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第22話  楽しかった日々を、紡いで

「瀬津那君。もしかして瀬津那君が、彩雨を騙していたんじゃないのか? 一緒にゲームがやりたかったんだろう? 彩雨がニャソ子好きなのを分かっていて、ニャソ子の指輪を作り、その指輪をつけていたらこのゲームでニャソ子に会えるよとか言ったんじゃないのか?」



 鈴木はそう言った。

 風は時折強くなり、鈴木のその真っ赤な羽織をバタバタと揺らす。

 そろそろこの珍妙な格好にも見慣れてきた頃だ。



「僕はそんなこと言ってないよ……」


「瀬津那君は、ゲーム内でも消えないニャソ子の指輪を何らかの形で作ったんだ。ゲームに誘って指輪が消えてしまってはしょうがないからね」


「僕がそんなもの作れるわけない」


「バグが大好きな瀬津那君のことだ。そういうものが作れてもおかしくないだろう」


「好きでも作れるとは限らないよ。それに、わざわざ抽選会だとか大掛かりなことすると思う?」


「瀬津那君は直接指輪を女の子にあげるなんて、できないだろう? だから、抽選会という形をとった。そうすれば、自然にあげられるし、このゲームにも誘える」



 確かに……。

 と少しだけ思ってしまった。


 でも、僕は何のことか本当に知らない。

 何で僕が世界を壊そうとしてる設定になっているんだ。



「瀬津那君は最初は軽い気持ちだったのだが、指輪のせいでこの世界がおかしくなってしまった。自分のせいだと言えずに、ここまできてしまったんだ。取り返しのつかないことをしてしまったな、と今思っているんじゃないか?」


「よくもそんな、それっぽい話が作れるな……」


「それか、彩雨とずっとこっちで暮らしたいから、現実世界に帰れないように、わざわざ世界をこういう風にしたのか? こちらとしてはいい迷惑だ」


「だから、僕がそんなの作れるわけないって」


「そうか? 前に、瀬津那君が使っていた加速ツールは?」


「あれは僕が作ったわけじゃない……」



 本当に抽選会のお知らせは僕だけにしか届いていないものなのだろうか?

 鈴木とアエイスは抽選会の存在を知らなかった……。



「遥は、抽選会あったの、覚えてる?」


「いや……よく知らないな……」


「そうか、ありがとう」



 かつて、遥に、その抽選会に応募したのかどうか聞いたような気がしたんだけど……。

 その時、「あたしは指輪なんていらない」と言われたような。

 僕の勘違いだろうか。



「瀬津那君が、彩雨を好きな気持ちは分かった」



 そんなに彩雨ちゃんが好きだとか言われると、気まずい。

 そこに本人がいるんだから……。

 流石にやめてほしい。



「俺達は、そんな瀬津那君の個人的な感情に振り回されてる暇は、ないんだ」



 鈴木が指を鳴らす。

 すると、アエイスが詠唱し始めた。


 指を鳴らして合図するやつが本当にいたんだ。

 でも今はそんなことを言ってはいられない。


 スタンか?


 僕は身構えた。

 身構えても回避できるものではないが……。


 鈴木とアエイスに、どんどん補助魔法がかかっていく。

 物理攻撃上昇、物理防御上昇、命中、回避……。


 間髪入れずに、鈴木が5倍以上の加速で、僕の方に突っ込んできた。

 ここで僕にスタンがかかっては厳しい。


 僕は無我夢中でアエイスの方へと走る。

 もう時間的に、スタンの射程範囲外に逃げられないと悟ったからだ。

 


「瀬津那ちゃん……」



 そう聞こえた気がした。



 気がしただけだ。



 アエイスを倒さなければ……!


 

 アエイスに到達する前に、鈴木と接触した。

 鈴木は僕に対して日本刀を振り回してくる。



 ガキィン!



