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CASE3:古藤田薫 その1

 静也の人生を一変させた落盤事故の瞬間。降り注ぐ岩の圧力を頭上に感じつつ、静也はある光景を目の当たりにする。


 カオルが静也に突き飛ばされた拍子に、持っていた私物を取り落としていた。私物が岩雪崩に巻き込まれる範囲に転がっていく。


 ソレはカオルの自主製作物であり、なんの値打もない。潰れたところでさしたる支障はなかった。


 しかし静也は間近で見守っていたのだ、カオルがソレを一生懸命作っている姿を。もうすぐ完成すると嬉しそうに語っていたカオルの顔が脳裏をかすめる。


 気付けば身体が勝手に動いていた。ソレに手を伸ばし、懐に抱え込む。


 直後、岩の下敷きとなった。


 ■ ■ ■


 対象をストーキングするつもりが、逆に対象から接触を図られてしまった――端的に言えば、それが現状である。


「なんでオレはこんなところにいるんだよ……」


 静也は机に頬杖をついて嘆息した。その顔は憂愁の色に染まっている。


「ふふ……頼りにしているぞ、名和」


 隣に座る美名子が静也の肩を叩いた。


 安富騒動から一週間後の水曜日。放課後である現在、二人は生徒指導室で悩める生徒を待ち構えている。


 ここ最近、静也は悩み相談の現場をどのように見張るかについて頭を捻っていた。迂闊に接近しての盗み聞きは前回の二の舞、美名子に気配を察知されてしまう。


 考えが煮詰まってしまい、いっそのこと盗撮カメラや盗聴器を室内に仕掛けるかと、頭の中の悪魔が囁く事もあった。


 人知れず葛藤している内に、事態は急展開を迎える。本日のホームルーム終了直後、美名子の方から話しかけてきたのだ。


「どうせ私の事を監視するつもりなら、行動を共にしたらどうだ?」


 かくいう経緯を経て、ここに至る。


 静也は美名子を横目で睨んだ。


「テメー……どういう神経してんだよ。自分のストーカーを手元に置くか、フツー?」

「問題なかろう。君に大した害意がない事はわかっている。それに、君は親身になって相談者の話に耳を傾け、私にはない視点と発想で問題を解決する事ができる。その手腕は先の二件で実証済みだ」

「…………」


 なぜ美名子が静也の事を疑いなく信じられるのか、甚だ疑問である。静也は前を向いたきり無言になった。


「そんな顔をしないでくれ――ホラ、相談者が来たようだぞ?」


 スライド式の扉がガラリと開かれる音がする。スラリとした細身で長身の女子生徒が中に入ってきた。道行く男十人中十人が振り返りそうな美少女である。


 日本人離れした堀の深い小顔。抜けるように白い肌にはシミ一つない。人形のごとく精緻な体型は触れるのが躊躇われる一種の芸術品だった。


 アッシュベージュに染めたストレートショートヘア。シャギーで尖った毛先が無造作なくせ毛感を演出している。


 綺麗な卵型の顔立ち。シュッと引き締まった顎と首筋が色気を帯びていた。


 三角定規のように尖った鼻は絶妙な上向き加減であり、大きなタレ目と相まって可憐さを強調していた。左の目元の泣きぼくろが印象的である。


 色素の薄いおちょぼ口が控えめな美を湛えていた。


「……っ!?」


 彼女に目を留めた瞬間、静也は瞠目した。その美しさに見惚れていた訳ではない。彼女と知己の間柄であったからだ。


 相手も静也を見て顔を強張らせる。しかし、すぐに能面のような表情に戻った。


「なんだ、知り合いか?」


 美名子が二人を交互に見返す。


 ややあって、静也は口を開いた。


「久しぶりだな、カオ――古藤田」

「ええ、そうね……名和」


 彼女の名は古藤田薫。もう一人の幼馴染だった。


「なぜ、あなたがここにいるの? ここは宮本さんが一人で相談を請け負っていると話に聞いたのだけど」


 静也に代わって、美名子が答える。


「彼はこの相談室におけるアドバイザーだ。非常に頼りになる男だぞ。私も色々と助けられている」

「プッ……頼りになる? この男が?」


 薫が思わずといった感じに失笑を漏らした。


「学校一の嫌われ者がなんの役立つというのかしらね? 少なくとも、あたしの悩みを解決できるとは思えない」


 侮蔑もあらわに吐き捨て、静也を睥睨する。かつての気弱な姿は見る影もない。静也同様、薫も昔とはすっかり変わってしまった。良きにせよ悪しきにせよ、古藤田薫はこの高校の有名人である。なにせ現役のファッションモデルなのだ。


