(2) ライバル・下
「で、何の用だい? 挨拶をするために、呼び止めたわけじゃないだろう」
どこか面倒そうにため息をつきながら、喜多野風羽は見下ろしてくる。自分より十センチは高い風羽を見上げながら、帆足は余裕綽々な表情のまま考える。
(しまった! 反射的に呼び止めてしまったけど、用なんてないッ)
どうしようか、表情を崩すことなく帆足は思考する。
今は文化祭準備中で、文化祭の目玉のことでも話そうか。いや、それは発表がまだなので、宣戦布告をするにはまだ早い。
となると、『幻想祭』のあとに行われる期末テストのことでも話そう。そうしようと、意気込み帆足は人差し指をまっすぐ風羽に向かって指さすのだった。
「喜多野風羽君! 次の期末テストでは負けないよ!」
どうだ。決まったか? 余裕の表情を崩すことなく、帆足は風羽の黒い瞳を見る。
風羽の目は少し見開かれていた。
「いつも、僕は君に負けているはずなんだけどね」
何をいまさら、といったような顔だ。
帆足は湧き上がる羞恥心を顔に出さないように努めながら、腕を組んでみせる。
「今度も負けない、という意味だ。わかったか!」
「……朝から元気だね」
ため息をつく風羽。
帆足は、思った通りの反応が得られずに内心焦る。
(これじゃ馬鹿みたいだ)
だけど思い出すのは、風羽と相対したときのこと。
廊下や階段で出会っては、風羽を呼び止めて何かしら宣言をしてきたものの、そういえばいままで彼から反応が返ってきたことはない。いつも冷静に冷たい目で、見返してくるだけ。今も彼はため息を吐いている。
(僕は馬鹿なのか)
いままでと同じ失態をしている。こんなところを野崎唄に見られたら、憐れんだ目で見られるに違いない。
蹲りたい衝動を必死にこらえながら、口角をひくひくさせて帆足は叫ぶのだった。
「じゃあそういうことだからな! 覚えおけよ!」
まるで負け犬の遠吠えだ。帆足は風羽の冷たい目から視線を逸らして彼の横を通り過ぎていこうとすると、後ろから声が聞こえてきた気がした。
「……どうでもいい」
それに不意に苛立ちが湧き上がり、帆足は足を止めて振り返る。
そこに風羽はいなかった。同じ学年なので、教室がある階は同じはずなのに、彼の後姿は見当たらない。自分の教室に向かったというわけではないだろう。
苛立ちをぶつける相手がいなくなり、帆足は急激に冷えていく頭を抱えながら、『二年C組』の教室の中に入って行く。前を見ていなかったからか、教室から出てくる人物に気づけずに、肩をぶつけてしまった。
「ちょっと、ちゃんと前を見てよね」
「ご、ごめん」
ぶつかった人物に顔を向けて、帆足は思わず息を飲む。
ピンク色の髪をツインテールした女子生徒がそこにいた。紫色の意志の強そうな瞳が、睨みつけるかのように向けられる。
「何? アタシの顔、何かついてる?」
帆足はそれに反応をするのを忘れてしまい、思わず女子生徒の顔をまじまじと見つめてしまった。
その女子生徒は、ここ数日間、『二年生』の間で有名人だった。
なぜかというと、この女子生徒の容姿はあまりにも周りとかけ離れていたから。それまでは黒い髪の毛を後ろで無造作に一つに結び、眼鏡をかけているような地味な生徒。その筈だったのに、何があったのか九月の終りの月曜日に、彼女はピンク色の髪の毛をツインテール結った容姿で現れた。当初高校デビューだとか騒がれていたが、クラスの女子が群がり聞いてみるとそのピンクの髪の毛は染めたわけではなく、地毛だということが分かったのだ。今まで隠していたのだろう。能力の高さは、頭髪や容姿、それから体系などに現れることが多い。だから目立つのが嫌で、きっと彼女は隠していたのだ。
帆足は彼女の髪の毛を見て、どう反応していいのか分からずに口を噤む。
「いつまでそこに立っているの? アタシ、お手洗いに行きたいんだけど」
「あ、ごめん。山原」
帆足は慌てて道を開ける。
山原水鶏は、愛想のない表情で通り抜けていった。
その背中を見て、帆足は思う。
(愛想がないのは今までと変わらないが、黒髪眼鏡の地味だった女子生徒が、容姿を一変するだけでああも綺麗に見えるようになるとは、やっぱり女子の力はすごいな)
僕も見習わなきゃ、と帆足は教室に入って行く。
(もっと男らしくしないと)
二話続けての投稿ですー。