 後ろからの攻撃だったが、何とか防御する。

 そして鈴木は見えなくなった。

 得意のヒットアンドアウェイである。


 同じ場所に留まって戦うと自分が不利になることが分かっているからだ。



 まずは、アエイスを倒さなくてはならない。



 僕はアエイスに向かって剣を振りかぶったまま走っていく。

 しかし、アエイスは全く動かない。


 ……いいのか?

 僕はアエイスを……。


 アエイスが何かを詠唱しているのが分かった。

 しかし、これは僕の方が速い。

 


 ガァン!!



 僕が振り回した大剣が、地面に当たる。

 つまり、アエイスは僕の剣を回避したのだ。


 アエイスは回避もある。

 かわせなければ回復役は務まらないからだ。

 回避上昇の魔法もかかっていたのもあるだろう。


 ……当たらなくて良かったなんて、考えてはいけないんだ。



「……しまった……!」



 思わず声が漏れる。

 アエイスが僕にスタンをかける素振りが見えたからだ。

 ギリギリまで詠唱していたのは、それだったのだ。



 終わった。



 「……あれ……?」



 しかし、僕はまだ動けている。

 アエイスのスタンが外れた……?


 僕が真っすぐ向かってきたことで動揺したのか、スタンは外れていた。

 


 至近距離にはアエイス。



「瀬津那ー! いけー!」



 遥の声が聞こえた。

 僕は体勢を立て直す。

 アエイスを倒すには今しかない。



 バキッ!!



 僕はよろめいた。

 

 鈴木だ。

 鈴木の攻撃が当たったのだ。



 くそ……、あいつの存在を忘れていた……。



 しかし、速い。

 今、僕に攻撃を当てて、どこに行った……?



 それを見てアエイスが何かを詠唱し始める。

 もっと鈴木が僕を足止めしてくれると思ったのか。



 アエイスの詠唱を止めなければ!!

 ……今だ!!



 ドカッ!!



 僕はアエイスにショルダータックルをかました。


 詠唱中だったアエイスは吹っ飛ぶ。

 ある程度のダメージは与えただろう。



「瀬津那! 手加減するな!」



 遥がこっちに走ってくる。

 無意識だったが、僕はアエイスを大剣で攻撃しなかった。

 手加減するつもりはなかったのだが……。


 アエイスを目の前にすると、僕はどうもダメだ。


 鈴木はまた、彩雨ちゃんと1対1になっている。

 彩雨ちゃんはきっと大丈夫。



 吹っ飛んだアエイスのところに、遥が最高加速で向かっていく。

 彼女のお気に入りの赤茶色のストールが宙を舞った。


 遥は、とどめを刺しにいったんだ……。



 バキバキィン!!



 アエイスが、遥の双剣の攻撃を、杖で防御する。

 ストールはゆっくりと地面に落ちた。



「遥ちゃん……、攻撃力は上限突破じゃないの……ですわね……?」


「もしそうだったら、アエイスは今頃死んでたな」



 遥はニヤリと笑う。



 ピンチになったアエイスを見て、鈴木が遥に向かって日本刀で衝撃波を起こす。

 あれは攻撃範囲が広い。

 ダメージ技というよりも、人を吹っ飛ばす技だ。



 ゴォォォォォォ!!!!

 


「マジかよ!?」



 遥はそう叫び、吹っ飛ばされる。

 鈴木の衝撃波の範囲は広く、僕もかなりよろめいてしまった。


 アエイスが自身に回復魔法をかけている。

 さっきの僕のショルダータックルのダメージだろう。


 広場の端を背にして立っているアエイスに、僕と遥は、前からじりじりと近づく。

 アエイスは徐々に広場の端へと追い詰められていった。


 それを見た鈴木も、広場の端へとだんだん近づいてくる。


 アエイスと離れすぎていては補助魔法が機能しにくいからだろう。

 僕らとしても固まってくれていた方が楽だ。

 


「アエイスーー!」



 ガキィン!!