 風の噂によれば、自分のクラスで孤立しているらしい。


 入学当初は端麗な容姿で注目を集めた。大勢の男子共が群がってきたらしいが、周囲を見下し突き放すような言動が災いして、今では誰も近づこうとしない。


 静也は目を細める。


「嫌われ具合ならテメーも大差ないと思うが?」

「冗談……あなたと同列に扱われる覚えはないわ。あたしとあなたとを比べたら月とすっぽん、あるいは鯨と鰯よ。あなたが孤立してしまっているのに対し、あたしは望んで一人でいるの。くだらない連中と付き合っている時間はないから」


 薫が冷淡な声で告げた。


「あン、ボッチ特有の強がりか? 『一人でも平気です!』とアピールし続けなきゃ自分が惨めでしょうがないからな」

「そう思いたければ、そう思えばいい。あたしが心底から現状を良しとしている事は、あたしだけがわかっていればいいもの」


 薫の自信の源はやはりファッションモデルというステータスだろうか? 確かに、垢ぬけてからの薫の美貌は群を抜いている。初めて会った時はダサいとまでは言わずとも、地味だった。


「そんなご立派な古藤田サマが……なんでまた悩み相談なんかに訪れたんですかねー?」


 静也が揶揄すると、薫の表情が初めて曇った。


「そ、れは……」

「いい加減にしないか、二人とも。古藤田、人にものを頼む時には相応の態度というものがあるだろう。名和を侮辱するような言動は慎みたまえ――名和もあまり喧嘩腰で応じるものではない」


 美名子が二人を諌めた。薫に対面の席に座るよう促す。


「本題に入ろう。君の悩みを聞かせてくれ」

「……わかったわ」


 薫が渋々と着席し、語り始める。


「学外の事についてなのだけれど、構わない?」

「もちろんだとも」

「私がファッションモデルを務めている事はご存じかしら? ある仕事で問題が起きたの――いわゆる炎上ね」


 最近、ネットで薫に対する誹謗中傷が絶えないのだそうだ。事の発端は男性用ファッション雑誌だった。その雑誌には『男子のファッションチェック』というコーナーがある。素人の読者が自分なりにバッチリ決めた服装で写真を撮影し、それを雑誌に投稿。女子モデルがそのファッションに対してコメントするという趣旨だ。そのコーナーでコメンテーターに選ばれた薫がやらかした。読者達をバッサリ切り捨てたのだ。


