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CASE1:磯優美 その1

 名和静也なわしずやは懐から取り出したナイフで躊躇いなく自らの腹部を刺した。


 直後、静也を取り囲んでいた男達が瞠目して硬直する。


「なッ……!? お前、いったいなにして――」


 静也はその隙を逃さず男達のリーダー格に肉薄し、ナイフの持ち手を強引に握らせる。


「た、助けてくれ――ッ! ナイフで刺されたァ!」


 できるだけ悲痛に聞こえるよう叫び、周囲に助けを求める。同時、防犯アラームを鳴らして注目を集めた。


「は、ハア……!? お前が自分で刺したんじゃねえか!」

「殺されるううゥゥゥッ!」


 リーダー格がとっさに反論する。しかし一見、真面目そうな風体の静也と見るからにガラの悪い男達――大人がどちらの言い分を信用するかは明白だった。


 高校に入学して早々、静也は生意気そうだと不良の先輩達かれらにこの校舎裏まで呼び出された。


 それは静也にとってよくある事だったが、黙ってシメられるのは性に合わない。しかし暴力に暴力で対抗するのはスマートではないし、そもそも人数差的に不可能。


 そこで自作自演を仕掛け、逆に彼らを罠に嵌める事とした。


 もう間もなくすれば、騒ぎを聞きつけた教師達がこの場に現れるだろう。旗色の悪さを感じ取ったか、男達が逃げ去っていく。


 静也は彼らの無様な背中を冷めた目で見送った。苦しむ演技をしながら「度し難い雑魚共め」と内心唾を吐く。弱者の暴力とはこういうものだ。自分の力が足りないのならば、被害者面で権力を利用すればいい。学校社会ではチクリ魔の類は嫌われるけれど、知った事ではない。


 元より静也に友達など皆無だし、欲しいとも思わない。そして嫌われたり傷付いたりする事を恐れなければ、身を処す選択肢は数限りなく存在するのだ。


 ナイフの持ち手にはリーダー格の指紋がベッタリと付着している。証拠は揃っており、刑事事件に発展するのは間違いない。退学は確実、下手をすれば少年院行きだろう。


 男達全員の顔と名前とクラスは把握済み。ああいう手合いは自分が傷付けられるかもしれないという認識が薄いため色々と脇が甘い。SNSなどで犯罪自慢を平気で行っている。徹底的に晒し上げ、彼らの居場所を失くしてやろう。


 ――などと、冷静に今後の対応へと思考を割いていた。


 腹部の傷は問題ない。動脈や臓器を傷付けない位置を狙って刺したので出血死はありえない。早期に治療を行えば、細菌感染による腹膜炎の懸念もなし。


 静也は極めて理性的に危険な行為を犯していた。自分が異常な人間である事は理解している。好き好んで関わろうとする者などいるまい。


 だから一人で生きていこうと決めていた。それは強がりなどでは断じてない。


 ――予想と寸分違わず孤立したまま、あっという間に一年が過ぎていった。


 ■ ■ ■


 たった今、静也は人生最大の不覚を取っていた。


 とあるアパートの一室で一人の少女と対峙している。凛とした佇まいの美少女だった。


 問題なのは二つ。一つは、少女がほぼ全裸に近い状態だということ。入浴直後らしく、バスタオルで身体の前面を隠していた。それでも十分とはいえない。小さめのバスタオルからのぞく健康的で艶めかしい肢体が否応なく静也の目を奪う。


 四肢は鋭く引き締まっており、相応の修練を積んでいる事が見てとれる。しかして、女性らしい丸みや柔らかさを損なってはない。武威と美が矛盾なく同居していた。


 火照った肌にピッタリと張り付くバスタオルがスタイルの良さを際立たせている。


「な、なな……なんでテメーが……! 誰も、いなかったんじゃ!?」


 そしてもう一つは、静也が少女、宮本美名子みやもとみなこの自宅に無断でお邪魔しているということ。


 つまり「不法侵入の現場を家主に目撃された」という説明が現状を表するに最適である。


 震える声で問うた静也に対し、美名子が眉をひそめた。


「私の家に誰がいようがいなかろうが、君に関わりのない事ではないか?」


 正論である。


「そもそも、なぜ君が我が家にいる……招待した覚えはないぞ?」


 美名子の肝の座り方は異常だった。自宅にいきなり同級生の男子が現れたというのに、まったく動じない。羞恥心すらないのか、あられもない姿を惜しげもなく晒している。


 およそ普通の女子高生の反応とは言えまい。静也は気圧されていた。


 美名子がなにかを閃いたようにポンと手を叩く。


「泥棒か?」

「違う!」


 人聞きの悪い事を言うな――とは流石に言えなかった。やっている事のゲスさは実際、大差ない。


 美名子が思案するように顎へ手を当てた。


「ふむ……となると、目的が不明瞭だな。不法侵入を犯したという事は後ろ暗い事情があるという事。ならば……ああ、つまり――」


 一呼吸おいてから、


「――君は私のストーカーか?」


静也にとって致命的な一言を発した。

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