 アエイスに、正面から遥が最高加速で攻撃を加える。

 それを防御した彼女の杖が手から離れる。

 遥は双剣、二刀流だ。



 ズバァン!!



 二発目の攻撃がアエイスにクリーンヒットする。

 遥の攻撃力はそんなに高くない。

 

 が、アエイスは回避型。

 つまり防御力はないのだ。

 


 うずくまるアエイス。



「遥ちゃん……」



 そう呟き、落ちた杖に手を伸ばそうとする。

 遥はその杖を蹴飛ばして遠くへとやった。



「アエイス……!」



 遥が双剣をアエイスに向ける。



 ズバァ!



 その瞬間鈴木が、遥を背後から斬りつけた。



「うわっ……!!」



 遥はその場に倒れた。

 防御力が上限突破しているとはいえ、鈴木の何倍速もの攻撃をもろに喰らうのはキツい。


 アエイスを倒すのをためらってしまったせいだ。



「遥さん!!」



 彩雨ちゃんが真っすぐ走ってくる。

 何て無防備なんだ。

 来たって彩雨ちゃんには何もできないだろう。



 ヒュッ!!



 鈴木の一撃が彩雨ちゃんを襲う。

 彩雨ちゃんはセーラー服で華麗に前転をして、鈴木の攻撃をかわす。

 回避の腕輪がそうさせたのだ。


 彩雨ちゃんが危ない!


 彩雨ちゃんにもう一撃を喰らわそうとする鈴木に、僕が割って入る。



 近くには、アエイスと遥がうずくまっている。

 僕はなるべく鈴木を遥から遠ざけようとした。

 珍しく鈴木は逃げない。



 鈴木は、ここで決めようとしているのか。

 僕に向かってくる。



 キィン!


 キィンキィン!


 キィン!



 鈴木は加速しているため、手数がかなり多い。

 僕の方がパワーが高いが、それを補うように細かく日本刀を当ててくるのだ。


 何とか全てガードしているが……。

 気を抜いたら危ない。



「アエイスさん……! アエイスさん……!」



 後ろから彩雨ちゃんの声がする。

 鈴木が少し離れたのを見計らって振り返った。


 すると、彩雨ちゃんが、アエイスに抱きついて泣いていた。

 



「……おい、彩雨……! お前今、何やってるか分かってるのか?」



 倒れたままの遥が彩雨ちゃんに向かって叫んでいる。



「アエイスさんはアエイスさんです……!」


「アエイスは彩雨を殺そうとしてるんだぞ! それなのに……何やってんだ!」



 アエイスが、彩雨ちゃんの背中に手をまわそうとする。

 ……しかし、しようとしただけだった。


 アエイスは彩雨ちゃんに攻撃しようとしたわけではない。

 ただ、抱き寄せたかっただけなんだろう。



「アエイス君、何やってるんだ! はやく殺せ!」

 


 鈴木のその声を聞き、アエイスは下を向きながら、彩雨ちゃんを両手でゆっくり遠ざけた。



「今はもう……、敵同士なのですわ。彩雨ちゃん。私は……、彩雨ちゃんを……、倒さなければならないのですわ……」



 鈴木がアエイスに気を取られたのを見逃さなかった。

 

 バキィィ!!



 僕は鈴木の肩のあたりに一撃を喰らわせる。


 鎧に当たり、クリーンヒットではなかった。

 しかしそれなりに鈴木にダメージを負わせたはずだ。



「……くっ……!」


 

 鈴木は攻撃が効いたような声を出し、何歩か下がる。

 僕と少し距離をとる形となった。



「彩雨! アエイスに銃を向けろ……!」


「……え、遥さん……。でも……」


「あたしらも死ぬかもしれないんだぞ! そこで気を抜いたら!」



 先ほど、遥もアエイスを攻撃するのをためらっただろう。

 人のことは言えない。


 でも、アエイスを倒さなきゃいけない時だ。

 やらなければやられてしまうんだ。

 