『もし彼氏がこの格好でデートに来たら、あたしなら即別れる』

『家に鏡という物を置いていますか?』

『アイテム一つ一つが安っぽくて、存在そのものが安く見える』


 ――などと言いたい放題である。叩かれて当然だ。芸能人にとって風評は命であろうから、薫の所属している事務所としては看過できる問題ではあるまい。


「まったく……自分達のセンスのなさを棚に上げて、あたしを責めるなんてお門違いじゃないかしら」


 薫が嘆かわしげに肩をすくめ首を横に振った。少しも悪びれていない。


「…………」


 美名子が絶句している。呆れてものも言えないのだろう。


「テメー……問題を解決する気あんのか?」


 静也は美名子に代わって尋ねた。


「当たり前じゃない。ネットで騒ぐ連中をどうすれば黙らせる事ができるか。それが私の相談内容よ」

「アホか! テメー自身が態度を改めねー限り、いつまでも叩かれるに決まってんだろ」

「はあ? あたしのどこに反省すべき点があるというの?」

「なにもかもだよ!」

「お話にならないわね……やはり、あなたなんかでは役に立ちそうもない――宮本さん、なにかいいアイディアはないかしら?」


 美名子がおずおずと喋り始める。


「……私は名和の意見に同意する」

「あなた達も、そう言うのね……」


 薫がボソリと呟きをこぼした。その目に失望の色が宿る。


「もっと謙虚になるべきだ、と事務所の人達にも注意された……でも、なぜあたしが低レベルな相手に合わせなくてはいけないの? あたしは仕事を真摯にこなしている。日々、自分を磨いている――対して、あたしを非難している連中はどうなの? なんの取り柄もない、努力すらしていない人達に文句を言う資格なんて、ない」

「テメーを批判しているヤツらにも問題はあるのかもしれねー……けどな、テメーの方だってヤツらが悪いと一方的に決めつけているじゃねーか。会った事もないくせに」


 薫のなにが気に喰わないかと言えば、『孤高』を気取っている点だ。静也も周囲と距離を置いているが、周囲を無条件に見下したりはしない。


 美名子がそうだ、と言葉を継ぐ。


「人の魅力というものはその人と向き合って初めてわかってくるものだ。君はもう少し他者に敬意を払い、その意見に耳を傾けねばならない」


 静也をチラッと一瞥した。静也はそれに気付かぬフリをする。


 薫が立ち上がる素振りを見せた。


「もしかしたら……と淡い期待を抱いていたのだけれど、無駄足だったようね」

「待てよ」


 静也に呼び止められ、薫が中腰の状態でピタリと硬直する。


「まだなにか?」

「要は、テメーのイメージを改善すればいいんだろ?」


 薫が静也に訝しげな視線を注いだ。


「……あなたに策があるというの?」

「とくに珍しい事をするんじゃねー……テメー、SNSのアカウントを持ってるか?」


 薫が鼻で笑う。


「なに? 涙ぐましく可愛さをアピールしろとでもいうの? 立ち寄った喫茶店のケーキの写真をアップロードして『このスイーツ、美味しい♪』とかコメントしろと? あるいは、購入したペットの写真をネットに上げて『この子に一目惚れ! 今日から家族が増えました♪』とでも書き込めと? 『あたしの日常、輝いてます!』と言わんばかりにSNSをこまめに更新する事で好感度を上げる作戦?」


 静也はあまり詳しくないが、芸能人にとって、今やネットは自分という商品を売り込む営業の場の一つであるらしい。ブログから有名になった者もいるという。


「バカバカしいわね。余計な事に時間を割く余裕なんてない。モデルの本業はモデルなんだから――そもそも、あの手のツールは通称、馬鹿発見器とも言われているじゃない。あたしがSNSを始めるとして、火に油を注ぐ結果になりはしないかしら?」

「誰がフツーにSNSを利用しろと言った? 第一、テメーが言うようなやり方じゃ二番煎じにしかならねー。劇的な宣伝効果は望めねーよ――テメーにはサンドバッグになってもらう」

「サンド、バッグ……?」


 薫が不思議そうに訊き返した。


「テメーのアカウントにはアンチからの批判メッセージが殺到するだろう。だが、言われっぱなしでいる必要はねーぞ。炎上した件について、テメーからも反論があんだろ? SNSを介して不特定多数にブチ撒けてやれ」

「そんな事をしては逆効果じゃない。炎上マーケティングでもやるつもり?」

「ある意味では、そうかもな。テメーなりに正しいと思う意見を述べ、アンチと真剣に議論を交わしてみろ。批判以上に賛同を集める事ができれば、テメーの勝ちだ」


 薫は器用なタイプではない。無理なキャラ設定を演じるのは付け焼刃どころか、薫の負担になるだろう。ならば素の自分のまま、できる事をするしかない。具体的には、薫が読者を酷評した事にはちゃんとした理由があるのだと、多くの人達の前で弁解する。


 静也は薫へと誘うように手を差し出した。


「さあ、どうする? オレの案に乗るか? ……まあ、コミュ障なテメーには無理か」


 薫がキッと静也を睨みつける。


「安い挑発ね……いいわ、乗ってあげる」

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