた。


 ■ ■ ■


 個室にて数時間過ごした後、一行はネットカフェを後にした。


「それじゃ私はここで! 後は若い二人にお任せします! ごゆっくりー」


 そう言い残すと、海保が手を振りながら夜を迎えた街の雑踏の中に消えてしまう。


「お見合いかよ」


 取り残された静也は思わず呟いた。隣の薫へと視線を移す。


 薫が居心地悪そうに俯いていた。今にも立ち去りそうな気配を漂わせている。


 そうなってしまう前に、静也は薫に呼びかけていた。


「なあ、少し話をしねーか?」


 海保に乗せられているようで癪だったが、あんな宣言をした以上、夢物語を実現せんと努力すべきだとは思うのだ。


「……いいわ。コーヒー一杯飲む時間くらいは付き合ってあげる」


 薫が少しの間、思案してから静也に頷きを返した。


 二人は繁華街を離れ、互いの自宅の中間地点へと進む。住宅街の外れに位置するそこは例の事故が起こった森に隣接する公園だった。


 静也は近くの自動販売機でコーヒーを購入し、薫の下へ向かう。ベンチに座って待つ薫にコーヒーを手渡した。


 なにを話すでもなく、二人横に並んで缶を口元に運び、喉を潤していく。


「さっきの……いったいどういうつもり?」


 唐突に、薫が口を開いた。


「今更、仲直りなんて……できるワケないでしょう?」

「ん、まあ……我ながら女々しいとは思ってるんだがな……」


 静也は自嘲を漏らす。


「オマエ達を遠ざけたのには、オレなりの事情があった……といっても、オマエとしては納得できねーだろ? だからあの時の弁解はしない。代わりに、なぜオレがオマエに歩み寄ろうとしているのかについて説明させてもらう」


 頑なだった静也の心を変化させたキッカケ。それは――


「オレはずっと寂しかったんだと、気付かされちまったんだよ」


 依然として、静也はひねくれ者だ。大多数に嫌われようが、気にも留めない。


「ある女の影響でな。ソイツはさ、オレなんかと正面から向き合おうとするんだ。最初は鬱陶しいと思ってた……けど、せっかくこの広い世界で出会えて長い時間を共に過ごせたヤツらの事まで突き放しちまうのは……やっぱり、辛いよな」

「ふざけないで! あたしはあなたの何倍も寂しくて辛くて悲しかったんだから! 当時のあたしにはあなた達しかいなかった! ひとりぼっちになったあたしは必死で強くなるしかなかった! それなのに今更……あたしの心の中に入ってこないでよ! あたしを弱くしないで……」


 薫が激情を爆発させた。一気にまくしたてたかと思うと――最後には、懇願するような弱々しい声を喉の奥から絞り出す。


 静也は薫が落ち着くのを待って声をかけた。


「そうだな、オマエは頑張った……凄いよ」


 薫が勢いよく静也へ振り向く。信じられないものを見るかのような目を向けた。


「なんなの、急に……気持ち悪い」

「孤立しても自分を貫く。なかなかできる事じゃねー。周囲に認められなくても努力し続けた結果が今のオマエだもんな……カッコいいと思うぞ」

「……な!?」


 薫が硬直した。心なしか、赤面しているように見える。


「あたしの機嫌をとって懐柔しようとしても無駄だから」

「なんだよ、称賛ぐらい素直に受け取れっての」


 静也は苦笑した。


「う、うるさいッ! あなたなんかに褒められても不愉快なだけよ!」


 薫がすっかりそっぽを向いてしまう。


「あの、ね……ありがと。あなたがいなかったら、あたしのイメージは見てくれだけの鼻もちならない女のままだった。遅ればせながら、礼を言うわ」


 しばらく経ってからポツリと切り出した。


 静也はなんでもない風に言う。


「別に」


 薫がわずかに眉をしかめた。


「名和のくせに生意気ね。称賛を素直に受け取れと言ったのはあなたの方なのに」

「オマエ、マジで口と性格が悪くなったな。さっきの話だけど、まさかオマエと口喧嘩する日が来るとは、な……」


 静也は感慨深げに声を発する。


 薫が少しだけ口の端を吊り上げた。


「ふふ……あなたと初見はよく言い争っていたけれど、あたしの目にはあなた達の様子が仲睦まじいものとして映っていた。喧嘩するほどなんとやらって言うじゃない? だから、さっきは新鮮な気分に浸れたわ」


 数時間前と比べ、薫の口調がちょっとだけ軟化したように思える。静也は自然な流れを装って新たな話題を放った。


「そういえば、オマエ……まだ例の趣味を続けているか?」

「木彫り細工のこと?」


 静也は首肯する。


 薫は職人である祖父の影響で木彫りの特技を身につけていた。ちなみに、作りかけの木彫り人形をイジメっ子達に隠された事があの洞窟に赴いた原因である。


「一応、今でも暇を見つけて作っているわよ。手慰み程度の出来だけどね」

「そうか? オマエ、昔から手先が器用だったじゃねーか。ずっと継続してきたのなら、今じゃ相当な技量になってんじゃねーの?」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、身内のひいき目ね」


 そこから静也達は雑談を交わした。離れていた時間を埋めるように、話題が尽きる事はない。公園の街灯が舞台のごとくベンチを照らしていた。


 ふと、静也は園内の時計を見上げる。


「そろそろ帰るか」

「ええ」


 二人はどちらからともなく立ち上がった。


「――あ」


 その拍子に、薫が持っていたコーヒー缶を取り落としてしまう。とっさに手を伸ばし――おもいっきり重心を崩した。


「ちょ、オイ!?」


 連鎖的に事態が進行していく。静也は支えようと薫の身体に腕を回し――諸共、地面に転がった。


「キャ……!」


 薫が可愛らしい悲鳴を上げる。


 静也は混乱から立ち直り、


「――ッ!?」


 現状を把握するに至った。端的に言うと、静也が薫を押し倒した構図になっている。


 気まずい沈黙が二人の間に流れた。呆然と見つめ合う。


「ごめんなさい……そろそろどいてくれる?」


 やがて、薫が顔を背けながらか細い声で呟いた。


「あ、ああ……悪い」


 静也は慌てて立ち上がろうとする。


 それより速く、閃光が瞬くと同時、パシャっという音が周囲に響いた。


「……なん、だ?」


 静也はすぐさま身を起こし、発信源の方向へ走る。


 茂みの奥を覗いてみるが、そこには誰もいない。不吉な予感を覚え、身震いした。

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