「アエイスさん……」



 彩雨ちゃんは、杖がない無防備なアエイスにマスケット銃を向ける。


 アエイスは、今、魔法が使えない。

 為す術がなかった。

 


 

「私が教えた……そのマスケット銃で……、私はやられるのですわね……?」



 アエイスは観念したのか、一歩も動かない。


 その言葉を聞いて、彩雨ちゃんは銃を下ろした。



「何してんだよ彩雨……! アエイスを……」



「アエイスさん……。また一緒に、冒険しましょう? わたし……、アエイスさんと一緒に旅ができて、とても楽しかったんですよ!」


「私も……楽しかったですわよ……でもね……」


「大丈夫ですよ、アエイスさん。わたしなら大丈夫ですから。……またもう一度、皆の元に、戻ってきてください!」



 彩雨ちゃんは、精一杯の笑顔を見せた。

 彼女の目からは涙がこぼれ落ちる。



「私は……、彩雨ちゃんを倒そうとしたのに……? 何でですか? 私が怖くないのですか……?」



 アエイスもぼろぼろ泣いている。

 遠くに落ちているアエイスの杖は、輝くことをやめ、ひっそりと暗闇に佇んでいた。

 


「わたしたちと一緒に、また、……元の世界に帰れる方法を探しませんか? 誰も死ななくてすむ方法を、探しませんか……? よく分からないですが、ニャソ子が二人になってしまったのなら、もう一人のニャソ子を探したらいいんですよ……!」



 ……確かに。

 ニャソ子が二人になってしまってバグったというのなら、この世界のどこかにニャソ子がいるということになる。

 彩雨ちゃんの方を倒さなくても……。

 もしかしたら……。



「また、アエイスさんに、色々と……教えてもらいたいんです。ダンジョンのこととか……。だからまた……」



 彩雨ちゃんはアエイスに手を差し出した。

 さっきまで自分を倒そうとしていた人に、である。


 その時、鈴木が僕の視界から消えた。



 まずい!!



 真っすぐ彩雨ちゃんに向かって行く鈴木が、一瞬見えた。


 アエイス以上に、今の彩雨ちゃんは無防備だ。

 しかも鈴木に背を向けている。



 鈴木の最高加速の一撃が、彩雨ちゃんを捉えた。



 ズバァァァァァァァッ!!



 当たった。



 時が止まったような、気がした。



 鈴木の一撃は、

 両手を広げて彩雨ちゃんをかばったアエイスに、

 当たっていた。



 アエイスはゆっくりと両膝をつく。

 そのまま、うつ伏せに倒れた。



 鈴木の顔が青ざめる。

 それはサングラスごしでも分かるレベルだった。



 そして鈴木は広場の入り口へと最高加速で向かう。

 逃げようとしているのだ。



 ズコォォォ!!



 その瞬間、鈴木が思いっきり転ぶ。

 日本刀が、鈴木の手を離れ、地面に叩きつけられ、飛んでいった。


 同時に地面を転がる遥。

 彼女が大切にしていた赤い花の髪飾りも、地面を跳ねて飛んでいく。



 遥は、鈴木が逃げるだろうと予測していた。

 最後の力を振り絞って体当たりし、鈴木を止めたのだ。



 鈴木は無防備な状態で、僕の前に転がってくる。

 そのまま彼は仰向けになった。



「……き、君は……」



 鈴木は弱弱しい声で、そう言う。



「瀬津……那……君……」



 何を今更。

 僕は瀬津那だ。



「瀬津那君を……見ていたら……、昔の友人を……思い出したよ……。あの時も、俺はこうして……」


「鈴木の友達なんてどうでもいい。僕の情に訴えて、助けてもらおうとしてるんだろう」


「……いや、独り言だ。さよなら、瀬津那君。……さあ、さっさと、やってくれないか……?」



 鈴木には、戦う気も、逃げる気もないようだった。

 僕は剣を振り上げる。



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